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2011/10/31

超人の今注目の近刊書紹介『福島原発設置反対運動裁判資料』

ある小出版社から注目の出版物が刊行される。
安田純治(弁護士)・澤正宏(福島大学教授)編集・解説『福島原発設置反対運動裁判資料』(全3巻・B5判・上製・総約2400頁 予価157,500円 ISBN978-4-905388-44-9 C3332 ※限定出版)。
速報版のチラシから。
福島原発事故の原点を明らかにする第一級資料。3.11直後のメルトダウンは昭和50年当時すでに警告という形で発せられていた。福島原発設置許可取消訴訟の裁判記録が語る真実に迫る。すでに指摘されていた現在の事故内容の全て。貫かれた環境、生命尊重の主張、実証された人災、福島県民だけではなく、日本、世界の人々にも読んでほしい未来への警鐘となる資料。安全審査の杜撰さ、原告の距離分布図、燃料棒構造図、原子炉圧力容器構造図、放射性物質の危険性、原発停止時の放射性物質量、津波による原発事故の危険はないと断じた福島地裁判決などが書かれた訴状、最終準備書面や判決文。安田純治弁護士のライフワーク。
今注目の出版物だ。(追記。その後この出版物は2012年1月30日に刊行され、今はHPで書影や一部内容も見られ、日英語による概要、解説と解題の一部も読めるようだ)。詳細を知りたい方はこの出版社のサイトへアクセスされたい。http://www.crosscul.com

追記。NHKアーカイブス“原子力”を視た。原発の問題を1981年当時の映像を振り帰ることで現在の切実な問題を浮き彫りにした。これはある種の映像証言だ。シリーズ5回放送で、アメリカのスリーマイル島の原発事故の取材、もちろん福島原発の内部取材も行った、今となっていえば貴重な映像だ。全てをコントロールする中央制御室でのヒューマンエラー、そして問題は事故が決して起きないという安全神話、官が指導、一民間企業が担った国家プロジェクトの問題、壊れたスリーマイル島の原発の再稼働は2030年までかかる。
3.11直後に起きた今回の福島第一原発の事故は「想定外」という言葉の軽さを露呈した。あるテレビ番組で誰かが言っていたが、当の東電の一部長代理がいつも一人で大本営発表みたいな会見をしているが、果たしてこれでいいのかと。原子炉内部の底の周辺で今何が起きているのか、真相を正確に伝えてほしい。それにしてもこの国の危機的な有様が見えにくい。毎日新聞夕刊で評論家の柄谷行人が今こそデモを、議会制民主主義の形骸化から脱却してより直接訴える手段が大事と、かつての市井の哲学者久野収のことにも言及して反原発を訴えていた。(2011年11月6日 記)


2011/10/29

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 11

『博物館』

 小さい頃博物館に魅せられた。最初が自然史博物館。何と巨大、しかも奢侈で頑丈な建物のだろう。地面の上に剥製化された哺乳類のホール、その後ろのホールは、鳥がゴミの中に群がっていた。骨の匂いのするアーチ、そこには屋根から鯨が掛けられていた。それから1階上の階は化石や無脊椎動物…。
私はわずか5才頃に自然史博物館に連れて行かれた。入口で2頭の象の骨格が見学者を出迎えた。象の骨格はミラクルフルーツへの通路の護り神で、私に圧倒的な印象を与えた。私が大きなスケッチブックに象の絵を描いたほどだ。
 一時自然史博物館の見学者が途絶えた。私は骨格にひどく恐怖を感じる面を通り抜け始めた。最悪は北欧家庭百科の「男性」に関する最後の章で描かれている骨の形だった。しかし私の恐怖は一般的な骨格で、博物館の入口の象の骨格も含まれていた。自分で描いていてさえも怖くなった。だから自分でスケッチブックを開けるのができなかったのだ。
 私の関心は鉄道博物館に変わった。今日イエヴレの町の郊外は広大な住宅地で占められているが、博物館全体は、その当時に遡るとストックホルムの中心の右側、クラーラの地域の一部に組み込まれていた。一週間に二度祖父と私はセーデルから道を下って博物館を訪ねた。祖父自身モデル電車の虜にさせられたに違いない。一方、彼はたくさんの見学者に耐えられなかったはずだ。私たちは楽しい時を過ごそうと決めたときには、近くのストックホルム中央駅で仕上げたかった。実物大で汽車が蒸気で動いて入って来るのが見られるからだった。

