文化・芸術

2020/02/13

知の巨人・批評家ジョージ・スタイナーの死

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雑誌『すばる』2020年2月号の藤田直哉の「江藤淳はネトウヨの“父”なのか」を読んだあと筆者は、江藤淳についてある思いを巡らしていた。妻の死後あとを追うようにして鎌倉の自宅で自殺したこと、著名な英文学者・詩人の慶大教授の西脇順三郎氏が若いうちからマスコミにちらほらされている江藤淳(西脇先生の教え子)を嫌っていたこと、『三田文学』に関わったこと、そして、1970年代前半に慶応大学の招きで来日した英国の文芸批評家・哲学者のジョージ・スタイナーと激しいバトルを繰り広げたこと(司会は彼の著書『言語と沈黙』の翻訳者由良君美)だ(見つけ出したらこのコラムに掲載したい。ジョージ・スタイナーと日本の知識人たちのやりとりがチョーオモシロイ。要は噛み合わないのである)。掲載誌が『展望』だったか(筆者の記憶が正しければの話だが)それとも他の雑誌だったか確認しようとあちこちの本棚を探しているが、今のところ未発見なのだ(その後確か髙宮利行氏がそのことを書いていたと記憶していて、探したがその記事も見当たらない。そうしたらネットで彼の記事を見つけ、雑誌は1974年8月号の『世界』であることが判明した。感謝!見つけ出した !! 該当のコピーがジョージ・スタイナー著高田康成訳『師弟のまじわり』の本に挟まっていた)。その記事を読むはこちら→
雑誌『世界』1974年/8月号 - 20200213120228.pdf
ついでに翻訳者の訪問記を読むはこちら→
翻訳者の訪問記 - 20200213120523.pdf
ジョージ・スタイナーの原著と翻訳書は何冊か持っているが、多言語を駆使し西洋古典文学(特にダンテやシェークスピアなど)や哲学を縦横無尽に論じたまさに博覧強記の記述の羅列で、素人にはなかなか手に負えない難解な書物だ。そうこうしているうちに昨日ネットでジョージ・スタイナーの死亡記事に出くわした。2月3日逝去、享年90歳。彼の新刊書や翻訳書が出る度に、少しかじっては投げ出しまた、かじりとその繰り返しが10年前までは続いたか。雑誌『ニューヨーカー』の書評でジョン・アップダイクと並んで彼の名前が出ている記事を読んだことが今となっては懐かしい。西欧文化中心主義に根ざしたユダヤ系の知の巨人だった。アウシュビッツにこだわり続けた人でもあった。イギリスの『ガーディアン』紙電子版にも彼の死亡記事が掲載されていたが、ここではアメリカの『ニューヨークタイムズ』の記事を引用したい。その記事を読むはこちら➡https://www.nytimes.com/2020/02/03/books/george-steiner-dead.html
【追記】上記で言及している慶大名誉教授髙宮利行氏が、オンライン『三田評論』にジョージ・スタイナーの来日とその一部始終を書いている。その記事を読むはこちら➡https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/foreign-visitors/201705-1.html

【追記2】人間の記憶はいい加減なものだということがよく分かった。図書館でジョージ・スタイナー来日時前後の雑誌『展望』を調べたら、1974年7月号の『展望』にジョージ・スタイナーの慶応大学での講演の記事を見つけ出すことができた。(その講演収録記事を読むはこちら→ジョージ・スタイナーの慶応大学での講演収録記事 - 20200224153630.pdf)
この雑誌で由良君美司会、ジョージ・スタイナー、加藤周一、江藤淳で鼎談したと思っていたのだ。筆者の勘違いだった。ついでに合本してある『展望』の目次などをしばし眺めた。花田清輝、いいだもも、森有正、堀田善衛、鶴見俊輔らの名前が目に留まった。1970年代前半の思想状況を概括していた評論もあった。

2019/11/11

クロカル超人が行く 240 横浜中区 県立神奈川近代文学館「中島 敦展 魅せられた旅人の短い生涯」

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11月10日の日曜日は、スーパー台風19号など甚大な被害をもたらした被災地に配慮して延期になった天皇陛下即位のパレードがあった日。筆者たちは中島敦展を観に港の見える公園近くの県立神奈川近代文学館

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に出向いた。きっかけは定番の高校国語教科書の文学作品、中島敦の『山月記』が掲載されなくなる懸念があることを雑誌で読んだからでまた、ちょうど館のメールで開催を知らされたことで観にでかけてみようと思ったからだ。まさにタイミング良い企画展だ。そのことを如実に伝えるコーナーが最後の方にあった。そこには戦後すぐ採用されるきっかけとなったエピソードと実際に教科書に掲載されている文学作品等が解りやすくディスプレイされていた。『山月記』の位置は断トツに1位。過去に何度か中島敦展は開催されたらしく、今回は中島敦が国語編修書記官として赴任した南洋諸島にフォーカス、作家池澤夏樹のユニークな解説付きだ。2時間20分(11時50分~14時10分)、夏目漱石の書斎を再現した常設コーナー(獅子文六、大佛次郎、吉川英治、岡本かの子など横浜、神奈川にゆかりのある作家をコンパクトに展示・解説)も再度拝見したのだ。

