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2013/08/30

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 39 ニューヨークの大学など ニューヨーク公共図書館 2

司書の方と1時半に待ち合わせていましたが、10分ほど遅れて到着。小柄で細身、清楚でいてカワイイ系の女性司書の方が入口付近で待っていました。遅れましたことをお詫びし簡単な挨拶を交わしました後、スタッフたちが通う通路を抜けてエレベーターに乗り司書室へ。単行本、デザインがユニークな絵手拭い、洒落たメモ用紙、書きやすいボールペンそれに英文版ラーメン博物館のバンフレットなど日本からのおみやげをを手渡しました(ニューヨークでもラーメンブームと聞いていましたので)。有名な公共図書館でしばしラーメン談義。ニューヨークのイーストビレッジにあるラーメン店「一風堂」には食べに行ったそうです。でも2時間も並ばないと食べられないのはクレージーとも。

2013/08/29

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 38 ニューヨークの大学など ニューヨーク公共図書館

昼食はY先生、I女史それに筆者の3人でコロンビア大学学生街のイタリアンで取りました。この店のムール貝を食べるのが家人の今回のニューヨーク旅行の最大の楽しみでしたが、残念ながら、今回は体調が悪く昼食会は不参加。ともかくバケツ一杯(決して大袈裟ではありません!)のムール貝は食べきれなかったので、同伴のI女史が特別に会社の冷蔵庫に一時保管してくれることになりました。何せ33℃以上あった日でしたから。
地下鉄の42丁目を降りてニューヨーク公共図書館に向かいました。この図書館は超有名ですから今更言及しても野暮というものでしょうが、このコラムは訪問記ですから多少の言及をお許し頂いて先に進みます。ニューヨークに来る度にこの図書館には来ました。中に入ったこともありましたが、大抵はライオン像を見てまた、正面の垂れ幕に書かれているイベントを見て通り過ぎました。今やこの図書館に来ると落ち着きますから不思議です。正式名称はThe New York Public Library(in short, NYPL)、日本語訳は「ニューヨーク公共図書館」(あるいは「ニューヨーク公立図書館」)てすが、公立と言っても公に開かれた図書館の意味で、日本の公共図書館とは違い列記とした私立図書館です。ですから一般の人たちはもちろん、観光客も無料で入れます。4年前に行ったときには外側が工事中でしたが、今回も2頭のライオン像が出迎えてくれました。ものの本よれば、1930年代の恐慌時代、この2頭のライオン像にそれぞれ「忍耐patience」と「fortitude不屈の精神」という名前が付けられ、当時のニューヨーカーを励ましたそうです。

2013/08/27

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 37 ニューヨークの大学など コロンビア大学 4

特別コレクション(もちろんこの他に安部公房など日本関係のコレクションがあります)を見せて頂いたあと、整然と並んでいる書庫から1階に出てオランダ人の女性司書の方にお礼を申し上げて別れました。次に向かったのは階上にある日本関係の研究室です。残念ながらドナルド・キーン センターは夏休みに突入していたせいか閉鎖中でした。日本語教育研究室には立ち寄りました。そして、1階のリーディングルーム(閲覧室)に戻りました。Y先生が説明してくれたコーナーには、日本関係の新聞、定期刊行物や学術雑誌などが置かれ、実際に手に取ってみることができます。こんな雑誌まで置いてあるんだと感心しましたが、どの雑誌だったかタイトル名を忘れてしまいました。今さら遅いのですがメモを取っておくべきでした。長らくこの図書館の司書を務め、日本の研究者にも絶大なる信頼のあったK先生ー残念ながら2年前に亡くなりましたーが退職後も研究に励んでいた日本関係の参考資料コーナーも拝見。Y先生もそんなK先生をよく見かけたと懐かしげに言っていました。植民地資料他人名、地名事典など手元に置いておきたい書籍がびっしり並んでいました。なかなか風格のある“大きな書斎”といった感じでした。このあと具合の悪い家人を息子付き添いでホテルに帰しました。楽しみにしていた大学訪問でしたが。次に筆者も初めて訪問するlaw schoolはC.V.,Starr東アジア図書館からは階段を登ってすぐのところの建物でしたが、休みに入ったせいでしょうか補修工事が行われていました。2階がlaw schoolの図書館でした。面談したかった司書の方は休暇に入っていました。するとY先生が、ほら、著名な日本政治研究者のいらっしゃる国際関係専攻の研究室がある建物に行きましょうと。ここも残念ながら日本関係の研究者は休暇中、その日本研究者の研究室は左奥にありましたが不在でした。恐らく研究者たちは今頃は日本あたりに滞在しているかも知れませんね、とY先生。この9階にある研究室は4年前の9月にも訪ねています。
追記 コロンビア大学は25の図書館を持ち約1100万冊の蔵書を誇る一流の私立大学です。そして多数のノーベル賞受賞者を輩出しています。今朝のテレビニュースでやはりコロンビア大学の研究者が物忘れなどを起こす物質(タンパク質)を動物実験で突き詰めたと報じていました。(2013.8.29 記)

