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2019/11/21

超人の面白ラーメン紀行 265 小田急町田駅『一番いちばん』再訪

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約4年半振りに訪ねたラーメン店『一番いちばん』は、昔懐かしの醤油味と平打ち麺が持ち味の中華そば。今回は豪勢な特製ラーメン(1000円)をチョイス。チャーシューがチョー美味だった。見た感じ、あわてんぼうの年配の愛嬌のある女性とマイペースの男性とのコンビが絶妙だ。

晩秋の色づいた味また楽し

2019/11/11

クロカル超人が行く 240 横浜中区 県立神奈川近代文学館「中島 敦展 魅せられた旅人の短い生涯」

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11月10日の日曜日は、スーパー台風19号など甚大な被害をもたらした被災地に配慮して延期になった天皇陛下即位のパレードがあった日。筆者たちは中島敦展を観に港の見える公園近くの県立神奈川近代文学館

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に出向いた。きっかけは定番の高校国語教科書の文学作品、中島敦の『山月記』が掲載されなくなる懸念があることを雑誌で読んだからでまた、ちょうど館のメールで開催を知らされたことで観にでかけてみようと思ったからだ。まさにタイミング良い企画展だ。そのことを如実に伝えるコーナーが最後の方にあった。そこには戦後すぐ採用されるきっかけとなったエピソードと実際に教科書に掲載されている文学作品等が解りやすくディスプレイされていた。『山月記』の位置は断トツに1位。過去に何度か中島敦展は開催されたらしく、今回は中島敦が国語編修書記官として赴任した南洋諸島にフォーカス、作家池澤夏樹のユニークな解説付きだ。2時間20分(11時50分~14時10分)、夏目漱石の書斎を再現した常設コーナー(獅子文六、大佛次郎、吉川英治、岡本かの子など横浜、神奈川にゆかりのある作家をコンパクトに展示・解説)も再度拝見したのだ。

中島敦展 魅せられた旅人の短い生涯 Nakajima Atsushi―A Brief Life of an Enchanted Wadererの図録(スペースの都合上一部割愛)を見るはこちら→中島敦図録 - 20191113193714.pdf

2019/11/08

クロカル超人が行く 239 東京・丸の内『ロイヤルコペンハーゲン東京本店』

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東京・丸の内にあるロイヤルコペンハーゲン東京本店。贈答用に来年のイヤープレートを買い求めに寄った。ついでに店内メインのディスプレイをパチリ。もちろん店員に許可を頂いて。まわりは丸の内の高級ブランドが並ぶ一角。

【ロイヤルコペンハーゲンの2020年イヤープレート商品説明】
2020年のイヤープレートは、暖かな羽をまとった小さなメンフクロウが、歴史あるコペンハーゲン大学の片隅から聖母教会の鐘の音に耳を傾ける姿を描いています。
フクロウは、コペンハーゲンの人々が壮大で静寂に包まれた教会に入り、ベルテル・トーヴァルセンの壮麗な彫刻の美しさを堪能している様子を近くで見守っています。
今年のモチーフもアラン・ターキルセンによってデザインされました。

2019/11/07

クロカル超人が行く 238 水道橋 庭のホテルレストラン『DINNING LEIU ダイニング流』でランチ

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JR水道橋駅徒歩5分のところにある『庭のホテル』レストラン『DINNING LEIU ダイニング流』で、大阪からの賓客を初めてフレンチコース料理(ランチタイム)でもてなした。上品な味わいで季節のものを盛り込んだ料理だ。カメラに収めるはずがつい話に夢中になり、気づいた時にはデザートが来ていて、それを撮るのが目一杯だった。このレストランは旬の野菜やハーブが自慢のランチらしい。もちろん供された5品すべて美味だったが、何せ食べ慣れていないため見た目はどれも新鮮だ。大きめのお皿に盛り付けられた料理の上品なこと(美味しく見せる余白の美とか)、これがフレンチ、いやいや、庶民にはお皿は小さ目でもっと量があってほしいと勝手に想像してしまったほど(これでは美味しく見えないとか)。意外にもオリーブオイルをつけて食べるフランスパンが美味。店のオススメのブルガリア産赤ワインは(筆者にはそうみえた)が、渋味がほとんどなく飲みやすかった。スイスワインの話で盛り上っているのにブルガリアワインである(笑)。欧州つながりしかもお祝いということでカンパーイ🍸。