中島敦展 魅せられた旅人の短い生涯 Nakajima Atsushi―A Brief Life of an Enchanted Wadererの図録(スペースの都合上一部割愛)を見るはこちら→中島敦図録 - 20191113193714.pdf

2019/10/11

超人のジャーナリスト・アイ 175 2018・2019年ノーベル文学賞発表

不祥事により去年のノーベル文学賞が中止されたため、今年と去年のノーベル文学賞が同時に発表された。ポーランドの作家オルガ・トカルチュク氏とオーストリアの作家ペーター・ハントケ氏に贈られた。珍しく中央ヨーロッパでの受賞である。またもや賞を逸した村上春樹は、出身地の神戸で同級生とそのニュースを聞いていた。71歳になった村上春樹の顔にもさすがに苦笑いが―。前日にはノーベル化学賞は旭化成の名誉フェローでリチウムイオン電池開発者の吉野章氏に授与すると発表された。ほかの2人のアメリカの研究者とともに。賞金は1億円弱。  日本人では8人目。下記はノーベル文学賞の発表を伝えるスウェーデンの新聞『8 Sidor』。

https://8sidor.se/kultur/2019/10/de-far-nobelpris-i-litteratur/

オーストリアの作家ペーター・ハントケ氏は、コソボ紛争で戦争犯罪者として裁かれている指導者(ミロシェビッチ)の支持者と批判されているが、スウェーデンアカデミーは、政治ではなく彼の文学に関心があるだけと語っている。

2人のノーベル文学賞作家の邦訳は白水社や論創社で刊行されているらしい。

2018/11/23

小田急財団・専修大学講演会 永江雅和先生「小田急沿線の近現代史」

小田急財団・専修大学講演会 : 永江雅和先生「小田急沿線の近現代史」。2018年11月23日、専修大学10号館大教室(600人収容)。午後2時~3時30分。天候は晴れ。150人のところ800人の応募あり。抽選で400人が聴講。大盛況。

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【写真①講演会案内 ②永江雅和先生講演 ③開演前の会場 ④受付 ⑤関連書籍展示販売】

追記 ついにこのコラムの本数が2000本に達成!一応大きな節目をこえた。

追記2 講演の内容を読むはこちら➡https://www.senshu-u.ac.jp/news/20181207-03.html?utm_source=dlvr.it

2018/11/16

クロカル超人が行く 220 山梨県立文学館で「草野心平展」、美術館でミレー作「落穂拾い」や新着「角笛を吹く羊飼い」などを鑑賞

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10月上旬に山梨県立文学館で開催中の「草野心平展」と一度は観たいと思っていた美術館のミレー作「落穂拾い」を観に出かけた。良く晴れた日で甲州路の秋を少しばかり堪能した。文学館の「草野心平展」ではやはり同人誌『銅羅』の赤い表紙が目立ったほかは、山梨のシンボルの富士山と関連した心平詩などが展示されていたにすぎない。心平関係は少しは観てきたので何か目新しいものがないかと訪ねたのだった―。草野心平の中国留学や滞在での活動に関心大の筆者だが、資料提供者リストに名前のあった中国人心平研究者に注目したい(追記。それと、もう一つ重要なエッセイが図録にあった。それは草野心平が1940年代に中国滞在中に書いた小説に言及しているエッセイだ。それを読むはこちら↓
20181207190523_00001 先ほど亡くなられた詩人の入澤康夫は、岩波文庫版『草野心平詩集』の解説で心平の1940年代の中国滞在期間―汪兆銘南京政府の宣伝部顧問時―の行動が謎だと書いていた・・・)。
ついでに観た山梨ゆかりの多彩な作家たちのコーナーは意外と面白かった。そうか、この作家も山梨出身だったかと忘れていたことも。館内がいやに騒がしいなと思っていたら、どうやら子どもたちがスタンプラリーをしているらしく即席の回答求めて走り回っていたのだ。
マルシェ開催中の広場を通り向かいの美術館に出向いた。ここではフランスバルビゾン派のミレーの「落穂拾い、夏」(1853、油彩・麻布、38 .3×29.3)や9月に開館40年を記念して購入した「角笛を吹く羊飼い」(制作年不詳、油彩・板、38.1×27.9)などを鑑賞した。