2011/10/27

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 10

スウェーデン語の原著ではこの辺に写真が一葉挟み見込まれている。それは1933年ルンマレ、母の父、カール・ヘルメル、従兄のマルギットと一緒の母、ヘルミー、父、イエースタそして小さい頃の著者である。この写真には珍しく離婚前の父の姿がある。祖父は威厳ありげ、母は美人で優しそう、父は頼りなさそうな感じ、やんちゃな著者は砂遊びをしている。1933年といえば和暦で昭和8年、ヒットラードイツの台頭、日本でも軍部が強くなっていく時代。
写真のついでに少し「私訳」から離れて日本での紹介記事を見てみよう。

トーマス・トランストロンメルは早くから俳句を嗜んでいたことでも知られている。ここに詩誌『現代詩手帖』1999年9月号に載った俳句抄をエイコ・デューク編訳で拾ってみたい。

高圧線の幾すじ―
凍れる国に絃を張る
音楽圏の北の涯。

生きねばならぬわれら
細かく生え揃う草と
地中の嘲笑と。

つがいの蜻蛉
固く絡んだままの姿
揺らぎ揺らいで飛び去る。

『悲しみのゴンドラ』から

綴り違えたいのち―
うつくしさはなほ残る
刺青のように。

少年がミルクを飲み
おそれもなく眠る独房
石造りの子宮

『収監所』から

地の底深く
すべり動くわたしの魂
彗星のように音もなく。

絶望の壁……
行き交う鳩たち
顔は持たずに。

歩廊の情景。
なんと不思議なしずかさ―内面の声。

『大いなる謎』から

最初の3行だけスウェーデン語と英訳を記そう。

Kraftledningarna
spända i köldens rike
norr om all musik.

The power lines streched across the kingdom of frost
north of all music.

写実、諧謔、イメージの膨らみ、鮮烈そして凝縮、これが見事に
現れているのが17文字の世界、俳句である。その魅力に取りつかれたトーマス・トランストロンメル氏の詩群、短いながら鮮烈、その飛躍がまたいい。

2011/10/26

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 9

 1930年代の半ばのある日私はストックホルムのど真ん中で消えた。母と私は学校の演奏会に行っていた。入口のそばで押しつぶされて母と握っていた手を離してしまったのだ。人混みの中で何も手助けもなく流された。私は大分背が低かったから見つけられなかったのだ。ヘトルイエット(スウェーデン語Hötorget。“高い市場”の意。ヒュートルイェット)に暗闇が降りていた。身の危険を感じて私は入口に立っていた。私の周りに人集りができていたが彼らは自分のことしか考えていなかった。私は持ちこたえられなかった。死の経験をした最初だった。
 パニックが起きたあと、私は考え始めた。徒歩で家に帰れるだろう。絶対にできはずだ。私たちはバスでやって来た。いつものように座席に座って窓の外を眺めた。王宮が窓外に流れ去った。今しなければならないことは単純に同じようにして徒歩で引き返すことだった。バス停留所を一つ一つ。
 真っ直ぐに歩いた。長い間歩いているとわずか一ヶ所だけはっきりと覚えていた。ノルブロ―に着いて橋の下の水を眺めたのだ。ここでの交通量は多く、私はどうしても道路を横断できなかった。私の脇に立っていた一人の男性の方を振り向いた。「ここは混んでいますね」と私が言うと、彼は手をつないで横断してくれた。
 だがそれから彼は私を突き放した。小さな子どもが暗い夕方にストックホルムを一人でほっつき歩くこと、そのことがこの男性や見知らぬ大人たちには全く問題ないと思うような神経が私には分からない。しかしそれが流儀だった。旅の残像―旧市街のガムラスタンを通り、スルッセンを越えてセーデルに入った―は複雑だったに違いない。多分犬や伝書鳩がしたように同じ神秘的な羅針盤の力を借りながら自分の方向に従って帰宅したのだろう。たとえ彼らが突き放そうとしても常に自分の帰り道は見つけられる。私の歩行のこのところは何も覚えていない。確かに自己信頼度はますます増大した。だからついに家に着けたのだ。祖父が私を出迎えてくれた。包容力のある母は警察署で座っていた。私の捜索の行方を見守りながら。祖父はくじけなかった。祖父は全く自然に受け入れてくれた。もちろんほっとしたが文句は言わなかった。すべては安全で自然なことに尽きた。