2013/08/24

クロカル超人が行く 178 神保町界隈 小学館ビル漫画家の落書

小学館ビル漫画家の落書。

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2013/08/23

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 36 ニューヨークの大学など コロンビア大学 3

図書館の入口付近の椅子に腰掛けて休んだ家人ですが、朝食を取らずに来たこと(これには訳があって、Y先生たちとムール貝でのランチを考えていたのです)、前日の炎天下球場での卒業式、時差ぼけ、初めての海外旅行等々が重なり、身体の不調を訴えたのではないかと推測されます。家人が休んでいる間、筆者たちはオランダ人の女性司書の方の案内で図書館内部を見ることができました。全米一を誇る日本関係の蔵書、定期刊行物や雑誌の種類の豊富さは見事ですが、その中で女性司書の方が特別に案内してくれた部屋がありました。民俗学の視点や民間信仰研究の観点からと想像される多種多様な狐の置物のコレクションや大小様々な硯などを見たあとに、彼女が今別の部屋で整理中のため見せられないのが残念ですと言って、日本の著名な映画監督牧野守の牧野コレクションがあると説明してくれました。ちらりと覗かせてくれましたが。牧野コレクションの詳細はこちらで見られます→「makino_mamoru.htm」をダウンロード
牧野コレクションの蒐集範囲は幅広くまた、『キネマ旬報』に代表される映画のオーソドックスな雑誌のバックナンバーから今でいうリトルマガジンの雑誌、多種多様なチラシの類まで映画に関する資料蒐集は天下一品。映画草創期から大正、昭和初期のモダニズム、戦時期の思想と映画芸術などこの極めてアメリカ的な文化の日本的な受容の体系化は、モノとの葛藤の所産であることは間違いないでしょう。純粋映画芸術の熱き闘いの軌跡と捉えても良いかも知れません。素朴な写実とユーモア、それもドラマツルギーかも。

2013/08/21

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 35 ニューヨークの大学など コロンビア大学 2

コロンビア大学は1754年キングズ カレッジとして創立、ウォール街のトレニティ チャーチの敷地内にあって、教授1人と8人の学生で出発したそうです。その教授こそ英辞書学の権威サミュエル・ジョンソンでした。その後コロンビア大学と名称変更。ウォール街→ロックフェラーセンター→モーニング サイド ハイツとロケーションを替えて現在の広大なキャンパスとなったようです。約5万人が学び、その半分はアジア系の学生で占められているそうです。コロンビア大学はreal estateの顔もあり、今もハーレムの土地を買い占めていると話していましたのはI女史。
因みに、Y先生も話してくましたが、コロンビア大学の年間の授業料は高額で何と約500万円、ネットで調べましたら59950ドル、日本円で約478万円。Y先生のシートンホール大学はカトリック系の大学で数千人の学生を擁し、年間の授業料は約350万円で中の下くらいの規模とのこと。全米の大学の授業料の高額順は、サラ・ローレンス大学(ニューヨーク)が約478万円、シカゴ大学が約476万円、コロンビア大学が約470万円、ワシントン大学が約469万円、ニューヨーク大学が約468万円、ノースウエスタン大学が約467万円、フォーダム大学が約467万円、ダートマス大学が約466万円。大都市ニューヨークの大学は授業料が高額です。列挙した大学に3校も入っています。経済的に恵まれない学生の場合、授業料などの支払いに奨学金制度を利用するわけですが、現在アメリカでは奨学金返済が滞っていて社会問題化しているようです。日本の私立大学は文系で80万円~100万円、この他に入学金30万円~50万円、国立大学は79万円だそうです。日本でも奨学金返済の問題は深刻です。解決策は大学の授業料を下げることやいろいろな特典を設けることです。教育の機会均等が失われて金持ち層だけが享受する高等教育は歪んだ教育を助長しかねないと思いますが。最近ではMITやハーバード大学でネットで無料の授業が受けられます。東大も始めようとしています。
そう、コロンビア大学の図書館の出来事でした。

2013/08/20

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 34 ニューヨークの大学など コロンビア大学

こんなことは初めての大学訪問です。行きたいというので家人、そして大学を卒業したばかりの息子とタクシーを飛ばして一路、ブロードウェイ116丁目、モーニングサイドハイツのコロンビア大学を目指しました。タイムズスクウェアからハドソン川沿いの高速道路をタクシードライバーがスピードを出して走ってくれました。途中左手には川沿いに停泊しているヨットが見えましたが、待ち合わせ時間が気になって、見てる余裕がありませんでした。タクシードライバーの賢明なドライブ捌きで20分で到着。2、3分遅れでコロンビア大学正門近くのブックストアの前に辿りつことができました。すでに某書店のI女史は来ていました。まもなくコロンビア大学のフェローでシートンホール大学教授のY先生もみえました。お互いの挨拶はほどほどにしてY先生の案内で(実は2009年の9月にもお世話になりました)早速正門から入り、左手にロウ•プラザ、右手にギリシャ風の威厳のあるバトラー図書館を見ながら通り抜け、筆者らが訪問するC.V.Starr library East Asian libraryに着きました。Y先生の案内で図書館に入ると外国語関係担当のオランダ人の女性司書さんが待っていてくれました。なかなか理知的ですてきな女性!初対面なので女性司書さんと挨拶を交わし彼女から多少館内の説明を受けていましたら 、ここでハプニングが。家人が体調悪いと椅子に腰掛けて動けなくなってしまいました。続きます。

