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2013/06/28

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 13 フィフスアベニュー 

昼食後は時差ぼけの余韻が残るなか、フィフスアベニューをぶらり歩き。ビデオカメラ、携帯を首にぶら下げて、メイン通りを42丁目のブライアントパークあたりから59丁目のセントラルパークまでの3、40分でしたが、世界中のブランドが集積する通りは華やかそのもの。この日は平日しかも昼下がりの時間帯、観光客のなかに混じってニューヨーカーたちがバナナやパンをかじりながら通りを急いでいました。ニューヨークは足早の人たちが多いと聞いていましたので、何回か来ているうちに慣れっこになっていたことは確かです。今回改めてそう思いました。大阪梅田駅にある“ムービングウォークウェイ”(動く歩道ですか)を歩く姿もニューヨークと負けず劣らず足早ですが。
エイチアンドエム、サックス・フィフス・アベニュー、ロックフェラーセンターRockfeller_center(ロックフェラーセンター前の銅像。この上に立つ人が多いのかこんな注意書きが。“Please do not stand on statue platform”.)、セント・パトリック教会、スターン、ベルサーチ、カルティエ、ザラ、フェラガモなどの一流ブランドを左右キョロキョロしながら見て歩いていくと、53丁目付近に今何かと話題のガラス張りで建てられた「ユニクロ」がありました。旗艦店だけあって店内のレイアウトや照明には目を見張るものがあり、一瞬映画のスタジオに入った感じのする異空間でした。素材のこだわりはともかく、やはり価格と色使いの鮮やかさでしょうか。カジュアルシャツなど色のグラデーションが冴えていました。価格は29、88ドル。日本より高めなブライスみたい(ユニクロファンの家人によれば)。奥行きもあってスペースも客を飽きさせない、配慮の行き届いた仕掛けが施されていて見事。眩しいくらいでした。木目を使った柔らかくて人に優しいフロアでしたが、2階から1階への階段では色調が同系色とガラス張りのせいか足下が大分ぐらつきました。階段の間からも商品が見渡せる戦術かも。色の鮮やかこそがアメリカン スタイル? そんな斬新で明るいイメージのアメリカ・ニューヨークのユニクロのなかでも、ひときわ目立つ遊び心に溢れたショースペースがありました。確か銀座店には見られない光景でした。帰り際、人が次から次へと入って来ました。観光客そしてニューヨーカーも。

2013/06/27

文化講演会の案内 林博史先生講演「慰安婦問題」

クロスカルチャー出版主催 第8回文化講演会が開催されます。ご関心のある方、ご参集下さい。

演題 : 慰安婦問題
講師 : 林 博史 関東学院大学教授
司会 : 神 繁司 フリーライブラリアン
日時 : 2013年7月13日(土)午後1時開場 1時半開演 4時半終演
場所 : 江戸東京博物館1階学習室
JR総武線両国駅西口下車徒歩3分/地下鉄大江戸線両国駅徒歩1分
資料代 : 1,000円

講師は政治学、日本現代史がご専門の研究者。特に日本とアジアの現代史。
主著書 : 『近代日本国家の労働統合』、『華僑虐殺―日本軍支配下のマレー半島』、『裁かれた戦争犯罪―イギリスの対日戦犯裁判』、『沖縄戦と民衆』、『共同研究 日本軍慰安婦』(共編著)、『BC級戦犯裁判』、『シンガポール華僑粛清―日本軍はシンガポールで何をしたのか』、『戦後平和主義を問い直す―戦犯裁判、憲法九条、東アジア関係をめぐって』、『沖縄戦―強制された「集団自決」』、『戦争裁判の研究―戦犯裁判政策の形成から東京裁判・BC級裁判まで』、『沖縄戦が問うもの』、『村山・河野談話』見直しの錯誤、歴史認識と「慰安婦」問題をめぐって』(共著)など。

この講演会の問い合わせ、申込先はは下記の通り。定員50名。
クロスカルチャー出版 文化講演会係
電話 03-5577-6707 ファクス 03-5577-6708
email : crocul99@sound.ocn.ne.jp

