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2013/02/03

クロカル超人が行く 172 世田谷文学館『帰ってきた寺山修司』展鑑賞

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし見捨つるほどの祖国はありや

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演劇実験室「天井桟敷」主宰者で、歌人、詩人、戯曲家、小説家、エッセイスト、謂わば、感性の大魔神と呼ぶに相応しい寺山修司の展覧会が、昨日から世田谷文学館で開催されている。
だらけ気味の休日を抜け出し世田谷文学館へ出向いた。

百年たったら帰っておいで  百年たてばその意味がわかる

『家出のすすめ』や『書を捨てよ、町へ出よう』の超有名なエッセーは一世を風靡、作者の寺山修司は1960、1970年代を疾走して47才の若さで亡くなった。今年は彼の没後30年、それを記念しての開催。題して『帰ってきた寺山修司』。

むせぶごとく萌ゆる雑木の林にて友よ多喜二の詩を口ずさめ

生い立ち→俳句→短歌→詩→手紙→九絛今日子氏製作によるビデオなど1時間15分、Terayama worldを堪能した。ホテルのドアに掛けてある紙片"Do not disturb"のコレクションは見事、夥しいハガキなどは寺山の筆まめさの証拠、それにユーモアさえ感じる個性的な筆跡が魅力的。圧巻は横尾忠則が描いた「天井桟敷」のポスター(1967年)、また、元妻九絛今日子氏の言葉にホロリ。あんなにエネルギッシュに仕事をしていた人なのに、そんな中でわたしは何していたんでしょうね・・・。

時には母のない子のように

と唄うカルメンマキがいるようだった。

便所より
青森見えて
啄木忌


寺山修司は政治の季節の寵児だった、青春の反抗、破壊、挑戦ー。
その頃筆者はどこに?

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