« 超人の作家の文章披瀝 詩人西脇順三郎「ニューヨークと近代美術」 2 | トップページ | 超人の面白ラーメン紀行 174 東京ラーメンストリート『ほん田』 »

2013/11/27

超人の作家の文章披瀝 詩人西脇順三郎「ニューヨークと近代美術」3

私が訪れた日本の商事会社や銀行の内部をかざる絵画は、みな抽象画やアンフォルメールやシュールの絵ばかりであった。コロンビア大学の商学部の校舎は新しい近代的な建築であったが、そのかざりもみな近代美術であった。日本の近代美術家がニューヨークへ行く理由は、そうした関係があるからだと思った。
ニューヨークでの私の楽しみは近代美術を見ることであった、けれども私の見物の態度は決して美術研究者としてではなく、きまぐれの旅人としてであった。だから、どの美術館にどういう絵があるのか、あらかじめ調べないで、ただ旅人が大和の山路をあるくような気持ちで、ぶらぶら美術館を歩きまわった。
私が知っている絵に出会う時「なんだ、こんなところにあったのか」とつぶやき、その発見のおどろきを感じてうれしく思った。それは数年前私がフローレンスの美術館を歩いていたときと同様な感情であった。メトロポリタン美術館の入口のロビーで休んでいる時、偶然向うの隅にゴーガンの「マリアよ、わたしたちは貴女を拝む」がガラスの大きい箱の中に一枚だけ入れられて電気がつけられていた。まるで商品の陳列館とかわりがない。〈つづく〉

« 超人の作家の文章披瀝 詩人西脇順三郎「ニューヨークと近代美術」 2 | トップページ | 超人の面白ラーメン紀行 174 東京ラーメンストリート『ほん田』 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 超人の作家の文章披瀝 詩人西脇順三郎「ニューヨークと近代美術」 2 | トップページ | 超人の面白ラーメン紀行 174 東京ラーメンストリート『ほん田』 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31