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2011/09/23

クロカル超人が行く 151 小千谷市立図書館『西脇順三郎記念室』余滴

 M先生が好きな西脇順三郎の詩「冬のシャンソン」。小千谷市立図書館内の「西脇順三郎記念室」では先生自ら朗読もしてくれた詩だ。その詩を見つけに図書館に出かけた。人間の記憶はいい加減なもので『定本西脇順三郎全集』11巻とばかり記憶していて、ひょっとしたらその前に出た『西脇順三郎全集』11巻か思い直してみた。ご名答。該当の詩を見つけたのだ。そのために定本全集と全集を目次ですべて当たった。労力を要した分副産物にもありつけたのだ。「古代文学序説」と「ヨーロッパ文学」だ。前者には北欧文学の元祖的「サーガ」や「エッダ」、オーデン神の話が出てくる。山室静の世界だ。書庫から出てくる間に別の本にも当たったわけだが、英学、英文学に言及したエッセーも読んだ。幕末から明治大正と概括、明治にはドイツの法律、医学、文化に押されて英学は一時衰退したと。これからは英学ではなく英文学だと書いていたのが印象的。目次で定本全集と全集の内容を一瞥。大体の内容を掴んだが、貸出ゼロが気になった。今読んでも面白い。若い頃大分読んだ記憶があるが年月に大部分押し流されてしまったようだ。筆者の脳髄は今や化石化寸前。それでも文学全集がよく出た時期を思い出している。神田の古本屋に行けばそれなりの値段。因みに「古代文学序説」が入っている定本全集8巻は定価8600円、1994年7月20日、初版。

冬のシャンソン

ああ永遠の向こうから来る
コロキュンタンという
ひょうたんかぼちゃの類の
冬のシャンソンだ
それは平野に横たわる
陽気な死だ
ところが
自分自身の
死になると
ざまあみやがれ
その失態の責任を負うべきだ
でもそれは
ひたぶるに
うら悲しい
ただそれだけだ。

2011/09/21

超人の面白読書 89 雑誌『思想』8月号 特集 : 戦後歴史学の流れ

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 雑誌『思想』8月号の特集は戦後日本の歴史学の流れ―史学史の語り直しのために、という特集を組んでいる。思想の言葉、座談会、インタビューと論文4本。執筆者は鹿野政直、成田龍一、小沢広明、戸邉秀明、安丸良夫、飯島渉、高澤紀恵、大串潤児など早大、東大、一橋大出の歴史学者。巻頭の「思想の言葉」で鹿野政直は、自分の歴史学者(民衆思想史)としての立場を的確に書いている。気になるところを引用してみよう。
 
 歴史の職業的な探究者たちは、みずからをどう規定すべきか。わたくしは、「研究教育活動を営むサラリーマン」(ジェラール・ノワリエル)という社会的に嵌め込まれている位置の自覚と、それゆえに付与されている教室や社会にたいする権威性・権力性の自覚が、それであろうと思う。こうして過去の解析に向かう人間は、みずから視える存在としたうえで、民衆との緊張関係に身を置きつつ(あるいはそれを造りだしさえつつ)、それでも可能な限り課題とするところに寄り添おうと努めるほかない。そのことによって、一方向的であった「対象」は双方向的な「主題」へと変る。同時にそれは、学問の専門化とともに排除されていったアマチュア性の回復に繋がるに違いない。中略。そして最後の7行。民衆史の立場からは、歴史学における「無名の」民衆(人びと、行為者等々)という呼称の無造作な使用に、抵抗感を禁じえない(柳田國男・柳宗悦には、無名性について尊敬すべき見解があるが、いまは論じない)。正確にいえばその人びとは、さまざまな条件によって「無名性(みずからの意志の働く匿名性に非ず)へと押しつけられた(ている)人びと」にほかならず、そうして、どなたの言葉であったか、nobodyでもanybodyでもなく、固有性を帯びるsomebodyでありたい(として生きたい)というのは、すべての人びとの願いであろうからである。民衆思想史の役割は、そういう人びとの、多くは達せられなかった願望を、歴史上にかたちあるものとするよう、いささかでも手助けするところにあるだろう。