2013/08/19

超人の訃報記事を読む 藤田一良弁護士の死

今朝の毎日新聞朝刊のトップ記事は、稼働26年 廃炉90年、「解体先進国」英の原発 高線量 作業に壁という見出しで、廃炉が最も進んでいる英国のウェールズ地方のトローズフィニッド発電所をリポートしていた。廃炉にはとてつもない時間と経費がかかる。ここはぜひ日本も英国に学んでほしい。そして死亡欄に目を通してビックリ!原発訴訟の先駆けとなった四国電力伊方原発訴訟(73年提訴)で住民側弁護団長を務めた、藤田一良弁護士が亡くなった記事だ。享年84歳。筆者は今年の1月下旬に自宅を訪ねたのが最後。クラシック、ジャズ、文学、哲学等にも造詣が深かった。生前のご厚情に感謝しつつ、ご冥福を祈る。

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【写真 : 自宅書斎の藤田一良
弁護士 筆者撮影】

追記 最近入手した『伊方原発設置反対運動裁判資料』(2013年9月25日刊行 クロスカルチャー出版)では故藤田一良弁護士がすばらしい解説文を書いている。解説全文はこちら「20131008125529.pdf」をダウンロード


2013/08/18

超人のニューヨーク最初の訪問記 1987年年末の日記から 2

1988年1月1日の日記から

日本の大晦日の12月31日は、こちらでは仲間たちとギャンブルをして楽しく過ごすみたい。そういうことで、ニューヨークに来たばかりの二日目、筆者も誘われてニュージャージーの外れのアトランティックシティー(ラスベガスに次ぐアメリカの一大娯楽施設)までニューヨークのクウィーンズからバスで片道3時間のギャンブルツアーに付き合わされた。そして翌朝6時15分に帰宅。筆者を入れて大家とその仲間4人、所持金一人最低200ドル(と言っていたが?)、行きはギャンブルに勝つと勢いのいい会話が続いたが、帰りは皆負けたみいで悔しさが会話に滲み出ていた。筆者はスロットマシーンを少々しただけ。こちらの年配者はパワフル。前書きはこの辺で。

午前6時過ぎに就寝。起床が午後2時前。近くのチャイニーズ レトランでブランチ。Mr.Mへ電話を入れる。午後9時にニューヨーク公共図書館の前で待ち合わせ。ワールド トレーディング センターへ行くつもりだったが、時間なくぶらつく。ショッピングを少しして、ヒィフス アベニューやブロードウェイのカフェをハシゴ。本間長世著『ニューヨークに見るアメリカ』を読む。午後9時10分前にニューヨーク公共図書館に行くもMr.M来ていず。何度か周りをぶらつくが、黒人たちがいて正直言って怖さが走る。20分後彼が現れてhotする。そのままソーホー地区にジャズを聴きに車で行く。途中すでに買っていたニューヨークの雑誌「Village Voice」でいい演奏が聴ける店を捜し、元ピーターソンのメンバーだったジョン・スコットヒィールドが出演している「Fat Tuesday」へ向かう。二人合わせて43ドルを支払う。満員のなか40分の演奏。観客の中には日本人も10人ほど。繊細なギター演奏で静かなジャズといったところか。11時15分頃その店を出て彼の友人宅へ。Mr.M に付き合い彼の友人宅で談笑。午前2時過ぎに彼の車で送ってもらい宿へ戻る。Hが10分後仕事を終えて帰宅。その後Hと40分位話しをする。就寝午前3時過ぎ。

2013/08/16

クロカル超人が行く 177 諏訪市『北澤美術館』 エミール・ガレ展 そして・・・

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フランスのアール・ヌーボーのガラス工芸作家エミール・ガレの作品を集めた展覧会を観に長野県上諏訪まで家人と足を運んだ。当日は諏訪湖畔で花火大会も開催されるみたいで、沿道には屋台がズラリ勢揃いして圧巻。皆夜7時からの開始に備えて準備に夢中だった。そんな“屋台村“を通過したところに『北澤美術館』があって、炎天下汗を拭いながら目的地の美術館に到着。入口にはテレビ番組で放送されたとのコマーシャルの紙切れも。開館30周年記念特別展、北澤美術館所蔵「エミール・ガレ」他100点を鑑賞。エミール・ガレ作「ひとよ茸ランプ」、「フランスの薔薇」、「大黄の葉」、「ひとよ茸文化瓶」、「アザミ」、「松」、「花瓶<タマネギあるいはニンニク>」、「池のモノアラガイ」他、ドーム兄弟作「蜻蛉に蛙文化瓶」、「アネモネ文化瓶」、「春草文化瓶」他、ルネ・ラリック作「花瓶<ナディカ>」、「花瓶<菊に組紐文様>」他、パート・ト・ヴェールの巨匠デプレ作「ラ・ヴァーグ(波)」、ワルダー作「蜻蛉文小物入」等々のアール・ヌーボーやアール・デコの傑作ガラス工芸品が展示されていた。<ガレ展の出品リスト>はこちら→「img059.pdf」をダウンロード ジャポニズムの影響が色濃く反映されているガラス工芸の極みは、繊細かつ優しい絵柄と精密で化学的技法の融合の小宇宙。筆者的にはNo.75の「花瓶<木立> 201」1901-1904 手彫りが気に入ったが、図録他にも収録していず失望。縦に何本か入った円錐形の外側の群青色の太い線、三、四段階に分かれた緑、赤紫、薄黄などのグラデーションの妙技、配色の見事さ、感情表出を巧みに色彩化、思わずいい仕事をしていると呟いてしまったほど。
エミール・ガレ(1846-1904)は植物にも詳しく、また、詩人との交流もあり、それは彼の様々な作品に反映されていて、写実の域を超えその素材と相俟って豊かな詩情を醸し出しているようだ。また、展示最後のコーナーで異才を放っていた、デプレ作「ラ・ヴァーグ(波)」も印象的。放つ光彩によって二種類の好対照な造形、裸婦、その波打つような妖艶な曲線美―。
このフランス装飾芸術の19世紀末アール・ヌーボーを代表するガラス工芸家エミール・ガレの作品等は北澤利雄氏のコレクション。ガレの遺族からの寄贈で現在パリ・オルセー美術館とナンシー派美術館に保存されている当時の貴重な資料も。酷暑日に客が入る?と筆者などは思えたのだが、中高年の夫婦、若い女性、熱心にメモを取りながら鑑賞していた女学生もいた。狭い館の割にはショップのスペースだけは広い。図録を買うはずだったが生彩がなかったので止めた。代わりに何点か物色。忘れずにつけ加えると、この『北澤美術館』には東山魁夷など日本画の名品も二階に展示されている。開館期間は10月20日まで。開館日は9時〜18時、但し10月は9時〜17時。会期中無休。JR中央線 上諏訪駅徒歩12分。