2013/06/26

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 12 タイムズスクエア周辺のお店など 

ホテルの部屋でニューヨーク滞在のスケジュールを確認した後、筆者たちはまずタイムズスクエアのおみやげ店に入り、I ♡ New Yorkのシャツ、ニューヨークの名所旧跡を扱ったカレンダー、自由の女神の置物、靴やTシャツなど所狭しと積み上げられていました。目新しいものとしては、マグネット製ニューヨーク名所旧跡も陳列されていました。冷蔵庫には最適かも。このおみやげ店の前の屋台ではホットドッグにチャレンジ、日本のより大きいですが味はごく普通。

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それから42丁目の某書店を訪ねました。明後日仕事でお世話になるため、お近づきの印として東京で買い込んだお土産を渡すためです。生憎担当者が遅番で不在でしたので、面会した男性の方にお願いして辞去しました。対応してくれた中年男性は確か4年前にもお会いした日本語が上手なベテランのアメリカ人のF氏(今はスタッフ職ですが30年以上勤めているそうです)でした。この書店が入っているビルは今改装中のようです。昼食は『Sbarro』でピザとパスタでと決めていたので、昔通ったタイムズスクエアのTKTS前に出向きましたが閉店、同じ系列の別の店を捜すことにし、辺りの人に尋ねて50丁目にある店に入りました。筆者たちが入ってまもなく、ここまで来る道中で父兄同伴の小学生社会見学ツアーに出くわしましたが、その小学生たちが集団で店に入って来ました。その数何と80人!この『Sbarro』の店は日本にも支店があって、当初は六本木にありましたが今は渋谷駅近くにあります。何と言ってもあのモチモチ感のあるピッツアとトマトソースが絶妙な味わいのパスタでしょうか。バイキング形式でキュウリ、レタス、トマトにアスパラのサラダなどをチョイス、いい感じの昼食でした。12時近くになって例の小学生たちの集団が入って来たこともあり、黒人のピッツア職人、ホールのアルバイトと思しき黒人やメキシカン、レジ打ちの黒人女性たちが急に動きが活発に。家人がうまい、ウマイとボリュームのあった一皿をいつの間にか平らげていました。

2013/06/25

クロカル超人が行く 176 東京アメリカン・センターでの講演 『アメリカの大学で「日本」を教える、学ぶ、考える」を聴きに行く

知人のJ氏からメールが届いて、興味あったら行ってみたらと。出かけた場所がこれまた不思議、2、3ヶ月前に来た場所だったのだ!それも同じJ氏のご好意だったが、その時は筆者の求めていた雑誌のバックナンバーがなかった。それで国会図書館に問い合わせたら、その雑誌ならネットで見られるとのこと。早速ネットでその特集号にあたったが肝心の記事が見いだせないままにニューヨーク行。実はニューヨークで出している雑誌の特集号を読みながら、現地で取材しようと考えたのだった。
前置きはそのくらいにして、東京アメリカン・センターでの講演会の話。初めて参加したが刺激的で大変興味深かった。講師はケンタッキー大学日本研究プログラムディレクターで文化人類学がご専門の井上雅道先生。テーマは「アメリカの大学で「日本」を教える、学ぶ、考える」。アメリカ滞在20年以上のベテラン研究者が自分の体験談を語り、文化人類学手法を駆使して日本のポップカルチャーを分析し自説を披瀝。司会は文教大学准教授の前嶋和弘先生(アメリカ政治)。午後6時半から2時間、前半は講演、後半は質疑応答の構成。聴講者20名。
アメリカの地方のケンタッキー大学で教えている講師が、バックグランドの違う様々な学生を対象に日本の現代文化の一つ、今やクールジャパンの代表格であるアニメを取り上げ、その関わり具合と彼らを虜にさせる本質を自ら教え、学ぶ、考える、いわば、不確実性から確実性を会得していくプロセスのなかで、キーワード、アジール(聖域、特別なエリア、避難所)とマルチチュード(多数性)を中心概念に読み解く野心的な試み。多少早口なことと抽象度が高い言辞が気になったが、アニメについての文化人類学的な考察はエキサイティングだった!知識の伝道者だけではなく、学生とともに―多種多様な彼らをサポートしながら―学び、考えることの実践報告でもあった。また、講師が接した「日本」に興味を抱いた学生を取り上げ、事前→事後の関わり具合のプロセスを考察しているあたりは大変示唆に富んでいた。筆者的には多種多様な有様を共有していくことだと思うのだ。それには想像力・創造力と配慮が必要なのだが―。余談になるが、今朝のアメリカのABCテレビが伝えるところによれば、アメリカのテキサスの白人女子学生が入学拒否の件で大学を訴えた由。複数化、混迷化するアメリカの象徴か?
質疑応答にはオーストラリア留学が長かった男性、九大の建築学専攻の先生、イギリス滞在が長く、これからハーバード大学に入学する若い学生、東京新聞の記者、慶応のカウンセラーの女性、通訳者など6、7人が質問した。その後に支援者側のアメリカ大使館文化交流担当の方が、講演で宗教的なことには言及しなかったが宗教についてはどう考えているのかと質問した。講師が答えるなかに日本に似た現象を発見。よく言われていることだが、やはりチャーチ離れ、宗教に無関心な学生が多いという。チャーチ当事者が現実に対応仕切れなくなっているのでないかというのが講師の指摘だった。講演の最後に講師がアメリカに渡ったロシア人(日本語も堪能でしかもアメリカ人と結婚している由)が無国籍化していく話をしていたのが印象的。アメリカ人でもない、日本人でもない、ロシア人でもない、筆者的には地球人の出現が現実的になって来たといったところか。アニメが描く理想郷(カワイイコスチュームパフォーマンも含めて)もただ単に現実的な逃避、夢想の世界に遊ぶことではなく、新しい価値観の想像・創造かも。このセミナーはContemporary American Studies Consortium of Japan(CASCJ)の一環。充分に理解できたかは不確かだが面白かった。会場のアメリカン・センターはセクリティーが厳しかった以外、小奇麗でセミナーを聴くには適した小空間だった。。
講演者の著作 : 『生―権力の臨海 : アメリカの大学警察を人類学する』(『文化人類学』)や『海上ヘリ基地問題と日本人類学 : 沖縄県名護市辺野古でのフィールドワークの覚書』(『現代思想』)など。

