« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011/02/27

超人の面白読書 82 「文藝春秋」2011年3月号掲載の第144回芥川賞受賞作 西村賢太作『苦役列車』を読む

20110228122109_00001_2

 2月26日の天声人語子は、「希望の処方箋」を書くことが政治の仕事なのに、希望つぶしの名人大会ばかり永田町で盛大だと皮肉たっぷりに今国会での有様を書いていた。
 
 さて、小説が好きでたまらないというせいぜい3000人ほどの人に向けて書かれた西村賢太『苦役列車』と朝吹真理子『きことわ』が、芥川賞を受けて10数万部から20万部近くも売れていると毎日新聞2月24日付夕刊「文芸時評」で佐藤英明氏(近畿大学教授・日本近代文学)が書いていたが、今回の芥川賞は好対照な二人とあってマスコミの露出度も特に高いようだ。筆者は大分前1976年に『岬』で芥川賞を受賞した中上健次の時を思い出した。その時も「文藝春秋」を購入して読んだ。彼は羽田沖合いで土木作業して食い繋ぎながら書いていた。そのことが鮮烈だった。あれから35年、風貌恰好も似ている人の登場だ。私小説がまた、脚光を浴びている。

 今最も話題の作家の一人、西村賢太作『苦役列車』を読んだ。芥川賞作品が掲載されている雑誌『文藝春秋』2011年3月号は品切れでこの雑誌は増刷分。久し振りに買い込んだ。序にその他の記事も拾い読みした。

 『苦役列車』は選考委員の島田雅彦氏の言葉ではないが、随所に自己戯画化が施してあり笑えるのだ。90%本当の話とは作者の弁だが、駄目さ加減をここまで書ける、ということは自己を客観視して書いているということだ。この愛すべきろくでなしの苦役が芥川賞につながったかと思うと愉快でたまらない、私小説が、実は最高に巧妙に仕込まれたただならぬフィクションであると証明したような作品とは山田詠美氏の選評。何度か芥川賞の候補に上がっていたらしい。大正末期の私小説作家藤澤造をこよなく愛し彼の墓の脇にすでに自分の墓も作ってしまった作家だ。これはかつての胡桃沢耕史が直木三十五に惚れ込んで墓を作ってしまったのと同じだ。京浜急行線富岡駅近くのお寺に眠っている。筆者は何年か前にそこを訪ねたことがある。
 主人公北町賢多は、家庭の事情もあり(父が性犯罪者という負い目)、家を転々し、進学できる能力にも欠けて中卒で外に出る。羽田近くの平和島の港湾人足の日雇い仕事で生計を立てる。朝は迎えのマイクロバスに乗って出勤、昼食は岸壁で支給される箱弁当を食べ、帰りは浜松町までマイクロバスで送ってもらう日雇い生活で、冷凍のタコのかたまりを扱う重労働をしながら日々5500円の賃金を稼ぐ。そのやり切れない日常は、案外プライドは高いくせに屈折していて、自己卑下も相当なもの、自分のだらしなさを露呈して余すところないほど。食欲、性欲は人一倍強く、吐き出されていく日常の連続―。そんな時一緒に働く仲間と知り合いになり、飲みに行ったり、風俗に行ったりと親しくなるが、その彼に恋人ができ付き合いが悪くなる。自分も恋人がほしい一心で一案を案じた賢多は、好きな野球観戦行きを決行、しかし飲み屋で彼の言動がもとでトラブル、その後家賃の工面までしてくれたその友人とは疎遠になる。やがて仕事上でのトラブルなど駄目さ加減が露呈、辞めさせられる。友人は新たな可能性に向け、会社を辞めていく。やがて家賃の滞納も限界、引越しする羽目に。母から借金、横浜に引っ越すが、別の荷役会社で相変わらずの人足人生。ポケットに敬愛する藤澤造の作品コピーをしのばせて―。これがこの小説の大体のあらましだ。
 『苦役列車』。このタイトルは何となく人を喰った言葉で笑ってやって下さいと言いたげである。筆者はむしろ『哀愁列車』を連想してしまった。アナクロニズムの言葉使いもあって少し不思議な思いがしたが、私小説の彼方を見つめているような可能性を秘めた作家かも知れない。描写のリアリティーはあるが、その文体は意外に抑制が効いている。1980年代のバブル期をこういった形で描いた小説は珍しい。その意味では特異な作家の登場である。この豊穣な甘えの時代にあって、彼の反逆的な一種のピカレスクは極めて新鮮(石原慎太郎氏評)、主人公の奇行、愚行が必要以上に突出せず、若さによって受容され、思春期という器に収まってしまう面があるのに注目(黒井千次氏評)、「伝えたいこと」が曖昧であり、非常に悪く言えば、「陳腐」であると、村上龍氏の評は辛口だ。