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【写真左上 : 葉書<ひとよ茸ランプ> チケット 写真左下 : パンフレットから】

美術鑑賞後、諏訪湖湖畔の花火大会会場を一瞥Ncm_0831_3
【写真は筆者撮影。花火大会前の諏訪湖湖畔の陣取り風景。積乱雲が不気味】
して、知人の経営している店で昼食と考え、松本駅へ向かった。午後2時半を少し回ってしまいランチ時間に間に合わずアウト。折角タクシーで駆けつけたにもかかわらず、嗚呼―。仕方なく駅前の交番で蕎麦屋「弁天」を教えてもらい、そこで天ざる、自家製煮込みと野沢菜で遅い昼食。夕方5時20分のあずさ20号で帰ろうとしたが、生憎岡谷、上諏訪あたりで落雷、大雨で電車がストップ、再開したのは夜11時20分(ここで不思議な駅のアナウンスが。筆者らは2分後の17時20分松本発の臨時特急列車「あずさ20号」に乗るはずだったが、夜も遅く前倒しして急いで大幅遅れの特急列車「あずさ19号」17時18分松本発千葉行きに乗車した。その直後例のアナウンスがあった。お客様、この後11時32分松本発「スーパーあずさ」が出ます、そちらもご利用下さい、と。あれっ、筆者らがそもそも乗るはずだった特急列車「あずさ20号」はこの時点で消えてなくなってしまった!そしてその時過ぎったのだ。あの子たちの話がー。そう、待合室で長い間真向かいの椅子で待っていた女性3人組の一人が、今構内に止まっている千葉行きの特急列車に乗車した方がいいとアドバイスしてくれたのだ。切符の変更は自由裁量なので今度乗車する時には自由席だとも。すでに2時間以上遅れているので払い戻しはできる。彼女は実は駅員から臨時特急列車「あずさ20号」はスキップする云々の話を盗み聞きしたのと筆者に話しかけてきた。いつの間にか彼女たちも事態の収拾を探っていたのだ。都内に帰るにしてもここからだと3時間はかかるし、このままだと深夜2時を回ってしまうので電車がないという危機感が彼女たちの行動をキレのあるものにしたのかも。結果的には女性3人組の機転にのって正解だった)、松本駅で約6時間足止めを喰らった。その後自宅まで臨時の電車を乗り継ぎ、最終目的地の駅でタクシーを手配されて帰宅。約420分、7時間の遅れ。自宅に着いたのは午前4時15分過ぎだった。いやはや、夏の想い出は苦い―。松本駅では乗客がイライラの限界寸前、しかしJR職員も咄嗟の対応に右往左往するもホームを走ったりと懸命の対応が奏功したのか、少なくとも筆者らの乗客を乗せた電車は真夜中を走らせてくれた。突然の天候悪化で非常事態を強いられたが、パニックは最小限度に食い止められた。特急列車や普通列車など断続的に18本運休したらしい。このため毎年50万人以上の人出で賑わう「諏訪湖祭湖上花火大会」は午後7時43分に中止、湖岸近くではボートが転覆、大雨で一時5000人が近くの学校などの施設に避難し、約400人が夜を明かした模様。岡谷付近では午後8時過ぎの1時間に約74mmの雨量が観測されたという。
行きはラッキーなところがあったが、帰りはとんだ災難だった。松本駅では待ちくたびれすぎ、こんなこともあるのである。誘った家人が曰く、綺麗なガラス工芸品を観たのだから良いじゃない―。ニューヨークではティファニー兄弟のステンドグラスのあるブロンクスの教会には行けなかったし‥‥。それにしてもテレビ東京の美術番組「美の巨人たち」の威力はすごい。

追記 この中央線の大幅遅れの原因はもちろん大雨によるものだが、意外な副産物に手間取ったとも。これは松本駅の駅員の話。実は筆者も上諏訪駅で目撃していた、当日花火大会で大勢の人がその駅につめかけていて、駅員が次々と構内に入ってくる人たちに向かって、帰りは改札口は混み合うことが予想されますので帰りの切符をお早めにお買い求めて下さいと声をかけていたのだ。そして予想が外れた。悪天候のため花火大会は開始43分で中止になってしまったのだ。花火を見に来た人たちが駅の改札で払い戻しするため殺到したわけだ。通常50万人が来るのでとても半端な数ではなかったはずである。ま、全部が全部JRを利用したわけではないけれど。レールの点検作業他もあったー。また、さらに悪いことには、一旦雨も小康状態を保ったらしいが再度ゲリラ豪雨が襲った‥‥。(2013.8.17 記)