2013/06/23

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 11 ブロードウェイ周辺 

このホテルの近辺は日本で言えば銀座界隈といったところでしょうか。いろいろいろなホテルやブロードウェイミュージカル劇場が軒を連ねています。ホテルのすぐ向かい側にEhel Barymore Theatre、同じ並びの2、3軒先はBrooks Atkinson Theatre、46丁目側すぐにはLunt- Fontanne TheatreやRichard Rodgers Theatre、タイムズスクエア駅すぐ近くには有名なMarquis Theatre、オペラ座の怪人のMajestic Theatre、ライオン・キングのMinskoff Theatre、スパイダーマン・ターン・オフ・ザ・ダークのFoxwoods Theatre、マンマ・ミーヤ!のWinter Garden Theatre、天使にラブソングを…のBroadway Theatre、ザ・ブック・オブ・モルモンのEugene O'Neillなどその数40以上。ニューヨーク市にとって一大観光資源のミュージカルは相変わらず賑わいを見せていますが、1991年暮れに来たときに公演していたミュージカルもまだロングランを続けていました。さすが実力を認められたミュージカルは息が長い。
タイムズスクエアではスパイダーマンに扮した人たちが路上パフォーマンスをしていました。人集りを偶然に目撃して少しばかり覗いたのです。ミュージカルの宣伝でしょうか。それにしてもこんな暑い日にスパイダーマンの衣装を着て振る舞うとは、子どたちは喜ぶでしょうが、本当はやっていられないはず。長い時間やっていたら倒れてしまいますから。

2013/06/22

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 10 タイムズスクエア近くのホテルなど 

エレベーターを降りてすぐ前に筆者たちが泊まる部屋がありました。80年以上前に建てられたホテルにしては全体が小奇麗―。階のフロアには深紅の絨毯が敷かれ、ほぼ正面に置かれた長い台の上には藍の花が生けられた大きな花瓶、その脇には置き時計、それぞれにしっかりと役割を果たしているような―。この階だけでも20以上の客室はありそうでした。そう、部屋の鍵は差し込んで引くと緑色のランプが点く磁気付のカードでした。日本で出張中によく使ったものでしたが、今ではたまにしか利用しないため部屋を開けるのに二度失敗し多少戸惑いました。家人がこうするのよと手招く光景を見かねたのか、ふくよかな黒人のハウスキーパーが近寄って来て開け方を教えてくれてやっと部屋に入れました。時差ぼけではあるまいし情けなかったこと! 部屋全体がシックな色調で彩られ、真ん中にキングベッド、脇には使い古された木製の机、タンスの上には開閉式の扉の付いたテレビ、壁側に小さなテーブルその上の方には多少曲がって飾られた複製画、それに1人用のソファー、クロ-ゼット、カーテンを開けると道路側だったため窓外の景色が一目瞭然、ビルやミュージカル劇場が見えました。入口付近に戻り左側のドアを開けると、日本人には大きめの白いバスタブ、やや使い古された感じがしますがきれいに掃除されていました。ホテルに泊まっていつも思うのですが、大きく厚めのバスタオルは使い勝手が悪く往生してしまいます。今回もそうでした!
さて、キングベッドですが、これが部屋を替えるというハプニングを起こさせる原因になるとはその時には想像だにしませんでした。その話は後ほど。

