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2013/09/27

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 50 ウォール街からブルックリン橋へ 続々

ウォール街の大きな建物前の一角でチャイニーズ系の人が、手製のメッセージ ボードを掲げながら布教活動をしていたのが奇妙に見えましたが、半ば頷ける気もしないではありませんでした。ウォール街の強欲劇場では敗残者もいますから。それにしても大きな建物の下に小柄なチャイニーズ系の人、コントラストが見事でした。
ブリティッシュガーデン・アットハノーバー・スクエアを通り過ぎ、ウォーター・ストリートを渡り、イーストリバー沿いに出ました。CHINAの文字が大きく書かれたエンジ色の貨物船が停泊中で、その前方にブルックリン橋が見えてきました。初夏にしては日差しが強く、ジョギングしていた女性はノースリーブ姿、空には積乱雲が浮かぶ、リバーサイドさながらの光景でした。
ロウア・マンハッタンぶらり歩きも、サウス ストリート ポートの一角「ピア11」で一休み、昼食を取ることにしました。

2013/09/25

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 49 ウォール街からブルックリン橋へ 続

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久し振りにウォール街を歩いて気づいたことは、富の象徴のような威厳のある立派な新旧のビル群です。古いものには紋様が施され往時の繁栄が偲ばれますし、また、新しいものにはデザイン性の優れた機能が取り入れられていて通りがかりの観光客の目を奪っています。今では銀行などの本店はこのウォール街にはなく、ミッドタウンやニュージャージーに移っているそうです。そんな中大きな星条旗を掲げた威厳のある建造物が目に入りました。あのニューヨーク証券取引所です。201306021135451_2さすが世界の金融センターの要は、建物も立派、今日は日曜日で休日、眠れる獅子といったところでしょうか。そしてビルの間から改修中のトリニティー教会が―。201306021141471

ウォール街の名前は17世紀当時オランダ人がインディアンやイギリス人からの襲撃を防ぐために造られた木の防護壁に由来するそうです。その後商人たちが勝手に集まって取引しあったことが始まりだそうです。
ニューヨークとウォール街の栄枯盛衰は、4年前のニューヨークからの帰りの飛行機の中で偶然に読んだ「ウォール ストリート ジャーナル」の記事(コラムニストジョン・スティール・ゴードン氏の執筆)が見事に活写しています)。なかなか今読んでもいい記事なので、ここに最後の数行を再録してみましょう(リーマンショックから約1年後の記事です)。

「ニューヨークが何年もかけて培ってきたことをまたしでかすならば、時が教えてくれるはずだ。以前より大きく、より良く金持ちになって回復せよと。しかしながら、私はそのことに賭けたくないのだ。大人の中にある子どものように、広大な巨大都市の中心深くでは商売に浮かれ、もちつもたれながら金融街で働こうということがほとんどみられない。ここでは富の創造は今尚切なる願いなのだ」

【写真右: 「1626年当時のマンハッタン島の絵図」 「ウォール ストリート ジャーナル」2009年9月19-20日号より】
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ウォール街の道路の両脇には駐車している車が目立ちました、それに改装工事もです。

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リーマンショック以来の景気回復の兆しでしょうか。家人はこの辺では有名な牛の置物を見たと言っておりましたがー。

追記 昨日安倍首相がニューヨーク証券取引所を訪問、日本の首相で初めてその日の取引終了の鐘を鳴らしました。また、投資家の前で約20分間演説し“Buy my Abenomics“と呼びかけて締めくくったとメディアが伝えました。汚染水問題他福島原発問題が大問題で(エネルギー政策の大転換が必要)、東電を破綻させ、国の一大事業として早急かつ真剣に取り組まないと本当に取り返しのつかない事態になるのは目に見えていますのに、このところ外遊ばかりしてパフォーマンスが目立ちますが、少し浮かれていないでしょうか。除染処理も思うように進んでいませんし・・・(2013.9.27 記)

