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2015/08/28

クロカル超人が行く 178 六本木・スウェーデッシュ レストラン『リラ・ダーラナ』再訪

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仕事帰りにスウェーデッシュ レストランの『リラ・ダーラナ』を7年半振りで再訪して驚いた。再訪と言っても店を眺めただけだが。「あれっ、店閉めてるじゃん」スウェーデン語で“あなたも好きよ”の貼り紙が嫌に目立っていた。てっきり閉店したと思いきや、どっこい地下鉄六本木駅近くに引っ越して営業中らしい。ネットで検索してみて判明したのだ。知らなんだ。引っ越して大分経つのかしら?記念にと一枚撮ったのが上の写真。一方、下記は麻布警察署裏手にある現在の『リラ・ダーラナ』(webページから)。

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ミートボールはイケアのよりは美味いのかしら? スモーガスボードは? サーモンは? グラタンは…と料理のメニューを想像してみたくなる。それとライト系の缶ビール「ストックホルム」(そうそう、北欧と言えば、デンマークのチボリビールが世界的に有名で大昔よく飲んだものだ)置いてある? 新しい店にぜひ行ってみたい。ネットでは賛否両論があるようだが。オーナーシェフは南会津にもリゾート風のレストランを持っていて平日はそこに従事、西荻窪でオープンして今年で36年の老舗のスウェーデン(元々はスウェーデンの南部地方ダーラナの料理)家庭料理店だ(店のwebページを参照)。この他に北欧料理店や飲食店は、赤坂にある『ストックホルム』(東急プラザ赤坂1階にあるオーソドックスなスウェーデン料理)、渋谷の『オスロ』(和洋折衷の店でややディープ、見張らしは最高)、西永福の『キッピス』(未訪。アルコール度が高いスピリット系を飲みながらトナカイなどのフィンランド料理が堪能できるみたい)、横浜の『スカンディア』(昼はカウンターでランチ、夜は2階でデンマーク料理を)、『ノルゲ』(バーでノルウェーのビールが飲める)、京都の『フィンランディア』(祇園にあるバー。カクテルは種類が豊富でリーズナブル。落ち着いた雰囲気の店で評判がいい)など。
『リラ・ダーラナ』の住所 : 港区六本木6ー2ー7 ダイワンビル2階 電話 : 03ー3478ー4690 営業時間 : 12 時〜15時 18時〜23時 定休日 : 日曜日

因みに、店のwebページに記されていた日替わりランチは次の通り。
チーズオムレツ チキンレバーソース 1,000円
ベーコンとポテトの田舎風オムレツ 900円
オバジン(米ナスのアンチョビグラタン) 900円
チキンオバジン(オバジンのチキン添え) 1,000円
ミートボールのクリームソース 1,000円
ノルウェーサーモンのムニエル 1,300円
サラダランチ 1,000円


追記 レストラン『リラ・ダーラナ』には元々ダーラナ地方の子どもの玩具で、今やスウェーデンの代表的な民芸品になった「ダーラヘスト」(ダーラナホース)があちこちに置かれているとか。それで思いついたのが日本にも同じような民芸品があることだ。そうそう、会津の赤べこである。ダーラヘストは北欧神話のトールの馬だと伝承されているが、一方、会津の赤べこは、17世紀初期の大地震で赤べこを持っていた人が助かったということから由来。両方とも幸せを呼ぶもの、縁起がいいものとされている。
さて、2つを並べて比較文化史cross-cultural history 的試みだ。午と牛、北欧のスウェーデンと極東アジアの日本、赤色の違い、造形、表情、紋様と意味、材質、大きさ等々比べて考察すると面白い。 写真はネットから。(2015年9月9日 記)