2013/06/21

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 9 タイムズスクエア 

ホテルは1930年代に建てられた古い建物で中堅クラスの由緒あるホテルのEホテル、立地的には有名なブロードウェイミュージカル劇場がひしめき合っているまさしくロケーション抜群のところです。ホテルの入口の手動式の回転ドアを手で押して入ると、アールデコ調のシックで歴史の重みを感じさせるホテルの入口中央にたどりつきました。左側にフロント、その前には一時荷物預かりのところ、真正面奥の上には大きな絵画、その右側に待合室、それほど広いスペースではありませんでした。家族連れ、年配の方々、特に中南米の方々が多かったようです。日本人の客は筆者たち以外は見当たりませんでした。チェックイン(午後3時!)にはまだまだ早い時間でしたが、フロントで少しふくよかな女性にチェックインについて尋ねると、パスポートとクレジットカードの提示を求められましたが部屋に入っていいと鍵を渡してくれました。ホテルのパンフレットにはJFKまでのリムジンがあると書いてありましたのでそのコーナーに行って、今度はやや細めの女性に帰りのリムジン運行サービスの時刻を訊いてみました。夕方7時頃の便ですと15時15分のバスで行けば充分に間に合うはずと案内係の女性。さらに無料ですかと質問すると、そうだと応えてくれました(これが実はno chargeではなかったのです!)。6基あるいかにも“重厚”なエレベーターの左からから3番目に乗って17階へ。

2013/06/20

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 8 JFK国際空港からミッドタウンへ 

タクシーは初夏の早朝の風を切ってクイーンズの高速道路を北上、途中朝のラッシュ時前でも片方が4車線もある合流地点では一時traffic jamが発生してタクシーも動けない状態が続きました。無事1時間内でホテルに着けるか心配でしたが、しばらくして動き出しましたので一安心。タクシー乗車中、筆者はビデオカメラを回し、窓外の早朝の街並みを撮り続けました。隣では家人がタクシーから窓越しにニューヨークの家々を見て、思わずかわいいと叫んでいました。何せ初めてですから見るもの聞くもの皆新鮮ですー。筆者みたいに10回位は来ていても、いつも知人に迎えに来てもらったりしたりしていたこともあって、タクシー道中には無頓着でした。
アメリカの家屋はレンガ造りや木造住宅もあって、必ずしも石造りの家ばかりでないことも見てとれました。木々に囲まれた住宅地は緑色に染まり、朝の空気を一杯吸収しているようでした。やがてタクシーはミッドタウンに向かうべく大きく左折して、目指すタイムズスクエアへ進み始めました。景色が一変し高層ビルの中を通り抜けて行きます。オフィス街と思われる道路をワンブロック毎クリアして行きました。この時間になると出勤途中のビジネスマンが交差点で信号待ちしている姿も見え始めて来ています。はじめは宿泊先のホテルの住所を見せながら話したら分かったと言っていましたドライバー、不安だったのでしょう、有料道路を通過したあたりで再度ホテルの住所が書いてある紙片を筆者は彼に見せました。彼は信号待ちしている間、地図で到着地を確認していたようです。そうこうしているうちにあの広告が派手なタイムズスクエア周辺に出ました。