2011/10/25

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 8

 私が5才、6才の頃、私の家のお手伝いさんはアンナ・リ―サという名前の女性だった。彼女は南スウェーデンのスコーネのエスレブ出身で、上向きの鼻が特徴の縮れたブロンドの髪を持ち、柔らかいスコーネ地方のアクセントで話す、とても魅力的な女性だった。そんな素敵な女性だったから私は未だにエスレブ駅を通り過ぎるときは特別な思いを抱く。しかしその魔法的な場所で電車から降りることはなかった。
 アンナ・リ―サには特別に絵の才能があった。特にディズニーの絵が得意だった。私自身1930年代の遅くにずっと絵を描き続けていた。祖父が雑貨屋で使用していた茶色の巻紙を家に持ってきてくれた。その紙の上に私は絵入り物語をその紙の上に一杯描いた。5才で描くことを教わったのは確かだ。しかし進み具合はあまり良くなかった。私はもっと速く描きたかった。上手く描くことに本当に耐えられなかった。私は猛烈な動きで人物を描く簡単な表現に変わった。細部のない猛烈に速い物語だった。そう、マンガを描いていたのだ。

2011/10/24

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 7

暴力があったときは、私は本当に幼かった。隣の家は夫人が封鎖していた。旦那が酔っぱらっていて夫人は自分でバリケードを築いていたのだ。彼はドアを壊そうとしながらいろんな脅しの文句を叫んだ。思い出すのは彼が奇妙な言葉を叫んでいたことだ。「俺はクングスホルメンへ行けと罵ってはいない。」私はどういう意味なのか母に尋ねた。「そこは警察本部があるところよ」と母は説明してくれた。その時以来その地域は怖いイメージを想起させた(1939年から40年の冬にかけて聖エリック病院を訪れ、フィンランドから戦争で傷ついた人たちが手当てを受けに来ているのを見たときに、このイメージが増大した)。
母は朝早く出て電車もバスにも乗らないで通勤した。母は一生を通じてセーデルからエーステルマルムまでの往復を徒歩通勤したのだ。母はヘドヴィグ レオノーラ小学校で働いていた。毎年3学年と4学年が担当だった。子どもと深く関わる熱心な教師だった。そんな母だから退職を受けとめることなど難しいことは想像ができる。しかしそうではなかった。母は本当にほっとしたのだ。
母が働いていたので、「メイド」と呼んでいた家事のお手伝いさんがいた。もっとも「子ども心を持った人」だったというのがより真実に近かっただろうか。彼女は台所にある小さな部屋で寝ていた。その台所は私たちの家の官営2DKアパートには含まれていなかった。

2011/10/22

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 6

 私たちは最上階の5階に住んでいた。4つのドア、それに屋根裏に通じる入口があった。その一つのドアは報道カメラマンのオルケという名前だった。報道カメラマンのそばに住んでいることは嬉しいように思われた。私たちの隣は中年になりかけの独身者で黄ばんだ顏をしていた。電話によるブローカーの仕事を家でしていた。電話中に彼はよく陽気な高笑いをするのでその声が壁を通じて私たちのアパートまで聞こえた。他にコルクのぽんと抜く音が何度も聞こえていた。当時ビ―ル瓶は金属の蓋だったからだ。このディオニオス的な音―高笑いやコルクのぽんと抜く音―は時々エレベーターの中で会う幽霊のような蒼白い顔をした老人にはほとんど無関係ない様子だった。年月が経つにつれ彼は疑い深くなり、一時よりあまり笑わなくなった。

2011/10/21

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 5

祖父の話し方は19世紀的だった。大概の表現は今日では驚くほど流行遅れのようだ。しかし祖父の話し振りや私の聞き取り方はそれが自然だった。祖父は背が低く、口髭を生やしていて、高くてやや曲がった鼻はトルコ人のようだと言っていた。気性は快活でいつでも燃えていた。時折起こる感情の爆発は、決して本気ではなく始まったらすぐ終わった。和解させることが得意で気持ちが穏やかであることに賭けた。祖父は批判される人々でさえその人たちの最良の側にいたかった。彼らがいなくともまた、会話中でも。『しかし、確かに誰彼がへそ曲がりだと認めなければならないこともある。そんな時はそうだ、そうだと相槌を打ち、本当に知らないと言うのだった。
離婚後母と私はフォルクンガ通り57番地に引っ越した。下層中産階層の住居が立ち並ぶ地域でいろいろな人たちが互いにひしめきあって住んでいた。この住居での記憶は登場人物の適切なリストがあった30年代あるいは40年代の映画のシーンのように整理できる。愛すべき管理人、私が称賛する彼女の夫は頑丈で口数が少なく、ガス中毒にもかかったが、そのことで危険な機械にあえて近づいたことも何となくわかった。
 しっかり者の往来人たちはそこにはほとんどいなかった。彼が階段でたまに酒を飲むことがあれば少しずつ正気に戻った。1週間に何度かホームレスの人たちがベルを鳴らした。ぶつぶつ言いながら玄関に立っていたので、母がサンドイッチを分けて上げた。お金よりパンをあげたのである。

