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2020/05/28

超人の面白テレビ観賞 NHK朝ドラ「エール」4

ここに名古屋の知り合いが送ってきた5月9日付『中日新聞』の夕刊がある。トップ記事が古関のエール。朝ドラで知られることになった古関裕而の妻の出身は豊橋市。愛知県をはじめ三重、岐阜県の中部圏を代表する地元紙が早速肖り取り上げた格好のような気がする。しかし、少し読んでみると古関裕而も様々な作曲をしてたことがよく理解できる。愛知県民歌をはじめ、豊橋市歌、名古屋銀行社歌、近鉄百貨店社歌、豊田トヨペット社歌、三重交通社歌、躍進四日市歌それに岐阜プラスチック工業社歌等々多岐にわたっている。『古関裕而―流行作曲家と激動の昭和』(中公新書)の著者刑部芳則日大准教授は、「クラシックの素養と流行歌で培った聴きやすい曲調が社歌や自治体の歌と相性が良かったため、依頼されるのが多かったのではないか」とコメントしている。生涯5000曲以上作曲しているから驚きだ(追記。5月27日付毎日新聞で見つけた。「古関さんはクラシックのほかに、日本古来の民謡や国内外各地に根ざした音楽に強い興味を持ち、深く勉強していました。曲の根底には日本人のもともとの気質に合うようなメロディーや和音があるのではないでしょうか」(古関裕而記念館の学芸員のコメント) 新聞記事の詳細を読むはこちら→
古関裕而の新聞記事.pdf)。

福島県の偉人に伝染病の研究で有名な野口英世がいるが(筆者は小学5年か6年の学芸会で野口英世の幼少期を演らされた)、彼は医学研究では優れた業績を残しても人間的には問題があったようだ。その点同じ偉人でも古関裕而は家族思いの真面目な人だったか。前にこのコラムで言及した「ビックショー」を見た限りではそう思った。しかし、戦争讃歌の曲も作ったが・・・。

今朝(2020年5月27日)の「エール」は、失恋後に幼なじみから詞の提供があって、裕一が曲をつけた「福島行進曲」。初めてのレコード化だ。コロンブスレコードが用意した女性歌手によってレコーディング、指揮はもちろん裕一。歌詞はテロップで流れた。妻音の喜びようは――。
余談だが、コロナ禍でNHK初の朝ドラがロケ中断を余儀なくされたため、放送は6月26日までになり、それ以後はしばらく再放送で凌ぐそうだ。最近のNHKは大河ドラマといい、今度の朝ドラといい、ついていない感じだ。厄払いしないといけないかも(笑)

2020/05/24

超人の面白テレビ観賞 NHK朝ドラ「エール」3

朝ドラで筆者がほぼ毎日見ていたのは第90回あたりからだから6年くらい前か。第90回「花とアン」(女性翻訳家の話)、第91回「マッサン」(日本のウィスキー生みの親物語)、第92回「まれ」(女性ケーキ職人物語)、第93回「あさがきた」(大阪商人物語)、第94回「とと姉ちゃん」(花森安治物語)、第95回「びっぴんさん」(神戸の洋服屋物語)、第96回「ひよっこ」(茨城の田舎娘東京奮戦記)、第97回「わろてんか」(吉本せい物語)、第98回「半分、青い」(岐阜・東京・岐阜で繰り広げられる男女の物語)、第99回「まんぷく」(カップ麺創業者物語)、第100回「夏空」(北海道開拓民の話)、第101回「スカーレット」(信楽焼女性陶芸家物語)。出社前の14分、始めは8時からの視聴だったが、この時間帯だと慌ただしくてBSの7時半から始まる時間帯に切り替えて現在に至っている。


