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2014/02/28

クロカル超人が行く 183 三井文庫の白梅

久し振りに訪ねた三井文庫、梅の花が満開。通算して何回観たか。

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白梅やオドル阿呆にミル阿呆

2014/02/26

クロカル超人が行く 182 JR東海道*ツカ駅西口附近の焼鳥屋『串**』店の火事

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【写真上 : 火災の後の店 2014年2月27日午前
8時52分に筆者撮影】

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【写真 : 出火後4時間 筆者撮影】
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【写真 : 出火後2時間 筆者撮影】

JR東海道*ツカ駅西口旭町通りの焼鳥屋『串**』店の火事現場。出火原因は仕込み中の油が原因とか。夕方駅附近は帰宅途中の人で混み始めた頃で、現場附近は煙に遭遇した人や野次馬でごった返し。出火から約3時間、まだ消防車は仕事中。ネット投稿も早く、中には出火した焼鳥屋の名前は何だっけ?『*政』かなと書いた輩も。火の元には充分に気をつけたい。
因みに噂の焼鳥屋『*政』はkeep outと貼られたテープのすぐ近く(写真下消防車の手前)、この騒ぎで仕事にならず早めに店仕舞いしたみたい。*ツカ西口旭町通りの火事は、その昔確か『**いや』附近でもあったはずで、今回はそれ以来だから大分経つかも。ついでに昔の話をもう一つ、焼鳥屋『串**』の二軒隣の『ケンタッキー*ツカ店』の前の店にはM君がいたが‥‥。

火事だ火事寒さもどこへ煙巻き


2014/02/25

超人のジャーナリスト・アイ 156 ソチオリンピック 2014 here and there 2

すでに報道されている美談。スピードスケート1000メートル競技のカナダ選手の話である。カナダ国内代表予選で転倒し補欠になったデニー・モリソン選手が、なんと銀メダルを獲得したのだ。どうしてって?それが泣かせる話なのだ。カナダのスピードスケート代表選手ギルモア・ジュニオがデニー•モリソンの実力を知っていて、やはりカナダにメダルをもたらすのは彼だと言って自分の代わりにデニー•モリソンに出場を依頼したのだ。しかも一本のメールでである。この譲り合いの精神、ご立派と手放しで喜びたいところだが、待てよ、強豪オランダ相手には勝てないと悟ったのか、あるいはビビったのかは知らないが、国を背負った大仕事、彼がここ一番に賭けたのは自分自身にではなく、ライバルデニーモリソン選手だった。モリソン選手は見事にその大役を果たして銀メダルを獲得したのだ。〈つづく〉

2014/02/24

超人のジャーナリスト・アイ 156 ソチオリンピック 2014 here and there

今朝早く17日間に及んだソチオリンピックが閉幕。大会中に政情不安が叫びれていた隣国ウクライナの首都キエフで反政府デモ隊と政府治安部隊の大激突で80数人もの死者を出し、選手にも競技に参加せず急遽帰国した人たちも。国を二分しかねない国家存亡の危機の事態だが、今朝になって親ロシア派の前政権は崩壊、親EU派の大統領が戻り選挙を実施するらしい。いち早い政情安定化を望むばかりだ。
さて、今回のオリンピックはロシアの避暑地ソチでテロ対策の大警備の中87ヶ国、7競技、98種目で行われた。結果金メダル上位3位はロシア、ノルウェー、カナダで総数249のメダル授与とか。日本は金メダル1個を含む合計8個をゲット。長野オリンピック以来のメダル獲得数だが、筆者的には10個以上欲しかった。高梨、上村、浅田、高橋選手他もメダル有力候補者だったが、オリンピックには魔物が住んでいるといわれているらしく、彼らの実力が思う存分に発揮されずに残念な結果となった。日の丸を背負いながらの競技、オリンピック独特の雰囲気にのまれプレッシャーに押し潰された感じだ。これは場を踏めば直るということでもないらしい。オリンピック出場7回目、最年長で銀メダルをゲットした葛西選手の例もあるのだ。要は競技には実力プラスアルファがあるということの証左かも。だから数々のドラマ、悲喜劇が生まれ、それが観ている者に新たな感動をもたらしレージェントを創るのだろう。
ところで、アルペンスキー滑走のスロヴェニアの金メダリスト、ティナ・マゼー選手をご存知だろうか。モデル、歌手のマルチ美人選手として話題をさらった女性だ。尚、スロヴェニア国について知りたい方は2006年6月18日のコラムを参照されたい。〈つづく〉