超人のニューヨーク最初の訪問記 1987年年末のノートから

ここまで書いてきまして気がついたことがあります。ニューヨークに最初に行きましたのは26年前の1987年の年末でした。印象的なことを簡潔に書き留めていた日記風のノートが見つかりましたので、一部書き写してみます。

1987年12月27日の日記から

外国、アメリカに来て初めての夜。Mr.Hと三年振りで再会。異国で。こちらの大家さん、Lala(キューバ人、推定年令50数歳)に歓待される。もう一人来るつもりで部屋を用意していたようだが、一人のみだと伝え勘弁してもらう(どういうことだったのか今では思い出せない。多分先方が勘違い)。部屋代は素泊まりで1日210ドル、7日間280ドルを支払う。JFK空港からMr.Jin(人の良さそうなルーマニア人でLalaの同居人)と友人のHが空港まで出迎えに来てくれたが、空港からクィーンズのHの下宿まで大分時間がかかる(Mr.Jinが老人ということもあってか、勝手が分からず大分参った、1時間以上lossしてしまった)。肉体的に疲れる。
ニューヨークの初めての印象はまだ語れず。夕食をHと近くのChinese restaurantで取る。Hも利用している店で。アットホームな感じ。店の女主人がJapaneseを上手く話していたのには驚き。ビールを3本飲む。彼は相変わらず飲まない(彼の父親はかなり飲んべえだった)。自宅へ国際電話。家人の声が何となく嬉しく聞こえる。就寝午後11時55分。

2013/08/15

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 33 『NEW MUSEUM』

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ロウアー・イーストに箱が幾重にも重ねて建っているような美術館、それが2007年にリニューアルオープンした『NEW MUSEUM』。設計は日本人建築家ユニットのSANAA(妹島和世+西沢立衛)が手がけ、外観がとてもユニークですが、そればかりではありません、若手アーティストの発表空間だけあって、展示されている作品もど肝を抜かれる斬新さです。筆者あたりの感性では捉えにくい作品が並んでいました。閉館間近に入館したので少し駆け足で鑑賞しましたが、そのせいだけではないでしょう、頭が痛くなりかけました、それこそ、私はだあーれ、ここはどこ、みたいな不思議な感覚に襲れました。常設展なしの現代美術作品が中心です。1階がギフトショップとオーガニックのカフェ、2階〜4階までが作品展示室になっていました。2階でしたか、何もないスペースがありました。透かさず警備員が只今次の展示の準備中と言ってきましたのには笑えました。この時間帯でしたから人は疎らでした。入場料は14ドルでした。


May―June 2013 
NEA 4 IN RESIDENCE
During the culture wars of the early '90s, the work of four solo performers, funded in party by the US goverrment, came under attack for the frank treatment of themes of gender, sexuality, subjugation, and personal trauma. In 1990, works by Karen Finley, John Fleck, Holly Hughes, and Tim Miller(aka the NEA 4) were defunded by the National Endowment for the arts to include considerations of general standards of decency and respect for the diverse beliefs of the American public.......

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【写真真上 : エレベーターの中にあった各階の表示】

帰り際に見つけた交差点脇の壁に描かれた街中の絵(ポパイの絵でしたか)のほうがとても解り易かったです!


超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 32 『MoMA 近代美術館』

リニューアル後初めて日本人建築家の設計によるニューヨーク近代美術館で絵画鑑賞。家族と一緒の鑑賞でしたが、家人がまたもや体調不良と言って、入ってすぐに息子と退散してしまいました。筆者1人での鑑賞、フラッシュを使用しなければ撮影はOKでした。リニューアル前に来ました時より出入りが自由なのは良かったのですが、入口と出口の境がなくて戸惑いました。それにしても名画揃いでいくら時間があっても足りないくらいでした。残念ながら、家人の様態が心配でじっくり鑑賞している心境でもありませんでした。人は充分に入っていました。入場料は25ドル。

1階→ロビー ストア レストラン アート・ラボ スカルプチャーガーデン
2階→コンテンポラリーギャラリー【原題美術展示室】1960年〜現在 版画・挿画本 メディア マロンアトリウム 特別展 カフェ ストア 
3階→建築・デザイン ドローイング 写真 特別展 
4階→絵画・彫刻Ⅱ1940年代〜1980年 ジャスパー・ジョーンズ ロイ・リキテンスタイン ジャクソン・ボロック ロバート・ラウシェンバーク マーク・ロスコ アンディ・ウォーホル他 
5階→絵画・彫刻Ⅰ1880年代〜1940年代 ポール・セザンヌ フリーダ・カーロ アンリ・マチス ピエト・モンドリアン クロードモネ パプロ・ピカソフィンセント・ファン・ゴッホ他 カフェ 
6階 ストア

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2013/08/14

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 31 『MoMA ニューヨーク近代美術館』

『MoMA ニューヨーク近代美術館』の続きです。

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【写真 :MoMA6階の窓から見た光景】


2013/08/13

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 30 ジャパニーズ・レストラン『KODAMA SUSHI』メニュー 3