2013/06/19

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 7 JFK国際空港を出て 

ほぼ140年前に訪ねた明治新政府の高官が見たニューヨークは、一大商業都市の活況でした。あとで触れると思いますが、ブルックリン橋完成の話もなかなか興味深いものがあります。
さて、ニューヨーク港はもちろん今も健在ですが、現代は飛行機の飛躍的な発達によって、海の時代から空の大量輸送時代に取って代わられています。ニューヨークの表玄関は現在クイーンズの南端のジャマイカ湾に面するJFK国際空港、ニュージャージーのNewark国際空港同じくクイーンズ北東にあるLa Guardia国際空港の3空港です。いずれも発着の規模、エアラインズ、ディストネーション等によって自ずと機能や役割が違っています。筆者はいずれの空港も過去に利用しました。ニューヨークのどの辺に宿泊するかで空港の選び方も違ってくると思いますが、普通格安旅行では飛行機と宿泊先がパックになっていることが多いようです。自ずと選択肢が限られてしまうのが現状かもしれません。筆者的に言えば、ニュージャージーのNewark国際空港が便利。空港からバスでマンハッタンのグランドセントラル駅まで20分以内で行くことができ、しかもリーズナブルです(鉄道はペン駅まで行きますが乗り換えもあり多少面倒です)。ちょうど福岡空港から市内の中心に行く感覚です。そう、JFK国際空港を出てタクシーに乗ったあとの話でした。

追記。2、3回目でしたでしょうか、JFK国際空港から出てクィーンズの友人宅へ向かう途中、頭上に轟音が鳴り響いていたと思った次の瞬間、鷲のくちばしと翼を大きく鋭くしたコンコルドが飛び立って行きました。あの時ニューヨーク、ロンドン間は確か1000ドルとか言ってましたか。筆者は次はあの飛行機乗って最終目的地の北欧、スウェーデンのストックホルムへ行きたいと本気で考えました。残念ながら大事故を起こして以来廃機になってしまいました。筆者もそれ以来北欧へ行く夢は未だに実現していませんが、2,3年後には出来そうな予感。
(2013年6月21日 記)

2013/06/18

超人のニューヨーク訪問記  2013年初夏 6 ニューヨークに来た先人の話

ここで少し日本国の先人たちのニューヨーク旅行記に耳を傾けてみよう。おおよそ140年前の明治初期に、西洋諸国を当時の役人や留学生まで含めた混成チームの岩倉使節団が見聞した貴重な記録です。原本は歴史学者の書記官が書いた見聞記ですが間違いも大いに指摘された本。そのことは、仏文学は中世、狐物語の専門家で幕末明治維新史にも造詣が深いF先生がよく筆者に語っていたことでした。『米欧回覧実記』の現代語訳 第1巻 アメリカ編(編著者 : 久米邦武 訳注者[水澤 周 企画 : 米欧亜回覧の会 発行者:坂上 弘 発行所:慶應義塾大学出版会 2005年5月刊)からの引用。


ニューヨーク市の記

ニューヨークはハドソン河口を挟んで向こう岸、ロングアイランドのブルックリンと相対している。ともにニューヨーク州の商業都市である。ニューヨーク市は合衆国第一の都市であり、ブルックリン市は第三の都市である。ともに海洋への港として繁盛している。中略。
ニューヨーク市は北緯40度42分3秒、西経74度3秒に位置している。東は川を隔ててブルックリン市に対しおり、西はハドソン川を隔ててジャージーシティと向き合っている半島の形をした土地にある。独立の時すでに人口1万5、000の都市であった。この時は全州が一致してイギリスと対抗したが、イギリス人はボストン人を憎んでニューヨークの繁盛に期待を持ち、これを懐柔しようと試みた。しかし、市民はあえてそれに従わなかった。これによってもニューヨークの繁華はすでに久しいことがわかるであろう。いまは人口94万2、292人、対岸のブルックリンとあわせれば134万人に及ぶ。その他対岸諸都市や滞留者を入れると200万都市とも称されている。
この市の貿易の盛んなことは、イギリスのロンドン以外には比類がない。年間輸出入額は7億ドルを下らず、東は大西洋をわたって欧州と貿易、南はパナマと往来している。内陸に対してはハドソン川から運河によってバッファローと連絡し、五大州の海運が集散している。米国貿易の中心と言えよう。

