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2012/02/29

超人の面白、街の話題 15 閏年の2月29日に雪

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閏年の2月29日に首都圏は本格的な雪景色。もう春なのに真冬並みの寒さ。

どか雪に子らははしゃぎ春逃げる

バス停でいつ来るかと梅眺め

雪だるま嬉しさ悲しさ置き忘れ

2012/02/24

クロカル超人が行く 156 国立国会図書館企画展示『ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和』

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今国立国会図書館新館地下で『ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和』展が開催されている。
テレビやインターネットもない時代、雑誌は貴重なメディアでした。中略。本展示会は、国立国会図書館の膨大な蔵書の中から、ビジュアル表現が特徴的な雑誌を集め、大衆文化を縦糸に、印刷技術を横糸に構成しましたとはこの展示会のパンフレット。

国立国会図書館新館入口からすぐに地下に向かった。受付があって、周りには展示関連のペーパーが置いてある。受付嬢(?)から簡単な案内パンフレットとアンケート用紙をいただき、順路を右から辿った。雑誌の最新号→第一部、ビジュアル雑誌を支えた印刷技術→第二部、ビジュアル雑誌の展開→①災害、風俗画報、関東大震災画報→②画報、近事画報、国際写真新聞など→③戦争、日露戦争実記、写真週報など→年表とこぼれ話→④人、日清戦争実記、美観画報など→⑤ファッション、ル・シャルマン、an-anなど→⑥子ども、少年世界、コドモノクニなど→⑦美術、明星、エポックなど→写真、アサヒカメラ、光画など→第三部、あの人気雑誌の創刊号、週刊ポスト、女性自身、モーターマガジン、なかよしなど→体験コーナー(ルーペで雑誌を見てみよう)そしてPCコーナー(国立国会図書館がHPで公開している電子展示会。ここはスキップ!)と全部あたっても小一時間もかからなかった。小規模な展示会だ。印刷技術のコーナーでは急いでおさらいやら知識の新たな詰め込みも。しかし、やはりここは印刷技術の実践もほしいところ。災害コーナーでは「風俗画報」に掲載された明治の三陸海岸大津波の絵が目を見張った。近事画報はあったが、日露戦争従軍記事が連載されている雑誌(確か作家国木田独歩の弟が発行人の)を探したがなかった。残念!美術コーナーでは「国華」が目を引いた。
それにしても待ち合わせしていたG氏がまだ来ないのだ。仕方なくブレークコーナーに置いてあった「芸術新潮」を捲った。リトアニア出身のユダヤ系アメリカ人の画家ベン・シャールの特集記事を福島県立美術館学芸員の荒木氏が書いている。昔見た記憶があるが忘れた。このベン・シャールの絵には社会に対する反骨の精神が独特なタッチで描かれていて面白い。特にアメリカでの冤罪事件から題材に取り上げたものも少なくない。ついつい読み耽ってしまった。読み終わる寸前にG氏から携帯電話。彼の声は殊の外低かった…。国会図書館の時計はすでに午後6時半、疎らになりかけた館内から外に出た。春間近の永田町から急いで有楽町線に乗った。

尚、この展示会は3月2日(金)まで開催しその後国立国会図書館 関西館 大会議室で3月9日(金)〜28日(水)まで開催。地下のアートスペースは狭いがそれを凌ぐ職員のこの展示にかける情熱があるとは、1時間後に別な場所で会ったG氏の弁。
簡単な展示会案内記事はこちら(国会図書館作成のパンフレットから)→「visual_ndl2012.pdf」をダウンロード


2012/02/22

超人のドキッとする絵画 18 ムンクの『叫び』

来年はノルウェーの画家ムンクの生誕150年。サザンビーズは今年5月にムンクの『叫び』をニューヨークのオークションにかけると発表。マスコミの報道によれば、ムンクの『叫び』が64億円以上で落札される見通しらしい。ムンクの生誕150年にあわせて新美術館を建設する予定で、実業家であるムンクの友人の息子がその資金にと手放したらしい。
追記。この絵、絵画史上最高値の96億円で落札されたらしい。(2012.5.4)

2012/02/20

超人の面白、街の話題 14 雪に覆われた車の中で2ヵ月、40代のスウェーデン人を救出

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雪に覆われた車の中で2ヵ月、40代のスウェーデン人を救出