ところで、知り合いがラインで送ってくれた朝ドラ「エール」の撮影場所の福島市民家園。知り合いが散歩中に撮影したものだ。

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超人の面白テレビ観賞 NHK朝ドラ「エール」2

朝ドラ「エール」のはじめの頃は、唐沢寿明扮する音楽好きの父親の福島弁がオモロかった。キャラが立った。しかも、あまり商売っけがなく趣味人風。当時家に蓄音機を持っていたところは少なかったはず。筆者の実家の2階には蓄音機があってコロンビアのレコードもあった。昭和31、2年頃だったか。それより30年前に田舎の中通りの福島に蓄音機があったのだからすごい。高校ではハーモニカを吹く変わり者で作曲も。主人公の才能を認めた音楽教師や友人との出会い、半ば諦めかけて叔父の銀行に赴き行員生活していた時に(風間杜夫扮する頑固な叔父の経営者や愉快な銀行仲間がこの回を盛り上げた)、新聞記者になっていた友人の勧めでイギリスの国際作曲賞に応募(応募作は舞踏組曲「竹取物語」ほか)、二等を獲得するも、主人公の実家の呉服屋が傾き自分の進路が危ぶまれた。主人公の優柔不断さもあって、イギリスから二等獲得ご褒美の留学取り消しの手紙が。不況のせいで資金を出せないという知らせ。一方、豊橋の音の家では、主人公の一ファンだった音が持ち前の行動力で裕一の音楽の才能を活かしてくれるよう母親や兄裕一に替わって呉服屋を継いだ弟などの説得ができず(実家が大変な時期に何を夢見ているのかと取り合ってくれない)、さっさと豊橋へ帰ってしまう。やがて音は姉と東京で学生生活を送る。そこへ音楽に理解がある父親に見送られて主人公が転がり込む。音の孤軍奮闘の甲斐あって主人公はコロンブスの専属作曲家になる。二人で借家住まいもするが、西洋音楽で学んだ者が、コロンブスレコード会社のディレクター(古田新太。はまり役に見えたが)からいきなり流行歌を作れと言われて主人公は打ちのめされ、尊敬する小山田先生(志村けん)にも相手にされない。そんななかライバルの木枯正人(野田洋次郎)と出会い、ある時など嫌気がさしていた木枯正人から銀座のカフェに誘われる。流行歌はこういうところで社会観察して出来上がると木枯がギターを奏でながら「影を慕いて」を唄ってみせる。これがカフェの女やお客さんにウケる。酔って帰った翌朝に裕一は、カフェの女に口紅をつけられたとは気づかずに昨日のシャツを着て朝食に臨んだが、妻音に見つかり夫婦喧嘩に発展、ドタバタ劇が繰り広げられる(朝から夫婦喧嘩を見せられてはたまんないと苦情のメールかあったとか、なかったとか)。
唐沢寿明の演技と福島弁、風間杜夫の明治気質で威厳を盛り込んだ演技、薬師丸ひろ子の包容力のある演技、ヒロインの野性的な顔立ちと大胆な演技、バイプレーたちのコミカルな演技など視聴者を惹きつける演出が目立った。筆者的には主人公裕一とヒロイン音の食卓に出る納豆と八丁味噌の対比がチョー面白い。土地柄、人柄が出ていたような気がする。そうそう、食物で県民性を言い合う番組があったっけ。そんな景色を思い出させてくれるシーンだ。

