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2013/10/23

超人の面白ラーメン紀行 178 海老名市『中村屋 海老名店』

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『中村屋』が大和市の高座渋谷駅にラーメン店を出してから、はて、何年経っただろうか。ラーメン界の若き天才ともてはやされた人だけにずっと気にかけていた。最近ではロサンゼルスから逆輸入された横浜ラーメン博物館にある『IKEMEN HOLLYWOOD』をプロデュースして話題になった人でもある。今やラーメン有名店主のプロデュースは大流行である。いつだったか、某有名ラーメン店主がタレントと二人三脚で屋台を引きながら南米諸国でラーメンを売り歩くテレビ番組を放送していたが(実際は屋台と製麺機械を積んで小型自動車で移動。ロケーションが決まれば荷物を下ろし、簡単な屋台をセットし値段を決めて売る仕組み。1杯350円が多かった(7箇所、312杯、平均340円、売上金10万円超)。例えば、絶景ポイントで有名なボリビアのウユニ塩湖での屋台ラーメン開店など。移動も大変だ。それよりも限られた所持品で運営し、あとはラーメンの売上で賄う極めてテレビ的なゲーム感覚に溢れたシステムが売りかも)、食材など食習慣の異なる地域での悪戦苦闘振りは今にも笑いが吹き出してしまうほど珍道中で滑稽だったけれど、このラーメン店主は魂の入れ方が半端ではなかった。ラーメン作りの条件に合わなくとも即座にアレンジして作ってしまうことも凄いが完売までやってのけてしまうのだから恐るべし、あっぱれである。ついでに書けば、アンデスの麓の町だったか店主のラーメンが食べたいがお金がない小さな男の子が、小銭をかき集めてやっと食べることができた。彼は笑みいっぱい浮かべていかにも満足そうだった。屋台ラーメンはいつの間にかしあわせを運ぶコウノトリになっていた。ラーメンには庶民を夢中にさせる不思議な力があるようだ。(追記 再放送も観て多少書き直した。2013年12月31日 記)

さて、『中村屋 海老名店』のラーメンストーリーだ。
午後1時過ぎに暖簾を潜った。券売機で食券をどうぞ、と元気のいい若い女性。「水曜日限定特製醤油ラーメン」(850円)はラスト1枚で終わりと言われ即座に注文。彼女は筆者の愚問にも丁寧に応対してくれ、なかなか感じがいい、おまけにチャーミング。有名店ではつんとしているところが多いがここは違っていた。4人掛けテーブルでは申しわけないのでカウンター席右端に移った。5分後に「水曜日限定特製醤油ラーメン」が出てきた。上品な一杯。が、一目見て濃厚な醤油系と正直なところ少し引いてしまった。前に食べた大和店のラーメンを思い出し、ここにチャーシュー、あちらにみずな、半熟玉子、細系のメンマと色と形状のコンビネーションが抜群でまた、器の絵柄と形も考え抜かれた演出。それらのトッピングは、いわば、ラーメン専門店『中村屋』の定石だ。ガツンと豚脂が看板の特製醤油ラーメンのスープは、塩辛さの中に甘みが混在した独特な食感。麺は細麺でストレート系、もちもち感も。ピカイチは柔らかチャーシューの歯応え、思わず美味いと呟いたほど。完食。しかしスープなどを含めた全体的なラーメン評は極めて微妙。渾身の一杯とは行かなかった。昼時を過ぎた時間帯に入っていたせいか客入りが今一つとみていたら、ぽつりぽつりと入り始めていつのまにか大分客席も埋まった感じ。なあーんだ、「水曜日限定特製醤油ラーメン」は売れ切れかとボヤきながら券売機を睨んでいる男性もいた。因みに一番人気のラーメンは「特製醤油ラーメン」(1000円)と女性スタッフ。水曜日は定休日だが年内は無休。だから「水曜日限定特製醤油ラーメン」を設けて客入りを増やしたい店側の事情も。ニューヨーク進出も考え中とか。

海老名市『中村屋 海老名店』1.スープ★★2.麺★★☆3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★★☆5.価格★☆