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2015/08/27

超人の面白ラーメン紀行 203 三田 慶大前『麺屋やっとこ 三田店』

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仕事で慶應義塾大学に寄ったついでに入ったのがこの店『麺屋やっとこ 三田店』。味噌味に魅せられて入ったまでは良かったー。券売機でお節介者をはね除けてカウンター右端から二番目に座った。店の男性が「券売機の左端の特製味噌ーメン(980円)は、玉子、海苔、チャーシューたっぷりです」と。やはり初めて入る店はラーメンである。筆者の基本方針だ。ここでは味噌ラーメン(780円)を頼んだ。トッピングの生姜やにんにくの量を訊いてきたが、少量、加えて背脂も少量と応えてしばらく待って注文のラーメンが出てきた。一啜りして意外と甘く、これが味噌味かと不思議な感じがした。聞けば豚骨に九州の麦味噌と北海道の白味噌をブレンドしたものという。濃厚だがミルキーな味わいのスープで、豚骨が味噌に勝っている感じだ。麺は中太、ストレート系、トッピングのチャーシューは薄いが柔らか、美味。散らしたネギやモヤシ少々それにメンマがそれぞれの位置に。急いで付け加えれば、生姜とにんにくを混ぜた味わいは微妙、赤いトマトはワンポイントアクセントに。ともかくイメージした味噌とのギャップに驚かされた一杯だ。ミルキーな味噌ラーメンなのだ。『やっとこ』は新興勢力店らしく、5年前に中野で創業、この店は1年半前に出来たという。カウンター10席のみの小さな店。優しそうな感じの若者組が狭いキッチンを切り盛り、魂が入っていそうなチャーシューの塊がカウンター越しに見えた。客足は昼時を過ぎていたからポツリポツリといったところ。

三田 慶大前『麺屋やっとこ 三田店』1.スープ★★2.麺★★3.トッピング★☆4.接客・雰囲気★☆3.価格★☆

2015/08/23

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞 スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 47 余滴 続 再録など

約4年振りでノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル(トラン=鶴、ストロンメル=川の意味。さしずめ日本名は鶴川だろうか)氏の作品を読むを再読、少し訂正したりと手を入れた。トーマス・トランストロンメル氏の作品「わが回想」(英文タイトル : Memories look at me 記憶が私を見つめている。もともとは英文詩集『The Great Enigma」の付録)を改めて読んでみると幼少年期の記憶が鮮明で、その後の生き方を反映している出来事が散りばめられていて興味深かった。そのトーマス・トランストロンメル氏が今年の3月26日に死去した。心理学者として長らく更生施設で活動しながら詩作を続けてきたが、1990年はじめに脳梗塞で倒れ、後遺症で右手が麻痺、また失語症状態になった。それでも左手でピアノの鍵盤を叩いていたという。その腕前は相当なものだったー。この「わが回想」にも終わりの方にピアノの話が書かれている。社会の周辺で人々を救済する仕事に従事する一方で俳句にも親しみ、イメージ豊かで転調の効いた短い詩を数多く残した。この「わが回想」は、ノーベル文学賞受賞後に独立した形で英文版が出ている。
さて、以前にも書いたが、筆者は途中からストックホルムの市内地図を購入し、主要な地名や通りを地図上に落としてこの回想記を読み進んだ。これでより理解の度合が深まったことは言うまでもない。今回その地図を掲載することを思いついたわけだが、ついでにそのとき書いた記事も再録した。

今一万分の一のストックホルムの市内地図を広げてトーマス・トランストロンメル氏の『わが回想』に出てくる地名などを記し、その足跡を追っている。もちろん戦前と現在では街の風景は変わっているに違いないが(行ったことがないので分からないが、テレビの映像やインターネットの動画で多少知っている程度。近い将来行ってみたいが)、地図上では公共の建物、駅名などはそんなに変化がないはずだが、通り名などは変化しているところもあるはずだ。また、イングマール・ベルイマン映画の『もだえ』は著者の学校がロケに使われた映画で、当時の学校生活の雰囲気を見事に活写しているだけでなく、その当時の学校周辺の建物なども写し出していて大変印象深かった。特にロケで使われた学校は、威厳がある建物、また、高台にあることも映像を通じて判った。

