« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019/09/25

超人の面白ラーメン紀行 264 神田神保町『ザボン 神保町店』

_20190924_202636

仕事で図書館に向かう途中に偶然見つけた開店直後のラーメン店が『ザボン 神保町店』だ。千客万来、店の繁盛を期待してコチョウランが店の前に飾られていた。コチョウランはビジネスでは縁起良いといわれていて店の開店には欠かせない花だ。午後1時半、店に入って券売機で券を買ってカウンター右端に座った。ザボンという店の名前をどこかで聞いたことがあるとしばし頭を巡らせた。六本木の彼処か―その昔知っている店はすでに廃業していて売れずに枯れた店そのもの(もっともそこを通ってから大分経つが)だった―、この店も六本木にあったらしい。で、ネットで検索して高円寺、歌舞伎町と出てきた。ここまで露出しているにも関わらず、何か違うな、近いなと場所を巡らしながら、注文の醤油ラーメン(850円)を食べた。鹿児島ラーメン系豚骨ベースの醤油味、細麺、モヤシ、長くうねったキャベツ、焦がし刻みネギと脇役を揃え、メインのトッピングは4枚の少し小さめなチャーシューだ。スープは少し塩辛いのが鼻につく感じだがこれを一拭いすれば良い。麺は悪くない、トッピングもモヤシとネギそれに“細腕キャベツ”のシャキシャキ感がいい。スープの量が微妙に足りない。店内はカウンターのみの13席、もちろん満席に近いが並んではいない。開店してまもなく認知度がないからかも。ここでもおばちゃん2人がいた!味が今いちなのか、1人は酢を多めにかけていた。

面白かったのは、開店してまもなく勝手が今一読めないのは分かるが、ホール担当の男性が、何か慌てふためいていて落ち着きがないのだ。お客さんが大丈夫ですかと気をつかっているにもかかわらず、その返答が大丈夫じゃないです、だと余裕がないのか奇妙な返事が―。思わず筆者も気をつかったお客と笑ってしまったほど。そのホールを任された男性はあっちでボカ、こっちでボカと小さなミスしきり。開店時にはいろいろと予想外のことが起こるものだ・・・。食べ終わって店の外にでたら、関係者か2人の男性の会話を盗み聞き。頭の回転だなぁ、と言っていたね。幸先はどうかと心配になってきた筆者だが、こちらも仕事に行かなきゃ。さて、この店は以前何屋さんだったけ?確か洋食屋?わからん。すぐ近くには『ラーメン二郎 神保町店』があったが、今は引っ越して『書泉』のすぐ近くで営業中。

帰りの電車の中でザボン、ザボンと繰り返していたら、降臨!思い出した。その昔、某大手書店の人と仕事絡みで呑んだ後、ラーメン店に寄った場所が、新宿歌舞伎町の『ザボン』だった。サイドメニューのさつま揚げを頼んで味噌ラーメンを食べた。その人は確か奥さんが鹿児島出身のはず。遠い記憶ではその時彼は大分年が離れた奥さんの自慢話をしていた?ザボンでドボン(笑)。

神田神保町『ザボン』1,スープ★☆☆2.麺★★3.トッピング★☆☆4.接客・雰囲気☆☆5.価格★☆

2019/09/20

超人の面白ラーメン紀行 263 横浜・神奈川区・六角橋 『つけ麺 くり山』

_20190920_132743

この辺の大学に用事があって済ませた後、ラーメン店に寄った。実は以前訪ねた折りには製麺機故障で閉店していたのだ。このコラムでその時の写真が出てきた。あれから4年、月日の経つのが早い。

さて、並ぶこと20分、カウンター席でつけ麺(800円)を食した。麺はもちもち感のある太麺でスープとの相性もいい。スープもまろやかで美味。チャーシューは形状が独特でしかも硬軟織り混ぜたてある。海苔、メンマ、刻みネギに混じって小さなナルトが―。食べ始めの頃は麺が少ない感じと思っていたが、どっこい量はそれなりにあった。カウンター8席とテーブル2席は満席で、外には10人がウェティング。比較的若い店主は池袋大勝軒の亡くなった山岸氏をレスペクトしているらしく、店内には彼のポスターが貼ってあった。スタッフはアシスタントの男性と中国人の女性の3人。おばちゃんにもラーメン好きがいるらしくあれこれとラーメン談義をしていた。少し煩さかった。