 座談会は「戦後日本の歴史学の流れ―史学史の語り直しのために―」のタイトルで成田龍一、小沢弘明、戸邉秀明の3名、1951年、1958年、1974年生まれの中堅、少壮の歴史学者たちだ。この座談会で注目されるのは、戦後の歴史学の括り方、時期区分である。史学史の立場から仮説的にと断ったうえで戸邉がこう区分する。
 第1期→1945年の敗戦前後〜1970年代前半まで。社会構成体史の時代―「戦後歴史学」の形成と確立。第2期→1970年代後半〜90年代前半まで。社会史の時代―「現代歴史学」への転形期。第3期→1990年代以降現在まで。近代知再審への省察―「現代歴史学」からどこへ。この37ページもある座談会の要旨を記すよりはむしろ、座談会に参加している歴史学者が取り上げている先行研究の本の方が歴史学者自身の関心の度合いが解って面白い。
 石母田正『中世的世界の形成』、『歴史と民族の発見』、鈴木正四『セシル・ローズと南アフリカ』、『民主主義革命』斉藤孝『昭和史学史ノート』、高橋幸八郎『近代社会成立史論』、『市民革命の構造』、大塚久雄『近代欧州経済史序説』、『近代化の歴史的起点』、旗田巍『元寇』、ウォルト・ホイットマン・ロストウ『経済成長の諸段階』、鹿野政直『「島島」は入っているか』、安丸良夫『<方法>としての思想史』、阿部謹也『中世を旅する人びと』、『ハーメルンの笛吹男』、網野善彦『蒙古襲来』、良知力『向う岸からの世界史』、『青きドナウの乱痴気』、『女が銃をとるまで』、喜安朗『パリの聖月曜日』、『民衆運動と社会主義―ヨーロッパ現代史研究への一視角』、板垣雄三『歴史の現在と地域学』、『世界史への問い』、イマニュエル・ウォーラースティン『世界システム論』、ピエール・グベール『歴史人口学序説―17・18世紀ボーヴェ地方の人口動態構造』、遠山茂樹『戦後の歴史学と歴史意識』。

 次の<インタヴュー>戦後日本の歴史学を振り返る―安丸良夫氏に聞く― 聞き手=成田龍一 でも引き続き取り上げている本を記す。

 ヘイドン・ホワイト『メタヒストリー』、山田盛太郎『日本資本主義分析』、『超国家主義の論理と心理』、『日本政治思想史研究』、安丸良夫『近代天皇像の形成』、『日本の近代化と民衆思想』、『出口なお』、『安丸思想史への対論』、『一揆・監獄・コスモロジー』、『現代日本思想論』、『大正デモクラシー』、『文明化の経験』、桑原武夫『文学入門』、梅棹忠夫『文明の生態史観』、遠山茂樹・今井清・藤原彰『昭和史』、色川大吉『昭和へのレクイエム―自分史最終篇』、『水俣の啓示―不知火海総合調査報告』、エリック・ホブズボーム『素朴な反逆者たち』、中沢新一『僕の叔父さん網野善彦』、安丸良夫・喜安朗『戦後知の可能性―歴史・宗教・民衆』、網野善彦『無縁・公界・楽』、柴田三千雄『近代世界と民衆運動』。

 成田龍一論文、「違和感をかざす歴史学―史学史のなかの民衆思想史研究(前期および中期)」、そのあとの飯島渉の論文「中国史が亡びるとき」、高澤紀恵論文、「高橋・ルフェーヴル・二宮―「社会史誕生」の歴史的位相―、そして大串潤児論文、「史学史としての教科書裁判」といずれも刺激的な論文。飯島渉の論文のタイトルは、水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』などの本に示唆を受けたらしい。そんな飯島論文は歴史学の根本的な問題を据えて、現在、将来を語って大変面白い。気づくには遅すぎる感のある次の件は象徴的だ。

 歴史の基礎となるのは、「日本の中国史」ではない。「中国史」(Zhongguo shi)やA History of China を想定しながら構成されるグローバル・ヒストリーの中に位置づけられる「中国史」(ちゅうごくし)だろう。