2013/09/24

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 48 ウォール街からブルックリン橋へ

銀行の不良債権問題を扱ったTBSの日曜劇場「半沢直樹」が、先週の日曜日に最終回を迎えました。常務の不正を暴き出しましたが本人も頭取から出向を命じられ、そこでドラマは終了しました。恐らく35%以上の高視聴率(追記 42%でした!)を叩き出すはずです。現在ビデオリサーチの発表待ちです。また、iphoneの最新機種がつい先頃発売になりました。今朝のネットニュースでこの最新機種が3日間で900万個売れたと伝えていました。どちらも驚異的な数字です。
さて、筆者のニューヨーク旅行も終盤、旅行中天候には恵まれましたが、ともかく珍しく猛暑に襲われた日々を過ごしました。明日はニューヨークを発つ日、その前に家人も元気を取り戻し、家族でバッテリー公園をぶらり歩きました。その続きです。ウォール街からブルックリン橋へ。
日曜日のウォール街は静かでした。ウォール街と言えば、すぐに思い浮かぶのは、株が暴落したときに証券取引所で紙切れが舞うシーン、それに狭い路地に威厳のある建造物が建ち並びシーンです。また、為替動向と景気状態を毎日のように発信続ける世界の金融センタ街、しかもその影響は絶大で、瞬時に全世界を駆け巡ります、すでにリーマンショックで経験済、それがウォール街。人間の強欲の最たる場所です。

2013/09/23

クロカル超人が行く 179 『MAACH ecute 神田万世橋』

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オーブンしたばかりの神田万世橋の商業施設『MAACH ecute 神田万世橋』に早速出かけた。かつてならパーコーラーメンを食べに万世ラーメン本店へ行ったものだが、時代は変わった。その一角は今までのまま取り残され信号を渡った昔鉄道駅があったところに、赤煉瓦造りの“エキナカ“オシャレショップが出来た。その数12。万世橋から神田川沿いの赤煉瓦街を眺めると、歴史遺産の再生は遥か明治大正時代の賑わいを想起させてくれる、そんな趣のある景観。街ルネサンスのデザイン力が試される時期が来たのかも。
万世橋ポーチから入ってすぐに連想したのは横浜倉庫街の商業施設だった。ここも何度も行っているが規模、バラエティーなどでは勝っているような感じ。インテリアなどの斬新さはこちらかと直感的に思った。先を急ぐ前にアーチ型の入口の文字、MAACH ecuteの意味が気になり少し考え出した勝手な結論がこれ、カワイイ駅でまち歩き。和製英語 ? 実は「ecute」とはeki(駅)、center(真ん中)、universal(総合)、together(一緒に)、enjoy(楽しむ)の頭文字からとったエキナカ運営会社の名称だそうな。そうかそうか、ecute品川などはすでにあるからね。朝日新聞の投書ではないが、横文字の過度の氾濫は年配者が益々戸惑うばかりとつい思ってしまうほど。
ベーカリー・カフェ・雑貨・インテリア・ファッションの「haluta」(素材やデザインが魅力的だが少し高め)、イベントスペースの「佇マイ」、ギャラリー・ショップの「LIBRARY」(の古地図が600円)、リバーサイドテラス(神田川の水面と対面の昔あった駅のプラットフォームや階段が眺められる)、カフェ・定食・バー・雑貨・グロッサリーの「フクモリ」(カフェは満席状態)、カフェバー「N3331」、ワインショップの「VINOSITY domi」(手頃なら選びたい)、フラワーの「FLEURISTE BON MARCH」、コーヒーの「OBSCURA COFFEE ROASTERS」、スウィーツの「NOAKE TOKYO」、トレンドグッズの「ポポンデッタ」、創作海鮮バルの「駿河屋賀兵衛」、フランスおでんの「プチ神田」(一番に入ってみたい店)を見学。新しさ見たさに駆けつけた人たちだが、その中には年配者夫婦などもコリドー歩きやテラスでの眺めを楽しんでいた。
コンセプトはパンフレットの巻頭に書いてある、知的好奇心を掻き立てるような趣味性、嗜好性だそうだ。何と言っても一番は、温もりと懐かしさが同居した赤煉瓦造りのアーチ型のコリドーをくぐりながら楽しめることかも。フレンチ風ならカーラ・ブルーニなどのフレンチホップスのバックランドミュージックも欲しいところ。今や決してガード下商店街とは言わないのだ!
東京駅や丸の内周辺、八重洲口近くにも新商業施設がオーブンしたばかり。地方も負けていられない、ニューヨークとシカゴの都市の関係のような東京と大阪、その大阪もキタのJR大阪駅北口周辺やミナミの近鉄あべの橋周辺の商業施設がオーブンして新たな活気を呈している。次はどの辺?ベイエリア?