リュウランチコース・パン・コーヒー付き    

前菜
ズワイガニとフレゴラのセルクル仕立て
→ウーム、わからない、カニ君と組み立てた“工芸品”ぽい、味は意外と淡白。

スープ
本日のスープ ポテトスープ
→マイルド、この味ならスープ好きの筆者にもわかる。

魚料理
真鯛のポワレ ブロッコリーのコキヤージュソース
→上品、淡白そしてやわらか。美味。

肉料理
山形豚肩ロースのグリル マディラソース
→やわらかいポーク。

デザート
紅玉とアールグレイのムース ドーム仕立て
→ほとんどデザートなるものは食べない筆者だが、ムースねぇ、スムーズと頷いた。
それに形状がユニークなアイス、もちろん冷たくて甘い。そして色彩の妙技を堪能。

量は少しだがそれぞれ違った味わいのするソースがいい。

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【写真:レストラン『ダイニング流』のランチコースメニュー】

2019/11/06

超人の面白読書 146 雑誌『すばる』2019年7月号 特集「教育が変わる 教育を変える」ほか 4

昨夜のテレビ報道で、ついに英語民間試験から新共通試験の国語の記述式試験も問題になってきた。受験生はこの時期に揺れ動く文科省に迷惑千万だろう。一連の改革に疑問を呈し高校長などが文科省に嘆願しているにもかかわらず、強引に押し通そうとしている。そもそも制度設計が盤石ではなかったのだ。今日、国会でこの問題で熱い論戦が繰り広げられるそうだ。教育は百年の計と言われるが、将来ある人材を目先に振り回されずパースペクティブな視点で捉え直し、知見を擦り合わせて制度設計してほしいものだ。大袈裟に言えば受験生は将来がかかっているのである。政策立案する政治家や官僚の劣化が酷い。国民のために奉仕しているのか疑わしいと言わざるを得ない。受験生は今まで積み上げてきた蓄積が本番で役立たなくなる危険性も孕んでいるのだ。国語の記述式問題では採点の段階で客観的にどう数値化するかが難しいかも知れない。採点する方の高いレベルでの判断が必要で、時間もかかり採点側の主観も入ることは歪めない。それとここが問題である―採点する際にアルバイトを使うということ。50万人受験生の採点がアルバイトの判断に委ねられていることへの危惧だ。

2019/11/05

超人の面白読書 146 雑誌『すばる』2019年7月号 特集「教育が変わる 教育を変える」ほか 3

国語と言えば、小学1、2年はT先生、3、4年はM先生(この先生には子規の頭みたいだとからかわれた)、5、6年はI先生(達筆だった。今でも頭の片隅に微かに残っているのは、NHKラジオ番組「明るい学校」で何人かがこの番組に投書してそれが採用されるのを聴くのが楽しみだったことだ。毎回ハラハラドキドキで、女子が採用されて読み上げられた時などは歓声が上がった。また、突然読書感想文の発表を命ぜられ、即席で漱石の『坊っちゃん』を書いて発表したこと、また、学校創立90周年か何かの記念で原稿を書き、担任のI先生が添削し和紙に筆で書き上げ祝辞を述べたことが今でも記憶に残っている。また、2、3日後この小学校創立記念式典に出席した一人に、誰があの原稿を書いたのかと尋ねられたことも鮮明に覚えている。余談だが、この時期休憩や放課後はもっぱら卓球に明け暮れた)、中学は特に白髪混じりのE先生(この先生の国語の時間はメリハリがなくよく眠くなった。それでも体系的な読書体験がない当時の筆者に想定外の評価が。その日の授業は、ノートに書いた5、6行の感想を先生が一人ひとり見て回り判を押すというものだった。筆者の席でノートを見るなり、君は文章が意外と上手、だったら努力すれば国語の成績はもっと良くなるはずと励まされた)が印象深い。高校は古文が神主のT先生、現代国語が日毎に服装が違って色っぽくかつか細い声の若いH先生だった。森鷗外の『山椒太夫』か『高瀬舟』だったか、現代国語に作品が載っていたが、これが字が詰まっていて長いなんの、それなりに漢字もあって、なかなか読みづらく、内容も把握し難かったのだ。至極退屈だったことを覚えている。