下記はスウェーデンの英字紙「The Local」紙の電子版から。

Published: 18 Feb 12 09:42 CET
Swede saved after months in snowed-in car

The man, who is from southern Sweden, was found on Friday in his vehicle parked on a forest track near the northern town of Umeå, according to a report in the local Västerbottens-Kuriren (VK) daily.
"Absolutely incredible that he is alive, in part considering that he hasn't had any food, but also bearing in mind that it was really cold for a while there after Christmas," a member of the emergency services told the newspaper.
How the man managed to get stranded at the end of the forest track and how he remained undiscovered for such an extended period of time remains a mystery.
The man, who is reported to have been seriously emaciated and barely able to speak or move when he was finally freed from his snowy lair, was discovered by a pair out snowmobiling.
The men spotted the seemingly abandoned vehicle, cleared some of the snow and peered in to find to their surprise that there was a person moving around inside, according to the VK report.
They called the emergency services and the police snowmobile search and rescue team and an ambulance were dispatched to the scene.
According to the attendant medical staff, it is estimated that he had been in the vehicle for around two months, the time period accepted as the limit for a human to be able to survive without food.
The man is now recovering from his ordeal in intensive care at Umeå University Hospital.
While mystery surrounds the man's plight, it has been concluded that he was able to remain alive due to the plentiful supply of snow embracing his vehicle.

Peter Vinthagen Simpson
news@thelocal.se
+46 8 656 6518

2012/02/18

超人の面白、街の話題 13 駅ホームでの人身事故ほか

今朝通勤時間にいろいろなことが起きた。偶然でも度重なると怖い。まず京葉線京浜幕張駅で人身事故、中央線では武蔵境で車両点検、東横線、京浜東北線では東神奈川駅でいずれも車両点検、人が線路内に立ち入り等々で運転見合わせや遅延が起きていた。ほぼ毎日のように何らかの形で事故や遅延等が起きている首都圏の交通網。過密ダイヤの歪み?駅ホームの安全管理の不徹底?開かずの踏切問題?運転手の判断ミス?欝的人間の仕業?といろいろな原因が考えられる。速くて快適その上パンクチュアルに動く日本の電車運行は几帳面な日本人の心性を反映していることは確かだ。筆者が気がかりなのは、このところ小岩、市川界隈で人身事故が多発している現象だ。その度に電車は途中駅で止まり、挙句にはその駅で電車を乗り換えて目的地まで行かなければならなくなるのだ。今や自殺者が3万人以上出ている日本、健全なる社会環境が崩れてきている兆候かそれとももっと進んだ歪んだ社会になってしまったということか。
具体策は一部の駅で実施しているが、駅ホームの安全柵の設置だろう。いろいろな人が行き交う駅ホームは危険と隣り合わせの場所でもあるのだ。急激に少子高齢化が進んでいる社会では安全対策上一日も早い実施が求められている。また人身事故と聞くたびにその原因が何であれ胸が痛む。遺族の方は相当額の賠償金を鉄道会社に払わなければならない。その代償は重い。何とも気の毒な話だが極めて現実的なのだ。できれば回避したいが…。危機一髪で救助した美談も聞くが極めて稀だ。

追記。只今午後9時37分、戸塚駅付近で人身事故が発生。事故処理にあと50分位かかるらしい。もう30分以上電車が動かないでいる。この間も戸塚駅で異音云々で電車が遅れたばかり。あちこちで事故が絶えない。午前中のニュースでは東名高速で車の衝突、いやはや危険が一杯だが身の安全を考えざるを得ない。
それにしてもやっと春らしい陽気になったばかりの夜に待ちくたびれてしまうとは―!あーあ。(2012.3.22)
追記2。待っている間に携帯ニュースを視ていたら、もちろん今の事故を伝えていたけれども、驚くなかれ、またまた新小岩駅で人身事故だと。どうなってるの? この記事を書いてからまだ1ヶ月ちょい、緊張感が足りない、いや、自殺?わかんないや、 これでまた大地震が来たら大変や、と書いていたら運転再開のアナウンス。約1時間半ここにいたことになる。
追記3。またまた今度は高崎線で9時20頃に人身事故、これで今夜だけでも横須賀線・総武線、高崎線で3つの人身事故だ! 本当にどうなってんの?
追記3。昨夕は市川駅で人身事故、今朝はまた小岩駅で障害物落下?でダイヤが乱れた。東急線では40代の弁護士が駅のベンチから歩いて乗車しようとしたら落下、電車に挟まれて死亡との痛々しい事故が続いている。駅ホームの安全柵のいち早い設置が望まれる。(2012.3.30)