 ここでも引用された本を取り上げてみたい。色川大吉『明治精神史』、遠山茂樹『戦後歴史学と歴史意識』、家永三郎『革命思想の先駆者』、『新版 一歴史学者の歩み』、『教科書検定』、『教科書裁判』、大江健三郎『核時代の想像力』、村上信彦『明治女性史』、山崎萌子『愛と鮮血』、『サンダカン八番娼館』、森崎和江『与論島を出た民の歴史』、『奈落の神々』、松本健一『若き北一輝』、松永伍一『日本農民詩史』、二宮宏之『歴史的思考とその位相』、『戦後歴史学と社会史』、『二宮宏之著作集』、萩原延壽『遠い崖―アーネスト・サトウ日記抄』、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄―13000年にわたる人類史の謎』、楠井敏朗『大塚久雄論』、永原慶二『20世紀日本の歴史学』、今井修「日本近代史学史研究の構想と方法―その史学史的検討」、弓削達『明日への歴史学―歴史とはどういう学問か』。
 70点の書籍を書き写したが(勿論すべて網羅したわけではない)、某出版社のものがいかに多いかがよく解る。さて、購買力を高める宣伝もあるか、戦略的―。ま、それは冗談として歴史学の新たな方向性(迷いやうねりもあって)を示しているこの特集は、時間おいてまた読んでみたい。

台風15号が静岡県浜松市に上陸、雨風を伴い関東地方を直撃した日。茨城県日立市あたりは震度5弱のやや強い地震も起きてダブルパンチ。

追記。行動する論客、歴史家と題した一橋大名誉教授中村政則氏の歴史家遠山茂樹氏の追悼記事が昨日の毎日新聞夕刊(2011年9月27日)に載っていた。歴史家、昭和史論争の論客、社会運動家の業績をあげ、その内容を掻い摘んで書いていたが、最後は次のように結んでいた。

今や戦後歴史学の時代から次の時代に移行し、歴史学の刷新を図らなければならない。(2011年9月28日 記)

2011/09/19

超人のジャーナリスト・アイ 147 デンマークに初の女性首相

下記は2011年9月16日付スウェーデンの「オッタ・シードル」紙の記事から。

デンマークに初の女性首相誕生

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Danmark får kvinnlig statsminister
Publicerad: 2011-09-16

Natten till fredagen blev det klart.
Danmark får en ny statsminister,
Helle Thorning-Schmidt från
det socialdemokratiska partiet.
Hon blir Danmarks första kvinnliga
statsminister.

De senaste tio åren har Danmark
haft en borgerlig regering.
Nu ska flera mittenpartier och
vänsterpartier samarbeta
om makten. Det är inte klart
hur den nya regeringen kommer
att se ut.

Tidigare har det främlingsfientliga
partiet Dansk folkeparti haft stor
makt i Danmark. I veckans val
förlorade partiet många röster.

Ovanligt många danskar röstade
i valet, nästan 88 procent av väljarna
gick och röstade.