ミレー作品収蔵数は今では70点、世界有数でその収集の根拠は、山梨とフランスの農村地帯がいずれもブドウ畑や気候が似ていることらしい(毎日新聞2018年10月31日)。

滞在時間わずか2時間、甲府駅近くでほうとうを食べて帰った。山梨でほうとうを食べたのは15年振りくらいだ。

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【写真: 『小作甲府駅前店』のほうとう定食】

2018/05/21

クロカル超人が行く 217 相鉄本線・小田急江ノ島線大和駅『大和市立図書館』続

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【写真上から: 大和市立図書館外観 案内板 2階の外には神社が鎮座】

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クロカル超人が行く  217 相鉄本線・小田急江ノ島線大和駅『大和市立図書館』

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【写真左: 大和市立図書館 『 図書館雑誌 』Vol.112. No.2 2018年2月号より 写真右: 館内。写真は全て筆者=撮影】

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2016年11月3日に場所を替えオープンした大和市立図書館。オープンして1年半、ハードとソフトの両面で画期的な試みが奏功したのか、300万人以上の来館者があり今や日本一の図書館に。何しろ今までの図書館のイメージを覆して縛りをなくし、自由に読書できる空間を提供したことがウケたらしい。逆転の発想もこうなるとアッパレというほかない。館内での飲み食いは自由、スタバとローソンも入って、芸術文化ホール、生涯学習センター、キッズが遊べる場所や小さな学び空間などもあり、子どもから大人まで読書しながら楽しめる、それが文化創造拠点SiRiUS、言わば、リテラシー改革の発信基地だ。心に響く・心が躍る・心をつなぐがキャッチフレーズ。地域の牽引力としての公共図書館の未来形(will)が少しみえた。
さて、入館。趣のあるがっしりとした旧館は何度か訪ねたことがあるが、新館は、周辺が整備されて更に駅に近くなった。外観は何となく“環境に優しい要塞基地”を思わせる”コンテンポラリーな建築物である。1階から6階までコンセプトが明確なレイアウト(1階~3階まではエスカレーターでそれ以上はエレベーター使用。もちろん階段も利用可能)、ブラウン系の落ち着いた棚の色、本や雑誌など大きな数字で分かりやすくジャンル分けして配置、快適に読書できるよう用途に応じた机や椅子の組み合わせ等々斬新な試みがいくつも目についた。5階には本や雑誌などが自由に検索できる端末機と貸出等が簡単にできる端末機が置いてある。スキャナー技術が進化し、その技術の応用が貸出や返却のシステムにもみられる。特に高校生のプチグループや中高年が目立ったが、キッズ連れのファミリーも。中には車椅子で来館した元気な年配者もいた。4階は健康都市図書館と命名された健康に関する本や雑誌が陳列されている。館内には健康をチェックできる器具やエクササイズができる器具まである。大和市は健康都市宣言を謳い、高齢者の健康維持で治療費などをおえる運動を展開中だ。その他に託児所施設も。一日中いても飽きない図書館だ。この図書館の詳細情報はこちらが参考になる→https://www.trc.co.jp/topics/event/e_yamato.html

2017/12/11

2017年ノーベル文学賞受賞者式 日系英国人作家カズオ・イシグロ氏のスピーチ

下記は昨夜(12月10日)スウェーデンのストックホルムで行われたノーベル賞受賞式でのノーベル文学賞受賞者・日系英国人作家カズオ・イシグロ氏のスピーチ。

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Kazuo Ishiguro's speech at the Nobel Banquet, 10 December 2017.

Your Majesties, your Royal Highnesses, ladies and gentlemen.
I remember vividly the large face of a foreigner, a Western man, illustrated in rich colours, dominating the whole page of my book. Behind this looming face, to one side, was smoke and dust from an explosion. On the other side, rising from the explosion, white birds climbing to the sky. I was five years old, lying on my front on a traditional Japanese tatami floor. Perhaps this moment left an impression because my mother's voice, somewhere behind me, was filled with a special emotion as she told the story about a man who'd invented dynamite, then concerned about its applications, had created the Nobel Sho - I first heard of it by its Japanese name. The Nobel Sho, she said, was to promote heiwa - meaning peace or harmony. This was just fourteen years after our city, Nagasaki, had been devastated by the atomic bomb, and young as I was, I knew heiwa was something important; that without it fearful things might invade my world.
The Nobel Prize, like many great ideas, is a simple one - something a child can grasp - and that is perhaps why it continues to have such a powerful hold on the world's imagination. The pride we feel when someone from our nation wins a Nobel Prize is different from the one we feel witnessing one of our athletes winning an Olympic medal. We don't feel the pride of our tribe demonstrating superiority over other tribes. Rather, it's the pride that comes from knowing that one of us has made a significant contribution to our common human endeavour. The emotion aroused is a larger one, a unifying one.
We live today in a time of growing tribal enmities, of communities fracturing into bitterly opposed groups. Like literature, my own field, the Nobel Prize is an idea that, in times like these, helps us to think beyond our dividing walls, that reminds us of what we must struggle for together as human beings. It's the sort of idea mothers will tell their small children, as they always have, all around the world, to inspire them and to give themselves hope. Am I happy to receive this honour? Yes, I am. I am happy to receive the Nobel Sho, as I instinctively called it when, minutes after receiving my astounding news I telephoned my mother, now 91 years old. I more or less grasped its meaning back then in Nagasaki, and I believe I do so now. I stand here awed that I've been allowed to become part of its story. Thank you.
ーノーベル賞委員会公式ホームページより
また、12月7日のカズオ・イシグロ氏の記念講演の内容や模様を見るはこちらへアクセスされたい。http://www.nobelprize.org