追記4。1時間ほど前のある駅ホームでの出来事だった。乗車しようとした20代(?)の女性がホームと電車の間にスルッと落ちて、一瞬あわやの惨事かと思われたが、両手に荷物を持っていたため胴体が残り自力ではい上がって無事だった。筆者のごく近くで起きた出来事だった。恐らく足下をきちっと見ないで電車に乗り込もうとして起きたのだ。彼女は無事乗車できたが片方の靴が線路脇に落ちたままだった。何より無事で良かった。
Watch your step !(2012.4.11 記)

追記5。またまた戸塚駅上りホームの東海道線東京行きの社内で事故が発生。体格のいい中年男性が仰向けに倒れ、開放中だった。意識がない?とJR職員。まもなく搬出が始まり救急車が駆け付けた。この間約10分。電車は搬出後発車。約12、3分の遅れだった。果たしてこの男性は無事だろうか。回復を祈るばかりだ。ここ3日間30℃を超える猛暑、今日も暑くなりそう。体調管理には気をつけなければ。(2012.7.19)

2012/02/13

超人の面白映画鑑賞 ベルイマン監督 『不良少女モニカ』

超人の面白映画鑑賞ベルイマン監督『不良少女モニカ』

イングマール・ベルイマン監督の1953年作品『不良少女モニカ』(原題: Sommaren med Monika)を図書館所蔵のレーザーディスク版で観た。つい先だって見に行ったマルチメディアによるベルイマン展示会のしおりを読んでいるうちに、この際にできる限りの作品を観てみようと考えたのだ。もちろん昔観た映画が全く忘れていたり、その時は気が進まなかったりとスキップした映画もあったからだ。
『不良少女モニカ』は日本でいえば昭和28年制作の映画で白黒、ストックホルム南部の労働街で働く若い男女の一夏の“大人ごっこ”が主テーマ。上映時間92分。さりげない日常に反抗して一時の夢を見て行動するが、結局更に重い日常に連れ戻されて行く格好。

映画は春の兆しが見える、どんよりとした空の下小さな船着場を写し出すところから始まる。ハリーはストックホルム南部の労働街の陶磁器会社で配達係として働く真面目そうな19歳、一方、タバコをくゆらし、一見男慣れしているように見えるモニカも八百屋で働く17歳、二人はカフェで知り合う。貧乏人の子だくさんで粗暴な父親が嫌いなモニカと気弱そうなハリーはお互いに家庭の不満などで共感、恋に発展していく。ハリーは奔放で野生味のあるモニカに、モニカは実直なハリーに惹かれていつかは一緒に暮らしたいと思っている。モニカは銀婚式の日に酔った父親が暴力を振るったことで家出をする。ハリーは同情し、父が病気で留守の間家事を手伝っている伯母に、体のいい理由を語り寝袋他を運び出して父のボートで暮らし始める。ストックホルム郊外の二人の船上での暮らしは享楽的。やがて妊娠するが、途中嫉妬心の強い仲間にボートに火をつけられる事件も起きるが打ち勝つ。そんな開放的享楽的な暮らしでは食糧も底をつく。モニカは別荘に入り肉塊の盗みを働くが、モニカの危険を顧みない行動に比べて臆病者のハリーに対してモニカが怒りをぶちまけ、二人の関係がまずくなる。
子どもができる前にハリーの伯母が取り持ち結婚する。ハリーはエンジニアを目指し家庭を守るためにも工場で懸命に働く。すぐに長女が誕生、しかしモニカは赤ん坊と貧乏な生活に耐え切れず昔の仲間と浮気してしまう。それを出張帰りに目撃したハリーはモニカと別れる。季節は楽しかった夏が過ぎ落ち葉が舞い落ちる初冬にさしかかっていた。ハリーは子どもを引き取り新たな生活をめざす決心をする。映画はここで終わる。以上があらすじ。