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2013/10/21

Eさんの早すぎた死 ある死その6

Eさんと言えば、ある作業台で大きな地図の上にいろいろな情報を落とす細かい製作作業に、それこそ心血を注いでいた姿が目に浮かぶ。30年以上前の遠い昔だ。その目を輝かせて編集・製作に当たっていた彼が、先週66歳の若さで逝った。膵臓癌でここ1年以上入退院を繰り返していたという。生真面目でダンディな彼だったが、その編集・製作人生は順風満帆というよりは紆余曲折のあった人生といった方が正確かもしれない。自分で会社を起こしてからもう20年以上になるが、地道ながらもしっかりした本づくりが功を奏して確実な読者層を維持していたはずだ。一時期筆者はこの会社を手伝ったこともあったが、最近ではもっぱら新聞広告でしか社の活動を知りえなかった。その定期的に出稿している新聞広告に変化が読み取れたのはいつだったか。書籍広告は出しているものの内容がいつも同じままなので、はて、何かあったのかと不思議に思っていたのだ。そして別件で夏にEさんの親しい知人が筆者を訪ねて来て初めて彼の病気のことを知った次第。それから葉書を出したが返事がなかった。想像するに、もう字が書ける状態ではなかったのだろう。斎場は歌手藤圭子の葬儀が行われた場所と同じだと言っていたのは晩年一番親しくしていた中国文学・版画に詳しいTさん。彼はEさんの会社で何冊か本を出している。

K君、そろそろ仕上げの時期だね、

と電話の向こうでやや高めの声で言っていたのが脳裏に焼き付いている。コンモンセンスの持ち主で優しい人だった。まだ道半ばのはずだが、幸い社を継いでくれる人もいるという。生前のご厚情に感謝。安らかにお眠りください。合掌。

追記 Eさんの生真面目な一面が出ていたエピソードを一つ。筆者の最初のニューヨーク行きでは現地に友人が旅行代理店(今や格安航空会社の雄のHだったか)をやっているので訪ねたらいいと親切にも紹介してくれたのがEさんだった。子どものいない彼はご夫婦でよく旅行を楽しんでいたのだ。ニューヨークでEさんの友人にお会いしたが残念ながらいい印象が残っていなかった。現地には筆者の友人もいたのだ。で、帰国して最初にお礼を言うべきだったが、余りにも違和感があったため報告を後回しにしていたら、上司からそのことで叱られてしまった。恐らくEさんが上司に小言を言ったのだろう。こんなことも今となっては懐かしい思い出だ。


2013/10/15

クロカル超人が行く 181 横浜赤レンガ倉庫『横浜オクトバーフェスト』 余滴

横浜赤レンガ倉庫『横浜オクトバーフェスト』余滴。本場ドイツソーセージ盛り合わせ購入(2800円と少し高価)でおまけのビール小瓶がこれ。Hofbräu Maibock ホフブロウビール。瓶の裏側のラベルには英文表記も。

Hofbräu maibock

Munich's first Maibock

In 1614 the famous "Maibock"was brewed for the first time. Brewing maibock in Bavaria was a privleg of the Duke of Bavaria till 1818. Munich citizens enjoy this amber coloured, delicious beverage especially in springtime.

alcohol 7.2 % by volume


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茶色系のややビターがかったビールで、味はというとこれがイケた。Seher gut !

追記 ところで、賢い読者はこのビールの背景に使った英字紙の記事がジョン・F・ケネディ元アメリカ大統領についてのものだと気づいたはず。ケネディ元アメリカ大統領の死からちょうど50年目の今年、長女で作家のキャロライン女史がこの11月に駐日大使として赴任することか決まった。父親の葬儀で小さいながら可愛らしい仕草で最敬礼していた姿が忘れられない。筆者は同時まだ中学生、体育館で部の仲間と卓球の練習をしていた。午前11時頃だったか、アメリカからの衛星放送の第一報映像がダラスでの演説の途上糾弾に倒れたケネディ大統領の葬儀の模様だった。その後のケネディ家の「悲劇」は読者諸氏の知られる通り。
さて、その民間外交官キャロライン女史の政治手腕は?(2013.10.18 記)

2013/10/14

クロカル超人が行く 180 横浜赤レンガ倉庫『横浜オクトバーフェスト 2013 』 

横浜ベイエリアでジャズフェスティバルやオクトバーフェストと秋の催し物が開催中。土曜日横浜赤レンガ倉庫の『横浜オクトバーフェスト』へ家人と出かけた。ドイツ三昧の17days(10月4日〜20日)が謳い文句のドイツビールの祭典。今年で12回目らしい。メイン会場では超満員の老若男女1200人以上がひしめき合いながらドイツビールを堪能。筆者もヴァルシュタイナービール、パウラーナービール、ホフブロイオクトバーフェストビールを試飲それに本場直輸入のウィンナー盛り合わせやムール貝も試食。期待していた以上とは行かなかったものの、ま、イケたか。家人は飲めないのでお茶で乾杯だった ! 会場はドイツから来た楽団の演奏による"乾杯の歌"で盛り上がりは頂点に―。ビールグラスをスイングしながら、

Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemütlichkeit.
Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemütlichkeit.
Ein, zwei, drei, g'suffa !(Prost !!!)

みんなで喜び楽しもう

と飲めや歌えの大合唱それにダンスまでも。
(大昔だが大阪梅田のアサヒビアホールを思い出した !!)

