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2014/04/16

美味しい食べ物 ラーメンの鬼こと佐野実氏の話そしてラーメンの名脇役焼き豚

ラーメンの鬼こと佐野実氏が去る4月11日に多器臓不全で亡くなった。享年63才。ラーメンにとことんこだわった人生だった。筆者はラーメン屋になってからの彼を知らないが、彼を一躍有名にしたのは藤沢橋で営業していた支那そば屋だが、ユーチューブを見ていたら20年前にその店をタレントの羽田豊がリポートしていた映像が出てきた。繁盛している様子が映像から手に取るように分かる。並んでいる女性にインタビューしたりして現場リポートをしていたが、今見ても新鮮だ。20年前と言えば、筆者は全国を飛び回っていた時代で週末は専ら家で一休みし身体を休めていた。しかし、佐野実氏は違っていた、彼の作るラーメンが評判を呼び行列のできる店に成長していたのだ。飽くなき探求心が奏功したのだ。彼の力量はもちろんのこと、彼のマスクとキャラがより一層デフォルメされ、それがマスコミに受けた。昔ながらの中華そばのこだわり、完食強制、白衣と腕組み、店内禁煙、私語厳禁、鬼的な指導と辛口の批評等々エピソードの尽きない人物でもあった。また、平成初期に起きた第3次か4次のラーメンブームを牽引したが、その後逡巡したりはしたがラーメンが手の込んだ身近な食べ物として定着していったのだ。時にテレビや雑誌メディアの媒体ミックスにのって。それまではチェーン展開のラーメン店や昔からやっている個人の中華料理店そしてマニアックな屋台ラーメンなどが主流だったが、ヤンキーぽいが個性的なラーメン専門店ができ始めた。彼は日テレ、テレビ東京他テレビでの露出度を高めて行った。彼の支那そば屋の支店も軒を並べる新横浜のラーメン博物館も更に入場者数を増やし、ラーメンの裾野を広げて進化系ラーメンも普及、今や日本の食文化の顔にもなっているのだ。新規ラーメン店のプロデュースやラーメン店審査など彼のラーメン業界での貢献は計り知れない。
そんな支那そば屋の店主はJRT駅西口1分の場所にあった喫茶店『プランタン』で働いていた。実家のある変電所裏から徒歩で通っていた時代だった。伴侶が病床の彼に塩分控えめのラーメンを持参、「味が薄い」と言いながら食べたあと息を引き取ったという。合掌。
その変電所裏からそう遠くないところにある、昔ながらの小さな商店街で見つけた肉屋『横濱上田屋』自家製の焼き豚。柔らかくて美味。100gで280円。インスタントラーメンのトッピングに最適 !

Image_5

追記 故佐野実氏の葬儀には700人以上が参列したとネットニュースが伝えた。知人のK氏も行ったのかしら?

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