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2020/08/15

超人の面白読書 151 田村紀雄著『自前のメディアをもとめて―移動とコミュニケーションをめぐる思想史』5

特に印象に残ったところと言えば、幼少期から大学・東大新聞研助手時代までか。なぜなら、ここのところが今まであまり聞いたことがなかったから。先生も、いろいろとご苦労なさっていらっしゃるのですね、と言われるのがお嫌いらしい。それなりの境遇を受け入れて、むしろ楽しくやってきたと。そういう先生、人間味に溢れているじゃありませんか。何が違うか。目線、ハートが違うのだ。一人ひとりに寄り添う姿勢が確かなのだと思う。それと対象に向かう姿勢が半端ない。雑誌『思想の科学』との関わりなど人間間の動きが機敏で柔軟、これは持って生まれた気質かも知れない。もちろん、それなりの理論と応用編を書き留めている。そうそう、そこには優しい眼差しがあるのだ。だから、86歳になっても中学時代の同級生100人と毎年同級会を開いているという離れ業ができる間柄なのだ。羨ましいと思う。誰彼が偉いというわけてなく、みんな、それなりに社会や家族に貢献してきた人たちとさり気なく語る著者。


「ローカル紙の生態」(『思想の科学』(1965.2月号))、「コミュニケーション・メディア体系」(『言語生活』(1968.第205号)。この雑誌は若い時代に購読していたが、惜しまれて休刊のまま。ある先生は創刊号から全部揃えているはずである)、「農民運動とコミュニケーション」(上)(『東京大学新聞研究所紀要』(1971.第20号))、『鉱毒 渡良瀬農民の苦闘』、『ひろばの思想』、『ミニコミ 地域情報の担い手』、『渡良瀬の思想史』、『米国初期の日本語新聞』、『アメリカの日本語新聞』、『カナダの日本語新聞』、『鈴木悦 日本とカナダを結んだジャーナリスト』(最近書棚を整理していたらリブロポート刊の本が出てきた)、
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『日本のリトルマガジン』、『「国境なき労働者」とメディア』、『コミュニケーション 理論・教育・社会教育』、『カナダに漂着した日本人 リトルトウキョウ風説書』、『エスニック・ジャーナリズム 日系カナダ人、その言論の勝利』、『移民労働者は定着する 「ニュー・カナディアン」文化、情報、記号が伴に国境を横切る』など論文や著書多数。多産な人でものを書くのが好きな先生である。せいぜい長生きしてください。

【追記】先生のお話で足尾銅山関係者には関東で私立学校を創設した方もいたとあるが、関東学院大学の創設者かも(詳細はこのサイトで⇒ https://crocul.cocolog-nifty.com/callsay/2009/02/post-618c.html  足尾銅山にはずっと行きたいと考えていて、コロナ収束後に出かけたい)。また、幸徳秋水のアメリカでの新聞発行、また、上智大学の新聞学科創設の話も面白かった。さらに日本の大学に移民学科をと力説していたことも一理あると思った。それと、何と言っても東京経済大学のコミュニケーション学部創設の話が先生には印象深いらしい。先日お目にかかった時にもこの話が出た。(2020.8.18 記)

【追記2】田村先生はこんな話もしていた。東京経済大学は工学院大学と連携すると。文系単体大学と理系単体大学の融合形だ。また、何かと話題作りがうまい立命館大学が、今度は衣笠キャンパスにある映像学部と草津キャンパスにある情報理工学部をいばらぎキャンパスに移転し、NTTなどと連携して地域に密着した産学協同を実施していくという。大学もポストコロナの生き残りをかけて動き出した感じだ。名前を戻した東京都立大学(誰が名付けたか知らないが「都市大学東京」って何だったの)、大阪公立大学(財政的には分かるが、果たしてうまくいくの)(2020.8.28 記)

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