ついでながら、ほろ酔い気分で山手界隈を夕暮れ散策と洒落こんだ。フェリス女学院大学近くでJR石川町の方へ坂を降りようと思ったら、道を間違え、迷い道、ふらふら。途中携帯で位置探しに夢中になりすぎ、転んでしまった。暗くなりかけた道に段差があったのだ !!かすり傷を少々、あーあ。仕方なくバスで元来た駅へ引き返した。駅近くで飲み直し、今度はサッポロビールで乾杯となった。

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追記 実はこの「横浜オクトバーフェスト」に行くきっかけは、一週間前あたりにJ氏が1000ml入りパウラーナービールとブルックリンビールを差し入れてくれ、オクトバーフェストの季節と話していたからだが。ブルックリンビールは6月にJFK国際空港で飲んでいた。ライト系で飲みやすい。

遊び心のあるガーデニング

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    早く秋来いよと彼女目をかくし 

 


2013/10/08

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 57 旅の終わりに

H君、取り留めのないやたらに長い手紙を書いてしまいました。時には貴君のことを忘れてまでニューヨーク道中記を夢中になって綴りました。書き始めた季節が初夏でしたが、書き終えた今は秋たけなわです。時間の経つのが早く感じる最近の筆者ですが、内外の情勢も刻々変化、地球の自転速度が速まっている感じすら受けます。初夏でも猛暑だったニューヨークはさすがに大人の街といった風情でした。今度の旅は家人連れ、ある意味ではおさらいの旅でもありました。本当に碁盤の目のようなニューヨークを通りに沿って縦にも横にも歩きたい気になります。そこにはまた新たな不思議な発見がありそうな気配を感じます。そこがニューヨークのチャーミングなところです。魅力が街一杯に広がっている感じがします。マンハッタン、ブロンクス、ブルックリンそしてクイーンズとニューヨーク市は広いですが、筆者はそのほんのわずかな地域に触れたに過ぎません。しかし大きな手応えがありました。もっとニューヨーク大学周辺地区やチャイナタウン周辺、ブルックリンの先端流行地区、そしてマンハッタン島を一周し北端へも行きたかったのですが、何せ時間がゆるしてくれません。この旅で2日間寝込んでいた家人の言い草が奮っています、お金を貯めて再来年にまた行きたいな、ですと。
H君、いかがでしたか。こんなに長い時間拙い駄文にお付き合いさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした、これに懲りずまたお付き合いください。ありがとうございました。時節柄ご自愛ください。                         敬具
                                                 

2013/10/07

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 56 最終回 遥かなるニューヨーク 5

今回のニューヨーク旅行で最初に目に付いたのは、セント・パトリック教会やトリニティー教会など観光名所もそうなのですが、改修工事中のところが多かったことです。特にフィフス・アベニューのメイン通り周辺が目立ちました。リーマンショックから立ち直ったような感じでしょうか。相変わらず車が多く、行き交う人たちの忙しそうな動き、時折救急車が走り喧騒の渦に、それでも日常生活は淡々としたもののように筆者には映りました。トウキョウとは一味も二味も違った大都市の理性と感性が働いているような感じを受けます。ニューヨークを訪ねる度に街がきれいになっていく様は旅行者にとっては気持ちがいいものですが、その陰には清掃員の不断の努力を忘れてはなりません。1980年代後半の時期は路上にはゴミが散乱、地下鉄の車両には落書きが横行し、街の美観が失われていました。それから四半期以上街は清潔な街へ、明るい街へと変わりました。ニューヨーク市長や関係当局の努力の賜物でしょう。そして奇抜的なものを含めてデザイン性の優れた建物も散見されました。今や芸術の都市はニューヨークですから、その活動の成果があちこちに見られるということはある意味では当然かも知れません。
あの悲劇的な9.11から立ち直ろうとするニューヨーク、〈悲しみ〉を乗り越え、新たな〈経験〉を蓄積していくはずです。一旅行者に過ぎない筆者にはさらに人間的な街、強欲から他人の痛みのわかる愛情のある都市へ大きく変わって行ってほしいのですが……。

遙かなるニューヨーク。

2013/10/04

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 55 最終回 遥かなるニューヨーク 4

ニューヨークは今が最高の季節を迎えていて観光客もどっと押し寄せているようですが、医療保険制度の一部修正を迫る共和党と見直し拒否を進める民主党が議会で対立、事態の収拾がつかないまま暫定予算が不成立に終わり、そのため自由の女神など国の機関が運営している博物館などが閉鎖していて観光客が見学できないでいる異常状態が続いているそうです。観光客にとってはいい迷惑です。
それでもニューヨークには魅力的な場所がたくさんありますから、想定外の旅を楽しんだらよいかも知れません。旅にはハプニングがつきものです。筆者もその例に漏れず家人が現地で2日間寝込んだため、当初のスケジュールが大幅に変更せざるをえませんでした。

