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2014/06/30

超人の面白よみもの スウェーデンの日本人女医のブログ「Alltid leende いつも笑顔で」

つい最近スウェーデン王室のグスターフ6世の長男カール・フィリップ王子がモデルのソフィア・ヘルクビストさんと婚約したとのニュースが入ったばかり。そこでスウェーデン王室のウォッチャーでもある「Alltid leende」のブログを読んでみようと久し振りにアクセスしたら身近なところでサプライズがあった。このブログの女医さんの夫君のことが書かれていたからだ(なんでも夫君のことが書いていないので読者から嫌みを書かれたらしい)。しかもスウェーデンの有力紙「ダーゲンス・ニーヘーテル」に載ったというから二重にサプライズ。そしてさらにサプライズが。同じ境遇を持った3人が30年ぶりに会い食事をしたことが掲載されていたのだ。そのうちの一人がブログの女医さんの夫君だ。Magnus、CLaesとPerの3人。この3人は偶然にも同じ日に違った事故で脊髄損傷し車椅子生活者を余儀なくされた人たちだ。こういうこともあるのだ。

DN, 5/30/2014

Tre olyckor på samma dag ledde till vänskap.

Tre män bröt nacken i tre olika olyckor. På lördag, på dagen trettio år senare, ska de fira livet och tillsammans äta en god middag i Stockholm.

2014年5月30日の「ダーゲンス・ニーヘーテル」紙の記事。

違った事故にあった3人が友情を導く、との見出しで。
違った事故で3人が脊髄損傷を負い、30年後のこの日に人生に祝福しストックホルムで夕食を共にした。 

写真も掲載されていたがここではカット。「ダーゲンス・ニーヘーテル」紙の見出しやリードの次に詳細な内容も掲載されているので、読みたい方は「Alltid leende」へアクセスされたい。
「Alltid leende」のブログの女医さんはまた、まもなく2歳になる双子の子どもの母親でもある。なかなか頑張り屋さんなのだ。人生、楽あれば苦もあるを地で行く女性だ。最近の「Alltid leende」ブログより

2014/06/27

超人の面白音楽 クラシック音楽専門・インターネットラジオ『オッターヴァ』 2

もう何年も聴いている。初めはプレゼンターの突然の交代劇があったりして喋り、進行それに選曲に問題もなかったわけでもないようだ。この手のラジオ放送としてはNHKFM放送のクラシック番組が歴史があって馴染み深いが、クラシック番組一本やりではない。大昔ソニーがクラシック音楽番組専門FMラジオを作る計画があって、筆者などは期待していたが未だに実現していない。しかし、7年前の春にインターネットラジオ『オッターヴァ』が誕生して以来、自宅で聴いたり、ここ5年間くらいはほぼ毎日職場で聴いている、いや、バックグランウドミュージックとして聴いていると言った方が正確かも。高貴なクラシック音楽のイメージを庶民的レベルまで広めたこの放送の役割は大きく、クラシック音楽の平準化に貢献したことは意義深いものがある。筆者などクラシック音楽の知識が乏しい者にとってはこのインターネットラジオ『オッターヴァ』は貴重だ。。クラシック音楽ばかりではなく絵画など芸術にも多大な理解をお持ちなプレゼンターの方々の優しい語り口は心地良いしまた、リクエストに応える形でクラシック音楽をかけながらの軽妙洒脱なお喋りもいい。クラシック音楽を実際に聴きに行くにはチケットが高額なのでなかなかコンサートへは行けない。代わりに身近にインターネットラジオで聴けるクラシック音楽があるのはありがたい。難を言えば、たまには語りを少なくクラシックの大醍醐味を充分味わせてもらいたい…。継続放送ができたことに拍手を送りたい。この逆転劇の継続放送が決定した後のプレゼンターたちの声が明るくなったこと、つい一週間前では想像できなかったことだ。

