書評

2020/08/06

超人の面白読書 151 田村紀雄著『自前のメディアをもとめて―移動とコミュニケーションをめぐる思想史』

Dsc_0044 田村紀雄先生は現在86歳、お元気で今尚バイタリティに溢れているお方で頭脳も明晰。7月下旬に西八王子駅近くでお会いし、約3時間いろんなお話を聞く機会があった。それはこの本が毎日新聞の夕刊に写真入りで大きく取り上げられたことがきっかけだった。先生とお付き合いさせて頂いてもう、30年くらい前になるか、相変わらず学者ぽいところがなく気さくな方である。お酒を嗜まれていた時代をよく知る者としては、パフェはどうですかと言われた時には目を丸くした。えっ、と。お酒はさんざん呑んだからもういいんです、でも、ほんの少しは嗜むとも。


2020/06/01

超人の面白読書 149 パウロ・ジョルダーノ著『コロナの時代の僕ら』2

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日本国は5月14日に非常事態宣言解除を東京など一部の都市を除いて実施した。しかし、油断は禁物で現に愛媛県では一旦解除されたものの集団感染が発生している。第二波の到来だ。それは韓国のソウル、中国の武漢そして吉林省でも同じで、新型ウイルス感染の怖さを露呈した形だ。さて、前回のジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』の続き。その前にイタリアの現状をネットで一瞥してみよう。3万人以上の死者を出したイタリアでは、外出や営業が解除されて日常生活が戻りつつあるようだ。何せ一時はどうなるかと世界中が固唾を飲んで見守っていた国だからその後の状況も心配だ。コロナ禍只中で書かれたジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』は、いわば ある時点(2月下旬~3月上旬・下旬)でのイタリアコロナ報告書だ。現状報告だから書かれている新型コロナ感染者の数字は刻々変わる。それは訳者が括弧で追記していることでわかる。この若い作家は、物理学者で数学が得意しかも文学賞受賞歴もある文才の持ち主でもある。

【目次】地に足をつけたままで おたくの午後 感染症の数学 アールノート このまともじゃない非線形の世界で 流行を止める 最善を望む 流行を本当に止める 慎重さの数学 手足口病 隔離生活のジレンマ 運命論への反論 もう一度、運命論への反論 誰もひとつの島ではない 飛 ぶ カオス 市場にて スーパーマーケットにて 引っ越し あまりにたやすい予言 パラドックス 寄生細菌 専門家 外国のグローバル企業 万里の長城 パン神 日々数える 著者あとがき 「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」 訳者あとがき

著者あとがきを加えると101頁の短いエッセイ27編を集めて編んだものだが、散りばめられている言葉を繋ぐと宝石のごとく輝くと、訳者はあとがきで書いている。それは少し大袈裟だと思うが、確かにこの本には科学者の眼を持ったメッセージが込められている。それでは散りばめられている言葉を本文から拾ってみよう。

今回の新型ウイルス流行を背景に生まれるある種の考察は、そのころになっていても(新型コロナウイルスが終息した後)まだ有効だろうから、なぜなら今起こっていることは偶発事故でもなければ、単なる災いでもないからだ。それにこれは少しも新しいことじゃない。過去にもあったし、これからも起きるだろうことなのだ(地に足をつけたままで)。

SARS-CoV・2は今回の新型ウイルスの名前で、COVID-19は病名、つまり感染症の名前だ。〈中略〉感受性人口、ウイルスが感染させることができる人々、感染人口、すでに感染した感染者たち、隔離人口、ウイルスに感染させることができない人々の3つに分類でき、感受性人口(Susceptibles)、感染人口(Infectious)、隔離人口(Removed)の頭文字を並べたのが、SIRだ(感染症の数学)。(一部書き換えて引用―筆者)

仮に僕たちが75億個のビリヤードの球だったとしよう。僕らは感受性保持者で、今は静止している。ところがそこへいきなり、感染した球がひとつ猛スピードで突っこんでくる。この感染した球こそ、いわゆるゼロ号患者だ(訳注/未感染の集団に病気を最初に持ち込む患者)。ゼロ記号患者はふたつの球にぶつかってから動きを止める。弾かれた球は、それぞれがまたふたつの球にぶつかる。次に弾かれた球のどちらもふたつの球にぶつかり……あとはこのパターンが延々と繰り返される。感染症の流行はこうして始まる。一種の連鎖反応だ。その初期段階には、数学者が指数関数と呼ぶかたちで感染者数の増加が起きる。あらゆる感染症の秘められた核心とも呼ぶべきこの数字は基本再生産数と呼ばれ、R0という記号で示される。記号の読み方は「アールノート」で、どんな病気にも必ずR0がある。ビリヤードの球の例だと、R0は2にぴったりで、各感染者が平均ふたりの感受性保持者を感染させる、ということを示している。今回のCOVID-19の場合、R0は、2.5ぐらいではないかと言われている(WHOは2020年3月の時点でCOVID-19のR0を2.0~2.5のあいだと見込んでいる)。〈中略〉ひとりの感染者から伝染する人数が1未満でなければ状況はけっして楽観できないという事実のほうだ。R0が1未満であれば、伝播は自ら止まり、病気は一時の騒ぎで終息する。逆にR0がほんの少しでも1より大きければ、それは流行の始まりを意味している(アールノート)。