2013/09/22

超人の面白ラーメン紀行 177 神田和泉町『響 くろ㐂』

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裏秋葉原というところがあるとは知らなんだ。JR秋葉原駅東口からこの裏秋葉原のあたりを通った先の左折したところにあるラーメン店『響 くろ㐂』。2年前位にできた小さなラーメン店だが、筆者が辿り着いた時にはすでに11人が並んでいた。待つこと10分、券売機で「特製味噌ラーメン」(980円)を購入して奥のテーブルに。券を出すとスタッフがここの味噌ラーメンは豚骨系ですがよろしいですかと言われたので、急遽同じ値段の『特製塩ラーメン』に切り替えた。純粋の味噌ラーメン系だと思ったからだ。また、麺が細麺と平打ち麺の二種類から選べるみたいで、こちらは細麺を選択。
5,6分して注文の「特製塩ラーメン」がでてきた。やや量が少なめの感じたが、一振りして淡麗系塩味でなかなか洗練された味わい。特製だからかも知れないがトッピングも玉子、ホウレン草、少々のネギ、メンマ、ノリそれに薄手のチャーシュー、アクセントに焦がしもの少々と賑やか。それだけではない、ワンタン2個も入っていた。ストレート系細麺の食感もいい。少し淡泊なのが物足らなさを感じるが、全体的にはアンサンブルの勝利かも。男性スタッフの言葉づかいも心優しい。カウンター席8名、テーブル席4名の計10名で満杯。店主は和食とイタリアンの経験がある人らしい。
神田和泉町『響 くろ㐂』1.スープ★★☆2.麺★★☆3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★★5.価格★★
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2013/09/21

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 47 ロウア・マンハッタン バッテリー公園 続

バッテリー公園からはグランドゼロが新しく生まれ変わろうとしている様子が見えました。素材や建築デザインが斬新な建築中のビル群(1 ワールドトレードセンター、200グリニッジ・ストリート、175グリニッジ・ストリート、150グリニッジ・ストリート、130リバティ・ストリート)、Ncm_0873_2
は、日差しが強いだけ乱反射も鋭く、幾何学模様のオンパレードのよう。かつての凄まじい光景があった場所とは見違えるような新建築物で、きっと出来た暁には新たな人間の記憶を刻むモニュメントの役割も担うはずです。
新規開店風のビアガーデンの脇を通り抜けて自由の女神像が見えるシーサイドに。やはりリバティー島までフェリーにのって出かけたい気分でしたが、家族の反対があって叶いませんでした。そのせいか自由の女神像が気持ち遠のいていささか小さく見えました。ベンチに座って潮の香りを全身に浴び、また、時折かおる風にアメリカの風を体感しました。
かつては冬に訪れることが多かったバッテリー公園、その枯れ木の上に残雪が乗った光景が瞼に浮かびますが、初夏はまた、バッテリー公園のもう一つ、明るく萌える顔、言わば、表の顔を覗かせてくれます。
ここには過去の戦いで亡くなった人たちの戦没者のモニュメント、エイズで亡くなった人たちのモニュメントや過酷な出来事に耐え生き抜いた移民の群像の彫刻などがあり、Ncm_0777Ncm_0776それらの一つ一つが筆者の目に強烈に焼き付きました。青々と繁った木々が歴史の重みを感得しながら静かに見守っているようでした。もちろん南北戦争時代の英雄の銅像も。バッテリー公園のバッテリーとはそもそも砲台という意味だそうで、筆者たちが訪ねた1週間前にはここで戦没者の日のイベントがありました。

2013/09/19

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 46 ロウア・マンハッタン バッテリー公園

地下鉄駅サウス・フェリー駅を出ると、すぐ前にスターテン島行きのフェリー乗り場があります。ずっと昔、25年前になるでしょうか、筆者はリバティー島の自由の女神像を見に行く乗り場を間違えてしまい、このスターテン島行きのフェリーに乗船してしまいました。確かこの年の末年始旅行にはS氏も一緒でした。ついでに言えば、1980年代後半から1990年代前半は比較的長い休みの取れる冬季休暇を利用して、毎年のようにニューヨークに来ていました。それこそ忘年会を終え、飛行機の中で睡眠を取れば良いと2、3時間の仮眠で出かけたものでした。今考えるとかなり無理なスケジュールでしたが若かったから出来たのでしょう。
そうそう、なぜ乗り場を間違えたかって?自由の女神像のあるリバティー島に行く乗り場はこちらの勝手な想像で、比較的大きいと思っていたこと、地下鉄駅を降りてすぐだったこと、それに同じフェリーで渡るなどが重なって勘違いする条件が揃ってしまいました。実際のエリス島行きの乗り場は護岸につけてすぐ出るくらいのシンプルな乗り場でした。スターテン島行きのフェリーに乗って乗船者の寒そうな表情を見て、行く方向が違うと咄嗟に判断して下船しました。まだ時間があったのです!危機一髪!乗船してフェリーが出てしまったらと考えますと、今思い出してもぞっとします。何しろとても寒い日でしたから。
この季節太陽はギラギラとは行かないものの、やや怪しい雲の動きが川向こう遠くに見え隠れしていましたが、初夏の匂いが潮風にのって漂っていました。バッテリー公園の木々は青々そのもの、季節の活き活きした息吹です。