 曩時北町賢多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。
 しかし、パンパンに朝勃ちした硬い竿に指で無理矢理角度をつけ、腰を引いて便器に大量の尿を放ったのちに、そのまま傍らの流し台で思いきりよく顔でも洗ってしまえばよいものを、彼はそこを素通りして自室に戻ると、敷布団代わりのタオルケットの上に再び身を倒して腹這いとなる。
 そしてたて続けにハイライトをふかしつつ、さて今日は仕事にゆこうかゆくまいか、その朝もまたひとしきり、自らの胸と相談するのであった。

 これが『苦役列車』の冒頭書き出し部分である。ここにはアナクロニズム的な言葉使いと濃い体臭の臭いが感得される。それにしてもこの作家の風貌は中上建次を彷彿させてなぜか可笑しい。今後に注目しよう。

 もう一人の芥川賞作家朝吹真理子の『きことわ』の冒頭部分を少し読んだ。人工的で言いづらいタイトルだ。夢への誘い、時間軸の処理の巧さが光るとかプル―スト的とか。読むのが楽しみだ。冒頭の二行はこうだ。

 永遠子は夢をみる。
 貴子は夢をみない。

2011/02/17

クロカル超人のグルメの話 カツオ 14  2011年新物

 富山県氷見市では例年なく鰤が豊漁で、鰤1本2万円がが飛ぶように売れていると2ヶ月前位にテレビが報じていた。しかし、庶民にはほど遠くその手の鰤を近くのデパ地下で見かけていない。あるのは養殖の鰤1パック380円ものだ。はて、どこへ行ってしまったものか…。
 それはともかく今年も鰹の季節の到来である。まだ3年間のカツオ刺身(サク)の値段の平均値他カツオに関する分析した統計が出ていないが(筆者自身による)、今年は昨日から新物を食べ始めた。千葉産1サク、580円。いつものこの時期に比べて値段は安いようだ。これはここ2、3年なかった現象。ただ出回るのが遅いか。肝心な味はというと軟らかだが切れがイマイチだ。

さて、今年はカツオ刺身を食べた回数をカウントしよう。
カウント 只今→76(2011.11.28 現在)
デパ地下の鰤より碧く初鰹
追記。東北地方太平洋沖地震の大津波で三陸海岸は壊滅状態。特に東北のカツオの産地の三陸、小名浜辺りはダメだろう。
千葉産1サク、580円。やや小粒。
昨日のカツオは宮崎県産。1サク。480円、。2011.4.6
今日のカツオは鹿児島県産。1サク。580円。色艶よし、やわらか。
しかし今が旬のいわきは中之作のカツオが食べられないのは非常に残念。黒潮と親潮がぶつかる小名浜沖は筋肉質のカツオを育てるので、脂ののりぐあいといい最高の味、刺身にして醤油にニンニクとショウがを使って食べるとこれまた日本一。
今そのいわきや北茨城の港は福島原発事故で放射能汚染区域に。また、大津波で家や人も流されたりと漁民の痛手は計り知れない。きちっと保障をして頂いて、早く立ち直り美味しいカツオを食したい。