2013/06/17

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 5 JFK国際空港 

baggage claim areaから荷物を引き上げてJFK国際空港から外へ出ました。最初の印象は日本より暑い、でした。筆者はこの季節には来たことがなかったことと、この国際空港に降りたったのも本当に久し振りでしたので、空港内外をキョロキョしたりとまるで“おのぼりさん“ような振る舞いでした。しかし、大分前になりますが、黒い帽子に眼鏡、長顎髭、黒いスーツと一目でわかるいでたちのユダヤ人集団に出くわしたことは特に印象に残っています。今思い出しても異様な光景でした。
さて、タクシーかシティーバスのどちらの輸送機関で(もちろん鉄道の選択肢もありましたが、スムーズに行けることを優先しました)タイムズスクウェアのホテルに向かうか迷いましたが、タクシーを使うことにしました。料金を水増しされないように気をつけてタクシー乗り場へ。タクシー案内係の黒人の女性がイェローキャブを案内してくれました。タクシードライバーに乗車料金はいくらか確認したら、料金表はこうだと言わんばかりにタクシー業界が出しているパンフレットを差し出されました。58ドルプラスアルファ。

2013/06/15

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 4 JFK国際空港内 

JFK国際空港に到着。快晴、気温23℃。飛行機から空港へ降り立つと、入国審査が待っていました。予め分かっていたことですが、入国審査は意外と時間がかかりました。こんなにも長蛇の列に並ばないといけないと考えると些か憂鬱でした。ボストンマラソンでの悲劇があったばかりで当局も入国審査にはより厳しくあたっているようです。少なくとも筆者にはそう映りました。100人以上が整理係りの係官の指示に従って10個所以上ある入国審査のゲートへ。ほら、次はあなた、黒人の係官から声をかけられ、混雑していたのか臨時に自国人用のゲートに通されました。入国審査は家人も一緒に受けます。まずはパスポートの提示、照合、手のひら、親指の指紋までとられて身体検査終了。

What have you come here for ?
I've come here to attend my son's university graduation ceremony of city university of New York and so on.

言い終わるとすぐに入国審査は終了しました。家人が今なんと言ったの、と。大学卒業式に出席とね。
すると家人がへえーと感心した様子でした。

2013/06/13

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 3 ニューヨークへ行く飛行機内                             

苦痛と忍耐の12時間フライトの残り1時間にさしかかると、3回目の食事。飛行軌跡はカナダとアメリカの国境上空を指していました。現地時間で朝5時半頃、もう食事は出ないのかなと家人が呟いていた矢先に食事が運ばれました。チャーハン、焼き魚の鯖がメイン。焼き魚が機内食に出るのは珍しいかも。寝たのか寝なかったのかモヤモヤの中での食事、快適と興奮の渦の中でと書きたいところでしたが、実際はまたビール(無料!)を飲んで寝たい心境でした。やがて眼下には海岸線が見え始め、飛行機は着陸態勢に入り低空、旋回を繰り返しています。初めて来た四半世紀以上前以上前には眼下にマンハッタン島の摩天楼と碁盤の目の道路が夕陽に映え、オレンジ色に輝いていました。それは遥か1万キロ離れた日本からの旅人を感動させずにはおかなかった光景でした。

2013/06/10

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 2 機内食の話など 

機内食はニューヨークに到着するまで3回、1回目は羽田空港を発って1時間位で出ました。羽田空港国際線ターミナルのラウンジで軽く朝食を食べた後でしたので、食べられるかなと心配していました。家人は何しろ初体験、筆者の心配をよそに和洋他取り混ぜ盛りだくさんの朝食をあっという間にペロリと平らげてしまいました。これには旅なれてる筆者もサプライズ。機内食を写真に収めておけば良かったと後悔しております。機内食は多種多様でどこのエアラインズも有名シェフに依頼して作らせているようで力がこもっていますが、なかなかこれは美味いと唸らせるメニューに出会わないのも不思議なような気がします。機内食ではすっかり有名な言葉、「chicken or beef ? 」 さすがに最近ではメニューにバラエティーさが増したようです。その後飛行時間を気にしながら、映画を観たりしてはまた眠るという行動を繰り返すことしきり。座席手前のモニターで飛行経路を確認すると、アラスカ辺りに差し掛かり、2回目の軽い食事が供されました。こぢんまりしたハンバーガーです。飲み物はオレンジジュース、コーヒー、ミルク、お茶などチョイスできます。筆者はコーヒー、家人はオレンジジュースをチョイスしました。コーヒーはなるほど以前より美味くなっていました。有名な有機農園のものを使用しているとはアメリカン航空の話。オレンジジュースはさすがに本場もの、濃さが違います。エコノミークラスの後方左側二人掛けの座席で窓の外も眺められて快適と思ったのも束の間、前の席の中年のアメリカ人が座席を後ろに倒したからたまりません。特に食事のときは狭苦しく苦痛でした。