2020/05/23

超人の面白テレビ観賞 NHK朝ドラ「エール」

作曲家古関裕而といえば、福島駅東口にあるピアノを弾いているモニュメントがよく知られている。いつだったか知り合いの先生宅に行く途中、パチリと写真に収めたことがあった。このコラムのために今回スマホから取り出さそうとしたが見つからなかった。消去してしまったのかも(笑)。筆者的には萩本欽一司会の歌番組で名・迷審査員で丸顔のおじいちゃんのイメージしかない人だが、暖かみのある短いコメントも面白かったと記憶する。もう大分前の話だが、先々週の日曜日だったか、NHKはこの朝ドラ「エール」を盛り上げるため、NHKのアーカイブスから周辺資料を取り出して再放送していた。その一つに萩本欽一氏がリモートでゲスト出演し、「ビックショー 古関裕一」を見ながらコメントしていたのがあった。生き証人がいたのである。
古関裕而をモデルにした朝ドラ「エール」が好評だ。平均視聴率20%前半台をキープしている。時々ドタバタ劇が展開されコミカルなところが受けているのかも知れない。第40回は「紺碧の空」。主人公裕一(窪田正孝。心の動きをうまく取り入れた好感の持てる演技を披露している)の妻音(二階堂ふみ。野生的な顔立ちで思い切りのいい演技が冴える)が突然の「家出」をした先は馬具製造販売の豊橋の実家。姉は軍人と結ばれていたという家庭の幸せそうな変化を喜んでいるのもつかの間、実家から戻り音楽校に復帰、ライバルに刺激されて闘志を燃やす。裕一がコロンブスレコード会社の専属作曲家になっても一枚のレコードすら出せずにいるのをみかねて、またしても行動派の妻音の妙案で作曲できるいい方向に急展開する。音に仕込まれた早稲田の応援団長田中(三浦貫大。三浦友和・百恵夫妻の次男。体育会系らしい演技をしている)の“泣かせる芝居”に心動かされて一気に曲を書き上げる。尊敬する小山田先生(志村けん。渋い演技で存在感をアピール。作曲家山田耕筰がモデル)にも突き放されていた・・・。しかし、ライバルの専属作曲家木枯正人(野田洋次郎。古賀政男とすぐにわかるネーミングが可笑しい。少し屈折した男を演じている)とは彼が レコードを出して売れるようになっても、彼は何かと裕一を気にかけてくれる包容力のある人。早稲田の応援歌の作詞に曲をつける作業を一晩で仕上げ、早慶戦で披露、試合は早稲田が慶応に勝って応援団長に感謝される。そんな折、裕一は作詞を幼なじみの村野鉄男(中村蒼)に頼み、コンビを組むことを思いつき彼に打診する。これが第40回「紺碧の空」のあらすじ。

2020/05/19

超人のジャーナリスト・アイ 180 スウェーデンのキルナで鉱山地震

今日の午前中に宮城県・福島県で震度4の地震があった(追記。午後には長野県と岐阜県の飛騨高山あたりでも震度3、4の地震が頻繁に起こっているとメディアの電子版が伝えている。避難所に行くと密になるので行かないでほしいと。悩ましい!)。最近茨城県や千葉県でも比較的大きめの地震が多発している。北海道東部や南海トラフ地震が叫ばれて非常時に備えるようにと関係自治体が動いているが、避難地図などの修正を施した分かりやすいものや非常時の備蓄も準備されているようだ。
同じ地震でも質が違う鉱山地震の話だが、昨日18日午後3時にスウェーデンの北部の鉱山の町キルナでマグニチュード4.1の鉱山地震があったとスウェーデンの新聞が伝えた。幸いに怪我人はなかった模様。今原因を調べているらしい。キルナはサーミ語のギーロに由来しているらしく、ライチョウの意味。近くにはアイスホテルがあり、オーロラも見ることができる観光客に人気のスポットだ。
掲載された新聞2紙の電子版(『The Local』(英文)と『8Sidor』(瑞語)。➡ https://www.thelocal.se/20200518/record-earthquake-hits-mine-in-northern-sweden-kiruna

https://8sidor.se/sverige/2020/05/marken-skakade-i-kiruna/
因みに、日本の現在の稼働中の鉱山はネットで一覧できるが、閉山に追い込まれたところも大分あるようだ。かつては釜石鉱山、足尾銅山、別子銅山、石見銀山、生野銀山や院内銀山などが有名。忘れてならないのは、佐渡金山・銀山(何年か前に大学のゼミ合宿 に同行して坑内を見学したことがある)があったことだ。新しいとろでは鹿児島にある菱刈鉱山がある。金が採れるみたい。
鉱山史に関して現在『ちくま』に連載中の猪木武徳氏の「地霊を訪ねる」が面白い。日本各地の鉱山などを自動車でめぐる旅で勉強にもなる。また、大阪大学名誉教授で国士舘大学教授の阿部武司先生解題による『全国工場鉱山名簿』も大いに参考になる。
というわけで、スウェーデンのキルナの鉱山地震から日本の鉱山にまで話が及んだが、鉱夫たちの仕事は命がけで鉱毒も発生して公害をもたらしたことは周知の事実。負の遺産も背負い込んだのだ。