【下記の写真 : プレゼンターの林田直樹氏(左)とゲレン大嶋氏(右) 『オッターヴァ』のホームページより】

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2014/06/26

超人の面白音楽 クラシック音楽専門・インターネットラジオ『オッターヴァ』

このところオンエアを止めたらどうなるのか気になって仕方がないインターネットラジオがある。それがTBSのインターネットラジオ『オッターヴァ』(オッターヴァとはイタリア語でオクターブの意。西洋音楽の8度音階)で日本で唯一のクラシック音楽専門ラジオだ。いつだったかもう3ヶ月以上は経つか、突然プレゼンターが語り始めた。「このインターネットラジオ『オッターヴァ』は2014年6月30日をもって終了させていただきます。詳しくは『オッターヴァ』のホームページをごらんください」
突然の放送打ち切りで何が起こったのかと疑心暗鬼になったが、どうやら親会社のTBSがデジタルラジオに参入することを諦めたため、実験放送中のインターネットラジオ「オッターヴァ」を休止せざるを得ないというのが理由だった。この後の「オッターヴァ」放送は、プレゼンターが替わる度に放送中止のアナウンスが流れ、耳にタコができるほどすごい回数で流されてきた。放送は継続できるはずと開局以来聴いているリスナーの一人である筆者としては一縷の望みを託していた。それがどっこい、今週の始めにこれまた突然に会社を変え場所を移して継続放送ができるとのアナンウンスがあったのだ。バックグランウドミュージックとしては最高のインターネットラジオなのだから、当然といえば当然だろう。今や登録者数は100万人を超えたらしい。この声はプレゼンターやスポンサーより大きく影響力は絶大なはず。クラシックの底力、耳力(みみみぢから)だ。(続く)

【下記の写真 : プレゼンターの斉藤 茂氏(左)と森 雄一氏(右) 『オッターヴァ』のホームページより】

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2014/06/24

超人の面白読書 103  六草いちか著『それからのエリスーいま明らかになる『舞姫』の面影』 4

本書は2011年刊行の『鷗外の恋ー舞姫エリスの真実』の続編。森鷗外研究に転機をもたらした本として知られている。著者は次のように書いている。

そしてある一通にしたためられていた内容に、目を見張った。
そこには、疑問が投げかけられていた。なぜ鷗外とエリーゼの間で永く文通が交わされたのか。後に文通できるような別れかたではなかったのに。それが文通したというのは、せざるをえない事情があったのではないか。その事情とはすなわち、「子どもの成長」。エリーゼは鷗外の子どもを産み、ひとりで育てていたのではないか‥‥‥。
衝撃といえるほどのショックを覚えた。

この女とはその後長い間文通だけは絶えずにいて、父は女の写真と手紙を全部一纏めにして死ぬ前に自分の眼前で母に焼却させたという。
                                                              (小堀杏奴『晩年の父』)

これは鷗外の次女杏奴が母から聞いたことの回想だ。この一文から、鴎外がエリーゼと文通を続けていたという事実を知ったが、そのような視点で捉えたことがなかった。
けれども考えてみると。なるほどそうだ、とても後に連絡を取り合うような別れかたではない。鷗外は、彼女を呼び寄せておいて、また帰らせ、追いかけるようにベルリンに行くのかと思ったら、間髪容れず他の女性と結婚してしまったのだ。そんな男、私ならキッパリおさらばだ。そんな悪夢は思い出したくもないだろう。
しかしエリーゼは手紙を書いた。