横浜・神奈川区六角橋『つけ麺 くり山』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★★4.接客・雰囲気★★5.価格★☆☆

2019/09/17

超人の面白読書 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎「神童」(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む 5

「神童」について この間の中央公論新人賞の選に当たり、「楢山節考」を読む前に、この「神童」を読んだ印象では、それまで読んだ中では一等佳いと思われ、さて、「楢山節考」を読んで、特異な題材の特異な扱い方にに圧倒されたのちも、なおこの「神童」に未練を残していたが、他の委員には「神童」を推す人がいなかった。 「神童」は、これ一作では、作者の資質を推し量ることが、いかにもむつかしい小説である。好きな小説ではあるが、自分一人が責任を以って推すとなると、躊躇させられるものがある(筆者注。現代かな使いに直した)。三島由紀夫の評全文を読まれたい方さらに『神童』全文を読まれたい方はこちら⇒

選考委員の三島由紀夫評と『神童』全文 - 20191014171500.pdf

20191014180949_00001 【9月中旬に札幌の古本屋からネットで手に入れた『中央公論』昭和32年3月号の表紙】

「神童」の著者鈴木一郎さんは、大分昔に奥さんと筆者が当時勤めていた会社でお会いした。その後地下鉄蓮根駅にあったマンションにも家族でお邪魔した。心臓の具合が芳しくなく杖をついていたにもかかわらず、文学のことや企画などいろいろと親切に教えてもらった。彼は確かTBSの雑誌『調査情報』を出していた部署の部長を務めた人だったと思う。瞬間湯沸かし器と綽名されたほど短気(筆者にはその仕草はみせなかった。この「神童」にもパパの性格を表す言葉として出てくる)だったようだが、都会育ちのせいか上品さがあった。生きていたら今年99歳だ・・・。もう遥か昔昔―。「神童」は当時としてはモダンな小説だったに違いない。

追記 第1回中央公論新人賞受賞者深沢七郎の『楢山節考』全文と次席鈴木一郎の『神童』などの作者名と作品名それに選考委員評が掲載されている、『中央公論』1956年(昭和31)11月号が手に入った。しかも手頃な値段で。雑誌は当時の時代状況を写し出していた。(2019.9.25)

2019/09/16

超人の面白読者 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎『神童』(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む 4

20191014174327_00001

文学賞の次席の作品を探すのは一苦労するものだ。この第1回中央公論新人賞次席の作品、鈴木一郎『神童』もそうだった。やっと県レベルの図書館で所蔵がわかり、それをコピーして、それこそ手作りで綴じ込みして電車の中で読んだ。晩年の作者を多少知る筆者としては遅すぎた読了だ。何せ大昔、30歳前後の頃に読んだのかもしれないがさっぱり記憶にない。もしかしたら読んでなかったのかもしれない。なぜか頭の片隅に深沢七郎の次席作品、ということだけは覚えていたのだ。