2013/09/18

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 45 ロウア・マンハッタン その前に 続

今回のニューヨーク訪問では初めてビデオカメラをぶら下げました。ビデオカメラでは良い思い出を持っていない筆者ーそれこそ出始めのビデオカメラを購入したあと1、2回使って壊れてしまい、それみたことかと家族にソウスカンでした、18年前になりますーには気が重い感じでしたが、幸いに今度のは進化していて性能も良いようです。重さも歩行中手に持っていても違和感がありません。全体がシンプルに統一されていて高度なテクニックも必要ありませんし、デザインもスマートです。一番の気がかりは手ブレですが、これはカメラレンズの位置関係を改善したことで手ブレ解消に成功しています。また、次の問題は撮影時間、ビデオカメラの持ち時間があります。これも比較的長く持つバッテリーを装着しておけば、あるいは予備用に持参しておけば大丈夫なようです。というわけで、携帯カメラ、デジタルカメラそしてビデオカメラの最新神器3点持参で忙しいやら、疲れるやら、旅行者ののんびりした気分を味わうことが出来ませんでした。専ら撮影隊でした。通行人を撮るのをなるべく避けるため撮るのにも苦労しながら、あるいは撮影中に手が疲れて投げ出したくなったりしながら撮り続けました。しかもビデオカメラ操作は新米ですからその苦労は想像がつきます。悪戯っぽい家人はビデオカメラの前に出たがり困ってしまいましたが……。しかし、そういうことを何とかこなしながらビデオカメラで撮影した“New York City now“は、貴重な撮影体験で(危険も伴いかねませんでしたが)、また、貴重な映像表現の賜物になりました。このビデオは長く残すつもりです。4ヶ月近く経った現在、記憶のチェックに見直しましたが、これまた写真では味わえないディテールの面白さが見て取れます。“旅行ドキュメンタリー”として本格的に編集するつもりでいますので、いつしか読者諸氏にもお見せできる日が来るかも知れません。

そう、ロウア・マンハッタン行きでしたー。

2013/09/17

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 44 ロウア・マッハッタン  その前に

ニューヨーク滞在中、朝食はほとんどホテル一軒隣のデリカッセンでテイクアウトして取りました。大概はクロワッサンにベーコンと卵を挟んだもの、サラダにアイスコーヒーでした。好みのスープものがあればスープも。締めて2人分16ドルくらいだったでしょうか。朝の時間帯ではコックがいまして(メキシカン)パンに挟むものを調理してくれました。常連なのでしょう、サラリーマンの人も買いに来ていました。このデリカッセンは日本の缶ビール(サッポロビール系)も置いてありましたので、ビール党には重宝でした。アメリカのビールはライト系なので今一つ物足りなさを感じていましたから。もちろん、バラエティーに富んだサラダバーも筆者たちのような観光客には魅力的、特にトマトやオレンジがとても新鮮でした。店(それが今これを書いている時点ではその名前が思い出せないでいます!判り次第書き足します)は、12、3坪位の広さで、入ってすぐにバナナの山積み、左側には飲料関係、菓子類、奥には食料品、奥の棚にはアルコール類、真ん中に洋風中華風の調理した食材とポタージュ、オニオンスープや中華スープの三種類のスープが入ったボール、その右側には各種のパンとサイドメニューのコーナー、その手前のコーナーに麺類、そしてジュース、ミルク、コーヒー、ティーなどのセルフサービスコーナーがあります。レジは入口右側、大抵はチャイニーズの女性が対応していました。ホテルでももちろん朝食は取れますが、このほうが安上がりです。日本に来る観光客も泊まるホテルの近くのコンビニを利用しますが、それと似たようなものです。
10時過ぎにホテルを出て自由の女神の見えるバッテリー公園に向かいました。

追記 ホテル一つ隣のデリカッセンの店名は“Danny's”でした。タイムズスクウア周辺にはたくさんのデリカッセンがあります。その中でサンドイッチのデリカッセン「Au Bon Pain」は旅行者に大人気みたいです。筆者は残念ながら立ち寄りませんでした。デリ利用は日本のコンビニと同じく、近くにあるから便利で利用するのですから、泊まるホテルの場所に依ります。