2011/10/20

超人の面白ラーメン紀行 155  水道橋『面喰屋 澤』

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JR水道橋駅から徒歩5分のところにある『麺喰屋 澤』。このラーメン店は気になっていた。この店舗で3店目、水天宮にもあるらしい。最近この界隈もラーメン店の入れ替えがあるのか改装中の店が目立ってきた。ラーメン淘汰時代?。
さて、迷った末入った。うちは豚スープがメインと最近リニューアルした店の男性。白、赤、黒とラーメンの種類がユニーク。メニューをよく見れば、あっさり、唐辛子と山椒、マー油と味変化風。初めての店は定番を頼むのが筆者の常套手段だ。白ラーメン(630円)を頼んだ。スープはあっさり系だが背脂が効いているのか意外と濃い。ニンニクを付け加えたから尚更。麺は太緬ストレート系だ。トッピングはネギ、タマネギ、シャキシャキ感のあるモヤシ、そしてトッピングの王様のチャーシュー、ボリューム満点しかも柔らか、これはイケた。しかしボリューム過ぎて残してしまった。急いで書き加えれば麺もそれなりにイケた。ラーメンの種類はそんなにない。ふと浮かんだラーメン系列は二郎系、ここから歩いて5、6分にはいつも相変わらず行列ができている「ラーメン二郎 神保町店」がある。
まだ7ヶ月、客も疎ら、これからが勝負だろう。前の店は惨敗で退場したみたい。
ラーメン店『麺喰屋 澤』1.スープ★★2.麺★★☆3.トッピング★★☆3.接客・雰囲気★☆4.価格★★★

追記。結局このラーメン店は撤退を余儀なくされた。この辺の食べもの事情は複雑怪奇。2012.2.16

2011/10/19

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 4

『ある詩人の回想』(筆者注。原題を直訳すれば「記憶が私を見つめている」になり、著者トランストロンメル氏のイメージにぴったりだが、ここではごく分かりやすい平坦な言葉に意訳した)

 「私の人生」。その言葉を考えると、私の前に一条の光が射しているのがわかる。よく近づいて観察してみると、彗星の形をしている。最も輝かしい最後、冒頭、幼少期と成長期。その核心と密集した部分が幼少期で最初の時期、人生の最も重要な特徴が決定された時期である。回想しよう。その密集時期を貫通しよう。しかしこれらの集中された領域に移動することは難しく危険である。死に近づくような感じなのだ。さらに遡ると彗星が疎らになる。長い尾の部分だ。さらに疎らになるがまた幅広くもなる。私は今彗星の尾のなか遠くにいる。私は60歳である。
私の早い時期の経験は、大部分は受け入れ難いものだ。突然人生対して燃え上がる気持ちによる繰り返し、記憶そのものや再構築が基本にあったのだ。
 私の思い出は一つの感情である。それは自尊心という感情だ。私がちょうど3歳になって、大変意味深いのだが、もう大人だと宣言したことだ。明るい部屋のベッドにいた。その時大人になっているという事実に気づき気絶してしまうほどはい降りたのだ。私は人形を持っている。その人形に考えつく最も美しい名前をつけた。カリーン・スピナだ。私はその人形を母親的に着飾る服装にはしない。むしろ友達のような、恋に落ちる何者かように扱っている。
 私はストックホルムの南部地区のスウェーデンボリィ通り33番地(現在のグリンス通り)に住んでいる。
父は未だに家族の一員だがまもなく離れた。私たちのやり方は極めて“現代的”である。私の両親と一緒に親しい間柄に使う“君”言葉を使うことから始めていたのだ。私の母方の両親は近くに住んでいる。ブレーキンゲ通りの角辺りだ。
 母方の祖父、カール・ヘルマー・ヴェスターベリィは1860年に生まれた。船の操縦士で私と71歳も違う最良の友達だった。祖父の母方の祖父は、バスティーユの嵐、アンジャラの反乱やクラリネットのクウィンテットを作曲したモーツァルトの年の1798年に生まれた。奇妙なことにその祖父と祖父の母方の祖父の年齢差が同じなのだ。2つの同じ歩みは長い2つの歩み、本当に大変長い時に戻してくれる。私たちは歴史に触れられるのだ。