「ボクはパパがママを殺すだろうと思っている。これは大人たちの妄想とかノイローゼとかいうものでもない。科學的な推理を重ねてようやく知ることのできた嚴粛な眞理だ。ボクはそのため眞理に達するまでにパパとママの生活から集められるだけのデータを集めた。」で始まり、「ママ死んじやつた ママ死んじやつた 死んじやッ 死んじやつた ボクは何度も繰返していた。そして何百回でも何千回でも繰返してやろうと思つた。シロはボクの胸の中で幸福そうに鼻を鳴らした。」で終わる。家庭で起きる些細な出来事を乾いたタッチで綴る。例えばこうだ。パパは会社員で帰宅するとほんの仔細なことで時々ママを叱る。ママは抵抗せず泣きじゃくる。それを四角いテーブルの下のほんの小さな隠れ家的な空間が心地良いとする場所から観察する少しおませなボク――。文房具の下敷きを買ってもらいその性質を使って反らしたりして楽しむ。そして、父の家系の話や父が関東大震災時に机の下に隠れていたという話、パパが自分には向かないと突然会社を辞めて、今度は新聞記者になる話、そんなある日パパが原因で身体に変調をきたしママが血を吐き入院、代わりにパパが食事の支度をする。そんな平凡な日常の中に子どもながらの発見の旅は綴られていく。パパがママを殺すと疑ってやまない推理を打ち立てながらおませな子どもの観察は続く。パパの仮面、ママの無抵抗と泣きじゃくり等々。ロゴス優位のパトス落とし。映画『ブリキの太鼓』ほど社会に開かれていく鋭い窓を持たないし、映画『ホームアローン』的なューモアの仕掛けもない。あるのは自分を「神童」と見立て自惚れた都会育ちの小生意気なコトナである。大人たちに向けた大いなる嘘きの一撃だったか。果たしてこの仕掛けは成功したか。
鈴木一郎の小説「神童」は、深沢七郎の『楢山節考』とは対照的な小説である。前者が田舎を舞台にした小説だとすると、後者は都会を舞台にした小説だ。しかも、「神童」は、7才の子どもの目を通して(このおませな子どもは科学者なのだ!)パパとママを観察し続ける、少しおませな書き方で綴られている。日常起こる出来事をなるべく論理的にかつ修飾語を削ぎ落とした、プレーンで短い文を積み重ねる文体で書き記す。軍人あがりで癇癪持ちのやや不器用なパパと家庭を守り従順で優しい心の持ち主のママ―ほとんどはパパの方からの身勝手さが原因―との細やかなイザコザをやや冷ややかにそしておかしみさえも感じられる小市民的な暮らし、そこには平凡な日常世界がある。何ともない日常の中に尖った事柄を配置、それをなだらかに解決していく方法や過程が、大人びた子どもの目を借りて、執拗に描写される。言い換えれば、日常に落とす影をやわらかなタッチで消し込んでいく過程だ。冒頭は推理小説仕立てのようなショッキングな文章だったが、終わりは「パパはとうとうママを殺してしまつた」と書くのかと思いきや、飼い犬のシロに投影して幸せを感じている。何か起こりそうな気配は、大したことのない、ということは、日常他愛ない出来事を軽いタッチでややユーモラスに紡いだにすぎない。観念的で乾いた文体だ。また、無駄を最小限におさえたミニマリズムの手法も。清らかで純粋かつ美しい小説である。雑誌『中央公論』掲載の『神童』では、挿し絵をいわさき・ちひろが書いている。かわいいタッチのちひろワールド。これは筆者的にも驚きだった。
ここで選考委員の一人、三島由紀夫の選考評を読んでみよう。この小説の長所と短所を的確に指摘していてさすがである。

2019/09/14

超人の面白読書 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎『神童』(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む 3

『楢山節考』の解説で文芸評論家日沼倫太郎は深沢七郎の世界を次のように書いている。
「深沢七郎氏にとって世界とは、それ自身としては何の原因もない「自本自根」のものすなわち無であり、空間の拡がるかぎり時間の及ぶところ、何時はじまって何時終わるとも知れない流転である。万象はその一波一浪にすぎない。あらゆる事象は「私とは何も関係もない景色」なのである。このような作家が、作中に登場させる人物たちをあたかも人形か将棋のコマのように扱ったとしても無理はないだろう。心理とか感情とか一切みとめない。物として処理する。これは前述の『楢山節考』をみてもはっきりしているので、向う村の後家は、亭主が死んでも3日もたたぬのにヤモメになったばかりの辰吉と結婚しなければならない。いや、しなければならないのではなく、するのがあたりまえなので、当人たちにとっても、村人達にとっても、後家とヤモメが一緒になるのは〈自然〉だし、またみごもった赤子を「捨(ぶ)ちゃる」相談を夫婦でするのも〈自然〉なのだ。このような深沢氏は、近代の人間中心主義的な思想とはまったく対蹠的な地点に立っている。これは深沢氏が徹底したアンチ・ヒューマニストであることを示している。」

また、日沼氏はこうも書いていた。「全体として、酸鼻とも明るさともつかぬイメージをみなぎらせているのが『楢山節考』なのである。」
さて、現在の『楢山節考』は、さしずめ年金も充分に受けられず貧老・弧老を余儀なくされている高齢者か。孤独死は充分に社会問題化している。『楢山節考』は、63年前の小説にもかかわらす、今なお色褪せていず却って現代に警鐘を鳴らし続けているように筆者には思える。いろいろと考えせてくれる小説なのだ。筆者もまた、文芸評論家の正宗白鳥が〈人生永遠の書〉と絶賛した意味を少しは理解できる年齢に達した証左なのかもしれない。万物は流転する――。