2013/09/16

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 43 ニューヨークの大学など ニューヨーク大学

大型台風18号が愛知県に上陸、只今山梨県あたり、このあと福島県を通り三陸沖へ抜ける見通し。すでに京都、滋賀、福井、埼玉県などで集中豪雨、群馬県では突風が発生したみたいです。こうなりますとやはり福島第一原発の汚染水漏れがさらに悪化することが大変懸念されますが、対策は大丈夫でしょうか。京都の嵐山では桂川が氾濫、渡月橋が浸水状態みたいです。テレビは特別番組を組み、台風情報を流しています。

さて、ニューヨーク訪問記も終盤に。
ニューヨーク公共図書館から次の訪問大学のニューヨーク大学へは地下鉄を利用、42丁目からマンハッタン島を南下、ソーホー、ビレッジ地区のワシントンスクウエアで地下鉄を降りました。午後3時15分前、ニューヨーク大学図書館の司書女史に会う約束時間には多少余裕がありましたので、同伴者のI女史が安くて美味しいコーヒー店を紹介してくれました。アイスコーヒーをテイクアウトして近くの公園のベンチに座り喉を潤しました。何せ猛暑日、一息ついたところで公園の隣にあるニューヨーク大学図書館の入口へ。5分前、訪問時間がよろしいようで。まず目に入った光景は図書館の内部が見えるように演出されたスケルトン風の吹き抜けの空間でした。230pxnyus_bobst_library2_3目を見張る光景です。守衛の人に司書女史を呼び出してもらいました。しばらくするとややふくよかでメガネをかけた笑みたっぷりの司書女史がやってきました。驚いたことに、彼女の口からいきなり流暢な日本語が飛び出してきました。今日は、はじめましてー。2階にある司書室に通されてまずは挨拶、世間話にしばし花が咲きました。日本から持参した単行本、絵入りの手拭い、箸、日本製のボールペンなどのおみやげを手渡しましたら気に入ってもらえたようで一安心でした。福島原発の話に及んではこちらでも原発について問題になっていて新聞で報道されたばかりと司書女史。原発のある場所からそう遠くないところから通勤しているので事故が起こることがとても心配ですと。この5月末~6月上旬には卒業式があってそのあとは長い夏期休暇に入り、彼女は日本の奈良の大学で2週間ほど博物館研修を受けるため来週から日本へ行くそうです。この研修には世界中から20人ほどやってくるそうです。また、堅い話ばかりではと横浜のラーメン博物館の英文版を見せましたら、私行きましたと彼女から想定外の返事が帰ってきました。1年間日本に留学していたこともあって、その時に食べに行きましたと。しかし博物館のイメージとはほど遠かったと少しがっかりした様子でした。実益を兼ねたキッチュな博物館ですから若者受けはしても違和感があるのは歪めませんが。もちろんこの地区にある日本のラーメン店「一風堂」にも話が及びました。同伴のI女史はこのニューヨーク大学の卒業生で本当は国際間の文化交流の仕事をしたかったのですが、ちょうどリーマンショックの時期で就職がなかったと自分の不運さを嘆いていました。ニューヨーク大学図書館には1時間弱いました。日本文化に造詣が深い司書女史で、今ある日本人について論文を執筆中でした。刺激的で素敵な女性司書でした。

ニューヨーク大学は1831年、当時の実業家たちによって古典に縛られない新しく自由な大学を目指して創建されました。伝統的なカリキュラムから近代的かつ実際的な教育を組み合わせたカリキュラムで、言語学、哲学、歴史、政治、経済、数学、自然科学も学べるような、現代的な大学のはしりの大学です。銀行家、弁護士、医師、建築家やエンジニアを輩出。現在他に見られない「スポーツビジネス」、「不動産」、「出版」など専門分野の経営修士課程が有名だそうで、世界ランキングでも50位以内をキープしています。特に評価が高い、トップレベルのロースクール、名門のビジネススクール(ファイナンス部門は世界トップ)、非営利団体運営や地方自治運営を学ぶ学部、教育・看護・芸術などに特化した学部などユニークで多彩です。学部生・院生併せて43000人以上、教職員6700人以上、運営資金24億3000万ドル。ノーベル賞受賞者20人、ピューリッツァー賞13人、アカデミー賞、トニー賞やテレビ番組制作のエミー賞などの受賞者も輩出しています。また、前にもこのコラムで書きましたが授業料は全米2位の高さです。アブダビ校や2013年には上海校も開校される予定。
ところで、あるブロガーの大学見学記のコラムには2013年9月26日にニューヨーク大学プロフェッショナル学部アメリカン・ランゲージ・インスティチュート 東京校、通称ALIが品川インターシティに開校すると書いてありました。http://www.scps.nyu.alitokyo.jp 学費は12週間で平日昼月〜金が432,000円、夜337,000円、週1コマ75,000円、週2コマだと180,000円、これ以外に入学金が31,500円だそうでかなり高額みたいです。ビジネス英語プログラムは、週1コマまたは2コマ10週間で、1コマ90,000円、2コマでは216,000円です。プロフェッショナル育成の実践機関となるか、ニューヨーク大学の試みに注目したいです。