2011/10/18

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 3

前回のコラムで筆者は、トーマス・トランストロンメル氏の散文詩「Memories Look at me」に言及した。28ページの自伝風散文詩には何かヒントがあるかもしれないと一ページを精読した後で考えた。以下はこの散文詩の“私訳”である。通勤電車内で携帯電話の機能を使って試みたい。目標はトーマス・トランストロンメル氏のノーベル賞受賞式までに訳了することだ。
タイトルは「ある詩人の回想」。

2011/10/16

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 2

筆者はノーベル文学賞発表の翌日東京駅近くの洋書店に駆け込んだ。もちろんノーベル賞受賞者スウェーデンの作家トーマス・トランストロンメル氏の英文で書かれた作品を手に入れるためだ。本のあるなしが“ひょっとしたら”から“案の定”に変わって、仕方なく洋書売場の入荷を待つことにした。店員が二週間と言ったのか、二ヶ月と言ったのか忘れたが、その後メールが入った。該当作品4点の価格である。入荷するまでの間e-bookで作品の一つをスウェーデンのネット書店で入手。そうこうしているうちにその洋書店からまたメールが入った。「該当の本が2点入りました、2冊の入荷のみになりすぐ品切れが予測されますので、ご購入の有無をお知らせ下さい」と。6日午前10時に依頼したのでわずか7日間で入ったことになる。こんなに早くアメリカから入るとはサプライズである。まさか国内のdistributorに在庫していたとは到底思えないが。

さて、入荷したばかりの一冊、『The Great Enigma New Collected Poems』Translated from Swedish by Robin Fulton, New Directions Publishing Corporation, New Yorkを購入、早速パラバラと巡ってみた。黒を基調としたシンプルなデザインのカバー、1954年〜1993年までに刊行された13冊の詩集からセレクトされた177編の詩が入った、本文268ページのペーパーバックだ。前書きや後ろの方に収録されている自伝的散文詩、

MEMORIES LOOK AT ME
MENNENA SER MIG
1993
PROSE MEMOIR

を読んだ。ちょうどその日は朝方3時過ぎに目が覚めてなかなか寝つかれなかった。傍らにあったこの本を寝床で読んだのだ。何度もこっくりこっくりしながら。
Memories、Museum、Primary School、The War、Libraries、Grammar School、Exorcism、Latinを読んだのだ。
この散文詩は
“My life”, Thinking these words, I see before me a streak of light. On closer inspection it has the form of a comet.
で始まる。

「私の人生」。その言葉を考えると、私は自分の前に一条の光が射しているのがわかる。近づいてよく観察してみると彗星の形をしている。

ストックホルムの南部地区に小学教師の母親と住んでいたこと、両親は離婚していてお手伝いさんがいたこと、近隣にいる叔父叔母との行き来や隣近所の幼な友達の死のこと、祖父に可愛がられたこと、博物館通い、小学生時代の担当の先生や友達、ドイツ・ナチズムと戦争、図書館での出来事、特に大人の本を借りだそうとして一悶着した話、昆虫収集や地理学やアフリカに興味を持ったこと、グラマースクール時代のクラス、先生、そしてイングマール・ベルイマンの映画『Hets 騒動』に生徒がエクストラとして出演したこと、エクソシズム体験、詩人Horaceのラテン語の詩の授業、その詩人に触発されて詩を書き校内誌に掲載されて(これが初期作品)、担当の先生が本当に理解してくれたかなどのエピソードがちりばめられている。言わば古き良き時代。大学に入るまでの幼少時、小、中高時代が面白可笑しく、ときにうら悲しく綴られている。この詩人の知的源泉が見えてくる。

2011/10/11

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 1

筆者は2011年ノーベル文学賞受賞者のスウェーデンの代表的な詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を探していたが、スウェーデンのネット書店からe-book形式で彼の詩集を廉価で手に入れることができた。そう言えばスウェーデンは本のオンデマンド形式による出版の先進国。本を購入する場合、製本形式のものからダウンロード形式のものまで選択できる。今回はスウェーデンの最大手の Bonniers社の『Dikter och prosa 1954-2004』をゲット。カバーは青と黒のいたってシンプルなデザイン。早速手に入れた初期作品『17の詩篇』から。下記は筆者の“私訳”である。

秋の群島

偶然にも歩行者がここで
巨大な樫の木に出会う。
だだっ広い枝角
9月の海の
深緑の砦の前に立つ化石化した大鹿のよう。

北の嵐。ナナカマドの実の房が成熟するとき。
暗がりで目が覚め
星座が木の上高く馬屋の中を踏みつけているのが聞こえる。

この短い初期の詩は自然を謳っているが、すでに三人称的な書き方と比喩の巧みな使い方が現れている。また、最初の詩の書き出しの行が、この詩人の作品を象徴しているとはイギリスの批評家の言葉だ。英語では次のような行。

Waking up is a parachute jump from dreams.