2020/05/14

超人の面白読書 149 パウロ・ジョルダーノ著者『コロナの時代の僕ら』

「繁文縟礼(はんぶんじょくれい)」。筆者はこの見慣れない語句を毎日新聞「余録」で見つけ、やはりだれでも同じ感想を持つのかと今回の役所かけ込み騒動を思った。コロナで給付を受けるにしても政府や役所の書類の読解や手続きが煩雑しかもオンライン(特に慣れないと高齢者には操作がむずかしい)、公平性を保つためというが、このコラム余録子が書いている通り給付を受ける側はかなり厄介な手続きと向き合わなければならない。役所側に簡略化と分かりやすさが求められてもいい。 因みに、広辞苑にあたると、繁文縟礼は「規則・礼法などが、こまごまとしていて煩わしいこと。形式を重んじて、手続きなどが面倒なこと」とある。更に、ネットでも調べてみた。

アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンが、官僚制の逆機能の一つとして指摘したもの。レッドテープ(red tape)ともいう。マックス・ウェ―バ―の話が出ていて興味深かった。繁文縟礼とは合理的管理様式である文書主義の逆機能である。会議の議事録、業務上の各種書類、指示・命令を伝達するためのなど、もともとは業務内容等を文書によって明示し、記録・保管することによって、業務の客観性を確保するための合理的な手続きである。これらは主業務を円滑に進めていく副業務だが、主業務化し膨大な量の文書を作成し、保管することが目的化してしまう。さらに些細なことにも書類の発行を要求されるようになり、業務の遂行の障害となっていく状況。(ウィキペディア「繁文縟礼」より)。

いつも思うのだが役所の煩雑さを少しは解決して、市民に寄り添う役所をめざしてもらいたい。ここまで今朝の毎日新聞「余録」に触発されて、筆者の体験も踏まえながら書いたみた。 さて、パウロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』の読後感だ。軽妙な文章の運びでとても詠みやすかった。その昔『限りなく透明に近いブルー』や『なんとなくクリスタル』それに『水駅』などが出たときの造本の手触りを久し振りに味わった。文章がそんなに長くなくくどくどしていないから余白の効果もある。この続きは次回に。

2020/05/12

超人の音楽鑑賞 感動的な日本人ヴァイオリニスト横山令奈さんの演奏

イタリアはクレモナ在住の日本人ヴァイオリニストの横山令奈さんが、4月21日、地元の病院の屋上で演奏した。その様子がYouTubeで世界中に流れ、目に焼き付く感動的なシーンとなった。夕暮れに〈エコーする〉ヴァイオリンの美しくも魂を揺さぶる音色と演奏能力の高さ。しかも曲もすてき。Brava! 病院関係者が拍手している姿もいい。曲目は「四季」や映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のエンリオモリコーネの曲らしい。日本のテレビ局などでも放送された。その演奏を視聴するはこちら(You Tubeから)→https://youtu.be/AXdJdYct9tI


ここで思いついた。イタリア公演の実績もある我らのヴァイオリニスト兼“歌姫”、アーティスト・表現者のサラ・オレーンさんにも演奏してほしい――。
今、緊急出版したイタリアの作家パウロ・ジョルダーノ作・飯田涼介訳『コロナの時代の僕ら』(早川書房 2020年4月25日刊)を読み始めている。イタリアの新聞連載をまとめたもの。早川書房で何冊か出しているみたい。若い作家で『素数たちの孤独』でイタリア最高の文学賞を受賞、物理学者で小説家・エッセイスト。毎日新聞夕刊のインタビュー記事で知った。以前にもこのコラムで書いたが、書く動機は友人の日本人の奥さんが買い物をしていて、イタリア人からコロナうつしと迫害を受けたことだったという。感染症の数学、確かに関係の学問か。読みやすい。なぜか寺田寅彦を思い出した。

