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2017/08/17

草野心平詩集(岩波文庫) 『乾 坤』抄から 噛む 少年思慕調

噛む

少年思慕調

阿武隈はなだらかだつた。

だのに自分は。
よく噛んだ。
鉛筆の軸も。
鉛色の芯も。

阿武隈の天は青く。
雲は悠悠流れてゐた。
けれども自分は。
よく噛んだ。
国語読本の欄外はくしやくしやになり。
活字の行まで噛みきると。
空白になつた分は暗誦した。


小学校は田ん圃の中にぽつんとあり。
春は陽炎につつまれてゐた。

だのに自分は女の子の胸にかみついて。
先生にひどくしかられた。

ゆつたりの薄の丘や。
昼はうぐひす。

だのに自分は。
カンシャクをおこすとひきつけた。
バケツの水をザンブリかけられ。
やうやく正気にもどつたりした。

指先の爪は切られなかつた。
鋏のかはりに。
歯で噛んだ。

なだらかな阿武隈の山脈のひとところに。
大花崗岩が屹ッ立つてゐた。
鉄の鎖につかまつてよぢ登るのだが。
その二箭山のガギガギザラザラが。
少年の頃の自分だつた。

阿武隈の天は青く。
雲は悠悠と流れてゐたのに。

この詩は少年時の回想だが、筆者も二箭山には従兄弟の案内で登った。鉄の鎖でよじ登ったあとの頂上から眺めた秋晴れの景色は絶景だった。その従兄弟は大分前に死んだ。

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