さて、この『わが回想』をページを追いながら実際に地図上を歩いてみよう。最初出てくるのは著者や母方の両親の住所、スウェーデンボリィ33番地、ブレーキンゲ通り、その後の転居先住所、フォルクンガ通り57番地、警察本部のあるクングスホルメン、ストックホルムのど真ん中で消えたところへトルイェット、家に帰る途中の橋ノルブロー 、旧市街ガムラスタンそしてスルッセンからセーデルへ、鉄道博物館のあるイエヴレ、国立歴史博物館通いでは路面電車でロスラグスツルまで、高台にある南ラテン中学校への通勤は家からビョルンの庭園、イェート通りやヘーベリィ通りを通って行く、というように該当の地名を一つ一つ蛍光ペンで記しながら追ってみた。著者の行動範囲が判って面白かった。そして印象に残った二ヶ所―ストックホルムのど真ん中で迷って家に帰るところや南ラテン中学校通勤のところ―の距離を大雑把だが試しに測ってみたのだが、結果的には想像していたより長い距離ではなかった。テキストの地名を地図上で当たり、行動範囲を描き、点→線→面に到達していく過程の面白味を味わった。ついでにインターネットでストックホルムの現在の映像を見て、夜のスルッセン辺りを確認したのだ。それにしても周りは大小の島々という多島海である。余談だが、近代的な建物と古い建物が混在しているような街並みの中に緑色に染められた公園が多いことに気づくと同時に、病院も多く存在していることも地図で判った。

あまり裕福ではない友人の家に遊びに行ったときのトイレの話は大変印象的で、なぜかその場面が目に浮かぶくらい。戦前の話なのであり得るし、日本でも形態は違うが大なり小なり同じようなことはあったはずだ。貧富差が激しい時代は当然あり得た。今でこそトイレは衛生的かつ快適な空間、しかもデザインも優れているが、その昔は汲み取り式で田舎では畑に肥やしとして蒔いていたのだ。東京などの都会では役所の清掃車が来ていたはず。この記事には筆者も驚いた。

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追記 文中にある南ラテン上級中学校は現在の「南ラテン高校」Södra Latins gymnasium。
英語名 : upper secondary school ("gymnasieskola")。

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南ラテン上級中学校はイングマール・ベルイマン監督の映画『もだえ』のロケ地の学校で有名だが、学校の教室、廊下、講堂それに学校周辺など映画のシーンが瞼に浮かぶ。『もだえ』はベルイマン監督の初期作品で倫理とエロスを扱った傑作。ベルイマンは19世紀のスウェーデンの劇作家アウグスト・ストリンドベリーから多大な影響を受けた人である。写真で見る限り現在の南ラテン高校の校舎は建造物といい、色調といい大変立派だ。ついでに言えば、今は音楽や演劇などの芸術関係の高校として有名とか。

2015/08/14

超人の生真面目半分転生人語 5 安倍首相の戦後70年談話

今更なぜ新たな談話が必要なのか?この人はよっぽど“新たな解釈”が好きとしか思えない。夕方6時から閣議決定後に記者会見に臨んだ安倍首相の提言をテレビの前で聴いての筆者の第一印象だ。そもそも閣議決定が必要なのか?日本政府の公式な見解として、近隣諸国の懸念を払拭したいという思惑が働いていたことは充分に想像できるが、玉虫色に包まれた美辞麗句のオンパレードで、誰が何を誰に対して行ったのかという具体的な明示を避けてぼやかしたままの提言になっている。俯瞰する歴史に対する認識も浅はかなところもあるようだ。A4版で5枚、4000字に認めた文章をもとに25分間読み上げた戦後70年談話だったが、意に反して一般論的で内容が今一つ響いて来なかった。過去の歴史を直視し謙遜さが必要と言うならば、韓国に対しては、遠回しな表現を避けてより踏み込んだメッセージがもっとあっても当然のような気がする。美辞麗句や婉曲表現が並び、植民地支配、侵略、反省やお詫びなどのキーワードがその中に軽く嵌め込まれている感じを受けた。安倍流の脱構築化だろう。あるテレビのコメンテーターは、この談話を安倍ドクトリンと位置付けしていたが…。誰かに論理的で響き合う文章に書き直してもらいたい。そう願うのは筆者だけだろうか。