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2014/02/16

超人の面白体験 ありえない話① 風雪流れ帰宅

“バレンタイン大雪”と勝手に呼んでいる2月14日(金)の首都圏2回目の大雪。東京や横浜では25センチ、埼玉の熊谷では67センチの積雪があって、近年稀な大雪となった。こういう状態になればまず交通機関などの乱れが心配だが、大方は会社を早目に終えて帰宅させる対策が奏功したようだ。中には通常通りの終業で家路に向かったがとんでもない光景に出会った人もいた。何を隠そう筆者自身もその一人だったのだ。そのドキュメントを綴ってみたい。題して「風雪流れ帰宅」。
取引のあるY社は本日は大雪が予想されるため午後3時で終業した由、筆者らも午後6時10分過ぎには社を出た。外は粉雪が舞っていて多少風も。午後6時40分、東京駅を12、3分遅れて発車したO駅行きの紺色電車だが、新橋駅、品川駅で前の電車の車間距離を保つため何分か止まった。M駅に着き前と同じように進むのかと考えていたら、電車がなかなか進まない。女性車掌のアナウンスが7分おきぐらいに流れた。O駅でのポイント修理に時間がかかっていて発車できない状態と。あと少しで回復するとたかが食っていたのが間違いだった。何時になっても発車しないで止まったまま、嫌気がさして重い腰をあげた。以前に突然停止して事故った動く歩道(止まったままの状態)を通り抜けると雪がホームに吹きかけてきた。いつの間にか線路の周りには雪が降り積もっていたのだ。一週間前の雪より幾分多いと感じたのは風があったせいかも。行き先の経路を替えてしばらく待って黄色い電車に乗り継いだ。やはりいつもの時間帯より混んでいた。20分位でまた乗り継ぐK駅に到着。今度はオレンジ色の電車に乗った。少し足踏み状態みたいだったが、待たずに動いた。先ほどの黄色い電車と違って東京から西へ走るメインラインは満杯でラッシュアワー並み、辛うじてドアに手を当てて身体のバランスを保った。次のY駅で大分降りたので車内に余裕ができて一安心。ガタコト、ガタコトと電車の音がいつもより大きめに聞こえたのは気のせいかと不思議に思っていたら、次は*ツカ、次は*ツカと車内にアナウンスが。時計を見て驚いた、午後9時20分過ぎ。東京駅からここまで普通なら42分かかるところが、なんと3時間弱もかかってしまったのだ。
雪は衰えるどころか益々勢いを増して降り続いていた。T駅を降りて*ツカーナの3階からバスセンターに向かうも、吹雪いているせいか雪が小さな山を作っていて、雪を踏み潰して歩くしかなかった。ここでもう25センチだ。階段では降り積もった雪を払いのけて、バス乗り場の一番前にあるタクシー乗り場へ。タクシーを待つ人が30人はいたか、その間タクシーは一台帰ってきたのみ、これではいつ帰宅できるか分からないので、観念していつものバス乗り場に向かったが、これまた階段の下まで並んでいた。その数50人位。この異常な光景を目の当たりに見て急に不安になった。その時ある考えが浮かんだ。そうだ、A店へ行こう。途中コンビニで軍資金を補充してA店へ寄るも、マスターが今日は車は来ないよ、だった。仕方がなく自宅まで歩くことにした。吹雪く雪路をだ。徒歩で帰宅したのは何十年振りだろう、確か手持ちがなかった時に一度だけ夜中に歩いた記憶がある、それ以来だ。