2011/09/18

クロカル超人が行く 151 新潟県小千谷市立図書館『西脇順三郎記念室』など

 東京から上越新幹線、在来線を乗り継いで2時間16分、新潟県小千谷市を訪ねた。商用を兼ねての小旅行。9月半ば過ぎというのに夏日、駅前の蕎麦屋『沙和』で昼食後午後2時過ぎに親しくしているM先生と小千谷市立図書館に到着。図書館の玄関には小千谷出身の英文学者で詩人の西脇順三郎自身の手で書かれた小千谷図書館の文字(館長さんの話ではこの大きな土台の石が7年前の中越地震で右に10cm位ずれた由)をしばし眺めた。
 実は今回の小千谷訪問は、M先生のご厚意で西脇順三郎記念室の見学と資料探索が主目的。2階の事務室に通され、早速館長、副事務局長さんに挨拶。M先生からは聞いていたが館長、副事務局長さんとも本当に親切を絵に描いたような人たちでこちらのご無理を快くお引き受けして頂いた。
 このあとの行動は簡単に記すに留めたい。2階の事務室で西脇順三郎談義など→館長、副事務局長さんがガイドで西脇順三郎記念室見学→M先生のご指導の下貴重資料等閲覧など、約3時間。余談で筆者の西脇先生愛用の英文タイプライターはありませんかの質問に、ご遺族の方が家宝にしているらしいと館長さん→夕方船山閣『みや』で西脇順三郎を偲ぶ会(現在会員200名位)会員のN先生も加わり懇親会。和気あいあいの中8時過ぎに閉会→迎えのタクシーでM先生とビジネスホテル、『パークホテル』に到着→M先生と近くの店で二次会、雑談兼食事。M先生、新しいアイデアご提案、行けそう→10時過ぎホテルへ・解散→9月17日朝食。筆者を捜したとM先生(筆者は予定時間より早めに食事処へ来ていた)。ホテルチェックアウト、とその前にホテルのオーナー、西脇順三郎の親戚の方(西脇家は小千谷縮問屋業他で超有名、第11代当主の奥方、取締役・ホテル事業部長さん)をM先生から紹介受ける。また、重要無形文化財「小千谷縮越後上布」なる立派な図録を頂く→徒歩で西脇家本家外観見学(残念ながら中は見せてもらえないという)→慈眼寺(河井継之助が明治新政府と直談判したお寺)→小千谷市立図書館へ、副事務局長さんとしばし西脇談義(M先生が好きな西脇順三郎晩年の詩「秋のシャンソン」の所収探し、全集に見つけM先生朗読)→館長・副館長さんの案内で市内観光→西脇順三郎の詩碑・墓参り→茶郷川畔散策と西脇順三郎生家見学(テレコムスタッフがテレビ放映用撮影のため生家撮影したと館長)→JR山の手線へ電力供給している水力発電所経由で山本山(標高400m弱)頂上の西脇順三郎詩碑見学(山頂ではロックコンサート開催中)→山頂から越後三山を眺める。多少靄がかり、眼下にうねった信濃川→一旦小千谷市立図書館へ引き返す。副事務局長さんとは用事があるためここでお別れ、感謝→地域の特産物が見れるサンプラザへ→館長さん、M先生そして筆者で『角屋』のへぎそばで昼食。→142万円の仏壇工芸品、西脇順三郎詩集『あんばるわりあ』(復刻版、こういうところで販売しているとは珍しいと館長さん)などが置いてある郷土関係書コーナー、地酒(吟醸生貯蔵酒、越の寒中梅のワンカップを購入)、お菓子や煎餅があるお土産コーナーそして小千谷縮の反物(100万円以上すると館長さん )や着物、小物類それに現代風にアレンジしたシャツ類他のディスプレー(やはり高い)、階を下がれば小千谷縮の歴史と機織り実演コーナーへ→外に出て錦鯉見学(最近ではヨーロッパの人たちの需要が増えているらしい)→館長さん運転の車で長岡駅まで送ってもらう。途中信濃川にかかる橋のふもとで司馬遼太郎の峠の碑見学、この道路は故田中角栄が独自に造ってしまった道路だと館長さん説明→米どころ(今年は原発の放射能騒ぎで古米まで出てしまった由)を窓外に見ながら一路長岡駅へ→長岡駅構内でM先生と雑談、商用の続きを多少→午後4時11分の上越新幹線で大宮・東京方面へ→大宮駅でM先生と別れる。
 今回初めての小千谷行きは、商用を兼ねた楽しい小旅行だった。学者詩人の西脇順三郎は巨人、少しでも感受したい筆者の心の旅は、たくさんの人の助けがあったからこそ実現できた。小千谷の皆さんの心温まるもてなしに感謝、M先生にも感謝。そしてM先生の発したことばが印象的。小千谷3人組の名連係振りには頭が下がると。館長、副事務局長さんそしてN先生、人柄もさることながらそれぞれのパートをしっかり受け持ち、その呼吸はぴったり、すばらしいと。筆者も西脇順三郎関係のイベントの斬新さと持続力はこの辺のコンビネーションにあると確信した。不思議なパワーである。
下記はその時々の写真。西脇順三郎記念室撮影は館長さんの許可を得た。