2015/08/06

辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」続々

昨日『科楽知タイム』児童文学と科学読物の会会報 NO.93 2015年7月16日の最新号が届いた(辛島泉さんの亡くなられた日!)。辛島泉追悼臨時増刊号の趣。会員の方の「皆様にお知らしせします」の小文には、癌と闘っていた辛島泉さんの姿がリアルにやさしく描かれている。何と読書欲の旺盛な方だったか。また、会の活動の顔として講演、読書会、科学あそび等精力的にこなしていたかは、最新号の辛島泉さんの筆による「総会を終えて」に見事に結実している。特に児童文学と科学読物の会の2014年度活動プログラムを一瞥したとき、筆者は会の活動の充実振りと意欲ある取組に頭のさがる思いがした。今や子どもたちだけではなく、大人も科学をもっと身近に、それが辛島泉さんの願いだ。最新号で採り上げた課題書、大枝史郎 佐藤みき訳『月の満ちかけ絵本』の取組も力が入っていて、15、6頁を割いてリポートやらトークやらそれに月の満ちかけ見実験まであり、実にバラエティ―に富んでいる。こういうところに理論と実験の醍醐味があるのだ。すごいのは英語版の間違いまで指摘していることだろう。これはこの本をよく読み込んでいる証左だ。なかなか興味のある読書記録、良質な綴り方教室になっている。特別に刷り込まれた様子の「庄内新聞」には“文化としての科学を求めて”との辛島泉さんならではの思いが書かれていたが、これは5年前の小さな雑誌に寄稿したものと符合する。そういえば、この号の「残映」にも豊後のくにの偉人、福澤諭吉の『訓蒙窮理図解』に触れて“科学読物は大分から”と少し照れながら宣伝していたー。

辛島泉さんは、病院のベッドで津村節子の『紅梅』(夫の作家吉村昭のことを描いているが、最後の章には癌と闘う夫がカテーテルを外し死を遂げる様が、妻の眼を通してリアリスティックに描かれている傑作。凄絶な最後を描いて余りある)などを読み、最後はスイカを少し口にして旅立ったという。ある意味では辛島泉さんは幸せな人生を送られたのではないかと思う。(2015年8月6日 記)

2015/08/04

辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」続

その辛島泉さんが7月16日に逝去された。享年76歳。訃報をメールで知らせてくれたのはJ氏だった。最後にお会いしたのは2年前で神田の小さなレストランでの食事会だった。病院を抜け出して上京してきたらしい。そんなことをも知らず男どもはやんちゃ過ぎた。辛島泉さんはいつも上品で理知的、心やさしく接してくれた。スカーフがお似合いでたまにけらけらと笑われるのが印象的だった。お付き合いさせて頂いて日は浅いほうだったが。
小さな雑誌に寄稿された文章のなかで辛島泉さんはこう書いている。

私達の会の会員の多くも、入会してはじめて科学の世界の面白さを知り、今では科学読物や科学あそびをみずから楽しみながら、その喜びを伝えることに情熱を注いでいる。毎月の読書会や子ども達との科学あそびの会は、自らの科学リテラシーを鍛える場でもある。
「科学」は本来面白く、驚きに充ちたロマンの世界である。私達がひらいている科学あそびの会は、どの会場もどの年令の子にも大好評。付き添う大人も興味津々。夢中になって子どもといっしょに楽しむ姿は、感動的ですらある。人間は、本来知的好奇心をもった存在なのだ。中略。
誰もが文学や芸術を文化として楽しむように、科学もまた文化として楽しめる社会になれば、どんなに人生が知的で豊かなものになるだろう。図書館がそんな社会をサポートする拠点のひとつであってほしい、と切に願っている。