2013/06/08

超人のニューヨーク訪問記 2013年初夏 1 旅のはじめに 

拝啓 日本では梅雨入りの季節ですが、H君はいかがお過ごしですか?
ニューヨークは日本みたいに梅雨がないので、一気に夏到来といった感じです。しかも5月27日のメモリアル デーからの週は、前週の涼しさとは打って変わって真夏日の華氏88度の暑い日が続いています。ニューヨークに住んだことのある人たちは異口同音にたまにものすごく暑くなる猛暑日があると言っています。それにしても日本を早朝の3時に起きて、7時前のアメリカン航空機に乗り込み、12時間のフライトは時差をも考慮すれば体調の調整がいかに大事かを身にしみて分かるというものです。というのは、実際に家人がこの事実にまんまと引っかかってしまったからです。もちろんフライト中のコンディションが悪い状態のなかでもとにかく睡眠に当てることが大事であることと分かっていてもです。これは海外旅行を経験した人たち誰もが克服しなければならない問題です。海外旅行のイロハ、最初に出くわす問題です。家人は海外旅行初体験者、ごく当然のように最初の洗礼を受けたのです。これから少し長いですが道中記を書いてみようと思います。

2013/06/05

超人の面白ラーメン紀行 172 MOMOFUKU NOODLE BAR IN NEW YORK CITY

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ラーメンを食べにニューヨークのラーメンブームの仕掛け人、『MOMOFUKU NOODLE BAR』へ海を越えて出かけた。ニューヨーク大学のあるユニオン・スクウェアから徒歩12、3分、イースト・ビレッジ 1番街にあった。ニューヨークには以前からサッポロラーメンやその他の日本のラーメン店、韓国やベトナム人がつくるラーメン店などがあったが、いずれも異国情緒的で実質的には異質な物ばかりだった。が、その後アメリカ人の健康志向が盛んになったせいもあって、寿司や刺身、天ぷらから豆腐、納豆そしてコンニャクといった日本食がアメリカでブームになり、そば、うどん他の日本食(弁当、焼き鳥、お茶など)もまた、そのあとの本格的なラーメンの到来を促したようだ。今までと違ったラーメンが人気に。ヌーボー・ラーメンの登場である。アメリカ人がつくり、アメリカ人が食べるラーメン店だ。日本人がハンバーガーをつくり、日本人が食べるハンバーガー店のようなものと考えれば納得が行くはず。要はラーメンも国際化して地球に住む皆が食べられるようになったのだ。日本の食文化の輸出と言えば大袈裟だろうか。ヌーボー・ラーメンがニューヨーカーに受け入れられたのはここ7、8年、新しいニューヨークスタイルの食文化として定着するのかも。その先駆がけとなった店がここだ。シェフ兼店主は韓国系アメリカ人だそうで日本でラーメン修行を積んだ人らしい。また、経営者はアメリカ人やオーストラリア人とも聞くが真相は解らない。これはこのイースト・ビレッジのラーメン店で働いたあるいは現に働いている人の話。
ラーメン店には似つかないほど店のエントランスは透明感に溢れていてモダン、ガラス張りと言ってしまえばそれまでだがうまく機能している。他の店にはない斬新さがある。東京の青山や渋谷あたりにあるオシャレなブティックのウインドーみたい。また、機能性とシンメトリーの空間処理の見事さは入ってすぐに見て取れた。ドーンと木製の細長いカウンターを手前に、奥に木製のカウンターを50センチ位右側客寄りにズラして平行に配し、ほぼ真ん中で仕切りして食の分担作業のスムーズ化に成功。作る人、オーダーを取り配膳する人の分業が成り立つように出来ている。右側にはテーブルの大と小、メニューは左側手前、入口の黒板3つに右側にもチョークでぎっしりと書かれていた。薄茶、黒、白の組み合わせもまた、いい。店主のアイデア、コンセプトとデザイナーのコンビネーションの勝利か、何しろコンテンポラリーでクールなのだ。西と東の融合した、言わば、無国籍な様式美。日本人でない人が創造した現代のジャパニーズフード・カルチャーが色彩、形式よろしく行き渡っている。