『KODAMA SUSHI』メニューの続きです。

Special Salad

Tofu & Avocado Salad Tofu. Avocado and Tomato with Sweet Wasabi Sauce.......................................... 8.00
Grilled Chicken Salad or Salmon Sliced Avocado and Baby Green with Ginger Dressing...............8.75/9.75
Salmon Salad Sliced Fresh Salmon Sashimi and Baby Green w/ Spicy Garlic Dressing........................ 11.00
Snow Crab & Avocado Salad Avocado and Baby Green w/ Ginger Dressing........................................ 14.75

Salad & Soup

Miso Soup.......... 2.00 Small Green Salad.......... 3.50 Potato Salad.......... 4.50 White Rice.......... 1.50 Large House Salad.......... 6.00 Seaweed Salad.......... 5.00 Exyra Avocado for Salad.......... 3.00

Sushi & Sashimi

■SUSHI
Super Deluxe Sushi 10pcs of Sushi Spicy Tuna Roll................................................................................. 24.00
Deluxe Sushi 8pcs of Sushi Tuna Roll........................................................................................................ 18.75
Regular Sushi 7pcs of Sushi & Cucumber Roll........................................................................................... 15.75
Super Trio 3pcs of Tuna, 3pcs of Yellow tail, 3pcs of Salmon Spicy Tuna Roll..................................... .....21.00

■SASHIMI
Super Deluxe Sashimi Assorted Raw Fish............................................................................................ ....... 25.00
Deluxe Sashimi Assorted Raw Fish.............................................................................................................. 19.75
Sashisu Combination of Sushi(4pcs), California Roll & Sashimi................................................................ 23.00
Chirashi Assorted RawFish on Sushi Rice Bowl.......................................................................................... 19.75

あとの4 パート、Rolled Sushi、Special Rolls、Entree、Lunch SpecialsはPDFでどうぞ。「kodamasushi_menu053.pdf」
(筆者注 : OshitashiはOhitashiの訛り。ここでは原文のままにして表記してあります)


ところで、今日の民放テレビの夕方のニュースでニューヨークでは今味噌が人気だと報道されていました。豆腐を入れた味噌汁を作るニューヨーカー、みそアイスクリーム、究極はみそ入りドーナツまでイケてるそうです。マンハッタンのミッドタウンにある日本のスーパーマーケット『SUNRISE』にはそれこそ様々な味噌(白味噌、赤味噌、麹味噌他)が売られていました。日本の調味料、醤油は大分入り込んでいるみたいですが、今度は味噌がニューヨーカーに受け始めているみたいです。味噌にこだわり続けています筆者としては嬉しい限りです。『KODAMA SUSHI』でもメニューに味噌田楽を加えても受けるかも……。
『KODAMA SUSHI』に2日間通って149.45ドル、寿司から日本食全般を扱うアットホームな店でした。

追記 『和食』がユネスコの世界無形文化遺産になって、この店も益々繁盛するかも。全ては文字通り丁寧なおもてなしができるかにかかっているような気がする。

2013/08/12

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 29 セントラルパーク 余話

昨夜NHK BS1の番組「エルムンド」がニューヨーク特集として2時間スペシャル番組を放送していました。セントラルパークの中心部に特設された場所から、バイオリニストの五嶋龍氏をゲストに司会のアンディ氏それにニューヨークリポーターのはなさんなどが出演、セントラルパークの魅力を現在そして過去まで遡り、いろいろな角度から探っていました。それによると、その昔はギャングなどの巣窟で危険な地帯でした。そして半世紀前の1960年代の一時期、ニューヨーク市の財政難などもあり公園は見放され荒廃し切っていました。そんな中公園の再建を図ろうと立ち上がったのは、ある一人の造園家でした。雑誌「New York」誌上での一造園家の提案に、ニューヨークカーが賛同し参画したのです。写真家兼歴史家のゲスト女史が番組関係者の質問に答えて語っていました。ニューヨーク市民の手で行き届いた小綺麗な公園が出来上がったというわけです。現在この公園はボランティアの人々や寄付金で支えられていて、アルコール類の飲み物は禁止されています。筆者が訪ねたのは今年の5月最後の週から6月の最初の週、いわゆる初夏の季節でしたが、猛暑で暑さ凌ぎには最高の、まさに都会のオアシスでした。夏は恒例のニューヨーク・フィルハーモニックのクラシック演奏、メトロポリタンオペラなどが無料で聴けるようで、この番組もその模様をオンエアしていました。この番組で面白かったのは最先端のニュースでした。それはセントラルパーク以外のニューヨークの公園を紹介していて、食肉を運ぶ貨物線が廃止された跡地に野草類などの花々を植えることで再生に成功して新たな観光地として人気の“ハイライン・パーク“(筆者もここへ行きたかったのですが時間がなくて実現しませんでした)に続いて、若い建築家による地下鉄の操車場跡地に公園を造る計画です。すでに名前も“ローライン・パーク”と“ハイライン・パーク”と対をなす名称もできています。これは地下に最新のテクノロジーを駆使して造るらしいです。日本の大手町のビルの中にトマトや野菜が作られているテクノロジーの方法と似ているのかも知れません。
この番組で一番のサプライズは、ゲストの五嶋龍氏の成長でしょう。色白ですが体格は申し分ありません!五嶋龍と言えば、民放の日曜日に放送していました、ニューヨーク、それこそセントラルパーク近くのアパートメントでの音楽修行を追った番組が忘れられません。確か20歳を境に番組は終了しましたが筆者などはずっと観ていました。その彼がゲストでした。そして彼が言っていたのは、セントラルパークは僕の庭、“My park“ですと。そう、セントラルパークはニューヨーカー1人ひとりの“My park“なのです。また、心のオアシスでもあるのです。大人のエンターテイメント番組「エルムンド」は真夏のニューヨーク、セントラルパークをリズミカルに描いていました。筆者たちの訪問をさらに掘り下げてもくれました。

