« 超人の面白読書 113  西脇順三郎に関する新聞・雑誌掲載記事など | トップページ | 辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」続 »

2015/08/03

辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」

2010年9月5日、筆者は辛島泉さんが代表を努める会とミーティングを持つため、コーディネーターのJ氏と残暑の大分空港に降り立った。大分空港からバスに乗り、JR大分駅に着いたのは午前11時過ぎだったろうか。夏の余韻がたっぷりの豊後のくには、その昔仕事できて以来だから15、6年振りになる。駅周辺の佇まいは大分近代化されたようだった。しばらくしてSさんの運転で辛島泉さんが迎えに来られ、市内の自然食品店などに立ち寄り、ご実家の胃腸科病院を通りすぎて、ミーティング場所のSさんの田の浦“杜の陶房”に着いたのは午後2時頃だったか。「この辺は時には高崎山のお猿さんも出没する」とSさん。車の助手席にいた知的で上品な辛島泉さんが来訪者の筆者たちにこの辺の地理を説明してくれた。MC兼コメンテーターのJ氏、会の代表の辛島泉さんやSさんそれに会の皆さん(主婦の方々)6、7人でミーティングが持たれた。企画の成立の賛同を求めるものだったが、3時間以上の議論の末筆者の必死の説得にもかかわらず、結局この企画は流れた。しかし、良い機会を与えてくれた辛島泉さんに感謝である。帰り際Sさんが自ら作陶したビアタンをプレゼントしてくれた。このビアタンは5年経った今でも我が家の食卓には欠かせない家宝ものになっている。
辛島泉さんとはJ氏の紹介で上京の折りに3度ほど彼と一緒に会食しながら談笑した。また、小さな雑誌にも寄稿してもらった。薬学部のご出身ということもあって、科学の眼と柔らかな批判精神を絶えず持ち続けた研究者タイプの理知的な女性で、それは手作り科学雑誌『科楽知タイム』(科学を楽しんで知ろう ! 児童文学と科学読物の会会報)の代表者として雑誌の発行から公共図書館等の要請に応えて講演をこなす、いわば、サイエンス リテラシーの伝道師であったろう。また、筆者の知る限りでは、この雑誌の採リあげる本の量と紹介、書評は目線が庶民的で的確である。また、実践プログラムもあって、「科学絵本と遊ぼう」もユニークな取組としてその地道な積み重ねは貴重である。〈続く〉

« 超人の面白読書 113  西脇順三郎に関する新聞・雑誌掲載記事など | トップページ | 辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」続 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」:

« 超人の面白読書 113  西脇順三郎に関する新聞・雑誌掲載記事など | トップページ | 辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」続 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31