「市場にて」では新型コロナウイル発生源について中国の武漢のことに言及している。そして、「スーパーマーケットにて」で次のように書く。

ミラノ在住の著者の友人の日本人の母と娘が買い物に行くと、何もかもお前らのせいだ、さっさと国に帰れと怒鳴られたという。しかも、中国に帰れ、と言われたようだ。医師である著者の父が、イタリア最初のエイズ患者の対応に戸惑った話を持ち出した後著者は、普段よりも少しひとに優しくしよう、慎重になろうとすることができるはずだ、スーパーの通路で他人にぶしつけな文句で罵ってはいけないということも覚えておこうと書く。いずれにせよ――どうしてもアジア人の顔を見分けることができぬ僕らイタリア人の困難さはさておき――今度の新型ウイルスの流行は、何もかも「お前らの」せいではない、どうしても犯人の名を挙げろと言うのならば、すべて僕たちのせいだ、と「みんなの責任」として受け止めようと優しく語る。
南イタリアのキシレラのオリーブの木が寄生細菌でやられた話、その後も「専門家」、「外国のグローバル企業」、「万里の長城」、「パン神」それに「日々を数える」と独自の考えを展開していく。そして、著者あとがきの〈僕は忘れたくない〉のレフレーンが効果的な「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」で終わる。フランスの作家マルグリット・デュラスの言葉を引用しながら、新型コロナウイルスを戦争に例えられることへの違和感を示し、患者を助けよう、死者を悼み、弔おう、そして、まさかの事態に備えようと結ぶ。感染の拡大を数学的にわかりやすく解説しながら、今考えていることを素直に書き記している。

毎日新聞夕刊(2020年4月13日)特集ワイド欄「いま考えることを忘れまい 「コロナの時代の僕ら」出版へ イタリア人作家ジョルダーノさん 国ではなく全人類の問題 」を再読。その新聞記事はこちら↓

ジョルダーノのインタビュー記事 - 20200601152401.pdf

緊急出版の理由は、「感染が広がり混乱した人々を鎮めたかったのが一つ。もう一つは、疫病と地球環境の関係など、僕が考えたことを多くの人に伝え、今後も議論を続けてほしいと思ったからです」と。本書は読みやすい分すらすらと読み進んでしまいがちだが、ふと立ち止まって考える、そういう一冊である。ポストコロナ時代のヒントがここにはあるような気がする。著者は1982年生まれの38歳。イタリア北部トリノ出身。訳者の飯田涼介氏はイタリア在住。イタリアの地理を改めてチェック、そうこうしているうちに少し嬉しいニュースが入った。水の都ベネチアでコロナの感染拡大防止策で人々がホームステイしていたおかげで運河の水がきれいになり、魚が戻ってきた。コロナは良いことももたらすのだ。
急いで書き記そう。帯の写真で拝見した限りでの著者の風貌は、ガリレオ・ガリレイに似ていないか。もっとも著者は大分若いが。イタリア人は我々日本人には、いな、筆者には皆同じく見えてしまうのだ。(笑)

ああ、それにしてもだ、新型ウイルス感染で死亡した全世界の人々よ、安らかにお眠りください。数を数える酷さと国が数の大小を問題にしているこの現実、矛盾するなあ。人の死を決して無駄にしてはならないのだ。人の命の尊さと儚さを思う今日この頃である。

【追記】上記のコラムを書いて1週間くらい経過してからアメリカのニューヨークタイムズに異例の記事が出た。新型コロナウイルスで亡くなられた人たちを同紙が一面に文字のみで掲載したのだ(2020年5月24日付)。タイトルは、数え切れないほどの損失、およそ10万人のアメリカの死。氏名、年齢、出身地、一言添えてリスト化。墓碑銘。本当に胸が痛む。日本の新聞はこんなことができるだろうか。
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.tampabay.com/news/nation-world/2020/05/23/the-new-york-times-dedicates-sunday-front-page-to-names-of-1000-coronavirus-victims/%3FoutputType%3Damp%26usqp%3Dmq331AQQKAGYAdHYqqDt4JTvG7ABIA%253D%253D


