« 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 36 | トップページ | 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 38 »

2012/01/10

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 37

母は取り止めた。学校生活を通して私は2つの言葉―学校と家庭―を切り離して守ることに力点を置いた。もし2つの言葉がお互いに浸透しあったら家庭は乱されたと感じるはずだ。そうしたら私はもはや適当な逃げ場がなくなってしまうだろう。現在でさえ私は「家庭と学校の協力」のフレーズに何か同意できないものがあるのだ。私が実践した、分離した言葉を別々に保つことは私的生活と社会とを更にはっきりと区別し維持することにやがてなる(このことは左か右かの政治的傾向とは全く関係ないのだ)。学校生活全体は社会のイメージとして計画されているのだ。私の学校生活全体の経験は入り混じっていた。明るさより暗さの方だった。社会に対する私のイメージができあがったように(私たちは“社会”とは何かとよく訊ねたが)。教師と生徒の間の連絡はひどく個人的なものだ。個人的で重要な特徴が、クラスの雰囲気の中の多くの張り詰めた状況のために誇張されたのだ。個人的にはいいが乏しい私生活ではダメだ。私たちは教師たちの私生活について何も知らなかった。が、た
いていは学校の周りの通りに住んでいた。モッレが若い時にはフェザーライト級のボクサーだったといったように自然に噂が入ったきた。彼らはまともな証拠に辛うじて支えられていた。私たちはほとんど信用がなかった。私たちは何のドラマにもならない男、ほんとに目立たない2人の若い教師の信用できる情報を持っていた。その1人は貧しく夕方はレストランでピアノを弾いて自分のぎりぎりの給料で生活をしていた。もう1人はチェスのチャンピオンだった。彼は新聞に載った。
秋のある日モッレが授業に使うキノコ(筆者注 : Russula aerugina : ベニタケ属のクサイロハツというキノコ)を手に持って教室にやってきた。そして机の上にそのキノコを置いたのだ。彼の私生活を垣間見て解放された気分だったがショックも隠せなかった。私たちは今モッレがキノコを集めていることを知ったのだ。
教師たちの誰もが政治的な発言はしなかった。しかしときどき職員室では前例のない緊張が走っていた。第2次世界大戦がまたここでも戦わされていたのだ。多くの教師たちがナチに委ねられた。1944年の遅く1人の教師が職員室で叫んだという。「ヒットラーが倒れたら私たちも倒れるだろう」しかしながら彼は倒れなかった。私は後にドイツ語では彼を負かしたが。彼は見事に回復したので1946年のヘッセのノーベル賞を大はしゃぎしながら歓迎できた。
私は立派な生徒だったが一番ではなかった。生物は得意な科目だったはずだが、たいていの中学校には変わった生物担当の先生がいた。過去に彼はインクの染み付いた写しの本を持参したことがあった。彼は注意されてから静かな火山みたいになった。

« 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 36 | トップページ | 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 38 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 36 | トップページ | 超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 38 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31