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2013/09/25

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 49 ウォール街からブルックリン橋へ 続

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久し振りにウォール街を歩いて気づいたことは、富の象徴のような威厳のある立派な新旧のビル群です。古いものには紋様が施され往時の繁栄が偲ばれますし、また、新しいものにはデザイン性の優れた機能が取り入れられていて通りがかりの観光客の目を奪っています。今では銀行などの本店はこのウォール街にはなく、ミッドタウンやニュージャージーに移っているそうです。そんな中大きな星条旗を掲げた威厳のある建造物が目に入りました。あのニューヨーク証券取引所です。201306021135451_2さすが世界の金融センターの要は、建物も立派、今日は日曜日で休日、眠れる獅子といったところでしょうか。そしてビルの間から改修中のトリニティー教会が―。201306021141471

ウォール街の名前は17世紀当時オランダ人がインディアンやイギリス人からの襲撃を防ぐために造られた木の防護壁に由来するそうです。その後商人たちが勝手に集まって取引しあったことが始まりだそうです。
ニューヨークとウォール街の栄枯盛衰は、4年前のニューヨークからの帰りの飛行機の中で偶然に読んだ「ウォール ストリート ジャーナル」の記事(コラムニストジョン・スティール・ゴードン氏の執筆)が見事に活写しています)。なかなか今読んでもいい記事なので、ここに最後の数行を再録してみましょう(リーマンショックから約1年後の記事です)。

「ニューヨークが何年もかけて培ってきたことをまたしでかすならば、時が教えてくれるはずだ。以前より大きく、より良く金持ちになって回復せよと。しかしながら、私はそのことに賭けたくないのだ。大人の中にある子どものように、広大な巨大都市の中心深くでは商売に浮かれ、もちつもたれながら金融街で働こうということがほとんどみられない。ここでは富の創造は今尚切なる願いなのだ」

【写真右: 「1626年当時のマンハッタン島の絵図」 「ウォール ストリート ジャーナル」2009年9月19-20日号より】
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ウォール街の道路の両脇には駐車している車が目立ちました、それに改装工事もです。

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リーマンショック以来の景気回復の兆しでしょうか。家人はこの辺では有名な牛の置物を見たと言っておりましたがー。

追記 昨日安倍首相がニューヨーク証券取引所を訪問、日本の首相で初めてその日の取引終了の鐘を鳴らしました。また、投資家の前で約20分間演説し“Buy my Abenomics“と呼びかけて締めくくったとメディアが伝えました。汚染水問題他福島原発問題が大問題で(エネルギー政策の大転換が必要)、東電を破綻させ、国の一大事業として早急かつ真剣に取り組まないと本当に取り返しのつかない事態になるのは目に見えていますのに、このところ外遊ばかりしてパフォーマンスが目立ちますが、少し浮かれていないでしょうか。除染処理も思うように進んでいませんし・・・(2013.9.27 記)

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