目覚めとは夢からパラシュートで飛び降りることだ。

これは最初の作品、Preludeの最初の一行。彼の詩全体を通じてシャガールの絵の想起、リルケやシェリーの詩、そしてイングマール・ベルイマンの影響を見る批評家もいる。日本ではこの詩人についてはあまり知られていない。『群像』や『ユリイカ』で紹介されて評判だったらしいが読んでいない。仕方がないのでネットで当たってみた。アメリカの詩誌やイギリスの新聞や雑誌の書評でのコメントだ。

神秘主義的な詩である。詩句は日常的な決まり文句や偶像的なものに魔法をかける。トーマス・トランストロンメルの神秘主義は、自然界と人間の心理の両方から洞察された中に固く根ざされている。熟考された知恵の金塊としての詩ではなく、具体的な現実から覚醒の高度な状態までの前進を描き出している。
60年代はアメリカの詩人、90年代はイギリスの詩人に影響を与えた。初期の伝統的で野心的な詩から暗く、個人的で開かれた詩に少しずつ変わってきた。彼の作品には超越性を求めて、不可知的なものに理解を示しながら空虚なものが詰め込まれている。
また、ネット百科事典(Wikipedia)には次のように書かれている。

His work lies within and further develops the Modernist and Expressionist/Surrealist language of 20th century poetry ; his clear, seemingly simple pictures from everyday life and nature in particular reveals a mystic insight to the universal aspect of the human mind.

ここまで書いてきてラジオのニュース。選考結果が事前に漏れたという噂が流れて、スウェーデンアカデミーは調査するか検討していると報じられた。
ネットでノーベル文学賞受賞者を当てるブッカーの記事が載っていたが、それによると村上春樹は3位だった。

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娘のパウラさんと夫人のモニカさんから祝福されるトーマス・トランストロンメル氏。「8 SIDOR」紙から。

2011/10/06

超人のジャーナリスト・アイ 148 2011年ノーベル文学賞はスウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏に

2011年のノーベル文学賞はスウェーデンの詩人、トーマス・トランストロンメル氏(80)が受賞。詩人で心理学者。凝縮かつ透明なイメージを通じて現実に新たな道筋を示したというのがスウェーデンアカデミーの発表した受賞理由。60カ国にも翻訳されている。日本では『悲しみのゴンドラ』(1999年、思潮社。只今絶版で11月に増刷とか)が翻訳されている。本国での受賞は40年ぶり。アメリカでは4冊出ているらしいが、洋書店に駆け寄っても在庫がない。受賞の噂が高かった村上春樹氏はまたもや受賞を逃した。下記はスウェーデンのネット書店、bokus.comの記事からの転載。


Nobelpriset i litteratur 2011 till Tomas Tranströmer

0_9487_5920c_22011 års Nobelprisvinnare i litteratur,Tomas Tranströ mer, föddes 1931 i Stockholm. Den formella säkerheten och bildspråkets osedvanliga konturskärpa och originalitet bidrog till att göra Tranströmer till en av de främsta lyriker som framträtt under efterkrigstiden.

Han använder gärna antika versmått, särskilt i sin naturlyrik, men är ändå en av de mest genuint svenska poeterna, suverän i sina visioner av inre och yttre köld och karghet. Tomas Tranströmers poesi kan beskrivas som en pågående analys av den individuella identitetens gåta visavi världens labyrintiska mångfald.

Svenska Akademins motivering lyder: "för att han i färtätade, genomlysta bilder ger oss ny tillgång till det verkliga".

I nuläget reserverar vi oss för eventuell slutförsäljning av Tomas Tranströmers verk.


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Dikter och prosa 1954-2004
Tomas Tranströmer
Med sitt särpräglade metaforrika språk har Tomas Tranströmer sedan debuten 1954 med 17 dikter befäst sin plats som en av Sveriges största poeter. I april fyller Tomas Tranströmer 80 år och det vill vi fira och uppmärksamma. I en vackert formgiven volym ger vi ut Tomas Tranströmers samlade dikter från 17 dikter till Den stora gåtan liksom den självbiografiska prosaboken Minnena ser mig.