2019/09/13

超人の面白読書 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎『神童』(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む 2

20190913103615_00001

深沢七郎の『楢山節考』は、映画化され狂言の演目にもなった超有名な作品だ。恥ずかしながら“姥捨物語”としては知っていたものの、きちんと読んでいなかった。古本屋の棚で見つけてふと読んでみたくなったのだ。大分黄ばんでいて破けてしまいそうな新潮社の文庫本だ。奥付を見ると昭和39年7月30日発行、昭和57年5月30日 31刷とある。先々週の日曜日だか何気なくETVの番組を観ていたら野村万作の狂言をやっていた。で、しばらくその〈古典芸能・狂言〉の出し物、「楢山節考」を観ていたのだ。ラストシーンの一部だった。その狂言にも刺激を受け、翌日から通勤の電車の中でこの文庫本を読みはじめ、4日くらいかけて読み終えた。
民間信仰の棄老伝説を題材にした『楢山節考』は、異界の表情を余すことなく伝えていて、時として一種不気味で恐怖心を抱かせるシーンも。描写力に優れそら恐ろしいほど。それは単なる小説というフィクションを超えて、大袈裟にいえば、私たちが出逢う“人生の秋”のリアリズムを感得するものだろう。姥捨て、口減らし、非人情、ニヒリズム、虚無、不要な人間の物質化等々この短編小説は、多くを暗示している。構成も方言を巧みに挟み、唄を挟み、山あいの日常を描くが、不気味なトリックも潜んでいる。特に楢山まいりを早めるため石で前歯を折るシーンが何度か出てくるが主人公おりんの強い性格を感じると同時に、かなりショッキングなシーンだ。辰吉がおりんを背板に乗せて楢山へ山道を歩く描写もまた、寒々とした空恐ろしい光景だ。卓越した言葉の喚起力もあり見事に小説に昇華した傑作だ。辛口文芸評論家正宗白鳥が、“人生永遠の書”と絶賛したことも頷ける。選考委員の一人、三島由紀夫は「特異な題材の特異な扱い方」と評した。


20年前に夫を亡くした女主人公のおりんは69歳。とある山あいで息子辰吉とその孫けさ吉をはじめ4人と暮らしている。息子の嫁は若くして谷底に転落して亡くなり、まもなく向かい山から後妻玉やんをもらう。村のしきたりとして楢山まいりがあり、おりんもその事を積極的に受け入れ、後妻にも日常的になすべきことを教え、来るべく楢山まいりに備える。貧しく食物が乏しいから楢山に捨てられる日を早めるため石で前歯を折ることも。孫が近所の女に手を出し子を孕んでやがて生まれることにはおりんも覚悟を決める。また、芋を盗む不届き者など小さな共同体は少しざわめく。そんなある日裏山で宴が催される。それは村の習わしに従って楢山まいりの送迎会を開く。おりんが作った料理や亀に入った酒が長老から村の衆一人ひとりに振る舞われる。そこで楢山まいりの掟を聞かされ、それが村の習わしと悟り、やがておりんは倅の辰吉の背板に乗せられ楢山まいりに出る。途中村人が作った道を行くも山越えの谷には死骸が散乱、楢山はすぐそこにあるも深い谷には行く道を阻める何かが―。不届き者が供走していてその親を背板から谷底めがけて突き落とす。そこはカラスの巣があるらしく餌食にされるのは目に見えている。それを見たおりんの息子辰吉は、自分にはそういうことはできないと自問する優しい心はあるが・・・。すでにおりんは自ら背板から離れ一人旅立っていた。粉雪が舞っていた。辰吉は家に帰ると玉やんに「粉雪が舞って運がいい」としきりに言うのだった。