【PDF版】

The New York Times, May 24, 2020 - 20200601152435.pdf


2020/05/03

超人のコロナ感・考 2

毎日新聞(2020年5月1日)夕刊特集ワイド 「この国はどこへ コロナの時代に」の大澤真幸、同紙土曜日のオピニオン欄、伊藤智永の「時のありか」それに届いたばかりの『一冊の本』5月号の「混沌とした時代のはじまり 40 人類と疫病との闘い」佐藤優の連載を読んだ。

安倍首相が5月4日に新コロナ感染防止の延長要請(5月31日までといわれているが、6月までとの説も飛び交っている)を発表する。なかなか出口の見えない新コロナ感染収束だが、政府が要請する以上ビジネス活動をしている人たちや医療関係者たちには経済的な補償などをきちんとつけて対策を講じてほしい。延長すれば延長するほどレストランや居酒屋など店舗を構えている人たちの経済的困窮さが増すのは自明なのだから。ニュースでは練馬のとんかつ店で火事があって、その現場からは焼身自殺したようなガソリンがまかれた形跡が見つかったと報じられた。このような犠牲者を出さないためにも手当金(現金給付、持続化給付金、家賃補助など)のスピードが求められる。感染の完全排除は困難を極めるのでどこで折り合いをつけるかが問題だ(追記。5月4日午後9時半過ぎ、政府の専門家委員会から新コロナ感染拡大対策として“新しい生活様式”が打ち出された!ソーシャルディスタンスなど)。

社会学者の大澤真幸は、毎日新聞夕刊特集ワイドのインタビュー記事で、エゴ捨て国境を越えた連帯をと呼びかけている。最後のほうで次のように語っている。

人づきあいも「本当に大事な関係だけを維持するようになると思います。この人と会うのは脅威を越えるくらい重要なのかと問い、打算的な関係は見直されると思います。本当に一緒に仕事をしたい、一緒にいたい人だけつながっていく。それはいいことじゃないかなと思います」。何ために、誰のために生きているのかを問い直す。本質を考える―時代になるということだ。

このインタビュー記事で印象に残ったのが(筆者もコロナ禍で考えさせられている)、“あなたの仕事は意味があるのか”と問われています、そのフレーズだ。こういうある意味では誰にでも降りかかる災厄で人は根源的な問いを突きつけられる。

あなたにとって今の仕事は本当に意味があるのか。

2020/04/23

超人の面白読書 148 小冊子ザッピング 混沌とした時代のはじまり 佐藤優 39 コロナショックと社会不安(『一冊の本』)2

ロシアのウィルス感染者が42853人、死者は361人に達していて、今後増加するとも(4月20日現在。時事通信)。ついにロシアまで。

(追記。4月29日現在、ロシアのウィルス感染者は 9万人以上。ロシア首相が感染したとロシアの放送局が伝えた。2020.5. 1)

佐藤氏は雑誌『スプートニク』を読みながら、新型コロナウイルスに関する記事を追う。その中で筆者も気になっていた記事を見つけたのだ。それは〈社会不安とパニック〉のところで次のような記事を読んだ時だ。

新型コロナウイルスの爆発的な蔓延でアジア系の顔つきをした人は世界のいたるところでウイルス保持者であるかのように扱われ、疑いの眼を向けられている。バスなどの交通機関でみんなが離れた席に座り、通りでも迂回されるようになった。ところがアジアの中でも病気とともに別な怖い伝染病、「外国人恐怖症」が流行ってしまった。日本の商店の中には中国人お断りの張り紙を出したところがある。(スプートニク日本語版、2月25日)

