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2013/10/21

Eさんの早すぎた死 ある死その6

Eさんと言えば、ある作業台で大きな地図の上にいろいろな情報を落とす細かい製作作業に、それこそ心血を注いでいた姿が目に浮かぶ。30年以上前の遠い昔だ。その目を輝かせて編集・製作に当たっていた彼が、先週66歳の若さで逝った。膵臓癌でここ1年以上入退院を繰り返していたという。生真面目でダンディな彼だったが、その編集・製作人生は順風満帆というよりは紆余曲折のあった人生といった方が正確かもしれない。自分で会社を起こしてからもう20年以上になるが、地道ながらもしっかりした本づくりが功を奏して確実な読者層を維持していたはずだ。一時期筆者はこの会社を手伝ったこともあったが、最近ではもっぱら新聞広告でしか社の活動を知りえなかった。その定期的に出稿している新聞広告に変化が読み取れたのはいつだったか。書籍広告は出しているものの内容がいつも同じままなので、はて、何かあったのかと不思議に思っていたのだ。そして別件で夏にEさんの親しい知人が筆者を訪ねて来て初めて彼の病気のことを知った次第。それから葉書を出したが返事がなかった。想像するに、もう字が書ける状態ではなかったのだろう。斎場は歌手藤圭子の葬儀が行われた場所と同じだと言っていたのは晩年一番親しくしていた中国文学・版画に詳しいTさん。彼はEさんの会社で何冊か本を出している。

K君、そろそろ仕上げの時期だね、

と電話の向こうでやや高めの声で言っていたのが脳裏に焼き付いている。コンモンセンスの持ち主で優しい人だった。まだ道半ばのはずだが、幸い社を継いでくれる人もいるという。生前のご厚情に感謝。安らかにお眠りください。合掌。

追記 Eさんの生真面目な一面が出ていたエピソードを一つ。筆者の最初のニューヨーク行きでは現地に友人が旅行代理店(今や格安航空会社の雄のHだったか)をやっているので訪ねたらいいと親切にも紹介してくれたのがEさんだった。子どものいない彼はご夫婦でよく旅行を楽しんでいたのだ。ニューヨークでEさんの友人にお会いしたが残念ながらいい印象が残っていなかった。現地には筆者の友人もいたのだ。で、帰国して最初にお礼を言うべきだったが、余りにも違和感があったため報告を後回しにしていたら、上司からそのことで叱られてしまった。恐らくEさんが上司に小言を言ったのだろう。こんなことも今となっては懐かしい思い出だ。


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