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2019/09/16

超人の面白読者 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎『神童』(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む 4

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文学賞の次席の作品を探すのは一苦労するものだ。この第1回中央公論新人賞次席の作品、鈴木一郎『神童』もそうだった。やっと県レベルの図書館で所蔵がわかり、それをコピーして、それこそ手作りで綴じ込みして電車の中で読んだ。晩年の作者を多少知る筆者としては遅すぎた読了だ。何せ大昔、30歳前後の頃に読んだのかもしれないがさっぱり記憶にない。もしかしたら読んでなかったのかもしれない。なぜか頭の片隅に深沢七郎の次席作品、ということだけは覚えていたのだ。

「ボクはパパがママを殺すだろうと思っている。これは大人たちの妄想とかノイローゼとかいうものでもない。科學的な推理を重ねてようやく知ることのできた嚴粛な眞理だ。ボクはそのため眞理に達するまでにパパとママの生活から集められるだけのデータを集めた。」で始まり、「ママ死んじやつた ママ死んじやつた 死んじやッ 死んじやつた ボクは何度も繰返していた。そして何百回でも何千回でも繰返してやろうと思つた。シロはボクの胸の中で幸福そうに鼻を鳴らした。」で終わる。家庭で起きる些細な出来事を乾いたタッチで綴る。例えばこうだ。パパは会社員で帰宅するとほんの仔細なことで時々ママを叱る。ママは抵抗せず泣きじゃくる。それを四角いテーブルの下のほんの小さな隠れ家的な空間が心地良いとする場所から観察する少しおませなボク――。文房具の下敷きを買ってもらいその性質を使って反らしたりして楽しむ。そして、父の家系の話や父が関東大震災時に机の下に隠れていたという話、パパが自分には向かないと突然会社を辞めて、今度は新聞記者になる話、そんなある日パパが原因で身体に変調をきたしママが血を吐き入院、代わりにパパが食事の支度をする。そんな平凡な日常の中に子どもながらの発見の旅は綴られていく。パパがママを殺すと疑ってやまない推理を打ち立てながらおませな子どもの観察は続く。パパの仮面、ママの無抵抗と泣きじゃくり等々。ロゴス優位のパトス落とし。映画『ブリキの太鼓』ほど社会に開かれていく鋭い窓を持たないし、映画『ホームアローン』的なューモアの仕掛けもない。あるのは自分を「神童」と見立て自惚れた都会育ちの小生意気なコトナである。大人たちに向けた大いなる嘘きの一撃だったか。果たしてこの仕掛けは成功したか。
鈴木一郎の小説「神童」は、深沢七郎の『楢山節考』とは対照的な小説である。前者が田舎を舞台にした小説だとすると、後者は都会を舞台にした小説だ。しかも、「神童」は、7才の子どもの目を通して(このおませな子どもは科学者なのだ!)パパとママを観察し続ける、少しおませな書き方で綴られている。日常起こる出来事をなるべく論理的にかつ修飾語を削ぎ落とした、プレーンで短い文を積み重ねる文体で書き記す。軍人あがりで癇癪持ちのやや不器用なパパと家庭を守り従順で優しい心の持ち主のママ―ほとんどはパパの方からの身勝手さが原因―との細やかなイザコザをやや冷ややかにそしておかしみさえも感じられる小市民的な暮らし、そこには平凡な日常世界がある。何ともない日常の中に尖った事柄を配置、それをなだらかに解決していく方法や過程が、大人びた子どもの目を借りて、執拗に描写される。言い換えれば、日常に落とす影をやわらかなタッチで消し込んでいく過程だ。冒頭は推理小説仕立てのようなショッキングな文章だったが、終わりは「パパはとうとうママを殺してしまつた」と書くのかと思いきや、飼い犬のシロに投影して幸せを感じている。何か起こりそうな気配は、大したことのない、ということは、日常他愛ない出来事を軽いタッチでややユーモラスに紡いだにすぎない。観念的で乾いた文体だ。また、無駄を最小限におさえたミニマリズムの手法も。清らかで純粋かつ美しい小説である。雑誌『中央公論』掲載の『神童』では、挿し絵をいわさき・ちひろが書いている。かわいいタッチのちひろワールド。これは筆者的にも驚きだった。
ここで選考委員の一人、三島由紀夫の選考評を読んでみよう。この小説の長所と短所を的確に指摘していてさすがである。

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