繰り返しになりますが、今回のニューヨーク旅行ではじめてビデオカメラを回し続けました。まだ操作が慣れていないにも関わらず、出来上がった映像を観てある程度の満足感がえられました。ビデオカメラの性能が数段進み、価格も以前ほどではなく手に入り易くなったことも一因でしょうか。おかげさまでもう二度とできないくらいの貴重な映像を撮ることができました。また、天候にも恵まれたことも映像に反映していて、鮮明かつ新鮮。写真では決して味わえないニューヨークの素顔そのものがそこにはあります。〈続く〉

2013/10/03

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 54 最終回 遥かなるニューヨーク 3

ニューヨークはよくサラダボールや人種の坩堝と言われているだけあって、それこそ多種多様な人種の集合体です。今もって各国からの移民が後を絶ちません。タフネス、ダイバーシティー、ダイナミズム、インディビジアリズム、ジェネオスティー、チェンジャブル、どれもニューヨーカーを表現しています。例え1週間の短期間の滞在でマンハッタンを歩き回ったとしても、街のにおいを嗅ぐことができるかも知れません。無目的に徘徊するのも手でしょうが、最低でも3チャンネルの視点ー社会、経済、文化などーをもちながら、低い目線で体感することかも。要はその人の感受力をできるだけ強め(アンテナを高く張って)、心の窓を開けて風通しを良くしておくことだと思います。下手なハウツウものや予備知識がなくとも、却って先入観や偏見にとらわれないで柔軟に対応できることが大事なような気がします。ものの見方を養う絶好な場所がニューヨークです。この街はトウキョウとはまた違って刺激に富んだ街であることには違いありません。筆者は偶然なのですが、最初のころはクウィーンズ、それからブルックリンそしてミッドタウンのタイムズスクエアと宿泊起点を替えながら、街の様相をにおいを体感して来ました。支点の違いで風景が変わることを実感しました。森有正のいう「経験」を文字通り咀嚼しえたのでしょうか。

遥かなるニューヨーク。〈続く〉

2013/10/02

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 53 最終回 遥かなるニューヨーク 2

自由の女神のことに触れたばかりの前回の訪問記ですが、悪いニュースが飛び込んで来ました。一気に現実に引き戻されました。自由の女神も国が管理運営している機関で、その政府機関が暫定予算不成立で閉鎖、一時帰休(レイオフ)が実施されたようです。17年振りで影響を受ける人の数は80万人だそうです。財政問題をめぐって民主党と共和党との対立が続いているためとメディアが伝えています。日本でも安倍首相が来年4月の消費税8%実施を表明しました。円安で生活必需品が上がり始めており、家計にじわりじわりと響いてくるのは必死です。アベノミクスは庶民をどう考えているのでしょうか。
そう、ニューヨーク訪問記最終回の話でした。(続く)

2013/10/01

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 52 最終回 遥かなるニューヨーク

哲学者森有正が、遥かなノートルダムとタイトルをつけてパリから哲学的随想を書き送り、当時の雑誌『展望』に連載されたのはいつ頃でしたでしょうか。そこにはパスカル研究家森有正のキーワード、〈経験〉と〈悲しみ〉が横たわっていて、句読点のない長い文章につけ加えて、概念の厳密性を尊重してか、わざわざ傍点で記されるなどなかなか読みづらい文章でした。それでも何か感応しあうものがあったように思えます。もう遙か昔の出来事です。
なぜニューヨークの旅日記の最終回にこのようなことを、しかも舞台はニューヨークではなくパリなのに、です。それは思いつくまま書いてきた最後に相応しい書き出しだからです。旅とは、ある時ある場所である距離をもって自分を客体化してくれるもの、偶然にもこんな言葉が浮かび上がって来ました、遙か昔高校時代に読んだ旅についての一節です。人生の節目で顔を出す言葉ですが、確か角川文庫だったと記憶しているのですが未だにその本を見つけ出せないでいます。
遥かなるーこの言葉の響きに時空を越えた広がりと深さを感じながらーニューヨーク、そこには絵葉書で見る以上に人間のドラマが隠されているような感じを受けます。リバティー島の自由の女神はそれを見続け、また、護り続けています。右手にたいまつ、左手に本を抱えて。2207

 

ニューヨークは成功を夢見て世界中から人々がやって来ます。成功者には大喝采、失敗者には素早い退場とプラグマティズムを地で行くアメリカン・スタイルが備わっていて、ニューヨークはその典型的な相貌を呈しているような大都市として筆者には思えます。〈続く〉

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