2013/08/09

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 28 ジャパニーズ・レストラン 『KODAMA SUSHI』メニュー 2

Japanese restaurant『KODAMA SUSHI』メニューの続きです。

Ebi Shumai Steamed Shrimp Dumpling.................................................................................................. 5.00
Pork Gyoza Tasty Pan Fried Berkshier Pork Dumpling........................................................................... 6.00
Fried Oyster Fresh Fried and Breaded Oyster........................................................................................ 8.00
Kodama Chicken Fried Chicken Marinated w/ Special Sauce and Garlic Flavor................................... 7.00
Tempura Lightly Deep Fried Shrimp and Vegetables............................................................................. 7.00
Hamachi Kama Grilled Yellow tail collar Teriyaki or Sea Salt................................................................ 8.00
Tako Yaki Fried Octopus Ball (Wheat flour-based butter)Worcestershire Sauce and Mayo.................... 6.00
Spicy Miso Salmon Grilled salmon with Spicy Miso Sauce....................................................................... 8.00
Soft Shell Crab Fried Soft Shel Crab with Ponzu Dip................................................................................ 8.75
Karubi Grilled Short Rib with Yuzu Garlic Dip......................................................................................... 12.00

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 27 ジャパニーズ・レストラン 『KODAMA SUSHI』 メニュー 1

それではJapanese restaurant『KODAMA SUSHI』のメニュー紹介です。メニューはB4変形(縦35.4cm×横21.7cm)の薄い黄色の紙。和紙に似た感じで軽くて手触り感も良いです。色はエンジと墨の2色、英文字はゴシック系、三つ折りです。差し詰めシアターのプログラム風。どこかエキゾチックを漂う手書きの素朴な絵と温かみのある、これまた素朴な日本語が描かれています。ええ、どこにでもありそうでありません、というメッセージが表紙から伺えます。少しばかり洒落ています。品数は寿司の前菜から始まって、ランチメニューで終わる9パートに分かれ、値段が表示されているものだけで144品、寿司を中心に揚げ物、焼き物、煮物、丼など豊富で四季折々和のバリエーションが楽しめるよう工夫されています。ニューヨークならではのマンハッタン巻、ブルックリン巻もあります。筆者は食べていませんが、ここのチラシ寿司はデリシャスだそうです。

Appetizers from Sushi Bar

Yellow tail Carpaccio Yellow tail Sashimi and Radish, Jalapeno with Spicy Ponzu ................................. 9.75
Salmon Tataki Seared Salmon with Wasabi Sour Cream,Yuzu Dressing and Micro Green.................... 8.00
Smoked Tuna Tataki Smoked Tuna with Garlic Soy Sauce and Ginger mayo......................................... 8.75
Sashimi Tuna, Yellow tail. Salmon(3pcs each)...................................................................................................10.75
Tuna Tar Tar Chopped Tuna and Sliced Avocado w/Spicy Mayo............................................................. 9.00

Appetizers From Kitchen

Edamame Boiled Green Soy Beans..................................................................................................................... 4.00
Oshitashi Boiled & Cold Spinach w/ Special Soy Sauce........................................................................... 5.00
Hijiki Cooked Black Seaweed..................................................................................................................... 5.00
Age Tofu Fried Tofu with Tempura Sauce................................................................................................... 6.00
Steamed Broccoli Hot Broccoli Oshitashi w/ a Small Amount of Butter................................................. 5.00
Fried Asparagus fried asparagus with Green Tea Salt............................................................................... 5.00
Nasu Miso Sauteed Egg plant with Sweet Red Miso Sauce...................................................................... 6.00
Yakitori (4pcs) Groiled Chicken & Scallion on Skewer w/ Teriyaki Sauce.............................................. 6.00
-to be continued.

2013/08/07

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 26 ジャパニーズ・レストラン 『KODAMA SUSHI 』

筆者はその昔ニューヨークに来ると必ず『寿司田』(6th avenue)に寄りました。最後に訪ねてからでももう15、6年は経ちます。ここは結構高いですから、筆者などは確か幕の内弁当、茶碗蒸し、握り少々、お新香などくらいは食べましたか、それも遠い昔です。試しにネットで調べてみたら、4月の改装後に訪ねた女性のコメントが載っていました。相変わらず評判が良いようです。また、その当時は42th streetに日本食居酒屋『ICHIBAN』もありました。この店には筆者の友人も働いていました。何年やったのでしょうか、結局閉めてしまいました。日本のバブル時代だったのでしょう、それこそ様々な日本食レストランがかなりありました。そう言えば、おいしいと評判のカナルストリート沿いの寿司屋にも行きました。その当時でも1人3000円以上しましたが、残念ながらボリューム感がありませんでした。名前は忘れましたが細長く青っぽいような店の様子はまだ瞼に浮かびます。
『KODAMA SUSHI』は一応庶民的な日本食全般をカバーする寿司屋のようです。

