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2020/06/18

クロカル超人が行く 118 ニューヨーク再訪 7 最終回 続

13年振りに尋ねたニューヨークは最初にワールド トレード センター跡地のグランド ゼロDscf0560_2からだった。地下鉄から出るとちょうど帰宅の時間帯だった。ぞろぞろとそれこそいろんな人が家路を急ぐ光景に出くわした。かつて見た富の象徴の二つの高層ビルは跡形もなく、今は工事中の大きな幕に取り巻かれているだけだった。9.11直後、犠牲者のモニュメントを見たかったが入れないという。仕方なく写真を記念にパチリ。赤い夕陽が隣のビルの窓にさしかかる瞬間、その光に幾分頼りなさを感じたのは果たして気のせいだろうか。
人々の表情を追おうとその時思い浮かんだ。それからチャイナタウンにあるレストランで最初の夕食となった。野菜炒めものと海鮮お粥に青島ビール。身内がよく通う店だそうな。味は日本人にあっていた。客がいつもより少ない、不景気の影響とか。それから5日間いろいろな街の表情を切り取った。そして旅の収穫は、ウォール街そのものには行ってはいないけれども、観劇の強弱や(「ブルーノート」でのジャズ鑑賞とオフブロードウェイでのミュージカル「STOMP」の鑑賞、Dscf0754_2街歩きのコツ、地下鉄やバス利用(以前はバス乗車は危険で利用をむしろ止めたほど、複雑な市営地下鉄は東京のそれより複雑だが、これも以前より落書やノイズがほとんどない。一度コロンビア大学に行くときの車中でマリアッチ演奏の旅芸人3人組に出くわした。演奏が終わるや否や、若い女が帽子を反対にしてカンパを乞うていた。ある程度もらえば次の車両に移動するのだ。現金なものだ)、大学図書館見学と学部訪問、低料金(30ドル)のバスで行くフィラデルフィア1日観光旅行等々だった。Dscf0789Dscf0786Dscf0790Dscf0766

これもニューヨーク在住の身内のアドバイスがあって実現できた。それにヤンキースタジアムで松井選手やジーター選手も観た。しかも松井選手のヒットまで、それはいつでも引き出せる旅の良い思い出だ。失敗談はどの旅にもつきもの。筆者もご多分にもれなかった。アメリカ・スカンジナビア協会では最新号の雑誌入手に失敗、雑誌「ア パブリック スペース」発行元訪問は近くまで来たものの、別な用事で終わってしまった(それは創作料理がまずくなりそうな身内との夕食だった。旅の目的には身内との話し合いも入っていたのだ)。そしてフィラデルフィアでの午後の出来事。Dscf0821Dscf0816
ペンシルべニア大学行きまでは良かった。明治期にペンシルべニア大で講演した日本人リベラリスト馬場辰猪の墓を探すのに2時間以上もかかってしまい、結局見つからず、判明したのは帰りのタクシーの中だった!一巻の終わり、後の祭りだった(実は馬場辰猪に関してコピーを取っていたが、出発直前他の資料ともに忘れて行ってしまったのだ)。教訓はインターネットなどで下調べを充分にせよということだが(墓地なのか記念碑なのか、場所の特定、少なくともメモくらいは持参。初めてのところに行くのだから。うっかりである)、また、土曜日が悪かったのだ。スタッフは大概デイオフだ。フィラデルフィアはもう行かない!とかんかんの身内、それもそう、行くまでいろいろと手配した挙げ句、2時間以上近く待たされたのだから―。今はないトークン(それがフィラデルフィアの地下鉄ブルーラインで見つけて変に懐かしんだ)の代わりに磁気でできた地下鉄カードの通し方に戸惑い(いっそのこと日本のようにタッチにしてしまえば)、歩きに疲れては足首やふくらはぎを揉んだ。300枚弱のデジカメ写真も見物だろうか。そう、ブルックリン橋渡り歩きは身内に、コロンビア大学の図書館書庫の貴重書見学と資料あたりもO先生に感謝だ。全てはある先生が語っていた<互恵性reciprocity>だが、今回ばかりは相手に助けをいただいたことだけかも。give & take の精神は大事である。旅とはある距離を心の物差しで測る道具かもしれない。伸びたり縮んだりする。旅は心象風景にほんの少し彩りを与える。旅の目的が何だろうと。だから最近考えていた事柄の一部に―大きなファクターだが―あるヒントを与えた、無駄ではない、無駄もまた、健全なる精神を形成する、大袈裟に言えば文化を形成するとね。最後に筆者の英語のヒアリングも上達したみたい。ニューヨークスタイル イングリッシュに大分慣れたか。ところで、新型インフルエンザは滞米中は全く支障なしだ。そう書いてニューヨーク再訪記を終わろう。

【追記】鳩山由紀夫新首相が明日からニューヨークの国連本部での演説、オバマ大統領との会談、G20などの出席のためアメリカへ出発することを帰国して知った。大リーグの始球式もするらしい。
そして最後に小さなエピソードを披露しよう。フィラデルフィアのペンシルべニア大学の博物館の研究員(日本人のモニュメント探しに一役買ってくれたプログラマー)にお世話になったので、ニューヨークに帰るバスの中でお礼のメールを書いたのだ。その返事が帰国後すぐに来た。下記はその文面。

Mr.Chojin,

You're very welcome. I'm sorry I couldn’t find the garden and monument for you. Now that you found the grave site, you and your son will have to return to Philadelphia to see it. And when you return, be sure to visit our Museum again, as we always have new and exciting exhibits!

Enjoy your day.

Kind regards,
Jay

【追記2】2020年春のニューヨークはコロナ禍で大変だった。大分落ち着いてきてビジネスも徐々に戻りつつある。ミュージカルなどニューヨークらしいところは、まだまだ半開き状態だ。劇場関係者が言っていたことだが、今までは金持ちの年配者が客の大半だったが、これからは若者も観賞できるようにチケットをより安く提供出きるようにして新しく生まれ変わりたい。コロナ禍は人々の意識を変えつつあるようだ。(2020.6,17 記)

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