著者六草いちかは 鷗外の身近な人達の書き残した文献などから、このエリーゼに子どもがいたのではないかという推論を立てて探索の旅に出る。〈続く〉

2014/06/23

超人の面白ラーメン紀行 180 西早稲田『らぁ麺 やまぐち』

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2013年1月にオープンした、西早稲田にある醤油系ラーメン『らぁ麺 やまぐち』。以前から気になっていたラーメン店で土曜日の昼前に行ったが、やはり行列が出来ていて約30分ほど並んだ。この辺は古本屋とラーメン店がひしめく下町情緒溢れる街で、すぐ近くには穴八幡神社、学習院女子大学それに早稲田大学がある。
カウンター左奥の厨房近くに座った。開店して40分、狭い厨房では若者組3人がすでに注文捌きに追われていたが、筆者の前に置かれた店のメッセージ立てを読むと、スープは秋田の比内鶏や岩手の清流若どりなどをブレンドしたスープ、麺は京都の老舗の製麺所製、タレは島根の森田醤油を使用、店の中にあったダンボールの箱に広島産と書かれていたネギ、いずれもとことん地方色豊かな食材にこだわって出来ている。更にこだわりの豚チャーシューや鶏チャーシューもある。
注文の「特製鶏そば」(1000円)は多少時間がかかって出て来た。早速一啜りした感想は、半透明でコクのある醤油味、浮いている脂にギョ、舌触りは極めていい。お・い・し・い。次に麺。中細麺のストレートでスープによく絡んでいたがもちもち感はそれほどでもない。シンプルである。トッピングの豚チャーシュー2枚は薄いが歯応えが良くて美味、鶏チャーシュー2枚も食感、味とも抜群。ゆで卵のシンプルな味、アクセント的な少量ネギ、材木メンマとトッピングは役者揃いでどんぶりの中はお祭りムード。筆者的には野菜系があと一品あれば、色彩的にもバランスが取れていいが。ここには定番のもやしや海苔それにほうれん草などはないのだ。食べ進んで行くうちにスープの塩辛さが気になったが完食。小ざっぱりした店はカウンター13席のみ。厨房の若者組の元気がイマイチだったが(注文捌きに夢中だったからか)、若い女性の応対は良かった。メニューは鶏そば(880円)ほか10種類くらい。文京区音羽の『しゃぶ屋本店』がこの味と似たような気がするが、こちらの方が若者進化系こだわり派、しかし、ややフレンチがかった『しゃぶ屋本店』はミッシェランに掲載されて行列を作っていたが、現在は休業中らしい。一方、『らぁ麺 やまぐち』は去年部門別ラーメン新人賞を獲得している。
住所 : 169-0051 新宿区西早稲田2-11-13 山武ビル1階 電話 : 03-3204-5120 営業日 : 火〜土 11:30〜15:00 17:30〜21:00 日•祝 : 11:30〜17:00 定休日 : 月曜日
西早稲田『らぁ麺 やまぐち』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★★5.価格★★

帰り道、行く途中で出くわした『銀のあん』を覗いたが、店のシャッターには今日は午後1時からと貼紙がしてあった。あれ、買えないんだ。実はこの薄皮が売りの鯛焼き店は、筆者が通りかけたときにはテレビ撮影のロケ中だった。そのため午後からの営業に切り替えたのかも。超人気店???知らなんだ。

追記 ラーメン紀行とは直接関係はないが、FIFAサッカーワールドカップブラジル大会一次リーグC組で、今日日本がコートジボワールに1ー2で敗れた。前半の本田のシュートはあったものの、後半16分ドログバが出て来て2分間に2点の失点!敗因は相手側のドログバ対策が超不足か、身体能力や運動能力の差? 疲労、監督采配ミス? 残念!(2014.6.15 記)  

ラーメン記事サッカーボールに金縛り

追記2 FIFAサッカーワールドカップブラジル大会一次リーグC組で日本は第2戦ギリシャと対戦したが、0-0でドロー。攻撃的なサッカーをしていたが、決定打、正確なシュートがないままギリシャの固い守備を崩せなかった。
筆者はワンセグで観戦、仕事場近くの界隈を散策していたらこんな年寄りの会話が聞こえてきた。あるマンションの入口付近で「だめねぇ、日本は。点が入んないんだからねぇ」と80を過ぎたおばーちゃんが知り合いのおばさんに言っていた。今やサッカーは老若男女問わずまさしく国民的スポーツになっているのだ。
さて、崖っぷちに立たされた日本は、水曜日朝5時(日本時間)に第3戦目をコロンビアと対戦する。(2014.6.23 記)