同じような記事が最近毎日新聞夕刊にも掲載された。イタリアの比較的若い作家が新コロナウイルスに関する本を日本で緊急出版するにあたってインタビューを受けた。書くきっかけは友人の日本人女性の妻がイタリアで迫害を受けたことだと語っていたこと、今度は日本人である。
佐藤氏は「情報リテラシーの低い人は、根拠があやふやでも自分が信じたい情報、安心したい情報を玉石混淆の大量の情報の中から選んでしまいがちです。すると大手メディアが発信する論理的で理性に訴える記事が嘘や隠蔽に思えてくるのです。〈中略〉危機の中にあっても一旦そこから距離をおいて、外国人排斥から日用品買い占め、無根拠な感染予防まで、さまざまな場面・レベルにおいて、パニック現象は起きるものだと認識しておくべきだ。その上で自分はどうするべきかを考える――正しく恐れ、適切な行動をとるためのヒントがあると思います」と書いている。また、マスクが店頭から消え、マスク着用率が高くなったのは、風説が定説になり、さらに同調圧力に転じた典型例と。そしてなるほどと思わせる見解が披露される。曰く、「欧米人は口の動き方を重視し、口元を隠すということは他人に自分の感情を知られたくないことを意味します。一方で、日本人は「目は口ほどにものを言い」の慣用句通り、目の動きで相手の感情を読み取ろうとします。相手の目が見えないと落ち着かないのです。こんなところにも文化の相違が表れていると思います」と。アメリカのある州のコンビニではマスクをかけた黒人たちを白人の警官が追い払うという光景がテレビで放送されたが、恐怖と不安を煽るというよりはむしろ差別意識が顕在化した実例だ。
「ロシアや中国のように強権的な国家のほうがリスク封じ込めに成功したら、全体主義的のほうがいいのではないかという話にもなる・・・。ロシアや中国のような権威主義的国家でなくとも危機対応はできる。それを成果として示せるかどうかの正念場に来ている」とこの記事を終えている。
書かれた時期は2ヶ月前くらいなので、その後新ウイルス感染者が特に都市部で増加、医療崩壊が叫ばれている。日本政府の対応は、東京都の新ウイルス拡大防止対策に押される形で、緊急事態宣言を4月7日に発表した。5月6日までの期間。命の問題(マスク着用や密閉、密集、密接回避の拡大防止策、医療の臨戦態勢、ウイルス治療薬の早期実施、死者をこれ以上出さない対策)、経済の問題(都市封鎖による経済的な大打撃、金銭面の救済措置を迅速公平に。国民一人10万円の支給は出たが)等ここは有事と捉え、スピード重視でやってほしいものだ。今日あたりのアメリカのメディアでは冬にまた新ウイルスがやってくるといわれている・・・。

【追記】ネットニュースが、女優の岡江久美子さんがコロナウイルスにかかって死亡したと伝えた。驚きだ。明るく気さくな人柄で好感の持てる女優だった。志村けんに続くビックな芸能人2人目のコロナウイルス犠牲者だ。

2020/04/21

超人の面白読書 148 小冊子ザッピング 混沌とした時代のはじまり 佐藤優 39 コロナショックと社会不安(『一冊の本』)

以前にもネットで話題になっていたが、ついにアメリカのトランプ大統領が、新コロナウィルス発生源と噂されている武漢市のウィルス研究所を徹底的に調査すると発表した。しかし、ウィルスは人口的に作られたものを示すものはなく、証拠の信頼性からウィルスは自然のもののようだと軍幹部の話も載せている(毎日新聞2020年4月16日朝刊)。
今朝世界のニュースをザッピングしていたら、ここに来てオーストラリアの放送局なども中国の武漢市の「中国科学院武漢病毒研究所」を取り上げていて、ウィルスはその研究所から流出したのではないかの質問に対して所長がそんなことは絶対にないと断言したコメントを放送していた。
さて、『一冊の本』に連載中の作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏の「混沌とした時代のはじまり 39 コロナショックと社会不安」には流石ロシア通だけあってロシアの軍関係、生物・化学兵器関係にも言及した記事が。実際に外交官として情報収集にあたっていた様子が分かる。その一つ、モスクワ健康センターの話。

佐藤氏が副所長に人為的にインフルエンザウイルスを作ることができるのかの質問に、生物兵器としてのインフルエンザは有望だ。見方の将兵にワクチンを注射してから、インフルエンザウイルスを散布すれば、兵器になると笑いながら話してくれたという。そして彼は、この軍医たちはおそらくCRU(ロシア軍参謀本部諜報総局)に勤務し、生物・化学兵器に関する知識を持っている印象を受けたという(P.24-P.25)。(続く)

2020/04/20

超人の面白読書 134 小堀 聡著『京急沿線の近現代史』

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【速報】本書が第45回交通図書賞を受賞されたみたい。いわば、交通界のオスカー賞。おめでとうございます!受賞理由は、「全く新しい近現代史をまとめあげたこと」だそうです。詳しくは日刊の「交通新聞」2020年3月23日号・31日号を読まれたい。またはクロスカルチャー出版ホームページを参照されたい。http://crosscul.com (2020.4.2 記)

【速報2】2020年(令和2年)4月3日、新コロナ感染(4月5日現在、東京都では1日の感染者が143人、過去最多と報道された)防止で自粛のなか(京都在住の著者は欠席)、交通新聞社社長、事務局関係者それにクロスカルチャー出版の関係者出席のもと授賞式が行われた。クロスカルチャー出版関係者がその模様を撮影(撮影=高山茜)。その動画を見るはこちら→https://youtu.be/JMuySUmc85A(2020.4.5 記)
【速報3】神奈川新聞(2020年4月20日)地域総合版に紹介されたみたい。

