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2015/04/17

クロカル超人が行く 173  町田市民文学館『常盤新平展』 余滴 5

常盤新平の『遠いアメリカ』の文体はタイトルにもなっている最初の一篇を読んだ限りで言えば、現在形で短い文章で綴られている。筆者にはそれが翻訳で培った文章スタイルなのか、あるいは文章のリズムを維持するために意識的に作り出されたスタイルなのか迷うところだが、多分両方だと考えるのが妥当かも知れない。アルベール・カミュの小説『異邦人』ではないが、短い文章の連鎖が小気味良く展開されて、ある意味では青春期特有の自分探しと恋愛物語になっている。典型的な成長小説だ。内容的には技巧的過ぎないか。作者50歳代の作品。都会の空気と知識とをふんだんに吸い込み、吐き出しながら。筆者としては文体が気になっていたのだが、下記に記すように選評にはそのことに言及した選考委員はいない。かろうじて触れていたのは藤沢周平だ。取るにに足りない事柄だったかも。

「30年前の日本の、東京の青春像を一組の男女に託して描いたわけだが、50をこえた作者が、このテーマに、みずみずしい姿勢で立ち向かったのが良かった。(池波正太郎の選評)

「昭和20年代の終わりから30年代の初めにかけて、喫茶店ブームというのがあったが、そこで無為に過ごす青年という設定は、まさに天の時、地の利を得たと言うべきか。」「桃色のストローハットの似合う丸顔の小柄な女性である恋人がいい。」「これが稀に見る美しい青春小説になっているのは、ここに常盤さんの万感の思いが籠められているからだ。」(山口瞳の選評)

「たしかにういういしさが魅力だが、それをこえる小説としての手応えとなると、いささかもの足りない。」「正直いって、この作品が受賞なら、早坂氏の作品が受賞してもおかしくなかった。」「いま一つ積極的に推す気になれなかったのは、いずれも自伝的・エッセイ的な要素が強く、しかるべき人が50年以上も生きてくれば、この種のものを一本ぐらいは書けそうに思ったからである。」(渡辺淳一の選考)

「一見、素気ない作品のように見えるが、各所に仕組まれた小説的仕掛けは特筆に値いする。」「登場人物を抽出する手際はもあざやかだ。たとえば父親。ここ10年 来の日本の小説にあらわれた父親像の、これは白眉だ。」(井上ひさしの選評) 〈続く〉

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