追記3 日本はC組第3戦コロンビアと戦ったが4ー1で負けた。決勝戦に出られずに敗退。筆者は朝6時前に起きてテレビ観戦したが、テレビをつけた時はちょうど前半を1-1で終えハーフタイムの最中だった。後半ロドリゲスなどが登場、1点入れられたところで勝負ありとみて再び就寝。結局その後も2点入れられて完敗。1戦2戦目と比べて第3戦目は、日本の選手の動きに変化が現れて攻撃的なサッカーが見られたが、何回かの惜しいシュートがあったものの、何せゴールにならない、運にも突き放された格好だった。それよりコロンビアの方が優れていたということだ。
今回のワールドカップブラジル大会に出場して決勝戦前の一次リーグで敗退した日本だが、テレビにゲスト出演していた元サッカー選手の中田英寿氏は、4年間で積み上げてきたものが何だっか見えなかったと総括した。世界のサッカーにはこのこつこつと積み上げてきたものがあるのだとも。監督采配のミス、選手の技術力や精神力など敗因はあるが、日本代表選手の組織力を生かした攻撃的サッカーができなかったことに尽きるかも。またしても世界の壁は厚かったのだ。さて、どうしたら勝てる。ここは『らぁ麺 やまぐち』の特製鶏そばを食べながら考えてみるのも良いかも(笑)(2014.6.25 記)

追記4 昨日ブラジルでの記者会見でサッカー日本代表監督のザッケローニ監督が今回の一次リーグの敗退の責任をとって退任すると語った。本田選手は一から出直しするとまた、長友選手は悔し涙が溢れ途中でインタビューができない状態だった。いずれにせよ、負けは負けで結果がすべての世界と豪語していた選手たちだが、8位目標は見事に崩され、それどころか1勝もできなかった。ブラジルまで遠征した日本のサポーターや日本国内でのサッカーファンには残念無念の結果だ。世界のサッカーが進化続けているのはテレビ観戦していても分かる。身体能力や運動量の違いは歴然とあるけれど、日本が世界に伍していくためにはここは謙遜に一から出直して組み立て直すことからスタートすることかも知れない。まずはお疲れさまと言いたい。(2014.6.26 記)

2014/06/19

超人の面白読書 103  六草いちか著『それからのエリスーいま明らかになる鷗外『舞姫』の面影』 3

雑誌「鷗外94号」(平成26年1月31日刊)には、林尚孝氏の連載もの、最近の「舞姫」研究をめぐってー「舞姫事件」考(その10)ーが掲載されているが、その冒頭に六草いちかの著作に触れ、的確に論評しているのでその該当箇所を書き抜いてみたい。

近年のエリーゼ研究で何より重要な発見は、六草いちかによって、ドイツの教会公文書館に残されていたキリスト教会の「教会簿」の中から、エリーゼ・ヴィーゲルトに関するいくつかの重要資料が発見されたことだろう。これによって、エリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルトというそのフルネームばかりか、その誕生日・出生地、さらには、両親と妹に関する史実まで発掘された。これは、1981年に英字新聞に掲載された客船名簿から、エリーゼ・ヴィーゲルトという姓名と来日・離日の日時が特定されて以来の、いやそれを上回る画期的な発見である。その後もエリーゼについて探索を続け、帰国後16年間独身を通した末、①1905年7月、38歳で結婚したこと、②その死は、戦後の1953年、享年86であったこと、③彼女に2人の妹と弟がいたこと、④生きている妹の孫の存在を探しあて、⑤家族の間ではエリーゼが日本に行ったことは周知の事実であることを確認し、⑥さらに中年になってからではあるがエリーゼの写真まで捜し出している。