Img051

いらっしゃい、
ケンですと45丁目の居酒屋、こだますし、
212.582.8065

メニューの表紙には、“拍子”抜けしてしまうほど「鯛」らしきもの(イラストでは特定化されている魚とは見えませんが)を運んでいるオーナーの表情が何ともユーモラスに描かれています。これは気取って食べて頂くお店ではありません、ごく普通に気がねなく食べて頂きたい、しかし、おもてなしの心を持って、というメッセージが込められているのかも知れません。ところが、翌日二回目に訪れた時に店の女性の接客マナーに少し違和感を感じました。ここが商売の難しいところでしょうか。昼と夜、客の違いはありますが……。それともこれがニューヨーク スタイル?
『KODAMA SUSHI』のメニューを店から頂いてきましたので参考までに書き記します。日本食のメニューをどう英文表記しているか興味のあるところです。

2013/08/05

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 25 Japanese restaurant 『KODAMA SUSHI』

午後8時過ぎにカウンターの右端に座りましてとりあえずビールを頼みました。前の店でも飲んだのですが、やはり日本製のビールが美味。ツマミはオーソドックスの刺身、マグロ、タコ、イカなどをチョイスして食べました。生物は近海のニューヨーク湾でも新鮮な魚が穫れますからとは、少し前に神田祭りを観に里帰りしました板長のMさんの話(神田多町出身で気さくな方)、ついでにカツオはありますかと筆者が尋ねると、今日は残念ながらありませんとの返事が返ってきました。自称カツオフェイクを標榜しています筆者としましては多少ショックでした。ま、いいか、それでは中トロをお願いしますと追加注文をしてしまいました。刺身が好物の筆者にとっては、この中トロはうまっ! 感動ものでした。もちろんビールも進みまして、終いには板長のMさんとその仲間たちにまでピッチャービールを奢ってしまいました。カウンターには男性、女性の客、筆者のテーブルには地元の家族の方々が上手に箸を使いながら日本食を楽しく召し上がっていました。7、8人はいたでしょうか。エビやカニなどそれに定食類がテーブルに。また、向かい側にはバーカウンターも。このジャパニーズ・レストランはシアター・ディストリクト地区にあり、ブロードウェイの俳優、女優、脚本家、演出家、舞台美術家などの劇場関係者が数多く訪れているみたいです。
話は大分脱線しますが、舞台美術家といえば、当代随一の妹尾河童氏が先週の土曜日の朝の番組に出演していました。初期の民放番組「ミュージックフェア」や「夜のヒットスタジオ」などの舞台美術を手がけていたときに、歌手の藤原義江に見出されたそうです。この河童さんの家の書斎などを舞台装置風に斜め上から描く細密画は天下一品、かつて週刊誌に連載されていましたときには毎週買い求めていました。必要がありまして最近ネットで彼の絶版本を手に入れたばかりです。話はジャパニーズ・レストランでした。そういうわけでこの店にはアーティストがみえて、彼らの提案でメニューに取り入れたものもあるそうです。ポツリポツリと座っています人の中にはブロードウェイ関係者がいるかも知れません。想像しますだけでも何となくウキウキします。

大トロとお新香をください!
かしこまりました。

ニューヨークに来てまで日本食とは誰もが不思議に思ったはずです。

2013/08/03

超人の面白映画鑑賞 イングマール・ベルイマンの初期作品『野いちご』と『処女の泉』余滴

ベルイマン監督の映画『処女の泉』の原作、中世スウェーデン南部のバラード“Per Tyrssons 's daughters in Vänge“の歌詞は次のようだ。

Pehr Tyrssons's daughters in Vänge
The forest was so cold
They slept a sleep too long
While the forest came into leaf
They youngest one woke up first
The forest ...
And so she woke up the others
While the forest...
Then they sat up on their beds.
So they braided each other's locks.
So they put on their silken clothes.
So they went to church.
But when they came to the Vänge hill.
They met three highwaymen
" You either be highwaymen's wives,
Or would you lose your lives?"
"We do not wish to be highwaymen's wives,
We'd rather lose our young lives."
They cut their heads off on a log of birch.
There soon three wells sprung up.
The bodies buried in the mud.
The clothes taken to the village.
When they came to Vänge farm,
Lady Karin met them in the yard
"And would you buy silken shifts,
By nine maidens knitted and stiched?"
"Untie your sacks and let me see,
Perhaps I know all three."
Lady Kalin beat her chest in pain.
And went to find Pehr Tyrsson.
"There are three highwaymen in the yard,
Who have our daughters slain."
Pehr Tyrsson grasped his sword.
He slew the eldest two.
The third he left alive.
And then he asked him thus:
"What is your father's name?
What is your mother's name?"
Our father is Pehr Tyrsson in Vänge,
Our mother is Lady Kalin in Stänge."
Pehr Tyrsson then went to the smithy,
And had iron crafted'round his waist.
"what shall we do for sins?"
"we shall build a church of lime and stone.
That church will be named Kerna.
And we will willingly build it.

from " Töres döttrar i Wänge"("Töre's daughters in Vänge" ) or "Pehr Tyrssons döttrar i Vänge"("Per Tyrsson's daughters in Vänge") is a medieval Swedish ballad on which Ingmar Bergman's The Virgin Spring is based. Wikipedia.


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