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2011/10/26

超人の面白読書 90 ノーベル文学賞受賞者スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏の作品を読む 9

 1930年代の半ばのある日私はストックホルムのど真ん中で消えた。母と私は学校の演奏会に行っていた。入口のそばで押しつぶされて母と握っていた手を離してしまったのだ。人混みの中で何も手助けもなく流された。私は大分背が低かったから見つけられなかったのだ。ヘトルイエット(スウェーデン語Hötorget。“高い市場”の意。ヒュートルイェット)に暗闇が降りていた。身の危険を感じて私は入口に立っていた。私の周りに人集りができていたが彼らは自分のことしか考えていなかった。私は持ちこたえられなかった。死の経験をした最初だった。
 パニックが起きたあと、私は考え始めた。徒歩で家に帰れるだろう。絶対にできはずだ。私たちはバスでやって来た。いつものように座席に座って窓の外を眺めた。王宮が窓外に流れ去った。今しなければならないことは単純に同じようにして徒歩で引き返すことだった。バス停留所を一つ一つ。
 真っ直ぐに歩いた。長い間歩いているとわずか一ヶ所だけはっきりと覚えていた。ノルブロ―に着いて橋の下の水を眺めたのだ。ここでの交通量は多く、私はどうしても道路を横断できなかった。私の脇に立っていた一人の男性の方を振り向いた。「ここは混んでいますね」と私が言うと、彼は手をつないで横断してくれた。
 だがそれから彼は私を突き放した。小さな子どもが暗い夕方にストックホルムを一人でほっつき歩くこと、そのことがこの男性や見知らぬ大人たちには全く問題ないと思うような神経が私には分からない。しかしそれが流儀だった。旅の残像―旧市街のガムラスタンを通り、スルッセンを越えてセーデルに入った―は複雑だったに違いない。多分犬や伝書鳩がしたように同じ神秘的な羅針盤の力を借りながら自分の方向に従って帰宅したのだろう。たとえ彼らが突き放そうとしても常に自分の帰り道は見つけられる。私の歩行のこのところは何も覚えていない。確かに自己信頼度はますます増大した。だからついに家に着けたのだ。祖父が私を出迎えてくれた。包容力のある母は警察署で座っていた。私の捜索の行方を見守りながら。祖父はくじけなかった。祖父は全く自然に受け入れてくれた。もちろんほっとしたが文句は言わなかった。すべては安全で自然なことに尽きた。

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