この青春映画の原作はペル・アンデルス・フォゲルストレームの短編小説。主演は新人のハリエット・アンデション、ラルス・エクボルイの二人。特にハリエット・アンデションの野生味溢れる体当たり的な演技が光っている。ものの本によれば、この時ベルイマンも私生活では二度の離婚で子どもを養わなければならなかったので生活は苦しかったらしい。
ハリエット・アンデションの体当たりで新鮮な演技には目を見張るものがあるが、特に海辺で陽をたっぷり浴びようと裸でくつろぐシーンは開放的と同時に、自由奔放さを感じさせる。若者の反抗とも受け取れる。

みんな幸せなのにどうして私たちは幸せではないのとモニカの台詞、肉塊を盗み森の中で噛りつくシーン、また、ラストシーン近くでハリーの伯母が家財道具を引き払う時に少しでも高く買ってもらう交渉をしているシーン、そしてラストシーン。ハリーが以前働いた店の前を通り、鏡に写る自分の顔を見て思いの外老けたことに気づくシーンなどが印象に残った。しかし前述したがベルイマン自身の私生活にせよ、映画芸術にかける意気込みにせよ、この同時の心境が反映しているのは確かだ。それを青春映画に投影したのだ。フランスのヌーベルバーグの旗手たち、とりわけトリフオーに影響を与えた映画。

こう書き終えて、さりげなく易しいスウェーデン語が謳い文句の新聞の電子版に目を通していたら、今年は(2012年)ベルイマン自身も大分影響を受けた「アウグスト・ストリンドベリィ年」とその文化欄は報じていた。そう言えば、ベルイマンの卒論はストリンドベリィだった…。

【写真:『ベルイマンを読む』より】


2012/02/10

クロカル超人が行く 155 六本木 スウェーデン大使館 イングマール・ベルイマン展示会『難題を投げかけた男』

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イングマール・ベルイマンの映画人生をマルチメディアを駆使して紹介した「The man who asked hard questions 難題を投げかけた男」を観に出かけた。生憎小雨だったがこの時期としては珍しく気温は17度。スウェーデン大使館には本の即売会を見に行って以来13年振り、周りは新たな高層マンションが立ち並び、様相が一変していた。その昔は確か二階建ての古い人家もあった地域と記憶しているが…。六本木1丁目の地下鉄駅が出来て益々この界隈は便利になり居住空間が更に機能的に拡大したか―。

マルチメディアを駆使したイングマール・ベルイマン展、開催日二日目は静かそのもの、誰も見学者はいなかった。大使館員が展示会場を写真に撮っていた。約40分位いたか、会場の脇のホールではスウェーデン刺繍の講演会があった様子、女性たちが聴講していた(そっとドア沿いにのぞいた感じだが)。

そのマルチメディア展。狭い空間にモノトーンの曲線美、あたかもコンテンポラリーアートを見ているよう、いかにも北欧デザインの“今 ”を視た感じだ。しかもリーズナブルに出来ている。近く「ベルイマン・アイランド」の映画を観にまた行くつもりなので寸評はここまで。“立て看板”の英文を読んで興味を引いた言葉。

Working in film is an intesely erotic business.

2012/02/08

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 47 余滴 続々

ラテン語の章ではベルイマンの『もだえ』にも授業は厳格だが私生活は乱れた、二重人格のラテン語教師が登場していたが(ベルイマン自身の高校時代の実体験に基づいているらしく、大分憎たらしく描いていた)、著者のギリシャ語・ラテン語の教師でクラス担当のボッケン先生の描写はこれまた観察が鋭く、ユーモラスかつペーソス的だ。笑えるようで実は笑えない。それは厳しいが優しさも持ち合わせた教師のキョウジというものだろうか。日本も戦前はドイツ風の教育が幅を利かせていて、特に旧制高等学校はその典型だった。古典語の教養は筆者には未だに身についていないがイギリスの文芸評論家ジョージ・スタイナーの本を繙けば一目瞭然だ。それはヨーロッパの文化風土に根ざした古き良き伝統だろう。筆者は岩波文庫あたりでその古代ギリシャやローマの文芸を本の少しだけしか知るよしもないが、著者のラテン語の話に刺激され、ホラチウスの作品を読みたいと思い図書館から借り出したのだ。日本でこれだけ本が溢れているのにホラチウス全集が一つだけしか刊行されていない。日本の文化風土が分かるというものだ。もちろん需要がないのも知れないから当然と言えば当然だとも思うのだが。日本語は言語構造がギリシャ語やラテン語とかけ離れているから習得がなかなか難しい。著者的な古典的教養はどこで身につけられるか。人文学の伝統のあるヨーロッパと日本は文化的風土が違い過ぎるか。しかしトーマス・トランストロンメル氏は日本の芭蕉や子規の俳句にも影響を受けていることは知られている。その三行詩は1950年代後半から作句し続け、一旦離れるが、脳梗塞で倒れた1990年代から再び短詩を作り始めている。この『わが回想』の直後からか。
 
