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2011/11/22

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 19

もっと現実的な脅迫は避難だった。戦争の最初の年、計画は大都市の全ての児童の避難のためだった。母がシーツなどにインクで記しながら、トランストロンメルと名前を書いた。疑問が残るのは私が母親や彼女の学級と一緒に避難したのか、あるいはカタリーナ・ノッラの自分のクラスと一緒に避難したのかどうかだ。即ちR先生と一緒に強制移動させられたか。私は後者だと思っている。
私は避難を免れた。学校生活が続いたが、終わる日を待ち焦がれながらずっと過ごした。だから自分の最も関心あるものに没頭した。アフリカ、海底の世界、中世などだ。私がただ一つ興味を持ったのは壁図表で、それに夢中になった。そして私が一番幸せだったことは、使い古した段ボールの図表を持ち帰るため、店に担任のR先生と一緒に行ったことだ。そうして私は店内にある他のぶらさがっているものを覗いた。私は出来るだけ家で作ろうとしたのだ。
私の生活とクラスメイトの生活との重要な違いは父親がいなかったことだ。大部分離婚が本当に稀な労働者階層の出身だった。家庭の事情について特別に何も変化がなかったことを認めよう。私自身に対してさえなかった。否、もちろん、たとえ年に一度だけ会うことでも、父親はいたのだ(普段はクリスマスイブ)。私は父親を見逃さなかった。戦争中のある時期、父親は魚雷艇に乗っていて、私に楽しい手紙を送ってくれた。クラスでこの手紙をみんなで読むことが好きだったのに、その機会はやって来なかった。私はパニックの瞬間を忘れない。私が2日間学校を休んでいたときで、学校に戻ってから、ひとりのクラスメイトが、先生―担任のR先生ではない代用の先生―が、父親がいないからと言っていじめてはいけないとクラスのみんなに言ったことを教えてくれた。言い換えれば、クラスメイトは私に申し訳ない気持ちだった。私はパニックを起こした。私は本当におかしくなったのだ。で、ずっと遠く離れて喋ろうとしたが自分の顔が赤くなってしまった。
私は実際によそ者とみなされる危険を知っていた。自分がそうだと内心思っていたからだ。私は普通の子が持っていない興味に夢中になった。自主的に絵画クラスに入って、海底のシーンを描いた。魚、ウニ、蟹や貝だ。先生が私の絵はとても個性的と高々に指摘したからまた、パニックに陥ってしまった。私を不思議な少年といつも指摘したがっていた無神経な大人がいたのだ。クラスメイトたちは本当に耐えた。私は人気者でもいじめられっ子でもなかった。

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