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2020/04/01

公文書問題考

政府公文書改ざん問題でなぜか唐十郎の『佐川君からの手紙』は、猟奇的な事件にあやかった演劇人の小説で、芥川賞を受賞した作品(パリにいた佐川一政氏から自分をモデルにした映画の脚本を書いてほしいと依頼されたが、小説を書いたのが真相らしい)。早いものでもう11年が経つ。いや、もっと前だと思っていたが・・・。2年前に森友学園の国有地売却問題を巡って、国会で証言した当時財務省理財局長の職にあった佐川宣寿氏と同じ苗字、ただそれだけ、連想ゲームの類いである。強引にこじつければ、一方は、世間を恐怖に陥れ人間技とは思えない殺人犯(佐川一政)の苗字を借りた小説のタイトル、他方は、あってはならない政府公文書改ざんの官僚トップ、しかも改ざん指示で末端の部下を自殺に追い込んだ張本人の苗字で、両方とも普通ならありえへん話。


 さて、週刊『文春』2020年3月26日号は、森友学園の国有地売却問題で自殺した財務省職員の手記が掲載されたことで53万部を完売したらしい。一部440円だから➡この号だけで2億3000万以上!1週間以内だから凄すぎ。筆者は何軒か駅の売店や書店に出向いたが品切れだった。ほとんど諦めかけていた頃、思わぬところで見つけゲット(その記事を読むはこちら→文春2020年3月26日号 - 20200325162450.pdf)。なかなかセンセーショナルな記事である。記事の執筆者は、当初から森友問題を取材した大阪日日新聞の記者。しかし、今日国会では安部首相が再調査を拒否したが、透かさず手記を書いた職員の妻が、調査されるのは安部首相や麻生財務大臣と抗議のコメントを出した。それをTBSの午後11時のニュース番組で知った。やはり官僚のトップのそんたくがあったとの疑惑が消えない。モヤモヤ感が残る。ここは今はただの人である佐川氏が国会に出てきて真実を語るべきだろう。亡くなった財務省の職員の死を無駄にしないためにも。そもそもは安部首相が国会で自分が嘘を言っているなら議員を辞職するという大見栄を切ったことから始まったのだ。当時理財局長だった佐川氏にプロセス、否、真実を語ってもらいたい。


【追記】藤原節男のメール【ドンキ・ホーテ】の2020年4月6日の配信から。2020/04/04付けの YouTube動画に、「森友事件、赤木俊夫さん(享年54)の自死の真相!」について、久米宏と相澤冬樹の対談があります。ぜひ、ごらんください。https//bit.ly/3bLKTn4


【対談要旨】2018/3/7 責任を感じ、命を閉じた赤木さん。
その弔問に訪れた同僚の一人が叫んだ。「赤木を殺したのは朝日新聞だ!」
2017/2/8、森友事件(木村真豊中市会議員が、情報公開請求した当該国有地の売却額を非公表とした国の決定に対し、大阪地裁に提訴。その直後に記者会見)をNHKが初めて報じた。NHK担当記者であった相澤冬樹は、安倍昭恵夫人が、日本初の神道系小学校「瑞穂の國記念小學院」(学校法人森友学園)名誉校長に就任しているのことに触れて記事を書いた。しかし、NHK担当デスク(上司)が、安倍昭恵名誉校長のことを削って(「刺激が強すぎる」と忖度して)、森友事件(国有地売却問題)を報じた。その翌日、事前に調査を進めていた朝日新聞は、安倍昭恵名誉校長を大きく報道した。2017年2月17日、森友学園への国有地売却問題に関する国会答弁にて、安倍首相は「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」と発言。さらに、2017年2月24日、国会答弁にて、佐川宣寿元財務省理財局長は、森友学園との交渉記録をめぐって「交渉記録はなく、面会などの記録も残っていない」と答弁。その直後の2017/2/26以後、佐川宣寿元財務省理財局長の指示で、財務省近畿財務局が公文書改竄に手を染めることになる。その一年後、朝日新聞は、公文書改竄の事実を掴んで、この事実を公にした。


赤木俊夫さんを殺したのは、朝日新聞では無い。彼を殺したのは、財務省本省の佐川宣寿元財務省理財局長だ。肝心な時は、みな、知らぬ存ぜぬ顔で、責任を全て赤木俊夫さんに押しつけた。彼の奥さんは、ずっと、そのことを心に秘めていた。


相澤 冬樹(相沢 冬樹、あいざわ ふゆき、1962年 - )は、日本のジャーナリスト。宮崎県生まれ。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1987年、日本放送協会(NHK)に記者職で入局。NHK山口放送局、NHK神戸放送局、東京報道局社会部記者、NHK徳島放送局ニュースデスク、NHK大阪放送局大阪府警察キャップ、NHK BSニュース制作担当、2012年大阪放送局、2016年大阪放送局司法キャップを歴任。森友学園問題を取材する中、2018年5月、記者職を解かれ考査部に異動。同年8月NHKを退職、翌9月新日本海新聞社に入社。現在大阪日日新聞論説委員・記者。


 

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