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2011/04/08

超人のジャーナリスト・アイ 137 雑誌「ニューヨーカー」日本特集“JAPAN CRISIS ”を読む 3

 昨夜遅く宮城県沖を震源とした震度6強、マグニチュード7.4の地震が起きた。関東地方も横揺れが多少続いた。被災地の人々は戦々恐々だったはず。幸いに津波は観測されなかった。福島第一原発にも影響はなかったと報道されているが、果たしてどうか。

 大江健三郎氏のエッセーの続き。
 2008年に亡くなった現代日本を代表する思想家、加藤周一は、原子爆弾や原子炉の話しをすると、1000年も前に書かれた清少納言の『枕草子』に「とても離れて見えるようなものは本当は身近にある」という一行を思い起こすと書いた。核災害は全く仮の話で起こりそうもないようにみえるが、その可能性はいつも私たちのところにあるのだ。日本人は工業製品として核ネルギーを考えるべきではない。広島の悲劇から成長の処方を引き出すべきではないのだ。地震、津波や他の自然災害のように広島の経験は人間の記憶に銘記されるべきものだ。それは自然災害より更に劇的な大惨事でさえあったのだ。何故なら人間が造ったからだ。
 原子炉の構築からみえてくる間違いを繰り返すこと、即ち人間生活の同じような無礼は、広島の犠牲者に対する最大の裏切りだ。私が10歳の時に日本が戦争に負けた。翌年新憲法が発布された。その後何年も力の行使、後の非核三原則(持たず、造らず、持ち込まず)は、戦後日本の基本的な思想の正確な象徴だった。有事の際は日本が進んで軍事力を再構成し、1960年代に作られた秘密協定で日本列島に核兵器はもたらされる。従って借り物の非核三原則は意味を持たない。しかしながら、戦後の人間性の思想はずっと忘れさられてきたのだ。<続く>

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