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京急は西の阪神、東の京急と例えられるほど海沿いを走る庶民の電車として親しまれている。しかも目立つ赤い電車でスピードもある。電車のなかで書きものをするものならすぐさま字が踊ってうまく書けないほど揺れる。その極致はカーブのある線路を走るときで、何とも言えないスリリングさを体験できるのだ。さて、そんな大手私鉄の京急について蘊蓄を傾けた本が刊行された。小堀 聡(名古屋大学准教授 横須賀市出身、日本経済史、エネルギー産業・環境史)著『京急沿線の近現代史』だ。キーワードは120年の京急を繙く、である。本書の関連年表によると、1899年(明治32)1月 川崎(のち六郷橋)―大師、国際標準軌(1435ミリ)にて開業とある。更に本文には1月21日午前10時開始と詳しく書いてある。京急はこの1月でちょうど120年になるのだ。本書は今までの電車本とは切り口が一味違って京急「沿線」の歴史だが、読み応えがあり考えさせてくれる一冊だ。筆者は全12章174頁を一気に読んだ。前から、章によっては二三度、最後の章からは、上りの各駅電車に乗った気分で反対にも読んだ。行間からは〈つよさ〉と〈やさしさ〉が感じられ、〈知見〉が迸る。少壮歴史学者のなせる業だ。初詣(川崎大師)や神社参拝(穴守稲荷)、在来産業(海苔養殖、漁業など)に従事してきた地域・住民が京急の鉄道敷設で変貌していく様を小気味良く抉る。在来産業海水浴・リゾート→大規模な埋め立て・大企業の誘致と進出・重化学工業の勃興と発展・公害→宅地開発・沿線人口増→開発に歯止め・自然破壊・住民運動・自然保護―といったように歴史の光と陰を分かりやすく、ときに資料を駆使して簡明に描き出す。大雑把に捉えれば、前半は京浜工業地帯の発展史、後半はその歪みと警鐘。京急沿線のもう一つの顔である軍隊(帝国陸海軍、占領軍、自衛隊)の話(写真とコメントがいい、特に「小松・パイン」、横浜、逗子、原発誘致失敗の言及もある横須賀とその周辺)を織り混ぜながら、京急延伸と宅地開発の歯止め→三浦半島の自然保全に言及する。そして、京急と沿線―脱工業化の設計図等→自然との共生を模索―の未来像を巡らせて終わる。京急沿線を世界史的、とりわけ東アジアのコンテキストで捉え直したことが画期的だ。ここで目次を掲げてみよう。その前に本書の狙いを著者が書いているので覗いてみたい。

「京急沿線各地での生産活動と生活(住居、行楽、住民運動など)とが、臨海工業地帯の発展とともにどう変わっていくのかを具体的に追跡したい。本書はあくまで沿線史ですから、各章には京急以外にも企業家、政治家、住民、宗教家など様々な人物が登場します。京急は時として主役を、また脇役を演じるでしょう。なお、特別出演として軍隊(帝国陸海軍、占領軍、在日米軍、自衛隊)が登場することを予め補足しておきます。神奈川県にとって軍隊は戦前・戦後を通じて大きな存在であり、それは湘南電鉄、京急やその沿線自治体に数々の影響を与えてきました。京急沿線に注目することは、世界各地からの資源輸入の背後にある日米安保体制を足許から見直す機会にもなるでしょう。」(本文P.10―P.11)

第1章 世界史のなかの京急沿線 第2章 川崎―初詣からハンマーへ 第3章 羽田・蒲田・大森―行楽、空港、高度成長
第4章 品川―帝都直通の夢
第5章 鶴見~新子安―生活と生産との相剋
第6章 日ノ出町・黄金町―直通、戦災、占領
第7章 上大岡~杉田―戦後開発の優等生
第8章 富岡~金沢八景―おもしろき土地の大衆化
第9章 逗子海岸と馬堀海岸―残る砂浜、消えた砂浜
第10章 安針塚~横須賀中央―軍都の戦前と戦後
第11章 浦賀と久里浜―工業化とその蹉跌
第12章 三浦海岸~油壺―三崎直通の夢と現実
あとがき、関連年表

筆者的には第6章、第10章~第12章が印象的。どの章から読んでもいい。鉄道史はもちろんのこと、政治経済史、環境史、都市史、社会史、軍事史、不動産史などのアプローチを可能にする、多面的な読み方ができる本だ。ぜひ薦めたい本。
CPCNo.9 エコーする〈知〉A5判、174頁、クロスカルチャー出版 2018年12月25日刊 定価 本体1,800円+税。