さて、韻律の話。日本語は原則的に母音の長短がなく子音の豊富さにおいてもヨーロッパ諸語に比べて乏しく、抑揚も平坦な言語だ。詩の頭律や押韻が成立しにくいが、その代わり字数を制限して楽しむ文芸、短歌や俳句が昔から盛んだ。これは著者を刺激した。既存のコンテキストに異なるイメージあるいは新たなイメージを挿入して透明性の高い次元を創り出す。

古池や蛙飛び込む水の音

芭蕉

 以前にこのコラムでも言及したが、この有名な一句にして解釈が異なり、一冊の本が出来上がるくらいだ。

韻律、韻律。先ほど書いたが、日本語はこの点難があるようだ。かつてフランス文学の先達(加藤周一、中村慎一郎、福永武彦、窪田啓作や原條あき子など)らが、『マチネ・ポエテック1948 』を発表、日本語による韻律詩の実験詩を書いたことがあった。また、法律家で詩人の中村稔氏はこの実験を続けている数少ない詩人である。
トーマス・トランストロンメル氏はホラチウスやギリシャのサッフォーに倣って古典的な詩を書いた。

卒然と 旅人の前に立つ かの老いた
巨大な樫、さながら石と化した大鹿
果てしなく拡がる枝角を 九月の海の
暗緑の砦の前に
(『17の詩』1954年)
エイコ・デューク訳『悲しみのゴンドラ』(思潮社 2011年10月刊)P.89より

サッフォー的な韻律と訳者が言及しているが、当然原語に当たらないと分からない(筆者も原語から訳出を試みた)。
同じページからこの『わが回想』の余滴終了に相応しい文章を引用しよう。

中世以来の文学伝統の濃い高校で詩への接触を拡げ、自身試作を始めていた16歳の詩人は、ホラチウスの古典詩にも惹かれ、その韻律で詩を書いたのだった。伝統と新しい創作の独自な連鎖が見える。当時は高校文学にとって、類い稀な良き時代で、各校内誌に英才が輩出、「月桂冠への萌え」としてボニエル出版社がその特集を出していた。この若い詩才はたちまち注目され、詩集によるデビュー以前に非常な評価を得ている。

そして先週ノーベル賞委員会のウェブサイトの動画で2011年12月7日に行われたノーベル文学賞受賞講演を見た。車椅子のトーマス・トランストロンメル氏の表情に“静かな歓喜”に似たものを感得して感激、ピアノにも造詣深い詩人らしいセレモニーだった。
厳かの中にもハーモニーの美しい合唱、男優や女優による張りがあり抑揚の効いた詩の朗読、リストやシューベルトの室内楽演奏そして外国に翻訳された詩を朗読しかもその国の著名人の手で、その響きの多様、それは至上の悦びといったら当たるだろうか。終始穏やかに時折ハンカチを取り出して顔を拭うトーマス・トランストロンメル氏、上品で含羞に富んだモダニストの姿をそこに見た。バンケットスピーチはモニカ夫人、短くもクィーンズイングリッシュのきれいなこと、彼女のスピーチも感動的だった。

2011年ノーベル文学賞受賞講演はこちらのホームページで→http://www.nobelprize.org

追記 トーマス・トランストロンメル氏は2015年3月26日に死去していた。筆者は3ヶ月後にその死をネットで知ったのだ。不覚である。しかも自分のブログで彼の記事がランキングされているのにー。あーあ。ご冥福を祈る。合掌。

追記2 下記はスウェーデ゜ンの新聞『8 Sidor』のトーマス・トランストロンメル氏の死を伝えた記事。

Tomas Tranströmer är död.