2020/05/11

コロナの季節

コロナの季節

春はあけぼの
夏は夜
秋は夕暮れ
冬はつとめて

清少納言は
平安の世に
見事に四季の魅力を
描いた

そして1000年後の今
日本の四季が
危機に晒されている

春の夜明けは蛙とコロナ
夏の夜は花火とコロナ
秋の夕暮れはこおろぎとコロナ
冬の早朝は氷とコロナ

コロナの季節の到来で
景色が色褪せモノトーンに

地球が泣いている

かつて『季節と運命』を謳った人も
心のリトマス紙に
プラスかマイナスか測れずさ迷い
吹くカゼに
すべてを託す

あなたノーマルですか

季節は巡り
コロナの季節が顔を出す
ニューフェイスはいつの間にか
季節の顔になっていた









2020/05/09

アベ脳マスク

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製造元記載なしの怪しいアベ脳マスク
密の味がしない サイズもダウンサイズ
うわべの言葉だけがひとり歩き
妊婦用のマスクなどに不良品
発覚 回収
今や貴重品(笑)

どうなってんの
Japanese government !

今回の政府のマスク調達について毎日新聞電子版の記事→
https://mainichi.jp/articles/20200502/k00/00m/040/234000ck
【追記】昨日アベノマスクが自宅に届いた。(2020.6.6)

2020/05/08

超人のコロナ感・考 5

「超人のコロナ感・考 4」の続き。
佐藤氏はそのコラム「人類と疫病の闘い」でイスラエルの諜報機関モサド幹部の話が、「ポスト新型コロナ禍」の世界を考えるヒントになると書いている。ここで注目されるのは、コロナ禍では行動が制限されるのはどこの国とも変わらない。しかし、イスラエルでは新コロナウイルス感染者のスマートフォンにハッキングして行動を把握するという独特の防止策が取られていて、感染拡大の恐れがあると判断した場合、その人のスマホに警告を送るというもの。しかも議会の承認を得ず行われているという事実。筆者的にはここまで監視と追跡がなされては自由を脅かしかねない空恐ろしいことだ思うのだ。しかし、それはあのゲットーの教訓を活かす狙いがあるからだと書いている。極めて衛生状態が悪かったため発疹チフスが流行して多くの命を落としたからで、それは強い国家の意志の表れだと。もう一つと言ってイタリアの隣スイスの例を挙げている。新コロナウイルス感染で困っていたイタリアを助けなかった理由は、小国は他国の支援どころではない事情があった。自国を守ることが精いっぱいだったというのだ。

国家による個人の生活様式(フランスではコロナと共生することを選択、それを“ニューノーマル”と呼んで日常的な生活に取り入れていくという。2020年5月7日夜ニュース。)への介入や健康状態のモニタリングはある程度やむを得ないと認めつつ、いったん身体を含めた私的領域に国家を踏み込ませてしまうと、危機的状況が収束した後でも、そこから国家を退出させることは難しくなる。

大いに考えさせられる佐藤氏の言辞だ。同じようなことが5月3日の毎日新聞社説にも書かれていた。この日は憲法記念日の祭日である。「タイトルは新型コロナと憲法 民主主義を進化させよう」。緊急事態条項は一歩間違えば、基本的人権の尊重など憲法の大事な原則を毀損する「劇薬」ともなる、と述べ、危機が続いても、利己主義や差別する心にあらがいたいと書く。そして、自発的に他者を大切にし、民主主義を進化させていく必要性を説き、日本の民主主義社会の成熟、強さが問われていると締めくくっている。その前に民主主義社会では、民意がいったん形成されれば、人々が自ら協力する姿勢が生まれる。その方が持続性があり、警察力など使って強制するより高い効果が得られると主張。
ここが最も懸念されるところで、政府や都の自粛要請にもかかわらず開けていた店(死活問題で開けざるをえない状況に追い込まれているのだ)に誹謗中傷や差別的な貼紙をしていたところもあって、メディアで報道された。民主主義社会ではあってはならない行為だ。