【追記】著者の小堀聡先生が地域情報紙『タウンニュース』横須賀・三浦版の「人物風土記」に登場しました。
その記事を読むはこちら→「20190201112835.pdf」(2019.1.1 記)


2020/03/03

超人の面白読書 146 阿部武司著『アーカイブズと私ー大阪大学での経験ー』

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アーカイブズが多様な情報源として研究者にとってはもちろんのこと、内外の行政に携わる人々 、さらには、一般の人々にも欠かせない機関であることは国際的常識となっている。ところが最近の日本では、政府が都合の悪い文書を隠蔽・廃棄・改竄するといった嘆かわしい事態がまかり通っている。日本人は、記録をきちんと残すアーカイブズの重要性を今こそきちんと認識しなければならない。

Internatinal common sense indicates that archives play an important role as are organized data for providing diverse sources of imformation not only for scholars but also for govermental bodies at home and abroad and people in general. In today's Japan, however, it is highly regrettable that government documents have been concealed, disposed of and even altered. Now is the time for us Japanese to realize the importance of archives in preserving actual records.

本書の巻末にある和英語による要約の冒頭から引用したが 、最近の政府の公文書の扱い方が森友・加計問題等で分かるように安易で杜撰、しかも嘘や忖度する官僚が目立った。自分に都合悪いことには記録を残さないか、あるいは隠蔽し揚げ句には捨てる。自己保身である。記録・整理・保管そして情報を公開することの重要性が無視され、言わば、民主主義の根幹をなす営為が勝手に踏みにじられている。

本書は、経済経営史の専門家が経験した、日本ではまだ設置が十分に確立していない大学アーカイブズ(文書館 ぶんしょかん)の設立をはじめ、図書館、博物館それに企業アーカイブズなどについてその都度雑誌等に書いたものを一冊にまとめたものである。たとえ小さなものでも手を抜かずきちんと論理的に書き記していることに加えて、格調も高い。更に自分の考えを明解に綴るあたりは社会科学者の眼だけではなく、人文学の知も感じさせる幅の広い教養に裏打ちされているように筆者には思える。筆者的には第9章 社会科学研究の国際化、第10章 読書の効用の章も侮れない。著者も書いているようにアメリカの大学では何百ページもある本を読まされ要約させられる。その読書量の凄さはよく知られたことだが、似たような読書体験を持つ著者から発せられる“粘り強い思考”、これが養われることは確かだろう。読書の効用たる所以だ。因みに、第1章~第8章までは次の通り。第1章 図書館・博物館・文書館 第2章 企業アーカイブズと大学 第3章 大学アーカイブズと企業アーカイブズ―現状と課題― 第4章 アーカイブズ創設とアーキビスト 第5章 大阪大学アーカイブズの構築 第6章 日本の官公庁における文書保存 第7章 外国のアーカイブズ 第8章 大阪大学経済史・経営史資料室。
雑文の類いなので内容に多少の重複はあるものの、それはそれで生きた証言と読めば新たな発見もあるかもしれない。大阪大学アーカイブズ設立のご苦労は文面に滲み出ているが、手さぐりからの出発を思えば、いろんな人たちとの連携プレーがあったからこそ成し遂げられたことで、著者のアナーザーヒストリーでもある。今となってはお宝だ。少し言いにくいが本書は大阪大学の宣伝には絶好の書。在校生だけではなく、卒業生にもぜひ読んで頂きたい(特に人文社会系の分野の人たち)。と同時に、図書館・博物館・文書館関係者だけではなく、若い研究者などにも勧めたい一冊である。
最後に文章の鮮やかさが本の表紙に反映しているかのようで“クールさ”を感じさせるがまた、帯風のエンジの暖かさと対比させたシンプルなデザインにも注目だ。
A5判・並製・184頁。定価: 本体2000円+税。2020年2月29日、クロスカルチャー出版刊。(クロスカルチャー出版のホームページを見るはこちら→
http://crosscul.com) 本書の詳細を読むはこちら→https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908823671 新刊チラシの三輪宗弘先生(九州大学教授)の推薦文を読むはこちら→