追伸。つい最近のテレビ報道によれば、被災地の石巻でカツオ漁再開の見通しと。カツオフェイクとしはうれしいニュース。2011.5.25

追記。カツオ漁に異変と昨夜のテレビが報道。黒潮に乗って回遊するカツオが、愛媛県愛南町の港で何十年振りで豊漁で通常の4倍の大きさだという。その反面千葉や和歌山では不漁らしい。黒潮の流れが今は愛媛県沖にあって、これから北上する模様。被災地の気仙沼ではカツオ漁再開に意欲を燃やしているが、三陸沖までカツオが来てほしいと願わざるを得ない。2011.5.31
追記。静岡、千葉産のカツオがデパ地下で見受けられるがか細い。午後10時前頃は半値になる。昨日はそれで196円。でもやわらかくて味も良かった。2011.6.14
追記。小名浜の漁師がカツオが水揚げされても全く売れず、千葉県下に持ち込んだ由。ここにも風評被害か。しかし福島第一原発の汚染水は現に海に流された。小名浜はそこからそう遠くないところ。2011.6.24

追伸。カツオ刺身、一サク480円。3.11東日本大震災後やっと宮城産のものを食した。柔らかくて美味!大蒜と生姜で。京都では山葵?!2011.7.16
追記。先週の日曜のことかつおを買おう近くのスーパーに出かけて鮮魚コーナーを見てびっくり、小粒の5切れで何と510円也! 台風12号の影響らしい。とても手が届かなかった。2011.9.14
一サク480円の生カツオが180円、しかも皮付き。色艶が、と心配しながら食べたがイマイチ。2011.10.2

2011/02/16

超人の面白読書 81 『A Public Space 』12号最新号を読む 2

「A Public Space」12号の詩9編の一編を試訳。
トマシュ・シャラムン作「ロシアの谷」。本人他による英訳から。トマシュ・シャラムン氏はスロヴェニアの詩人。1941年クロアチア生まれ。スロヴェニア育ち。コンセプチュアル・アーティストとして活躍。彼の詩はアバァンギャルド的で想像力を駆使した詩が多いと言われている。
彼は2005年12月、東京のイタリア会館で開催された「日欧現代詩フェステバル in Tokyo」にも招かれて朗読している。その時の「死者たちよ」の朗読にはスロヴェニア語は分からなくとも彼の詩の巧みなリフレーン効果があって、その響きが今尚心地よく筆者の耳に残っている。
「A Public Space」12号の寄稿者欄:スロヴェニアで30冊の詩集以上を刊行し20ヵ国語以上に翻訳されている。

ロシアの谷

あるじよ、古い木から飛んで下さい
あなたの足と目をひらひらさせて

落ちるときには空中で
あなたの太股を見せて下さい
しかもちらっと輝かせて

プランクトンを溶かせ
動物の鼻を何時間も筬に触れさせて下さい

ガラスと両手の間にある木を大きくさせないで下さい
人間でもないしましては硬い石でもないので

ダイヤモンドである石炭
あなたの皮膚を輝かせて下さい
透き通らせないで下さい。
あなたの腕を水の中に突き出させたように静かに流させて下さい

あなたの擬態を分かれた枝で一杯にして下さい

影絵に留まり小舟に座って下さい


2011/02/07

記念の1000 本達成 !