超人のコロナ感・考 4

アメリカのポンペオ国務長官がコロナ発生源について中国武漢のウイルス研究所とその周辺が発生源である証拠を掴んでいると発表した。しかし、詳細は明らかにしていない。これに対して中国外務省は猛反発している。WHOは近々調査チームを中国に派遣するという(今朝のメディアのニュースから)。単なる都市伝説にさせないできちんとした綿密な調査に基づいた科学的かつ客観的な証拠を出してほしい。大統領選の外交政策の成果としたい思惑もちらつかしているか。
さて、佐藤優氏の「人類と疫病との闘い」の話の続き。後退する未来予測モデル(未来予測―─いつの時代もこういうのが流行る。それだけ人は不安持ち、安心感をどこかに持ちたい、いわば、拠り所をほしがる経済動物なのか)、強化される国家の機能(コロナ禍で見せつけられているのは、政治体制の違いで迅速化が効力を発揮した国とそうでない国、また、リーダーや医療体制・医療従事者の手腕が問われかねない事態も。命と経済、その瀬戸際――。過去の教訓を活かす手だてはあるが、実際は羅針盤のない航海を強いられている。この医療従事者(エッセンシャル ワーカー)にテラスからの感謝の拍手、ヴァイオリン演奏やダンス、動画などでエールを送る人たちがいることで和む一方、医療従事者を差別する、狭い視野の持ち主の人たちもいることも事実だ。そして、待たれるウイルスの治療薬が日本をはじめ世界各国で開発中だ。そんななか、一歩抜きん出てアメリカで発売されると昨夜報じられた。日本、中国、ロシア、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、ベトナム、タイ、フィリピン、シンガポール、インド、イラン、イタリア、フランス、イギリス、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、ポーランド、オランダ、スウェーデン、アメリカ、ベネズエラ、ブラジルなど各国の取り組みを見よ。そこには様々な景色がみえるけれどまた、同じような見慣れた景色のあるのも事実。斬新なメディアの視点が欠如しているのかないのか。伝えるメディアの姿勢も問われているような感じを受ける)、現在に通じる「ペスト」(アルベール・カミュの小説やエッセイは学生時代にいくつか読んだが、なぜかペストは最初の何頁しか読んでいなかった。全集も持っていたが今は手元にない。で、新潮文庫版『ペスト』を買って読んでいる。今の恐ろしい“コロナの季節”を予告していたかのようだ)、世界と小見出しを拾った。

筆者の説明が少し長過ぎたようだ。先を急ごう。

ここで速報が――。外交評論家の岡本行夫氏がコロナ感染で死去していたことが伝えられた。日曜日のTBS朝の番組「サンデーモーニング」に時々ゲスト出演していた外交のプロで、かつて首相補佐官を努めていた人だ。アメリカ通で温和な語り口が印象的だった。合掌。

 

【追記】2日前に武漢の女性ウイルス研究員のインタビュー記事が載っていた。もはや情報戦の様相。中国とアメリカなどと。その記事を読むはこちら→https://www.asahi.com/articles/ASN5W75Q7N5WUHBI01H.html?iref=comtop_favorite_02

 

2020/05/06

超人のコロナ感・考 3

毎日新聞「時の在りか」の伊藤智永のコラムもコロナ考。ペスト大流行で大学が閉鎖され、田舎でニュートンがリンゴの実が木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したという話は、フランスの哲学者ボルテールの作り話だったらしく(講談社学術文庫 佐藤満彦『ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿』をおすすめと)、半分怪しいと書いているが、疫病の文明論的論調に少し苦言を呈しながら次のように書く。

今起きていることは新しいか。最大の感染国はなぜ米国か。自国優先主義、国境強化、交易制限、政治家のウソとごまかし、指導者が科学と真実と正義と公正と配慮と節度と自由と人権に背いていると知りながら支持してきた世論、市場と金融と情報通信技術の前に無力な国家、その情報産業と国家に監視してもらいたがる民衆。思えばコロナ危機下の異世界は、感染爆発の前からあった変化を濃密に増幅させたにすぎない。(中略)ニューヨークでは重傷者が人口呼吸を拒むという。装着されたら十中八九死に至る惨状を患者も知っているからだ。付けなくても多くはじき亡くなる。医療崩壊の現場から伝えられる報告に言葉をのむ。