これが大雑把なあらすじだ。とある山あいは信州か甲府か、それはフィクション仕立てで、その雰囲気を醸し出せば足りる。しかし、筆者はまた違った意味でこの小説の舞台に親近感を抱く。原風景が似ているのか心がざわつくのだ。幼少期、母の里に連れられてそれこそ春はワラビ取り、秋は松茸取りと山歩きを余儀なくされた。山を知る母親はすぐ嗅ぎつけて目的を果たすが、連れ出された子はやたらに山道をさ迷ってばかりで得るものが皆目ない。また、開墾地なので何かと不自由さはあるものの、“裏山”の小川のせせらぎには、この小説にも登場するヤマメもとれ、水は見事に澄んでいて手を組んで飲んだほど。山から山へ、それこそ母の青春期には背板に生活の足しになる物を背負って、また、時には幼子を背負って歩いただろうことは想像がつく。また、700メートルの山の頂上から眺める山暮らしの過酷さは想像を絶する思いもするのだ。そう、母の青春期は昭和初期。親戚宅への使いなのか若い頃の母は、隣の山、向こうの山の集落へ何里も歩いたと言っていた。それこそこの小説にある岩肌のみえるところや竹藪などが生い茂ったところ、あるいは人が入り込めない原生林のところもあったはず。夜道にそういうところを通ることは肝試しではないが、明かり一つぶら下げて通ることがいかに大変だったか想像がつきそうなものだ。山あいの開墾地には口減らし、ひょっとしたらあったかもしれない、なかったかもしれない・・・。遠い昔、昔。死者をやさしく弔うためにも唄は必要だった――。この地方には有名な念仏踊りもあるし。今はゲンパツ被害、大きな大きなゲンコツを腹いせに喰わしたいくらいだ。筆者は幼少期にバスの終着点から山あいにあった母の実家へとぼとぼと歩いた光景が、今もって時折夢に現れる。夢の中では遠く感じられたが、大人になって同じ道をバスで通過するとバス停が3、4つほど縮まった不思議な現実に遭遇するのだ。


〈楢山節〉の唄

かやの木ぎんさん
ひきずり女
姉さんかぶりで
ネズミっ子抱いた
夏はいやだよ
道は悪い
むかでながむし
山かがし
塩屋のおとりさん
運がいい
山へ行く日にゃ
雪が降る
楢山まつりが三度来りゃよ
栗の種から花が咲く
おらんの母ャやん
納戸の隅で
鬼の歯ァ33ぼん
揃えた

歌詞はこの短編小説のメインストリームを奏でていて哀しい。

2019/09/11

超人の面白読書 142 第1回中央公論新人賞 深沢七郎著『楢山節考』(新潮文庫) & 次席 鈴木一郎『神童』(『中央公論』昭和32年3月号掲載複製版)を読む

一難去って初秋の空茜カラー

南の太平洋上で発生したばかりの中型の台風が、忽ち日本列島に近づき関東地方を直撃した。風台風で神奈川や千葉で被害が出た。特に南房総、君津、鴨川、八街、市原市など約50万世帯に今もって大停電が続いている!復旧に手間取っているらしい。この分でいくと、来年7月下旬から8月一杯かけて開催される東京オリンピック・パラリンピックも台風で延期となりかねない。確率は高いはず。そもそも1964年の東京オリンピックはその意味も考慮に入れて10月に開催したのでなかったか。放映権やらでビジネス化した最近のオリンピックは、莫大な開催地の施設建設費用もありまた、開催後の経済低迷も過去の開催地をみれば明らかで、果たしてオリンピックをやっていいのか甚だ疑問が残る。筆者など初めからこれだけ投資するならもっと福祉政策に力を傾けた方が国民の利益に叶うものだと思うのだ。
さて、文学とりわけ小説の話だ。今回は1956年(昭和31年)、第1回中央公論新人賞の深沢七郎『楢山節考』、次席の鈴木一郎『神童』を取り上げてみたい。前者は新潮文庫、後者は雑誌『中央公論』(昭和31年11月号掲載)を読んでの書評だ。

2019/09/10

超人の面白読書 141 雑誌『世界』8月号の特集2 出版の未来構想 15

大原ケイ氏の「すべての本を、すべてのチャンネルで、すべてのアカウントに 挑戦し続けるアメリカの出版社」は、有名な出版人の訃報から書き始めて、アメリカの出版概略史、「ビッグ5」出版社の実態とその規模、再販制度と取次の特徴、出版社とってアマゾンとは、出版不況知らずのアメリカ、で終わる。ここで特徴的なのは、“インプリント”という出版形態だ。出版社が出版物を刊行する際に用いるブランド名。アメリカの出版社は合併や買収が盛んに行われ、どう繋がっているのか分かりづらいことも。特にここ20、30年で大分競争が激しくなって入れ替わりが大分あった印象を受ける。大原ケイ氏が掲げた表、「ビッグ5」の売上額(P.201)は107億ドル。