A店から雑誌や仕事道具が入ったカバンを手袋した右手に持ち、さらにスープの入った水筒と読みかけの厚い本が入った布袋を下げ、左手にビニール傘を持って歩き始めた。時々横殴りの風雪にビニール傘が吹き飛ばされるハプニングも。消防署がある幹線道路に出てそこを左折し、5分位行って十字路の信号のあるところを今度は右折してすぐにコンビニに入った。午後9時50分、さすがに小腹が空いたので肉まんと帰宅後に暖かい飲物と考えて紙パックの日本酒を買った。ところが、紙パックの日本酒が意外と重い、吹雪くのでビニール傘も煽られ、対向車がすれすれの狭い路、登り坂、うねり下り坂、急坂などを通過しなければならない難所の路をこの荷物をぶら下げながら雪路を行くのだから覚悟のほどが知れようというものだ。そのコンビニを出て肉まんを頬張り始めた。傘や諸々を持ちながら左手の肉まんをかぶりついたまでは良かった。その後手荷物が重たくて食べている状態ではなかった。しかも吹雪いていているし、足下は27センチ位の雪が積もっていて踏み潰して行かなければならなかった。苦肉の策で途中路の真ん中に立ち往生して一気に肉まんを食べたのだ。それがうまかった何の、言葉では言い表せない位。右手が多少ネバネバして手袋がはめにくい、咄嗟に雪でその手をクリーニングしてはめ直した。コンビニからまだ15メートルしか進んでいなかった。ともかく雪を踏み踏み進んでいくしかない、道路下のトンネルを潜ってーこの間対向車は一台のみー右手におこげの店がまだ開店していてキッチンから出す煙が異様に見え、腹ごしらえでもと考えたが、ちらりと眺めただけで先を急いだ。今夜あたりは誰も客がいないはずだと勝手に想像してみるが、もしかしたらスーラーメンを食べている客がいた?このおこげの店はスーラーメンののぼりも出しているのだ。このあたりは江戸時代郭で賑わったところらしい。今はホワイトアウト状態だ。確か植木屋、その先は石屋、その左手先は沼地だったが、登り坂にさしかかる左右は今やマンションや崖を崩してまで住宅が建ち並ぶ。しかし今夜はホワイトアウト状態。ズブズブと音を立てて歩くが坂道は思うように先に進めないのだ。途中タクシーを見つけるも、ドライバーにもう走れないと断られたのだ。吹雪くし雪はあるし足跡はないし、ないないしの状態で30分は歩いたか。
高台の昔H社の寮があった桜の名所に辿り着いた。少し変形な十字路を右折したら左手に人影があった。小学生が玄関前で雪と戯れていた。こんな遅い時間にだ。チミ、寒いぞ、早く家の中に入りぃ、といつの間にか呟いていた。一軒先の建築士の家の駐車場では若者が雪掻きをしていた。この辺は晴れた日には一望に見渡せる高台なのだ。ザクザクと先を急いでいくうちに、こんな機会は秋田や青森など北国しか出会わないから写真でも撮ろうと考え、面白そうな光景を探した。が、木々に降り積もる雪かそれとも車か、手荷物が邪魔して携帯カメラが上手く作動してくれない、いや、持ち上げられなくて、口を使いたくなる心境だった。ここがいいなと何台も並んでいる駐車場の車を撮ろうとしたが、いや待てよ、平凡過ぎるかとシャッターを押す前に止めてしまった。雪でずぶ濡れ、吹雪くし足下はズブズブ状態。ここの駐車場の会社は今でこそ社名は変えられているが、ケチで有名な、いや、節約日本一みたいな会社で昔の社名は未来*と言ったか、岐阜あたりに本社があってここの年老いた名物社長が有名だった。テレビに2回位は出ていたはずだ。
その昔東急不動産が開発したらしい住宅地の下り坂に益々積み上がっていく雪を直に見、またビニール傘がまたもや吹雪にやられて吹き飛び、その度に手荷物がバランスを崩して、我ながら不格好を地で行く姿に笑ってしまった。雪の中懸命に運動をしているせいか意外にも身体の中は暖かくて気持ちがいいものの、外は相変わらずホワイトアウト状態。
伊藤整の詩集『雪明かりの路』を思いだした。その一編「雪夜」から。

