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2019/09/14

超人の面白読書 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎『神童』(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む 3

『楢山節考』の解説で文芸評論家日沼倫太郎は深沢七郎の世界を次のように書いている。
「深沢七郎氏にとって世界とは、それ自身としては何の原因もない「自本自根」のものすなわち無であり、空間の拡がるかぎり時間の及ぶところ、何時はじまって何時終わるとも知れない流転である。万象はその一波一浪にすぎない。あらゆる事象は「私とは何も関係もない景色」なのである。このような作家が、作中に登場させる人物たちをあたかも人形か将棋のコマのように扱ったとしても無理はないだろう。心理とか感情とか一切みとめない。物として処理する。これは前述の『楢山節考』をみてもはっきりしているので、向う村の後家は、亭主が死んでも3日もたたぬのにヤモメになったばかりの辰吉と結婚しなければならない。いや、しなければならないのではなく、するのがあたりまえなので、当人たちにとっても、村人達にとっても、後家とヤモメが一緒になるのは〈自然〉だし、またみごもった赤子を「捨(ぶ)ちゃる」相談を夫婦でするのも〈自然〉なのだ。このような深沢氏は、近代の人間中心主義的な思想とはまったく対蹠的な地点に立っている。これは深沢氏が徹底したアンチ・ヒューマニストであることを示している。」

また、日沼氏はこうも書いていた。「全体として、酸鼻とも明るさともつかぬイメージをみなぎらせているのが『楢山節考』なのである。」
さて、現在の『楢山節考』は、さしずめ年金も充分に受けられず貧老・弧老を余儀なくされている高齢者か。孤独死は充分に社会問題化している。『楢山節考』は、63年前の小説にもかかわらす、今なお色褪せていず却って現代に警鐘を鳴らし続けているように筆者には思える。いろいろと考えせてくれる小説なのだ。筆者もまた、文芸評論家の正宗白鳥が〈人生永遠の書〉と絶賛した意味を少しは理解できる年齢に達した証左なのかもしれない。万物は流転する――。

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