出版社 年間総売上額 コングロマリット(本拠地)
ペンギン・ランダムハウス 33億ドル ベルテルスマン(ドイツ)
アシェット 27億ドル レガルディエ(フランス)
サイモン&シュスター 18億ドル ヴァイアコム(アメリカ)
ハーパーコリンズ 15億ドル ニューズ・コーポレーション(アメリカ)
マクミラン 14億ドル ホルツブリンク(ドイツ)
7社 107億ドル 5社

これでいくと全米の総売上額262億3000万ドル(2017年、全米出版社協会発表)のうち「ビッグ5」の示す割合は41%になる。
日本とアメリカで大きく違うところに著者と出版社の関係がある。少し長いがわかりやすく書かれているので引用したい。
「もともとアメリカの出版社は著者から直接持ち込まれた原稿は受け付けず、目利きであるエージェントを介した作品でなければならないところがほとんどだ。本という形にする価値のあるコンテンツかどうかを判断する出版社のプロはしばしば「ゲートキーパー」と呼ばれる。狭き出版への門を守る門番だ。出版社を通して出される本は、刊行時に紙の本とEブックのフォーマットが同時に発売となり(最近はそこにオーディオブックが加わるようになってきた)、Eブックの値段は10ドルを切ることはない。その一方で、セルフ・パブリッシングによるEブックは数ドル~10ドル未満の値段がつけられることが多く、ISBNを持たないタイトルも多いため、一体どのぐらいの部数が買われ、いくらぐらいの市場規模になっており、どの著者がどのくらいの印税を稼いでいるのか、わかりづらくなっている。」
刊行した本の4冊に1冊しか黒字化できず、その1冊がベストセラーになり、大ブロックバスターと呼ばれる大ヒットにつながる。大原ケイ氏は、それがアンドレ・シフリンの『理想なき出版』(2002年、柏書房)の“書籍ビジネス”だというがまた、この翻訳本の原題“Business of Books”のタイトルの付け方に違和を唱えている。“アメリカの最近の書籍ビジネス”くらいにおさえておけば良かったはずなのに、意訳し過ぎた感は歪めない。

また、1994年に登場したオンライン書店アマゾンに不利な卸し条件をつきつけられたり、勝手な値段を付けられたりするのを防ぐには、それなりのサイズ、つまりタイトル数を揃えた大きな組織であれば、いいなりになって潰されることは起きにくいからだ。それがアメリカの出版社が巨大化し続けた理由だという。規模は違うが日本でも同じようなことが起きている。「すべての本を、すべてのチャンネルで、すべてのアカウントに」とは、あらゆる限りの方法で読者に本を届ける努力をするという意味だという。“What els is new?”(他に何か新しいのは?)と挨拶がわりに質問をぶつけてくるアメリカの編集者たち、オリジナル溢れる本の企画を考えていることは間違いない。それは「何か面白いものない?」と筆者たちが使っている言葉と同義語のような感じを受ける。

以上、雑誌『世界』(8月号)の特集2 出版の未来構想の読後感を少し時間をかけて述べた。日本は、マーケット縮小のなか新ツールで読書傾向が変貌、出版界は紙媒体の生き残り、電子本の更なる開発それに“マーケットイン”的な新たな出版流通を構築していかなければならない。特に取次の役割と書店の活性化、「活きた」知恵と絶えざる「生きた」努力が求められる。その意味でもドイツやアメリカの現状報告(イギリスやフランスの報告もほしかったが)は、大いに参考になるはずだ。
読書論、読者論それに書店論に言及できなかったが、別の機会に書いてみたい。みなさん、真摯に本と向き合っていて頭が下がる。本は決して生活必需品ではないが、心の糧を得るには必需品なのだ。

追記 返品枠付き「買い切り」方式 需給バランスみて適正配本 徳間書店・平野健一社長に聞く、というタイトルで出版界注目の記事が掲載された(毎日新聞2019年9月5日夕刊)。その記事を読むはこちら→

ダウンロード - 20190910161043.pdf

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31