■The local: Sweden's news in English

Swedish poet awarded 2011 Literature Nobel

Swedish poet Tomas Tranströmer has been awarded the 2011 Nobel prize in Literature.
"Through his condensed, transluscent(correct→translucent) images, he gives us fresh access to reality," read the citation from the Swedish Academy.
Tranströmer becomes the first Swede in almost 40 years to win the prestigious prize.
The 80-year-old Swede from Stockholm began his serious writing career in 1954 when he published "17 dikter" (17 poems) one of the most acclaimed literary debuts of the decade.
Predominant in his work are themes of nature and music and he followed up "17 dikter" with a slew of collections in the 1950s and 1960s, including: "Hemligheter på vägen" (1958; Secrets along the way), "Den halvfärdiga himlen" (1962; The Half-Finished Heaven, 2001) and "Klanger och spår" (1966; Windows & Stones : Selected Poems, 1972).
With "Windows & Stones : Selected Poems", published in English in 1972, he consolidated his standing among critics and other readers as one of the leading poets of his generation, according to the Swedish Academy biography.
A significant amount of his work has been translated into English and other languages including "The Sorrow Gondola" and "New Collected Poems", published in 2010 and 2011 respectively.
Transtr mer suffered a stroke in 1990 which impaired his speech, but he continues to write. He has been mentioned several times in the past as a candidate for the Nobel prize and was also tipped as one of the favourites this year.
Aside from his work as a writer, Transtr mer was also respected for his work as a psychologist prior to suffering his stroke, working in juvenile prisons and with drug addicts and convicts.
Tomas Tranströmer is the first Swedish writer since Eyvind Johnson and Harry Martinson, who shared the prize in 1974, to claim the Nobel.

The poetry of Tomas Tranströmer

Published: 6 Oct 11 15:26 CET

Swedish poet Tomas Tranströmer, who was on Thursday named the 2011 Nobel Literature Prize laureate, has published a relatively small body of work, often addressing themes of death, history and nature.
Here is an English translation of a short poem entitled "National Insecurity", followed by a brief bibliography:

"The Under Secretary leans forward and draws an X
and her ear-drops dangle like swords of Damocles.

"As a mottled butterfly is invisible against the ground
so the demon merges with the opened newspaper.

"A helmet worn by no one has taken power.
The mother-turtle flees flying under the water."

Source: "New and Collected Poems by Tomas Transtroemer", translated by Robin Fulton. Published in 1997 by Bloodaxe Books and published online by the Poetry Foundation.
Some works by Tomas Transtr mer:

In his native Swedish:
- 1954: "17 dikter" (Seventeen Poems);
- 1962: "Hemligheter på vägen" (The Half-Finished Heaven);
- 1966: "Klanger och spår" (Windows and Stones);
- 1974: "Östersjöar" (Baltics);
- 1996: "Sorgegondolen" (The Sorrow Gondola);
- 2004: "Den stora gåtan" (The Great Enigma).

In English:
- 1970: "Twenty Poems", translated by Robert Bly;
- 1972: "Windows and Stones", translated by May Swenson with Leif Sj berg;
- 1975: "Baltics", translated by Samuel Charters;
- 2001: "The Half-Finished Heaven: The Best Poems of Tomas Transtr mer",
chosen and translated by Robert Bly;
- 2006: "The Great Enigma: New Collected Poems", translated by Robin Fulton.
- 2010: "The Sorrow Gondola", translated by Michael McGriff and Mikaela
Grassi.

2011/10/03

超人の面白ラーメン紀行 154 平塚駅西口『やまかわ』

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 平塚ではよく見かけるラーメン店の券売機や豚骨系のラーメンはウケないらしい。これは地元のラーメン店主の話。ということは湘南のこだわり?筆者は以前にこの地で何軒かラーメン店を食べ歩いた経験があるが残念ながらイマイチだった。
 行列のできる店、醤油ラーメンの店といろいろとラーメン店を紹介してくれた知人、その結果知人の薦めで平塚駅西口改札口から徒歩2分のラーメン店『やまかわ』に入った。この地で40年やっている老舗のラーメン店だ。ごく素朴な味噌ラーメンが売りで価格も600円と安い。さて、知人とは久し振りなので、まずはビールでcheers !それからひょんなことから店主と平塚界隈のラーメン談義などが続き、肝心の味噌ラーメンを食べたのは2時間後。本末転倒である。時間が経ったからではないと思うが、麺は想定外のやわらかさ、もやし、チャーシューそれにメンマとトッピングもいたってシンプル。仙台味噌とブレンドしたスープの味噌はイケた。談義が長かったせいかラーメン周辺で終わった感じ、ラーメンそのものの集中力に欠けた。バター他材料費が上がっているのでラーメンの価格をあげたいがままならない、公共料金が値上げすればその時はそれもやもうえまいと店主。父子二人で切り盛りする小さなラーメン店も経営事情は厳しいようだ。しかしその昔行列が出来て儲かった頃もあった由。
らーめん『やまかわ』1.スープ★★2.麺★☆3.トッピング★☆4.接客・雰囲気★★5.価格★★★