あゝ 雪のあらしだ。
家々はその中に盲目になり、身を伏せて
埋もれてゐる。
この恐ろしい夜でも
そつと窓の雪を叩いて外を覗いてごらん。
あの吹雪が
木々に唸つて 狂つて
一しきり去った後を
気付かれない様に覗いてごらん。
雪明かりだよ。
案外に明るくて
もう道なんか無くなつてゐるが
しづかな青い雪明かりだよ。

大正14年刊行のもので少なくとも約90年前の作だ。
【特選 名著復刻全集 近代文学館 昭和46年7月1日発行 伊藤整著 雪明かりの路 椎の木社版より】


やがて小さな公園のそばを通り過ぎ、左折して急坂にさしかかった。その前に一度立ち止まりシャッターチャンスを窺った。暗い中での撮影、どうなったかー。

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急坂は難所であった。ズブズブまではまだ良かったが、登るにつれて吹雪いてできた雪の小さな山に足を踏み入れた途端、なんと膝あたりまで雪があるではないか。ズボンが台無し、一人暗闇で葛藤している自分が可笑しかった。本当は笑える状態ではなかったが笑えてしまった。不思議な心境だった。ズブズブ、ズブズブ、ズブズブと這い上がった感じで坂を登りきった。左折して真っすぐに10分位歩いた。まだ所々に家の明かりが灯っていた。気持ちが悪くなるほどの静寂だ。もうすぐ帰宅できる、気持ち足早になった。雪を掻き分けながら遥かソチオリンピックに馳せた。フィギュアスケートの羽生は?ジャンプラージヒルの葛西選手は?
ついに家に辿り着いた。時計は午後11時を回っていた。とんだ災難だったが筆者の気持ちは久し振りに清々しかった。

だからもっと早く帰らないと、
奥の部屋で家人が言った。

筆者はまだホワイトアウト状態から抜け出せずにいた。
すぐさま紙パックの日本酒を沸かして呑んだ。
少し辛かった…。

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【写真: 翌朝に撮影した雪景色】

2014/02/11

超人のジャーナリスト・アイ 155 沖縄『琉球新報』の初英文社説(電子版)

下記はジョン・F・ケネディ元アメリカ大統領の娘、キャロライン・ケネディ駐日米国大使の沖縄訪問に際し英文で呼びかけた地元沖縄の新聞『琉球新報』電子版2014年2月11日付社説。これは前代未聞、初の英文社説だ。

拝啓 米大使ケネディ様 辺野古断念へ決断の時 沖縄の民主主義尊重を

[Editorial]
Dear US ambassador to Japan Caroline Kennedy: We want the US government to change its Futenma replacement policy and cancel Henoko landfill

Dear US ambassador to Japan Caroline Kennedy

We sincerely welcome you to visit Okinawa. Japan and the United States have faced many challenges in negotiating on the areas of foreign, security, defense and economic policy. However, we hope that you as the US ambassador to Japan will exert your ability with exceptional insight and in the spirit of humanism to reconstruct the US-Japan relationship. We want multi-layered and sustainable relations backed up by mutual trust between both peoples, without overemphasis on military. We have a strong desire to share the universal values of freedom, democracy and mutual respect for basic human rights with American people.