【参考資料】「ウィキペデア」、「親が知らない進学のヤバい話」http://tyamauch.exblog.jp/19947367

2013/09/11

超人の面白ラーメン紀行 176  東新橋通称イタリア街『Due Italian シオサイト店』

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世田谷の『アーバンラーメン』、大阪ミナミの『どうとんぼり神座』に続く新感覚のラーメン店第三弾は『Due Italian シオサイト店』。東新橋通称”イタリア街”にあるイタリアンラーメン。Due_italianncm_0852この東新橋二丁目辺りはイタリア料理店が並んでいて、イタリアの都市の路地にいるみたいな錯覚に陥るから不思議。その一角にカレー店があるのはお愛嬌かー。
生ハム入りフロマージュ(1000円!モッツァレアチーズが入ったラーメン)を頼んだ。卵形のユニークなどんぶりにコンソメ風スープが程良く入り、見た目は塩味風だが一啜りすれば洋風のテイスト。ストレートのもちもち感のある細麺、柔らかい味付け卵、少々のネギがプカプカ浮かび、真ん中にやや濃厚なチーズがたっぷり、どんぶりの淵には新鮮な生ハム、まさしく新感覚のラーメンである。しかしトッピングのチーズと麺がスープに良くマッチしていてこれが意外と美味。和風カルボナーラになるのだ。ボーノ!他に「Sio」(780円)、ミニトマトとフルーツがたっぷり入った「冷製赤いらぁ麺」(1200円)、レモン、シークワーサー、スダチが入った「檸檬らぁ麺」(880円)、「柿酢らぁ麺」、「パルマ産生ハムさらだ」(1200円)など新感覚のラーメンとサイドメニューがあるが、この店の一番人気はチーズ入りの「フロマージュ」(880円)でリゾットを加えたセットメニューも(980円)。店内も新感覚風、Due_italianncm_08531階はカウンター6席、二人用テーブル一つで計8席、螺旋階段を上るとテーブル席14席、外にはテラス席5席、狭い店内でも27人は入れるみたい。この日は昼も遅い時間帯だったけれど、ポツリポツリ。テラスには仕事仲間の男性3名と他の若い男性、1階のテーブルには若い女性2名とカウンター席の筆者、そして2階に行った家族風女性3名がこの時間帯の人の入り、併せて10名。従業員は男女各2名、みなさん若い。もう少し明るく活発な方が客受けするはず。
女性が喜びそうなヘルシーメニューが充実しているが普通のラーメン店より値段は高め。Due_italianncm_0854手間暇省きか券売機設置がラーメン店の情緒を誘うのだった。無国籍ラーメンが流行る予兆ー。それにしてもこの辺は昔どういうところだったか興味深いが、今は三井系の再開発エリアかも。JR新橋駅と浜松町駅の中間地域だ。Ncm_0857_2

港区東新橋2-9-6 SANビル1F TEL : 03-3436-5337 営業時間 : 月曜-土曜 午前11:00-午後10:00 日曜 午前11:00-午後7:00 定休日なし。本店は麹町、吉祥寺店もあり。
東新橋汐留『ドゥエイタリア』①スープ★★☆②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・雰囲気★☆価格★☆

超人のジャーナリスト・アイ 154 スウェーデンの小さな新聞から最新ニュース

外国の新聞が2020年日本のオリンピック開催決定をどう伝えたかをネットで調べていたら、その記事の代わりに下記の記事が目に入った。フリースクールのいじめ問題解決で学校再開のニュース。スウェーデンのいじめ対策については、三瓶恵子著『人を見捨てない国、スウェーデン』に詳しい。筆者コラム2013年4月13日を参照。
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Privatskolan Lundsberg i Värmland öppnar igen på måndag. Foto: Fredrik Sandberg/Scanpix.

Skolan Lundsberg öppnar igen

Publicerad: 2013-09-06

Skolan Lundsberg i Värmland
kan öppna igen på måndag.
Det bestämde domstolen
förvaltningsrätten på fredag.