(学術先端情報―学術情報誌「CPC Journal」2009年第1号 特集 : ライブラリアンは今 知の交流発信地のめざすもの “文化としての科学を求めて”より)

辛島泉さん、さようなら。安らかにお眠りください。生前のご厚情に深く感謝いたします。

追記 今日になってひょんなところから辛島泉さんの手紙が出て来た。1通は、2009年3月でドイツ旅行のことが書かれていた。ハンブルグやベルリンなどを訪れた印象記。ドイツ人は親切だがお節介と。また、ベルリンの壁崩壊後に真っ先に手を挙げたのは、ベンツとソニーの巨大資本だと冷ややかな見方もしている。もう1通は、2ヶ月後の5月、詩集『釣り上げては』で鮮烈なデビューを果たしたシカゴ生まれのアメリカ人を講師として呼びたいという筆者の依頼に応えてくれた文面、連絡先も記されていた。女性らしい可愛らしい文字が懐かしい。可笑しかったのは、2通とも“小浜傳次郎”のことを気遣かっていたことだ。小浜傳次郎、who ?もしかしたら 辛島さんはこのペンネームを気に入っていたのかも知れない。今となっては本人に訊けないのが残念だ。(2015年8月4日 記)

2015/08/03

辛島泉さん追悼「豊後のくにのサイエンス リテラシー伝道師」

2010年9月5日、筆者は辛島泉さんが代表を努める会とミーティングを持つため、コーディネーターのJ氏と残暑の大分空港に降り立った。大分空港からバスに乗り、JR大分駅に着いたのは午前11時過ぎだったろうか。夏の余韻がたっぷりの豊後のくには、その昔仕事できて以来だから15、6年振りになる。駅周辺の佇まいは大分近代化されたようだった。しばらくしてSさんの運転で辛島泉さんが迎えに来られ、市内の自然食品店などに立ち寄り、ご実家の胃腸科病院を通りすぎて、ミーティング場所のSさんの田の浦“杜の陶房”に着いたのは午後2時頃だったか。「この辺は時には高崎山のお猿さんも出没する」とSさん。車の助手席にいた知的で上品な辛島泉さんが来訪者の筆者たちにこの辺の地理を説明してくれた。MC兼コメンテーターのJ氏、会の代表の辛島泉さんやSさんそれに会の皆さん(主婦の方々)6、7人でミーティングが持たれた。企画の成立の賛同を求めるものだったが、3時間以上の議論の末筆者の必死の説得にもかかわらず、結局この企画は流れた。しかし、良い機会を与えてくれた辛島泉さんに感謝である。帰り際Sさんが自ら作陶したビアタンをプレゼントしてくれた。このビアタンは5年経った今でも我が家の食卓には欠かせない家宝ものになっている。
辛島泉さんとはJ氏の紹介で上京の折りに3度ほど彼と一緒に会食しながら談笑した。また、小さな雑誌にも寄稿してもらった。薬学部のご出身ということもあって、科学の眼と柔らかな批判精神を絶えず持ち続けた研究者タイプの理知的な女性で、それは手作り科学雑誌『科楽知タイム』(科学を楽しんで知ろう ! 児童文学と科学読物の会会報)の代表者として雑誌の発行から公共図書館等の要請に応えて講演をこなす、いわば、サイエンス リテラシーの伝道師であったろう。また、筆者の知る限りでは、この雑誌の採リあげる本の量と紹介、書評は目線が庶民的で的確である。また、実践プログラムもあって、「科学絵本と遊ぼう」もユニークな取組としてその地道な積み重ねは貴重である。〈続く〉

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