これが高校時分までの筆者の国語に関する断片的な印象記憶だ。どちらかと言えば、この頃は英語や語学に夢中だった――。

(ここで登場する小学校や中学校は今回のスーパー台風19号、その後の大雨で被災した人々に避難所や助け合いの場所として開放されている)。


昨日神保町古本屋まつりの最終日で森鷗外と夏目漱石の本を少し購入した。意外にも漱石の本はあまり見当たらず、古本屋によっては元の本より少し高かったものもあった。相変わらず漱石は人気があるのだと思った次第。結局古本屋ではなく、新刊本の書店神保町ブックセンターで手に入れた!今度は漱石全集の買い足しやマラルメ全集Ⅰ詩集を手頃な値段で買うつもりでいる。そう、国語の話だった――。 ついでにもうひとつ、この国語問題で言及されている『山月記』の作者の中島敦展が県立神奈川近代文学館で開催中だ。メタモルフォーゼの『山月記』を遅くして読んだが印象深い。ついでに英文版もゲット。早世の作家中島敦については、その昔毎日新聞編集局のアルバイト仲間のS君が中島敦を読んでいてよく話題にしていた。その彼は居を構えた名古屋で病没している。早熟だった。

2019/11/04

超人のジャーナリスト・アイ 176 いわき市平下平窪・中平窪などの床上浸水の水害 2

【追記4】スーパー台風19号が日本に上陸してはや10日、同時多発的な河川氾濫で流域などの住宅地の被害は甚大だ。水が引けるにつれ犠牲者の数も増えてその数現在84人。そんな中、夏井川の堤防決壊で水没した平浄水場も復旧して通水が可能に。これでやっと水道が使えるようになったと実家の清掃応援に駆けつけた知り合いが写真や動画を送ってきた。大変な惨状だが写真を見る限りでは少しずつきれいになりつつある。彼が送ってきた動画には家庭で出たゴミの山があった。いわゆる災害ゴミである。https://youtu.be/_c9ZcBsE82g
【追記5】ユーチューブ投稿より。「被災地平窪を走る」を見るはこちら→https://youtu.be/OmKaZAvm1sk

【追記6】昨日の温帯低気圧の影響で再び夏井川が氾濫、避難を余儀なくされた知り合いは、友人宅に避難したらしい。どうなってしまうのいわきとやるせなさを隠せない様子。非情の自然災害だ。それでもガンバっぺ、それがいわき魂、気丈夫に何事にも挑戦するしかない、ともかく前に進めて――。(2019.10.26 記)

【追記7】上記『日々の新聞』最新号(タブロイド版12頁、隔週刊。第400号、2019年11月1日号)を友人が送ってくれた。そこには10月12日のスーパー台風19号の平窪水害の様子が写真とともに詳細に描かれている。その新聞を読むはこちら→
特集: 日々の新聞2019年11月1日号台風19号平窪地区 - 20191106192709.pdf

今朝のNHKの「おはよう日本」」の番組では、平窪で出た膨大な災害ゴミを消防団の方々がその処理に追われている姿が映し出されていた。団員の一人は、いち早く復旧して元の生活に戻してもらいたいと語っていた。(2019.11.4 記)