コロナ禍には古くて新しい問題が横たわっているということか。コロナにかからないことに越したことはないのだ。新コロナに罹患した人の体験談をネットで読んだが、それは想像を絶する喉の痛みや呼吸困難が伴い、生きた心地がしなかったという。人に移さない、移されないことを皆が共通感覚として持つことかも知れない。

2020/05/04

クロカル超人が行く 251 コロナ禍のなかの江ノ島行き

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【①イタリア料理『イルシャンティ ビーチェ』 ②『イルシャンティ ビーチェ』外観 ③江島神社奥津宮近くの小公園の猫 ④江島神社奥津宮近くの展望台からの眺め、片瀬江ノ島海岸 ⑤江ノ島展望台近くからの眺め、相模湾 ⑥江島神社辺津宮 ⑦江島神社門前通り ⑧シラス料理店『とびっちょ』 ⑨江ノ電江ノ島駅 ⑩湘南モノレール江ノ島駅】

特別な日を祝うため江ノ島のレストランへ。コロナ感染拡大防止のため外出自粛のなか、観光地江ノ島は流石に人は疎ら、天気も曇り。展望台近くのイタリアンと思って登ったが、そこはコロナ感染拡大防止のため休店中。予約したはずだが・・・。もう一軒水族館の隣にあると店の人に言われてそちらへ。予約した店はビーチ店だった! 毎年この日は江ノ島で特別な日を祝うのだ。


タベルナでシラススパ食べコロナ雨

人いない江ノ島の初夏コロナ雨

相模湾眺めて悲しコロナ雨


【追記】何故かメキシコでは生産中止が伝えられたコロナビール、どっこいここにはコロナビールを飲んでいたカップルがいた。店の従業員に訊くとたまたま在庫があったと答えていた。

2020/05/03

超人のコロナ感・考 2

毎日新聞(2020年5月1日)夕刊特集ワイド 「この国はどこへ コロナの時代に」の大澤真幸、同紙土曜日のオピニオン欄、伊藤智永の「時のありか」それに届いたばかりの『一冊の本』5月号の「混沌とした時代のはじまり 40 人類と疫病との闘い」佐藤優の連載を読んだ。

安倍首相が5月4日に新コロナ感染防止の延長要請(5月31日までといわれているが、6月までとの説も飛び交っている)を発表する。なかなか出口の見えない新コロナ感染収束だが、政府が要請する以上ビジネス活動をしている人たちや医療関係者たちには経済的な補償などをきちんとつけて対策を講じてほしい。延長すれば延長するほどレストランや居酒屋など店舗を構えている人たちの経済的困窮さが増すのは自明なのだから。ニュースでは練馬のとんかつ店で火事があって、その現場からは焼身自殺したようなガソリンがまかれた形跡が見つかったと報じられた。このような犠牲者を出さないためにも手当金(現金給付、持続化給付金、家賃補助など)のスピードが求められる。感染の完全排除は困難を極めるのでどこで折り合いをつけるかが問題だ(追記。5月4日午後9時半過ぎ、政府の専門家委員会から新コロナ感染拡大対策として“新しい生活様式”が打ち出された!ソーシャルディスタンスなど)。

社会学者の大澤真幸は、毎日新聞夕刊特集ワイドのインタビュー記事で、エゴ捨て国境を越えた連帯をと呼びかけている。最後のほうで次のように語っている。

人づきあいも「本当に大事な関係だけを維持するようになると思います。この人と会うのは脅威を越えるくらい重要なのかと問い、打算的な関係は見直されると思います。本当に一緒に仕事をしたい、一緒にいたい人だけつながっていく。それはいいことじゃないかなと思います」。何ために、誰のために生きているのかを問い直す。本質を考える―時代になるということだ。

このインタビュー記事で印象に残ったのが(筆者もコロナ禍で考えさせられている)、“あなたの仕事は意味があるのか”と問われています、そのフレーズだ。こういうある意味では誰にでも降りかかる災厄で人は根源的な問いを突きつけられる。

あなたにとって今の仕事は本当に意味があるのか。

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