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2014/11/11

クロカル超人が行く 166 ある文学研究大会の飯館村・南相馬方面スタディバスツアー 2

文学研究大会では地元の詩人が講演。筆者は聴けなかったので配布されている資料を読んだ。実直な詩だからこそ胸を打つ。同じ浜通り出身の草野新平の詩にも似た句読点の妙技や郷土出身者の有名人をリスペクトしてやまない詩ー。原発事故後の詩だ。その詩はこう綴られている。


この日、小高で

斎藤 貢

地が逆さまに激しく揺れ、海が天空から襲ってくる。
あり得ないことだが、
地震と。津波と。放射線と。
それら。すべてが、わたしたちの日常を一瞬で押し潰した。  

2011年3月11日、
この日を、決して忘れない。

この日。小高で
わたしたちは楽園を追われた。ふるさとを追われた。
翌日には、福島第一原子力発電所の。原子炉建屋からの水素爆発。避難指示。
放射線や放射物質が、この地には、数多(あまた)、降り注いだ。

時間はもとに戻らない。
ふくしまの。浜通りの。南相馬市小高の。汚染。汚辱。
地震の。津波の。被爆の。
取り返しのつかない、あやまち。

小高の村上海岸で
避難を誘導していた駐在警察官も。消防団員も。
心優しきひとが、波にのまれて消えた。

津波にさらわれて。真夜中の海を、15時間、漂流した16歳の少女の。
闇夜に。流されていく海の無明を思う。海の恐怖を思う。

苦しいなぁ。

かつて、小高の駅舎に降り立った、若き日の島尾敏雄がいる。
「雄高は小高より發せり」と揮毫した、晩年の埴谷雄高がいる。
そのときの、「おだか」という言葉の。地名の。
どこかもの悲しい音の、ぬくもり。

小高の岡田は、埴谷雄高の父祖の眠る墓地の。般若(はんにゃ)家の、墓所の地名。
小高の大井は、島尾敏雄の眠る墓地の。その土地の、名。
大津波に、のみこまれずに、それらは今もそのままにあるのだろうか。
福島第一原子力発電所から、20㎞圏内の。小高の地で。
警戒区域の。立ち入り禁止の。小高の地で。

それは、神の怒りだろうか。それとも、わたしたちの罪なのだろうか。
洪水の去った荒れ地で、
わたしたちはその土地を、ふたたび耕すだろうか。
中世から続く、浮船(うきふね)の地で。
ふたたび、土地の魂は蘇るだろうか。

ひかりは、まだ見えない。


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