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2015/04/15

クロカル超人が行く 173  町田市民文学館『常盤新平展』 余滴 2

それで、大昔新潮社のPR誌『波』に小林信彦氏の連載エッセイ(「ちあふる奥の細道」辺りか)を面白く読んだことを思い出しながら、小林信彦についてウィキペディアにあたってみた。キャリアやヒストリー、ファミリーヒストリーそれにエピソードまで詳しく書かれていたが、驚いたことに、その著作の多いこと多いこと、これでは本人自身が途中まで数えて諦めたことも頷ける(『週刊文春』2015年4月16日号 「佐和子のこの人に会いたい 小林信彦 」P.127。週刊誌までフォローしきれない筆者は、出張が多かった10数年前からほとんど買っていなかった)。で、前に触れた雑誌編集委員交代劇の話は、小林信彦氏の長編『夢の砦』のなかに書かれているらしい。残念ながら筆者は未読だ。常盤新平がこれに対してPR雑誌『青春と読書』で反論したという。苦笑しながら、大人気なく狡い、と。筆者が想像するには、お互いに生活がかかっていた時期で、その上グッドジョブを死守したい、グッドジョブに就きたい、それは都会育ちの 少しひねくれた正直者と田舎育ちの生真面目だが多少の要領を心得ていた地方出身者のゲームだった。今となっては長生きした者の勝利となるか、いやいや、常盤新平の小心さ故の立ち振舞いもそれなりの生き様だったか。半世紀前の出来事で、いまや時に晒されて〈伝説〉化されたことだけは間違いなさそうだ。〈続く〉

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