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2011/05/16

クロカル超人が行く 147 いわき市平薄磯海岸 現地報告

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 福島県いわき市平薄磯の海岸に立つ美空ひばりの石像。毎日新聞3月の夕刊雑記帳の一コマ。映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台で、ひばりさんの歌でも知られる塩屋崎灯台やその石像も被害から逃れたと書いていた。若い時分に灯台巡りをしていた知人もいたが(もちろん塩屋崎灯台は知っていた)、この灯台には結婚直前に登ったことがあった。それ以来の再会だ。しかも大津波後の薄磯海岸は様相が一変、信じられない光景が広がっていた。
 2011年5月15日午後6時手前、ちょうど夕日が沈む頃友人の車で被災地に入った。友人の細君も知り合いのアトリエのあった場所を探したいと同乗した。その知り合いは大津波に流されて死亡したという。当初美空ひばりの碑はどこかと考えていたが、被災地の悲惨な現状を見るにつれ、深い悲しみに襲われそれどころではなかった。何という不条理、にわかにこの現実は受け入れられるか―。
 薄暗くなりかけた時刻にある家族が全壊した家を探しに来たのだろうか、まだ二十歳前の若い人、小中学生の男女が立ちすくんでいた。その光景はやがて筆者の目に焼き付いてしばらく離れなかった。また、全壊した家々を海から山の方へ目をやると半壊した一軒の家が見えた。その家の白いカーテンが風になびいて何度も戸を覆っていた。かすかに風の音が聞こえたが、次の瞬間潮騒に消された。

誰かいるの?
Someone in

と思わず声をかけたくなった。今度は壊れた中学校の校舎の前まで出向いた。時計は動いていたが、校舎の中が丸見えで、その向こう側の瓦礫の山―すでに重機で撤去され整理されていた―が見えた。
夕日はすでに今は穏やかな海に沈んでいた。

帰ろうか…。

一瞬祈った。

ああ無情
ああ無常と
海眺め

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