三輪先生の推薦文の入った新刊チラシ - 20200304151537.pdf

【追記】昨夜の『報道ステーション』でも放送されたが、3月19日付毎日新聞朝刊一面に「森友改ざん 遺族が国提訴」 手記に「佐川氏の指示」 財務局職員自殺の見出しとリードの文字。森友学園への国有地売却を巡る財務省の改ざん問題で、2018年3月に自殺した近畿財務局の職員の妻が損害賠償を求め、大阪地裁に提訴した。改ざん作業で苦痛と過労でうつ病を発症し自殺したのは、すべて佐川氏の指示だったという手記が残されていた。自殺に追い込まれた原因を明らかにしてほしいと遺族は訴えている。―毎日新聞朝刊(2020年3月19日)より
公文書改ざんの真相をぜひ解明してほしいと願うのは筆者だけではあるまい。本書でも公文書管理の重要性を指摘している。それにしても改めて手記を読んでみると、役所の役所といわれているところで幹部らによる組織ぐるみの公文書改ざん指示、それを現場担当者に押しつけている様子が手に取るようにわかる。(2020.3.19 記)
毎日新聞の記事を読むはこちら→

毎日新聞森友学園国有地手記 - 20200320115554.pdf


朝日新聞の記事を読むはこちら→https://www.asahi.com/sp/articles/ASN3L6K55N3LPTIL00Z.html

【追記】大阪大学アーカイブズニューズレター 15号(2020年3月31日)に菅真城先生の【書評】が掲載されたみたい。掲載誌を含めたチラシを読むはこちら→書評ほか - 20200401193340.pdf

【追記2】《著者関連参考資料》著者が小雑誌に書いた故中村隆英先生の業績それに御厨貴先生が毎日新聞に寄稿した記事。

阿部先生 ・御厨先生エッセイ- 20200420125927.pdf

2020/02/04

超人の面白読書 145 雑誌『すばる』2020年2月号 北野道夫「予測A」を読む 4

奇妙な想像物をこしらえて滑稽がっているシーンも。

*3 (全年齢向け)

今日も合併相手の男子校から生徒会の役員が4人来て2時間ほど議論していったが、委員会の女子たちの頭の中はチ●コのことでいっぱいだった。
男子生徒たちが退室するとき、女子生徒たちは誰も立ち上がらなかった。彼女たちの股間に生えたチ●コがはち切れんばかりに勃起していて、立ち上がれなかったのだ。
それが生えてきたのは1ヶ月前のことで、委員会の女子生徒たち全員に同時に発生した。◻◻の娘の★★も例外ではない。
女子生徒だけになると、教室はたちまち賑やかな声で溢れる。会議資料の上に携帯端末や菓子や化粧道具が広がり、会議の内容はすぐに忘れた。
「ウサイン君ってチ●コでかそうだよね」
「え―、ガダイがいいからって分からないよ。李君のチ●コ見てみたいな」
「クリス君は?」
「被ってそう」
〈中略)
こんなことは親にも教師にも相談できないが、別に問題はない。彼女たちは真っ先にクロールに相談した。
「オッケー・クロール、うちらチ●コが生えてるんだけど?」
クロールによれば、それは想像ペニス〈イマジナリー・チ●コ)というものだった。想像妊娠はよく知られているが、その前段階として想像ペニス、想像性交があり、妊娠の後には想像出産、想像子女がある。
主な原因はストレスで、彼女たちの場合は男子校との合併というストレスが、意識、無意識、物理、様々な位相で影響を及ぼしていると考えられる。

(P.45-P.46)

そしてこの物語は次のように書いて終わる。


こうしている間にも、妻は間男に抱かれているかも知れない。現在進行形で私の家族は消滅し、仕事は奪われ、社会や歴史や自然環境は誰かの都合で改変されつづけている。それなのに私は、ここでこうしてロボット掃除機の小娘のAIを相手にセクハラごっこに興じている。これも誰かの予測通りだろうか。

(P.67)

2020/02/03

超人の面白読書 145 雑誌『すばる』2020年2月号 北野道夫「予測A」を読む 3

そして、主人公が部屋でセルフプレジャー(マスタベーション)する場面。

私は部屋の机の前に一人座って、性器に血が集まって来るのを感じた。
「僕は■■さんのことを考えて毎日エロいことをしている。300回回した」
「へえ、数えてるの?」
私のもう一つ告白を、■■は電話口で聞く限りは平然と受け止めたようだった。
「引かないの?」
「男ってそういうものなんでしょう?」
きっと年上の男に教えてもらったのだろう。■■のクラスメートたち、童貞の、10代の男子たちが家で何をしているか、男なら誰でも知っていることだ。
「これからも続けるの?」
「たぶん」

(P.25)


主人公と同じ会社の女性が交流した男性と情事にふける場面。


✳2 (成人向け)