- Jag är glad för elevernas skull.
Nu kan de gå i skolan igen, säger
Sofia Orre som är med i styrelsen för skolan.

Skolinspektionen stängde Lundsberg
i förra veckan. Skolans stängdes
sedan det kommit fram att elever
blivit mobbade och misshandlade.
Äldre elever hade bland annat bränt
yngre med heta strykjärn.

Domstolen tror att eleverna i skolan
är säkra nu. Det finns ingen
risk för att elever ska bli mobbade
och misshandlade om skolan öppnar,
menar domstolen.

Det är ännu inte säkert att
Lundsberg får behålla tillståndet
att driva skola för alltid.
Det ska domstolen avgöra.
Men tills domstolen har bestämt hur det
blir ska skolan vara öppen.

Lundsberg är en privat skola.
Det går omkring 200 elever på Lundsberg.
Eleverna som går där bor på skolan.

2013/09/06

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 42 ニューヨークの大学など ニューヨーク公共図書館 5

ニューヨーク公共図書館はマンハッタン、ブロンクス、スタテン島管轄のニューヨーク公共図書館、ブルックリン図書館とクィーンズ図書館に分かれ、その傘下に研究図書館4館(黒人文化研究図書館、舞台芸術図書館、科学産業ビジネス図書館、人文科学図書館)、地域分館85館(スタテン島区各分館、ブロンクス区各分館、マンハッタン区各分館、専門館ミッド・マンハッタン図書館、専門館ドネル図書館、専門館点字・録音本図書館)があります。予算は2億8000万ドル、3700人のスタッフ、来館者は1500万人(2002年)、インターネット経由利用者1000万人以上。(資料は菅谷明子著『未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告』を参考にしています)現在では少し古くなった統計資料かも知れませんが参考になります。このニューヨーク図書館はNPOによって運営されている私立図書館です。これは驚きです。日本では考えられませんからー。

2013/09/05

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 41 ニューヨークの大学など ニューヨーク公共図書館 4

今ニューヨーク公共図書館では改修計画が進められていて2018年に完了する予定。改修計画は2008年から始められていて、筆者が4年前に行ったときにはやはりもうすでに始まっていました。開館しながらの改修工事だそうです。3階にある大閲覧室の下層階にある書庫の資料ををブライアント公園地下倉庫に移送することで、その空いたスペースに貸出図書館を造る計画です。改修費用は3億ドルで、投資アドバイザーグループの会長が1億ドルを寄付したそうです。しかしこの改修計画に反対している建築家や作家もいるそうです。この図書館はしばしば映画のロケに使われていますが、そればかりではありません、過去にはこの図書館を利用して有名になった人がいるみたいです。コピー機発明のチェスター・カールソン、ポラロイドカメラの発明者、『リーダーズ・ダイジェスト』の創業者、歴史家アーサー・シュレジンガー、作家サムセット・モーム、ノーベル賞作家トニ・モリソン、ノーマン・メイラーなどがそうです。いわゆる「孵化器」としての図書館の役割です。
【参考文献】
http://current.ndl.go.jp/e1462 カレントアウェアネス・ポータル ニューヨーク公共図書館の改修計画をめぐって 
菅谷明子著『未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告』(岩波新書)

2013/09/03

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 40 ニューヨークの大学など ニューヨーク公共図書館 3

実は日本関係の担当司書は生憎休暇中です。日本美術関係の本があれば教えてほしい、と司書女史。彼女は別な部門の司書で代わりに対応してくれたのです。司書室はミッドタウンを見下ろせる良いところでした。彼女が帰り際かの有名な大閲覧室に案内してくれました。歴史の重みと重厚さを感じさせてくれる大閲覧室に入りますと、天井が高くしかも絵が施されていて、ヨーロッパ中世へとタイムトラベルしたような錯覚に捕らわれました。この壁際を覆う見事なまでの書物、大伽藍の中の書物と言ったところでしょうか。読書机には趣のある電気スタンドが据えられていました。こういうところで読書、調査、研究ができることは大変素晴らしいことです。最適な読書環境、羨ましい限りです。しかも無料で出入りが自由です。利用者もニューヨークカーばかりではなく、世界中から来る観光客にも開放されています。スケジュール的にじっくりと余裕をもって見ている時間がありませんでした。ゆっくりしたかったのですが残念です。また、この日はカメラを持ち合わせておりませんでした。そう言えば、先週の日曜日にここの閲覧室を舞台にした映画をたまたま観たばかりです。
ここで最近のニューヨーク公共図書館について少し触れておきましょう。〈続く〉