おぢやの地名の<ぢ>に何とも言えない愛着が、
オジャマンボウが言ったとか―


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2011/09/13

超人の面白、街の話題 12 アメリカの9.11 と日本の3.11 続

 テレビは3.11から半年後の被災地の姿を新たに入手した映像を加えてこれでもかこれでもかとリポーターやキャスターを現地入りさせて映し出していた。
 ちょうど今日、新野田閣僚の要、経産省鉢呂大臣が原発舌禍事件で辞任、後任に枝野元官房長官が任命された。政治は何をやっているのか、まだ13日の臨時国会での首相所信表明演説前である。すっかり有名になったどじょうの話、泥臭い政治で震災復興、景気対策を掲げたまでは…。しかし、もう、辞めた、が出てしまった。メディア(誰が名付けたかマスゴミだと、この語感の妙)が政局を造る構図も見え隠れしないでもないが、昨夜遅くの某ニュース番組では解説者がメディアのやり過ぎと非難していた。しかし大臣たるものその職責の重さを感じて政治力を発揮してもらいたい。被災地の人に反感買う言葉は慎むべきだ。もし自分がそういう立場だったらどうする?政治家の想像力の欠如、今何よりも被災地の動向が大事なことなのに、自ら被災地に入っての発言だから困る、要は“軽い”のだ。大本営擬きの政府筋や東電側の発表にはうんざりだが、未曾有の大自然災害と大人災に一早く立ち向かわなければならない事態に遅々として進まない被災地の現状を見せつけられるにつれ、日本国はいつから人との繋がりをなくしてしまったか。がんばろう、日本、絆等々の言葉が実体を伴わず浮いている。掛け声だけの空虚なものだ。もっともっと一人一人の気持ちの有様を保たなければならないのに…。天災は忘れた頃にやって来る、とはよく言われること。アメリカのハリケーンやトルネードの自然災害を持ち出すまででもないが、今はリアルタイムで被害現場を映し出してくれる。しかし、真実の報道もまた、問われているのだ。そんな中で光っていたのは、災害を乗り越え懸命に生きる一地方紙の姿だ。「石巻日日新聞」、その活動は大津波の被害を受けて輪転機など新聞社に欠かせないものが機能不全の状態に陥る中、壁新聞を自ら発刊、記者魂を奮い起こさせ、報道の大切さ、ジャーナリストの何たるかを私たちに教えてくれた。3.11から半年経った昨日、某テレビのドキュメンタリー番組がこの石巻日日新聞社の記者たちを追っていた。地域密着で行かないと私たちは生き延びていけないと語るある記者の言葉が印象的。まだ避難所暮らしを強いられているある中年の女性は、この新聞を読むのが何よりの楽しみだと。ここには派手に文字が躍る見出しがない代わりに、新聞の使命の基本的な形がある。
紙面の印刷は盛岡にある新聞社の輪転機を借りてしているのだろうか。この日曜遅くのドキュメンタリー番組は、最後の5分を3.11から半年の特別号を出した直後の石巻日日新聞社を映し出していた。敢えて表現すれば、希望の灯りのような仮社屋。
ところで、某テレビではすでにお馴染みになった“サンダル”教授、否マイケル・サンデル教授の特別白熱教室を放送。今回は確か特別講義の第2弾、日本・東京、中国・上海、アメリカ・ボストンを結ぶ衛星テレビ討論会だ。前にも感じたことだが、どうやって討論会に参加するメンバーを選考するのか興味あるところ。みんな同じ条件だろうか。
 それは余談だが、その討論会で驚いたことがあった。ある質問の答えにアメリカ・ボストンのハーバード大学の学生たちが原発維持に全員賛成していたことだ。昔流行った言葉に“なぜだ”という言葉があったが、まさにこの言葉を発しそうだった!放射能漏れが起こった場合、どんな影響が出るかすでに実証済なのだが、それでも便利さを享受したいのか、少し考えさせられた討論会だった。相変わらずサンデル教授の進行のテンポは良い。今回はアメリカ通の3人がゲストコメンテーターとして登場していた。