Författaren Tomas Tranströmer är död.
Han blev 83 år gammal.
Han har varit sjuk en tid
och på torsdagen dog han.

2011 fick Tomas Tranströmer Nobelpriset.
Han fick priset för sina dikter.
Det är många som tycker om hans dikter.
De har översatts till mer än 60 språk.

Det är bara sju svenska författare
som fått Nobelpriset i litteratur.
Innan Tomas Tranströmer fick priset
var det 37 år sedan
någon från Sverige fick priset.
Då fick författarna Eyvind Johnson
och Harry Martinson
ta emot priset tillsammans.
2015 - 03 - 27

Tomas Tranströmer begravdes

Författaren Tomas Tranströmer
dog för ett tag sedan.
På tisdagen begravdes han
i Storkyrkan i Stockholm.

Tomas Tranströmer är en
av världens mest kända författare.
Han skrev dikter som lästes
i många av världens länder.
Han fick Nobelpriset i Litteratur
år 2011.

Många kända författare
var i Storkyrkan för att
ta farväl av Tomas Tranströmer.

– Han har betytt mycket
för svensk diktning.
Han är vår största diktare
efter Gunnar Ekelöf,
sade författaren Per Wästberg.

2015 - 04 - 29

2012/02/06

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 48 余滴 続

今一万分の一のストックホルムの市内地図を広げてトーマス・トランストロンメル氏の『わが回想』に出てくる地名などを記し、その足跡を追っている。もちろん戦前と現在では街の風景は変わっているに違いないが(行ったことがないので分からないが、テレビの映像やインターネットの動画で多少知っている程度。近い将来行ってみたいが)、地図上では公共の建物、駅名などはそんなに変化がないはずだが、通り名などは変化しているところもあるはずだ。また、イングマール・ベルイマン映画の『もだえ』は著者の学校がロケに使われた映画で、当時の学校生活の雰囲気を見事に活写しているだけでなく、その当時の学校周辺の建物なども写し出していて大変印象深かった。特にロケで使われた学校は、威厳がある建物、また、高台にあることも映像を通じて判った。

さて、この『わが回想』をページを追いながら実際に地図上を歩いてみよう。最初出てくるのは著者や母方の両親の住所、スウェーデンボリィ33番地、ブレーキンゲ通り、その後の転居先住所、フォルクンガ通り57番地、警察本部のあるクングスホルメン、ストックホルムのど真ん中で消えたところへトルイェット、家に帰る途中の橋ノルブロー 、旧市街ガムラスタンそしてスルッセンからセーデルへ、鉄道博物館のあるイエヴレ、国立歴史博物館通いでは路面電車でロスラグスツルまで、高台にある南ラテン中学校通勤は家からビョルンの庭園、イェート通りやヘーベリィ通りを通って行く、というように該当の地名を一つ一つ蛍光ペンで記しながら追ってみた。著者の行動範囲が判って面白かった。そして印象に残った二ヶ所―ストックホルムのど真ん中で迷って家に帰るところや南ラテン中学校通勤のところ―の距離を大雑把だが試しに測ってみたのだが、結果的には想像していたより長い距離ではなかった。テキストの地名を地図上で当たり、行動範囲を描き、点→線→面に到達していく過程の面白味を味わった。ついでにインターネットでストックホルムの現在の映像を見て、夜のスルッセン辺りを確認したのだ。それにしても周りは大小の島々という多島海である。余談だが、近代的な建物と古い建物が混在しているような街並みの中に緑色に染められた公園が多いことに気づくと同時に、病院も多く存在していることも地図で判った。

あまり裕福ではない友人の家に遊びに行ったときのトイレの話は大変印象的で、なぜかその場面が目に浮かぶくらい。戦前の話なのであり得るし、日本でも形態は違うが大なり小なり同じようなことはあったはずだ。貧富差が激しい時代は当然あり得た。今でこそトイレは衛生的かつ快適な空間、しかもデザインも優れているが、その昔は汲み取り式で田舎では畑に肥やしとして蒔いていたのだ。東京などの都会では役所の汲み取り車(正式な名称があるはずだが忘れた)が来ていたはず。この記事には筆者も驚いた。

悪魔祓いの件は筆者も若い自分に似たような体験したが奇妙なものだ。疲れたときによく出ると言われている“金縛り”の類だろうか。この情景描写も興味津々。

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