 このコラムで記念の1000本達成である。読者諸兄に感謝 ! 書き始めて約5年、硬軟織り交ぜて書いてきたが、はてどう受けられたか心許ないが、多少反響のあるものもある。一番の人気コラムは横須賀市立美術館のこけら落とし企画「澁澤龍彦幻想美術館」だ。次は根強い人気のアールヌーボー「アルフォンス・ミッシャ展」と美術ものが上位にランキング。テレビの影響か「街の話題 3 屋久島の貧乏生活者」も手堅くランク入り中、アカデミックから何かとお騒がせ風の上海発の「世界の大学ランキング」、去年ふとしたことから話題沸騰、東大の安田講堂でも“出張講義”をした「マイケル・サンデル教授の白熱教室『正義 Justice』」も根強い。今年1月の芥川賞が話題だが、文学は短編の傑作、梅崎春生著『幻花』、世相の反映、政治の風刺などを謳った詩「新年の詩 2009 グリーンイヤー」そして街歩き最新号、「横浜馬車道あたり」などが最近の人気コラムランキングだ。
 書評は100冊まで持っていきたかったが、只今81冊(1冊あたりの書評の長さは制限していないため、長短の差あり)、ラーメン紀行は訪問店140店代、街歩き記、クロカル超人が行くは日本それにアメリカ、140ヵ所以上、ネタ探しに役立つ内外の新聞・雑誌読み、ジャーナリスト・アイも130代、いつしか連載風にして続けている。費用もそれなりにかかるが、それよりもシャープな切り口となめらかな文章を書くことを心がけている。これが難しい。400字詰め原稿用紙で約4000枚ほどになるか。画像の質も問題だが、これは時に高度なテクニックも必要だ。痛感。また、書く記事に対するウラ取り、客観的な記述や著作権問題そしてしっかりした文章の校正も身につけて書かなければならない。これからは取り敢えず書評の100冊が目標。
追記。大分前に書評を書いたシュリーマン著『中国・日本旅行記』は、世界漫遊の途上幕末の日本に寄り、当時のYEDOを活写している本だが、この本も常時ランキングしていて息が長い。
かくしてこれからも文章修業は続く…。

2011/02/01

超人の面白、街の話題 10 駅ホーム転落事故

 毎日新聞の社説を読んでいたら、JR目白駅で目の不自由な男性が線路に倒れ、来た電車に引かれて死亡するという痛ましい事故の記事が目に止まった。奥さんも目の不自由な方で一緒だったらしい。降りる駅を間違えてホームを歩いていたそうだ。社説子も書いていたが、事前に気が付いて誰か手を差し伸べることが出来なかったか、本当に悔やまれる事件だ。いつしか都会に暮らす私たちは、他人の仕草に無関心になり、自分のことばかり考えて暮らすようになっている。以前にもこの駅の近くの駅で線路に降りた人を救出したあと、後続の電車に引かれて命を落とした男性もいた。これは純粋な気持ちが犠牲になった例でその勇気ある行動は讃えられた。その駅には今顕彰碑が立っている。また、地下鉄では危機一髪で転落した人を救った例もあった。確か筆者のコラムで書いたはずだが。
 最近中央線、東海道線や横須賀線の中距離電車ばかりでなく、山手線など比較的短距離の電車でも人身事故が多発している。また、ポイント故障、電車の故障、線路の障害と電車の運行がスムーズでなくなって来ている。on time、punctualの英語は日本人のためにあると錯覚したくなる単語だが死語になりつつあるか(どっこい空ではあの日航が運航の正確さで世界一とある調査会社の報告が新聞に掲載されていた)。
過密ダイヤのなせる禍と言ってしまえばお仕舞いだが、何とかならないものか。そのたびに起こる安全柵の設置だ。都営地下鉄駅では実施されているが、JR他の鉄道会社でも早目に実施して欲しいと願わざる得ない。コストの面がネックみたいともいわれている。国も地方自治体も安全・安心対策に全力を尽くすべきだ。なぜなら人命を落とす人がこれからも絶えないからだ。と書いていたら、可愛い服を着た盲導犬が目の不自由な人を誘導して筆者の脇を通り過ぎた。
 帰宅途中の図書館で上記の社説を再読した。最新の点字表記に規格変更を急げとはこの社説の結論。同感である。

追記。その後新聞にこの安全柵についての設置状況と各鉄道会社の今後の設置予定が路線毎に載っていた。先週のこと、関西に住む友人の一人が年賀状やメールでの近況を知らせても返事がなく、不思議に思って自宅に電話をしてみた。案の定、筆者の勘があたった。病気ではなかったが事故!しかもホームでの転落事故である。それは2010年9月のある夕方私鉄のターミナルのホームで起こったらしい。それから5ヶ月が経過、意識不明のままらしい。一日も早いを回復を願ってやまない。ガンバレ、T氏よ !!
筆者の身近にも遭遇した人がいたのだ。家人曰く、気をつけた方がいいよとこの時ばかりはやや語気が強かった(2011年2月16日 記)。

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31