池本の陰茎が鈴木の膣に半分入ったところで、ホテルの部屋の電話が鳴った。向こう三部屋先まで聞こえるようなけたたましい音だった。池本は無視して続けようとしたが、鈴木は膝を狭めて池本の動きを制した。
「出て」
池本は鈴木と半分繋がったまま、生っ白い腕と身体を伸ばして枕の上の電話を取った。ベルが止まって静かになる。池本は憮然とした態度で応答し、受話器を鈴木に差し出した。
「きみと話がしたいって」
「誰?」
「女の人」
役立たずと心の中で罵りなから、鈴木は受話器を受け取って耳に当てた。
「もしもし」
「鈴木さん、あなたと話がしたいんだけど、一時間後に池袋に出てこられる?」
「どなたですか」
「会ったら教えてあげるわ。断るとあなたにとって面白くないことになるって、分かるでしょう?」
鈴木には朝から違和感があって、家を出るときにははっきりと視線を感じたら、すっと尾行され、今も監視されているのかも知れない。だからこんな電話に敢えて出たのだ。
「高田の差し金ですか」
「詮索は無駄よ」
池本がにやりと口を歪ませて陰茎を一気に根元まで差し込み、激しく腰を振り出す。ベッドが軋み、身体は波打ち、接合部は泡立ったが、鈴木は無表情を崩さず、平然と会話を続けた。
「今、取り込み中なんです。2時間後じゃだめですか」
「私は結構忙しいの。1時間ですべて済ませて池袋まで来て。あなたならできるわ」
電話の女は鈴木が今何をしているか分かっているような口振りだった。池本は相変わらず一生懸命腰を振っているが、鈴木にはまったく響かない。膣の中で陰茎がだんだん失ってゆく。
「なら、あなたが渋谷まで来たらどうですか?」
「嫌よ、あんなどぶ臭いところ」
池袋だって大差ないだろうと思ったが黙っていた。電話が切れると、鈴木は頭上に受話器を持っていって器用に本体の上に戻した。
「あのさ」
池本が気まずそうに見下ろしている。
「全然気持ちよくない?」
こいつは相手がよがらないと自分も気持ちよくなれないタイプか、面倒くさいな、これきりにしようかな。鈴木は両足を池本の腰に絡めて密着し、恥骨同士をぶつけた。
「我慢してたの、もう、馬鹿!」
萎えかけていた陰茎が再び鈴木の中で実体化してくる。そして最大限のそれを軽く締め付けてやると、池本はあっけなく果てた。

(P.39)


2020/02/02

超人の面白読書 145 雑誌『すばる』2020年2月号 北野道夫「予測A」を読む 2

それでは印象的な場面を本文から引用してみよう。57頁もあるのでほんの少しの引用だ。はじめの出だし36行。主人公が自分の家にいてシャワーを浴びるところからこの物語は始まる。


今、家の中には私しかいない。浴室でぬるい湯船に身を浸し、どこかに水滴が落ちる音を聞き、壁の外に広がる薄暗い静寂を感じている。
妻は5歳の長男を空手教室に連れていき、16歳の娘は土曜日なのに朝から学校に行った。最近は何かの委員会活動で忙しいらしく、土日も関係なく制服を着て出ていく。まともな企業なら働かせ過ぎで摘発されているところだ。
湯船に浸るつもりはなかったのだが、昨日遅くに帰ってそのまま寝てしまい、朝、シャワーを浴びようと思って浴室に入ったら、湯が張ってあった。おそらく娘の朝風呂の残りである。わが家では珍しいことではなく、昨日も会社の同僚とそんな話をした記憶がある。温度を確かめて、少しだけ湯を足して入った。
目を凝らすと、水面に細かいごみが浮かんでいるのが見える。娘は妻と先夫の間の子なので、私とは血は繋がっていない。純粋な女子高生の残り湯じゃないですか、と会社の後輩が興奮していたが、血は繋がっていなくとも子供の頃から知っているので、前後の脈絡なく純粋な女子高生として娘を見ることは決してない。決してないが、今や出会った頃の妻と同い年になった娘は、とても美しかった。私などの血を引かなくて良かったと思う。
妻とは6年前に結婚し、5年前に長男が生まれた。長男は生物学的にも私の子供である可能性が高い。父親譲りの運動音痴を矯正するため、空手教室に通わせているが、本人はあまり乗り気ではない。
「オッケー・クロール。換気扉を回して」
私が命じると、小さな電子音がして換気扉が回り始める。同時に、クロールは私が換気扉を付けさせたことを知っている。30分ほど前に目覚めて、まずトイレに行ったことも、冷蔵庫の気の抜けた炭酸水をらっぱ飲みしたことも知っている。それは世界中のあらゆる端末に偏在しながら、東京の中心、千代田区千代田に巨大ビルとして聳えている。もはや神にも等しいクロールに生活の細部まで把握されることを、人々は恐れなくなった。あるいはほとんど忘れた。それは圧倒的な便利さのためでもあり、無力感のためでもあり、双方の無関心のためでもある。

(P.10―P.11)


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