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2013/09/02

超人のジャーナリスト•アイ 153 森鷗外作『舞姫』のモデル、エリーゼ•ヴィーケルトのこと

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とうとう見つかった、森鷗外作『舞姫』のモデル、エリーゼ•ヴィーケルトの写真。但し森鷗外が留学していた時の写真ではなく、大分経って彼女40〜50歳頃の写真である。NHKでも7、8年前に森鷗外の『舞姫』のモデル、エリーゼ•ヴィーケルトをドイツまで追って探し出すという、スペシャル番組を放送した。この時も教会の洗礼記録に当っていたが、結局は確かな証拠が得られなかった。この時のディレクターが凄い、この『舞姫』モデル探しに一生をかけている人だ。その執念たるや見上げたもの。新聞によると、今回はドイツ在住の女性ジャーナリストが関係者から彼女の写真をゲットするのに成功した。参考までに筆者の2005年8月15日のコラムも一読されたい。
【写真:毎日新聞から】

追記 この女性ジャーナリスト六草いちか氏の『それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影』を読んでいる。よく調査追求していて面白い(2013年9月18日 記)。

追記 2 日本大学教授の紅野謙介は「毎日新聞」9月の文芸時評欄でこの本を取り上げて、旅の記録でもあるし読み物としても魅力的と書いている(2013年9月27日 記)。

2013/09/01

超人のドキッとする絵画 23 水村喜一郎の絵画

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いやはや驚きの記事を新聞で読んだ。画家水村喜一郎氏が個人美術館を長野県東御市に今年の5月に開館していたのだ。知らなんだ!19年前に刊行された彼の画集『風景の匂い 水村喜一郎画集』を持っている。サイン本だ。また、越前和紙の上に書かれた個性的な彼の自筆の文字が額縁に飾られて筆者の家にある。何時だったかその額を見て、そう言えば、喜一郎はんは今頃どないしているのかなと想っていたことも…。その後の絵も観たいので近いうちに水村喜一郎美術館を訪ねてみたい。

かつて美術評論家窪島誠一郎氏は『風景の匂い 水村喜一郎画集』のはしがき(タイトルが「悠々たる遊牧」-水村喜一郎の絵と人について) の中で彼の絵と人柄について書いていた。慈しみの眼とは、いいかえれば画家水村が対象をみすえる視点の低さとでもいっていいものだ。そこには鐘ヶ淵の鳶職の子として生まれた幼少期の体験や、そこではぐくまれた職人的気質、市井の無名人や弱い者貧しい者にたいする深い愛着の眼差しがあるように思われる。けっして高みからものごとをみおろすことのない、自ら人の匂いに身体をすりよわせてゆく心のやさしさ。頑迷一徹でしられる先輩画家寺田政明や大野五郎がとりわけ水村をかわいがったのも、そういう人間臭さにみちた篤実な人柄があってのことだったろう。異国の丘陵にならぶ白い壁の家並み、古都の路地裏、さびれた漁港、岬の灯台、古びた水門、そして道ばたに咲く名もない草花一つ一つの描写には、水村が夢みるそうした人間の絆へのつよいあこがれがひそんでいるといっていいのではなかろうか。
『風景の匂い 水村喜一郎画集』からピックアップした作品は下記の通り。写真左から右へ。
1.引き込みの線の風景(北千住・東京) 1978
2.黄昏れる海ー落日の海辺(酒田・山形) 1983
3.冬近い古本屋街(神保町・東京) 1988
4.教会(小樽・北海道) 1985
5.海辺の集落(銚子長崎鼻・千葉) 1986
6.柿 1980
7.モンマルトル 1982
8.ホテルの窓より(シエナ・イタリア) 1992

追記 3の水村喜一郎作『冬近い古本屋街』(神保町・東京 1988)を改めて眺めてみると、不思議な磁場を感じるのだ。今や神保町の古本屋街も寂れていく一方で、代わりに食物の店が軒を並べている。これがまた出入りが激しいことこの上ない。水村喜一郎のノスタルジアを感じさせる絵は、この『冬近い古本屋街』にも醸し出されていて、“風景の匂い”に一歩近づいた感じがするのだ。筆者は青春時代に神保町にいて、壮年になってまた戻ってきた。だから尚更街の風景の変化を、匂いの違いを嗅ぎ取ったのかも知れない。水村喜一郎のこの絵には沈黙のストーリーがある。(2016.11.16 記)


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