【追記8】友人から送られてきた『日々の新聞』を読んだ。小さい頃遊んだり、生活の場だったりしたところが今回大水害をもたらした。それは必死になって取材を試みた『日々の新聞』の紙面に如実に表現されている。ここにはリアリズムの極意が示されているかのようだ。たとえ何人しか声が聞こえなかったとしてもその声は響きわたり読む人の心を動かすのだ。中でも中平の常勝院住職の奥さんの話は感動的で涙なしには読めない。こういう人たちがいるから救われるのだ。ここにもたくさんの生きるヒントがある。人々がつながり明日への希望も生まれると思うのだ。問題なのは行政の対応の遅さだ。
その夜遅く何人かと必死に屋根に登って水の引けるのを待ったそうで、月明かりはあったが眼下は湖化した光景で地獄絵そのものだったとその恐ろしさを述懐していた。本当の意味で常勝・院である。筆者の親戚の菩提寺でもある。
筆者は杉原千畝の勇気ある行動を思い出した。(2019.11.7)

超人の面白読書 145 雑誌『すばる』2019年7月号 特集「教育が変わる 教育を変える」ほか 2

この高校国語問題は、そもそも月刊誌『文藝春秋』2018年11月号に文芸評論家で明治大学准教授の伊藤氏貴氏が「高校国語から「文学」が消える」を書いたことなどがきっかけで話題となったらしく、いろいろなところで議論が沸き起こっているのだ。特に文芸誌などで。朝日新聞「天声人語」(2019年8月17日)、毎日新聞「余録」(2019年9月16)、毎日新聞は前日の社説でも取り上げていてこの問題の大きさが伺える。高校国語の問題とは何か。一つには文学作品を止めて仕事にすぐ役立つ実用文を取り入れて学ばせるという産業界からの要請であることらしいのだ。特集で高校国語問題や教育問題を扱った、文芸雑誌『すばる』7月号を買い求めたが品切で、結局図書館から借り出して読んだ。特集のタイトルは「教育が変わる 教育を変える」(似たようなタイトルがどこかの出版物にあった。それは確か『メディア―移民をつなぐ、移民がつなぐ』だったか)。それでは『文藝春秋』に掲載された伊藤氏のエッセイにはどう書かれていたのか。
「戦後最大の「国語」改革がいま行われつつあることをご存知だろうか。私たちがイメージする「国語」の概念を根本から揺るがすほどの変化が訪れようとしているのだ」の書き出しで、大学入試に新たに記述式の問題が加わること、そこで読まされるのが、駐車場の契約書や交通事故発生件数のグラフの実用文の類だというのだ。もう一つは、「高校の指導要領改訂で、これまで高校一年次配当だった「国語総合」は半分の時間に減らされ、残りの半分で契約書やグラフのような「実用文」を学び、高二、高三では実質的に「文学国語」と「論理国語」のどちらかしか選択できないようになる。「論理国語」にはもちろん、文学や評論も入れてはいけないというお達しで、入試改革のことを考えると、ほとんどの高校が「論理国語」を選択するだろう。中島敦「山月記」や漱石『こころ』のような、日本人なら誰でも読んだことがある文学作品が、契約書やグラフの読み取りにとって代わられる」と書く伊藤氏は、国語改革で高校国語の文学作品追放を嘆く。

2019/11/01

超人の面白読書 145 雑誌『すばる』2019年7月号 特集「教育が変わる 教育を変える」ほか

萩生田文科大臣の“身の丈”発言がきっかけで英語民間試験が延期になった。ツイッターなどでもこの問題を巡って議論白熱していてフォローするのに大変。国会でも英語民間試験導入を誰が決定を下したのか追及がなされたが、筆者的にもこのプロセスは重要で解明して頂きたい。民間何社かだと当然バラツキがあり、地域格差もあって、どう公平性を保つのかまた、そもそも受験料が高すぎないか等々不透明なままだ。機を熟した実施が不可欠なのに急ぎ過ぎた感は歪めない。
英語の共通テストも大問題で関心大だが、もう一つ高校の国語から文学作品が消えることも問題だ。今回はこの問題について雑誌などを読んだ感想を綴りながら考えてみたい。(続く)

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