2017/10/05

今年のノーベル文学賞は英国の日系作家カズオ・イシグロ氏に

今年のノーベル文学賞は英国の日系作家カズオ・イシグロ氏が受賞。受賞理由の英文は次のようだ。
“Who, in novel of great emotional force, has uncovered of the abyss beneath our ilusory sense of connection with world.”「世界と私たちがつながるという幻想の下、暗い深淵を感情豊かな力のある作品で明らかにした」としている。残念ながら今年も村上春樹氏の受賞は見送られた。下記はスウェーデンの小さな新聞『8 sidor』(5 oktober 2017 )から。

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Författaren Kazuo Ishiguro
får Nobelpriset i litteratur.
Han är född i Japan
men bor i Storbritannien
sedan många år.

62-åriga Kazuo Ishiguro
har skrivit många böcker.
Några av de mest kända är
Återstoden av dagen(『日の名残り』),
Begravd jätte (『忘れられた巨人』)och
Den otröstade(『充たされざる者』).

Många säger att han
skriver böcker som är
ganska lätta att läsa.

Den som inte orkar läsa
honom kan se filmen
Återstoden av dagen
som är gjord på hans bok.

Dela på internet.

ノーベル文学賞受賞の詳細はこちらへアクセスされたい。ノーベル賞委員会公式ホームページhttps://www.nobelprize.org/

追記 NHKが2年前に放送した、カズオ・イシグロ氏講演の「文学白熱教室」の再放送を視た。更に再度ユーチューブでも視聴。フィクションを書きたいのは、ただ単に情報を伝えるのではなく、感情を分かち合いたいからだと語っていた。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の読書体験を通じながら、「記憶」についても語っていたが、筆者もこの「記憶」の思い入れについては興味津々だ。作家が自分の作品について語ることにはある種のワクワク感がある。ここで一つ重要な発見があった。自分は日系作家で日本や日本人を想像の産物として書いてきたが、ヨーロッパやアメリカの読者は作家の意向とは違って、日本や日本人の特殊性を興味深げに読んでいることに気づき、普遍的なテーマに迫ろうと英国の執事を扱った『日の名残り』を書いたと執筆の経緯を語った(結果、この作品で成功をおさめ、映画化もされ、英国の作家としての地位を不動なものに)。合点が行くような発言だ。
また、別なところでカズオ・イシグロ氏は、翻訳しやすいようにできるだけ平易な英語で書くことを心掛けていると語っていた。さすが英国のベストセラー作家は、世界中の人とたちに自分の作品を一人でも多く読んでもらいたいとの思いが強いようだ。社会や政治的な関心も大な作家だ。
仕事帰りに東京駅近くにある大書店の洋書コーナーに寄ってKazuo Ishiguroの本を探したが品切れだった!TBSはドラマ『私を離さないで』を再放送すると発表した。(2017.10.15 )

2017/06/26

文化講演会の案内 クロスカルチャー出版主催 第11回 「魅惑の私鉄沿線物語ー小田急・京王沿線の近現代史」

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クロスカルチャー出版主催の第11回文化講演会が江戸博で開催される。今回で11回目のタイトルは、『魅惑の私鉄沿線物語ー小田急・京王沿線の近現代史』で講師は専修大学の永江雅和先生。どなたでも気軽に聴講が楽しめるみたい。詳細は上記の案内チラシで。

追記 6月30日の東京中日スポーツ新聞はじめスポーツ紙3紙や7月4日の読売新聞夕刊、7月8日の東京新聞夕刊にも開催情報が掲載されて反響があったみたい。学生さんと新聞を見た人などがほぼ半々の割合で理想的な聴講者の構成、欲を言えば、あと少し聴講者が入っていると良かったかも。カラフルでビジュアル的なレジュメ、分かりやすい講演で好評だった。こういった講演をまた開催してほしいという声も。(2017.7.20 記)

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