さらに林氏は次のような六草いちかにエールまで送っている。ベルリン在住の六草に、現地ならではの史料発掘とその粘り強く綿密な調査による更なる発見を期待したい。〈続く〉

2014/06/17

超人の面白読書 103 六草いちか著『それからのエリスーいま明らかになる鷗外『舞姫』の面影』 2

筆者はこの本が去年刊行されてからずっとカバンに入れて持ち歩き、時間の許す限り電車の中で読んできた。いつものことで他に同時並行して読んでいる本や定期購読している雑誌などがあって、その雑誌も読みながらだから大分持ち歩いてしまった。それでこれはいかんと気合いを入れ直して残る100ページを一気に読み通したのだ。残る100ページからは、それまでの展開と違って、行間にある発見に向かうエネルギーが感じられ、ストーリーが急展開して、さながら推理小説を読むようだった。筆者は思はず吸い込まれてしまった。この作家の実証にかける執念のようなものが読む側にそうさせた。そして、電話帳から特定の名前をピックアップして電話をいくつかかけ終えた後に、「はい、ルーツィ(エリーゼ)の親戚のものです。ルーツィ(エリーゼ)が日本に行ったことは聞いています」と告げられたときの著者の驚きはいかようだったか想像がつく。興奮して手が震えていたと書いている。その子孫がエリーゼの写真を持参していたのだ。1908年〜1918年、日本だと明治41年〜大正6年の写真。チェコの温泉保養地カルロヴィ・ヴァリで撮影されたものと推測。エリーゼ41歳~52歳と推定。ついにエリーゼの写真の発見にこぎ着けたのだ。これは一大事件なはず。〈続く〉

2014/06/13

クロカル超人が行く 164 横浜•桜木町駅『ラメールプラール La mer Poulard 横浜みなとみらい店』

もうテレビでも何度か紹介されている『ラメールプラール横浜みなとみらい店』のふあふあオムレツ。世界遺産の「モンサンミシェル」伝統の味。そのふあふあ感が現前に。極めてシンプルな味、むしろ淡白過ぎて物足りない感じだ。サラダのオードブルは美味。しばしココット料理(フランスの鍋料理)を堪能した。パン、サラダ、スープ(小さな鉄鍋にキノコなどが入ったシチュー風スープ)それにオムレツ4品のAランチの値段は、1650円。この店は東京有楽町の国際フォーラムの中にもあって、こちらの店が日本での最初の店。開店は2011年。そもそもはフランスの西部の小島「モン・サン=ミシェル」で宿屋を営んでいたプラールおばさんが1888年に鉄鍋で作ったふわふわオムレツを出したのが始まりとか。
『ラメールプラール横浜みなとみらい店』: 横浜市西区みなとみらい3-5-1MARK IS 4F 電話045ー319ー6733

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余談。タクシー女性ドライバーとの会話。
「みなとみらいの横浜市美術館前のビル、マークイズをお願いします。ふあふあ感のある卵料理を出すフレンチ レストランがあるんですが」と言って筆者が県立図書館前から車に乗り込んだ。
「ふあふあ感のある卵料理を出すフレンチ、知らない、知らなかったです」と女性ドライバー。
「テレビで行列が出来て、食べるのに2時間待ちという店ですよ」と筆者。
「わたし、卵大好き人間なんです。そこは持ち帰りはできるんですか」と女性ドライバー運転の車はみなとみらいの入口に入った。
「いや、フレンチレストランみたい」と筆者。
「今度昼時に行ってみます」と信号機で発進待ちの女性ドライバー。
「混んでてその時間帯は避けた方が良いかも」とメーターを見ながら運賃チェック中の筆者。
「お客さん、食通なんですね」と女性ドライバー。
「いやー、ミーハーなんですよ」と筆者。
これは女性ドライバーには聞こえなかった。
「本当はラーメンでも良かったですが」と筆者。
「仕事がこの辺で終えたので。遅いランチはどこでと考えていたら、前にテレビでやっていたふあふあ感のある卵料理の店を思い出したんですよ」と続けた筆者。
「お客さんに思い出してもらって良かったですよ。今度食べに行ってみます」
その声は何とか細胞ありまーすのトーンより大分ハリがあって明るかった。

