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2014/11/11

クロカル超人が行く 166 ある文学研究大会の飯館村・南相馬方面スタディバスツアー 

3.11から今日で3年8ヶ月。安全と補償が不十分のまま再稼働が現実化しつつある。そんな中ある文学研究大会のスタディツアーに参加し、被災地の飯館村•南相馬市小高地区方面をバスで巡った。総勢44名。途中何回かトイレタイムがあったり路上観察もあったが、約5時間半の車窓観察だった。ツアーアテンダントは福島大学名誉教授の先生、被災地の整備基本計画策定委員でもある地理学の先生、南相馬市の現地案内役の詩人若松丈太郎さんや南相馬市職員の方々。
バススタディツアーのスケジュールは次の通り。福島大学→松川記念塔見学→車中にて昼食→川俣・原町線を原町方面へ。道の駅川俣で休憩。川俣町、飯館村の飯樋・草野・臼石地区車窓観察→阿武隈山系を越えて南相馬市原町へ。萱浜地区の津波被災地→道の駅南相馬で休憩→小高地区の浮舟会館を車窓から眺め小高駅でバスを降車、小高商店街を徒歩視察→村上海岸の近くへ。南相馬市出発→道の駅南相馬で休憩、牛越仮設住宅前通過→福島駅到着・解散。

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写真上左から右。 ①福島大学の線量計。この日は0.13mSv/h。②③④飯館村の田んぼがあったところに置かれた除染袋、所謂フレコンバッグというやつ。1袋1tあるとか。田んぼや牧場それに家の前にも。そのおびただしい数、唖然、呆然。一体いつ、だれが、どこに運ぶのかまだ分からないという。不可能とも。⑤止まったままの小高駅。JR側は高校生が戻ってくるまで再開しないと。赤字では走れないらしい。⑥小高のメインストリート。帰宅困難地域のため人っ子一人いない。映画のセットではあるまいし、本当に寒々としたストリートだ。よくもこんな街にしてくれた!怒りが谺しているよう。何だかあのムンクの「叫び」を思い出した。⑦崩壊寸前の家。ツアーアテンダントによると、余震でこのように崩れた由。⑧なくなった家の色付いた木々。虚しいねぇ。

百聞は一見にしかず。熱しやすく冷めやすい性格を帯びる私たち日本人だが、この現実を見れば決して自然災害や原発事故を風化してはならないことが解るはずだ。21世紀を生きる人間として、一人ひとりが考えていかなければいけない問題であることを再認識した次第。

文学研究大会で講演をした福島大学の澤正宏名誉教授の資料には現時点でも持続している危機的な状況を具体的な数字を示しながら書かれていた。
・2014年11月5日 富岡町沖のシロメバルから127..8Bq/kg検出。
・帰村を勧める川内村の峠で6.0μSv/時の表示(2013年12月)。
・今年になって福島市渡利(汚染高の地区)で子供2人が甲状腺癌を発症。
・廃炉作業行(日)程の延期、中間貯蔵施設への廃棄物搬入の延期。
※デブリ回収は5年遅れ。中間貯蔵施設は10万Bq超/kgの放射性廃棄物+汚染土の保管施設。(本年8月に県が建設受け入れ決定、難航/学校の汚染土の搬入は停止、政府が交付金を倍増し3010憶円を提示/金銭解決優先、強行)
・避難者の総数は12万5515人(本年8・13現在、県内、県外比/1対2)
福島県の原発事故関連死者(自殺者を含む)は1753人、(本年8・29現在)
「原発事故に因る関連自殺者」は2011年6月~2012年12月迄で21人。

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