 以上が土日のメディアをウオッチした感想だ。

今日(13日、水曜)野田首相が所信表明演説をしたが、掛け声だけではなく、実りのある震災復興をいち早くやりとげてほしい。
フランスの核施設で爆発事故が起きた模様。

2011/09/12

超人の面白、街の話題  11  アメリカの9.11 と 日本の3.11

 昨夜はなでしこジャパンが対中国戦で苦しい戦いの末、1-0で勝利。これでアジア予選、4勝1引き分け。すでに来年のロンドンオリンピック行きは決定しているが、他の地域の強豪と戦って金メダルを獲得するためにはパワーや試合運びに一工夫もニ工夫も必要だ。若手選手を起用した昨日の中国戦では、アウェイ、雨天のコンディションもあったけれども、相手の中国側には運動能力に優れた選手もいたのだ。過酷な試合日程でチームのコンディションもあまり良くなかったようだ。これを機に更なる進化を遂げてほしい。
 ところで、筆者の家の近くにもなでしこジャパンのメンバーがいるとは知らなかった!
 前置きはこの位にして本題に入ろう。9.11と3.11の話だ。メディアの伝えた範囲での話だが、9.11以後ブッシュ政権時代に急遽通した法案に「Patriot Act愛国者法」がある。この法律ができたことで個人情報が筒抜けになり、全然関係のない人までFBIからテロ容疑にかけられている事実を目の当たりにして、あってはならないことが現実的にアメリカで起きていることを実感した。昨日のBBC放送のドキュメンタリーでの放送だ。また、ニューヨーク市街は政府の監視カメラが至るところに取り付けられていてその数、500とも800個とも。新たな監視社会の出現だ。そして今朝方のABCニュースの伝えるところによれば、グランドゼロでの10周年追悼式の直前、ブルームバーグニューヨーク市長が緊急会見、グランドゼロ近くとニュージャージーで盗難車を発見、テロを未然に防いだとの報道があった。元大統領のブッシュ氏と現大統領のオバマ氏そして元ニューヨーク市長のジュリアー二氏らが出席して大きな節目の追悼式がグランドゼロのモニュメント広場で5時間かけて行われた。メインセレモニーは遺族の代表者が死亡者の名前を読み上げるセレモニー、しかしブルームバーグニューヨーク市長は来年から一歩前進の意味を込めてこの行事は取り止めるという。このところのアメリカは元気がないどころか大国の陰りがでてきているように見受けられる。リーマンショック以来、経済的には立ち直っていない、ドルは2001年時、143円、2011年9月11日では77円でドルの威信は半減である。イラクやアクガン戦争で若者の死者の数も多い、戦費は8兆円を超えているという。安心安全がまた、信頼も失われているようだ。オバマ政権の景気刺激策や雇用問題の解決などマクロ経済政策の抜本的解決が急がれると同時に、病んだアメリカを元気にしてもらいたい。保守派のティーパーティーの連中だけではよりよい社会実現は難しいと思うのだ。排他的差別的格差的現象が益々起きる可能性があるからだ。自由、平等、正義、そして移民の国だからこそできることを成し遂げてほしい。
翻って日本国の話。3.11。これについては次のコラムで。

2011/09/07

超人の面白ラーメン紀行 153 JRお茶の水駅『銀座アスターお茶の水 賓館』

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 お茶の水に来ている。なぜか進化したラーメンではなく老舗の“中国料理店”のラーメンを食べたくなった。『アスター麺』である。本当に久し振りに入った『銀座アスターお茶の水 賓館』はやはり昼時とあって多少混んでいた。ここは地上12階にあるので眺めは最高、しかも快晴のこの日は、雲が多少浮かんで見えたくらいで、夏の余韻たっぷりの東京景色。何と真っ正面には来春完成のスカイツリーが見えたではないか。何か得した感じ。そうこうしているうちに『アスター麺』とご対面。昔食べたのと一回り小さいと思いながら、レンゲで一啜り。あ、この味、極細麺の上に海老、白菜、莢隠元、葱、人参、豚肉、クラゲなどのトッピング、そこにとろみがかかっている。もちろん醤油味。啜った感じでは少し塩辛いか。とろとろ感と野菜のうまさを楽しんで完食。『アスター麺』は店によって味や値段が違うようだ。12階の高いところにあるからか値段も高い。かつて入った町田や鎌倉の店と比べても。左隣の中年のペアーは男性がチャーハン、女性は?左隣の親子(高齢の女性と中年の女性)は一品料理を3皿くらい頼んでいた。もう一度外に目をやった。新しいスカイツリーを見つめていると、ついさっき六本木を歩きながら見た東京タワーが愛おしくなった。
 ついでに書けば、同じような種類のラーメンに広東麺があるが、東京メトロ茗荷谷駅近くにある「金門飯店」(最近新しいビルに移って営業している)の広東麺は手頃な価格で美味。ここの奥様は美人で感じがいい。
お茶の水『銀座アスター お茶の水 賓館』①スープ★★☆②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・雰囲気★★⑤価格★☆

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