Momofuku2ncm_0754_3 Momofuku6ncm_0750_3 Momofuku5ncm_0751_2 Momofuku6ncm_0752_2 さて、ここの看板メニューのモモフクラーメン(16ドル!)を食べた。昔ながらのあっさり醤油系、しかも透明感があって、多少欲張っている感じのする一杯。スープは日本の食材がなかなか手に入らないので、ベーコンを煮込んで作ったものらしいが、中細麺に絡んで美味。濃いめの醤油の色合いを期待したが削ぎ落とされている感じだった。イタリアン、アイバンラーメン風。アイバンラーメンの店主は(もともとニューヨークでシェフをやっていた人で世田谷にラーメン店2店舗を展開中)去年ここでコラボし、手応えを感じて目下ニューヨークに支店を出すべく物色中とか。
話は多少逸れた。アメリカ人に合わせた感じのするラージサイズの白色のどんぶりに、半分程度に盛られたラーメンだが、色合い、配置とサプライズの3拍子揃ったモモフクラーメン、ノリ、メンマ、ネギ、ナルト、温泉タマゴそれにサプライズの白菜のつけものまでトッピングした、ローリング・ラーメンといった感じ。特に白菜のつけものがスープや麺とコラボしたときなどは食感がこれまたいい。塩辛さの加減もまあまあ。こんな取り合わせもあるのだと感心した。崩しに崩したチャーシューは柔らかだがこれは崩さない方がチャーシュー本来の味がもっと楽しめるはず。ノリの入れるタイミングがずれたのか、パリパリ感がなく少し湿っていた。これは湯気でやられたようだ。温泉タマゴを真ん中から割って食べれば良かったと後悔するも後の祭り、ただ単に割ってスープや麺などの二度楽しみを味わっただけ。タマゴを割る前と後のー。筆者的にはやはりゆで卵のシンプルなのがいい。ネギやメンマは多少工夫が必要かも。全体的には研ぎ澄まされたラーメン、進化したラーメンの部類に入るはずだ。人によっては物足りなさを感じるかもしれないが、これはこれで完結しているようだ。
『一風堂』、『MISOYA』、『せたが屋』、『寺川ラーメン』、『めんくいーてい』、『くぼや』、『みんか』などが凌ぎを削るラーメン激戦区のイースト・ビレッジにあっては隣の芝生は青く見えるが、肝心なのは切磋琢磨してラーメンの質をあげることだろう。

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さて、客層は?これが若い男女の溜まり場的存在みたいで、店はそういう人たちでムンムンしていた。若い人たちにラーメンが受ければ将来性はあるかも。カウンター端にはぽつりと年配の夫婦もいたが。厨房もまた、活気で溢れていた。この人数を捌くには並大抵ではないはず。アメリカン、メキシカン、コリアンなど顔ぶれは様々、麺捌きにテンヤワンヤ、一方客は客で入口近くで立ったままペチャクチャペチャクチャ、土曜ならでの楽しみ方の風景なのかも。急いで付け加えると、柔らかいチャーシューをはさんで食べるサイドメニューも充実している。価格は決して安くない。読者諸氏もたまには海を飛び越えて食べに行かれてはいかが。一見の価値はあるはず。

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下記はメニューの一部。

momofuku noodle bar

Dinner Menu-June 1. 2013

daily
Brisket Buns-horseradish, pickled red onion,cucumber Chilled Fish Ramen-smoked pike, pickled ramps, chive

Buns
Pork-hoisin, scallion,cucumber
Shrimp-spicy mayo, pickled red onion,iceberg Shiitake-hoisin.scallion,cucumber

bowels
Momofuku Ramen-pork belly, pork shoulder, poached egg Spicy Miso Ramen-smoked chicken, Swiss chard, sesame Ginger Scallion Noodle-pickled shiitake, cucumber cabbege Chilled Spicy Noodle-Sichuan sausage, spinach, cashews

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メニュー全体はこちら。店から頂いたもの。
「20130611102407.pdf」をダウンロード

付記。ニューヨークのいくつかの大学図書館や市立図書館を訪ねる機会があったが、司書の女性たちは筆者が持参したラー博の英文パンフレットに皆さん興味津々、中にはラー博に行ってきた女性司書もいた。『モモフク ヌードル バー』や『一風堂ニューヨーク店』は2時間位待つらしく、みなさん食べるのに大変とこぼしていた。

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