Negative examples
During the 68 years since the end of World War II, the United States has been a teacher of democracy for the people of Okinawa both through positive and negative examples. Young people of the time, who had studied in the United States after the war, praised the democracy. Many of their generations were inspired to become ‘militarism boys’ through education. However, after completing their study in the United States inspired by the hope of democracy, they made use of their knowledge and experience to promote higher education and reconstruct Okinawan society. Meanwhile, it was the United States that captured their land from the residents at Isabama and Iejima “by bulldozers and bayonets” to construct the base in the early postwar period. Such conduct violated Article 46 of the Hague Convention stating that private property cannot be confiscated.

Before the war, people lived their lives in the place where U.S. Marine Corps Futenma Air Station is located. There were schools, a village office and agricultural land. We want the ambassador to understand this abnormal history and accept the reality that the U.S. government operates a military base in an area where it drove out civilians.

The governments of Japan and the United States say they will move forward with the plan to relocate the Futenma base to Henoko, Nago, under an agreement reached in 2006. MV-22 Osprey aircraft plagued with a history of serious accidents will station permanently at the new base and fighter aircraft will regularly use it, if it completed.

Okinawan people are concerned that the human rights, life and property of residents living in the northern region, will forever be compromised as they will be exposed to noise pollution and the risk of an accident.

Believed to be the origin of the mermaid legend, Dugongs live in the sea where coral reefs spread, off the Henoko district. The dugong is listed “1A” as critically endangered in Japanese Red List published by the Ministry of Environment. The US ambassador to Japan tweeted recently, commenting that the U.S. government opposes drive hunt fishing. While most readers responded favorably with grateful hearts to you on Twitter in English, there were many dissenting voices tweeting in Japanese that said dolphin fishing is a part of the life and tradition of residents in their community. You expressed that you were deeply concerned by the inhumaneness of drive hunt dolphin killing. Then is it not inhumane to pose a threat to the habitat of the dugongs by destroying their feeding grounds?

Currently, in your nation and many other regions, American organisations are providing shelter and sanctuary for manatees, which are internationally protected members of the Dugong family. The Fish and Wildlife Conservation Commission helps rescue manatees and transports them to rehabilitation facilities in Florida. They have a network of expert organizations, including biologists, to save manatees. The International Union for Conservation of Nature (IUCN) has made recommendations to protect the dugongs of Henoko three times. We hope you will accept the recommendations to save this endangered species.

Open the door to create new friendship
Ryukyu Shimpo wrote an editorial published on November 24, 1963, to mourn the death of your father, the 35th President of the United States John Fitzgerald Kennedy, after he was tragically killed by an assassin’s bullets. It reads: “President Kennedy struggled mightily to resolve both the international and internal issues such as the Cuban Missile Crisis, the Limited Test Ban Treaty and racial discrimination. He showed his ability to take action, determination and contribution to resolve the problems as the greatest leader of our age with passion and wisdom.” The death of the standard-bearer of the New Frontier spirit was a great shock for the people of Okinawa.

With the sense of responsibility coming from your father, would you open the door to create new friendship between the U.S. and Ryukyu, and put an end to the military colonial rule in Okinawa? We hope that your visit to Okinawa will help change the policy and allow the government to abandon the relocation plan to Henoko and to move the Futenma base outside Okinawa.