追記。この2ヵ月足らずの後に店主が仕事中に死去されたと知人。心筋梗塞だった。今は子息が後を継いで頑張っているらしい。合掌。それにしても人生いろいろ―。

2011/10/02

超人の再び外国語考

 再び外国語考である。今読んでいる本は筑摩書房のPR雑誌『ちくま』の最新号の巻頭のページ、なだいなだ氏に触発されて読んでいる本だが、言葉に関連してこれまた岩波書店のPR雑誌『図書』にも載っている。この西洋古典学が専門の執筆者の言葉にしばし耳を傾けてみたい。少し長いが引用しよう。

 ペンと文字と書物で成り立つ文学部が昨今ははなはだ不人気である。とりわけ外国語の修練を必要とする分野がそうであるが、これには長い歴史がありそうである。明治の日本は西洋の社会制度や科学技術を学ぶために英独仏語を高等教育の柱に据えたが、経済や技術のある分野で西欧を超えたと言われ始めた頃から、日本はまるでもう学ぶものはなくなったと言わんばかりに、外国語教育を軽視するようになった。「ふらんすへ行きたしと思えども ふらんすはあまりに遠し」という憧れも消えて久しい。そして文部科学省と大学は、自国を知り異文化を知るためには何が必要かという観点からではなく、教育における実利と、学生からの需要の観点から必修外国語を減らして来たから、外国語学習とセットになった外国文学研究も衰微するのである。そして、学生の来ない分野は必要がないということになる。大学から教育の思想が抜け落ち、需要と供給の経済法則のみが突っ走るとどうなるか。私学では受講生のなくなった外国語クラスはたちまち廃されるし、国公立大学でも、何ら生産せず場所ばかり取る膨大な蔵書に敵意が向けれる。書物の天に厚く埃の積もるのを見て、数十年披見されぬような本は不要ではないのか、と考える人が現れる。明治の日本を唾棄して止まなかった荷風がこんなことを言っている。
「われ等の意味する愛国主義は、郷土の美を永遠に保護し、国語の純化洗練に勉むる事を以て第一の義務なりと考ふるのである」(『日和下駄』)。
これこそ文学部に課せられた義務、文学部にしか負えない使命であろうと思うが、これを実践しているのだろうか。確かに、負のグローバリゼーションの覆うこの世界では、英語さえ知ればコミュニケーションが叶うから、ややこしい言語に難儀する必要はない。ペンと紙のいらない携帯で情報交換する段には、国文学科で日本の古典を修める必要もない。しかしこれは、言わば地面に二本の足で立っているだけの状態であり、立っているが危うく貧しい。文学部の担う人文学は、この両足の周りに広がる広大な大地のようなものではなかろうか。

 この執筆者の嘆きがどこまで届くだろうか。最近では電子辞書や電子書籍も定着しつつあるし、この分野のテクノロジーは凄い、グーグル、アマゾン、ソニー他各国各社しのぎを削る戦いが展開されている。メディアはそれを追いかける。消費者には安く買えるから便利に違いないが、あっさり感で全てが片付いてしまうような気がするのだ。じっくりものを考えたり、苦労して暗記したり、想像力をはっきりしたりすることが人間力を強固するはずなのだが、頭脳や精神のしなやかな使いこなしがだんだんできなくなるような気がする。ペン如くのツールが著しく進化して使い勝手が良くなって来ているのだが…。大学では現にコキペを使って同じような答案が頻発していて困っているという。
 今読んでいる本の言語学がご専門の著者にして一つの言語をマスターするのはなかなか難しいものだと言わしめている。また、別の詩の翻訳に関しての記事は、実例としてアメリカに40年住んでいるヨーロッパ系の外国人が英文でそれなりの詩集を出したが、書評ではどこか英文がおかしいとネイティブのアメリカ人から指摘されたという。それほどまでに外国語習得は難しいということだろう。
さて、本読みの続きに戻ろう。その前に仕事用の資料読みも(主に雑誌論文やエッセイ)150ページはあるのだ。すべて投げうって寝てしまうのも手ではあるが。たまにはミューズとの出会いもと行きたいところだが、なぜかバッカスの神に捕まってしまった―。

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