2014/06/09

超人の面白読書 103  六草いちか著『それからのエリスーいま明らかになる「舞姫」の面影』 1

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筆者は、ここ10年近く森鷗外の小説『舞姫』のモデルエリーゼ・ヴィーゲルトについて断続的に読んできた。森鷗外の熱烈なファンというわけではないが、この文豪の人間的な魅力に惹きつけられて興味の赴くままに小説、評伝、『舞姫』モデル探しの本を読み、テレビのドキュメンタリー、森鷗外展を観、新しく出来た森鷗外記念館にも足を運んだ。尽きない興味はやはり森鷗外の小説『舞姫』のモデルエリーゼ・ヴィーゲルトについてだ。過去に何度か新発見か、というような記事が新聞に載ったが決定打に欠けていた。そんな折2013年8月末に、「『舞姫』モデルのエリーゼ・ヴィーゲルトの写真発見」の見出しで毎日新聞に『舞姫』モデルのエリーゼ・ヴィーゲルトについての記事が掲載された。この記事はある出版社の近刊案内的な記事だったが、インパクトのある内容だった。そこにはやや年がいった、ふくよかな中年女性が夫と思しき恰幅の良さそうな男性と写っていた。『舞姫』のエリスを想像してしまうと、それは美しき10代の乙女とはかけ離れてはいたが…。この写真を見たい方は筆者のコラム2013年9月2日付「超人のジャーナリスト・アイ 153 森 鷗外のモデル、エリーゼ・ヴィーケルト」を参照されたい。〈続く〉

2014/06/05

超人のドキッとする絵画 24 平塚市美術館『石田徹也展-ノート、夢のしるし- 』 4

アトランダムに選んだ石田徹也の絵画など。前回書いた筆者の気に入ったものも一部エントリーしている。
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上記の写真は、平塚市美術館入口の石田徹也展の看板文字。制作中の石田徹也本人。作品をタイトルと制作年で列記。上から2番目左から。①「弱いものいじめは、やめよう!」1984年 ②「燃料補給のような食事」1996年 ③「説教」1999年 ④「めばえ」1998年 ⑤「待機」1999年 ⑥「無題」2003年 ⑦「無題」2003年 頃 ⑧「無題」 2002年頃 ⑨「飛べなくなった人」1996年 ⑩「ビアガーデン発」1995 ⑪「転移」2003年 (『石田徹也展-ノート、夢のしるし-』求龍堂 2013 より)

この個展を鑑賞後にメッセージコーナーに立ち寄ったが、石田徹也の絵に寄せる思いがこれだけあるのかと驚かされた。その中に単純明解でこれらのメッセージを代表しているような、女性の“超共感”の言葉が目に留まった。やはり石田徹也は時代の申し子だったのか。
出口付近には石田徹也の画集やら絵葉書やら石田ワールドが楽しめる書籍売り場があって、筆者は多少高額だが画集を購入。書籍売り場の年配の主と二言三言話すうちに小田原駅近くのH書店にいた人と判明。筆者が「ひょっとするとKさんですか」と尋ねると、「はい、そうです」と言った。石田徹也展は、人の巡り合わせもしてくれたのだ。
「日曜日美術館」で石田徹也の絵が紹介されてまもなく丸8年、彼の絵は益々人気を博している。それは書籍売り場の主が、初めは亡くなった石田徹也の両親が美術出版社に持ち込んで出来た、いわば、自費出版の画集だったが、予想に反して3万8千部も売れたというエピソードからも伺える。その独特の画風にはドキッとさせられるが、彼の絵は確実に社会を映し出しているし、また、自分の内面の潜在的な欲望の“しるし”にも触れている。センスティブな人だったに違いない。

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