『琉球新報』HPからの転載。

2014/02/09

超人の面白書店発見  東京豊島区池袋 ユニークな書店『天狼院』

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何ともユニークな書店が去年の9月に池袋にオープンして話題になっている。たまたま新聞のラテ欄を見てBS11のニュース番組を観たのだ。この書店にはコタツがあって長時間読書や飲み物も自由、棚構成もテーマ別さらに部活的な素人ぽい試みも行われていて、今までの書店のイメージをガラリと変えた小さな書店である。場所はジュンク堂池袋店から徒歩5、6分のところにある、これまたユニークな店名の『天狼院』。ただ単に音の響きが良いから付けたらしい。三浦崇典(みうらたかのり)店主(36才)は大手書店に勤めた後独立、ネット行き過ぎの最近の書店事情を逆手にとって生き延びられるリアル書店を開業。店のコンセプトは本を売るだけではなく体験する、リーディングライフそれに自由に楽しくだ。だから棚も客の要望に応えて構成したりと本の可能性を試行。アイデア次第ではどんどん試みが広がる。未来型の楽しい書店だ。開店3ヶ月で黒字を出したとテレビ出演で三浦店主が語っていた。マジシャン講習、写真講習ではプロカメラマンに指南を仰ぎ飛鳥公園まで出向いての写真実写会、ファナティックな読書会など奇抜なテーマで実践。まだ開店して5ヶ月だがやればできる実例だ。アイデアだけで終わらないように“あきない“は地道な継続が大事だから頑張ってほしい。この書店の可能性に期待したい。

2014/02/01

超人の面白ラーメン紀行 177 松戸市 中華そば『とみ田本店』

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あれはいつだったか、ラーメンの甲子園開催で『無鉄砲』×『とみ田』のコラボラーメンを食べたのは。それ以来『とみ田』が頭からこびりついて離れなかったが、今回思い切ってJR常磐線松戸駅まで出かけてやっとその思いから解放された。
午後1時11分に店の脇で並んだ。すでに35人が先行、後方も5人、しかし1時間後には後方5人がたちまち20人に増えていた。店のスタッフの誘導のもと券売機でチケットを買い、また元の位置に戻り20分位待って、ようやく店内へ。窓側のカウンター5人用の右から三番目に座り注文した中華そば(700円)を待った。出てきた、出てきた、究極の中華そばだ。思った通りのドロドロ系のスープの中にストレート系の太麺、でかい支那竹、かわいいナルト、ごく普通の海苔、多めの刻みネギそしてトッピングのキングオブキング、体格の良いチャーシュー2枚ー見た目と違って柔らかーがのり、やや怖い感じのどんぶりは松戸の文字や龍の絵をあしらったオリジナルのもの。一啜りして大勝軒系の味だと分かった。そう言えば、ここの店主が尊敬してやまない元大勝軒の山岸大将の色紙も筆者の席の前にあった。太麺がドロドロ旨味成分たっぷりのスープによく絡んでいたが、まろやかでも食べていくうちに少し塩辛さが出てきたのが気になった。長い時間並んで食べる価値があるか少し考えてしまった。店の戦略に嵌められコントロールされている感じもする。これだけ混むなら店のスペースを大きくとればと勝手に想像するのだが…。
メニューは中華そば700円、味玉そば880円、つけそば800円、つけ味玉900円、特製つけそば950円、チャーシューそば950円、つけチャーシュー1000円、ワンタンそば800円他。おみやげラーメンあり。

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住所 : 〒271-0092 千葉県松戸市松戸1339 高橋ビル1階 TEL : 047-368-8860 営業時間 : 11:00〜17:00 定休日 : 水曜日 ※麺、スープ切れ次第終了

松戸市中華そば『とみ田本店』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★★5.価格★★☆

追記 ラーメン待ち時間を利用して最近購読し始めた「The Japan Times On Sunday」をじっくり読んだ。2013年10月に「The Japan Times Weekly」を衣替えして新たな紙面充実を図っている英字週刊誌だが、今回読んでみて内外の記事や特集、新刊案内、書評等以前より署名記事が多く、ただ単に配信された記事掲載で埋めるのではなく、メリハリの効いた記事に構成されているような感じを受けた。待ち時間もこういう風に使うと効果があるものだ。

追記2 おみやげラーメンまでゲットして帰ったが、途中メール返信を見て少し落胆。仕事で作家のO氏に推薦文を依頼してもらったが、健康上の理由で断られてしまったのだ。

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