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2010/12/04

超人のジャーナリスト・アイ 132 森鷗外の小説「舞姫」のモデルについて

 大分前に森鷗外の「舞姫」のモデルついてこのコラムで書いた。それなりにアクセスが多いコラムで時々読み返す。そんな折り森鷗外のモデルに関する記事が朝日新聞夕刊(2010年11月11日付)に載った。NHK-BSハイビジョンで放送と。文化欄ではなく社会欄での記事だった。そのタイトルは「舞姫は15歳」新証拠、刺繍の型金にイニシャル、鷗外、子の名前も彼女から?と題した記事。知人から森鷗外の小説のモデルについてNHKで放送されることを聞いてはいたが、いつなのか分からなかった。気がついたら放送は終了していた。半ば諦めかけていたら、体調が今一の日曜の午後、暇つぶしにテレビのチャンネルを捻った。するとタレントの女性が、ドイツ留学が一緒だった森鷗外の上司が書いた手紙を朗読していた。そこには鷗外の心情吐露が綴られていた。鷗外が本気だったことが分かる。途中からのテレビ参戦である。

 番組は森鷗外の生れ故郷、山口県津和野から始めていたが(朝日新聞夕刊の記事で判明)、残念ながら始めのシーンは視れなかった。番組の今野勉ディレクターが、鷗外記念館のモノグラムに注目、このモノグラムに隠されたイニシャルを解読することでモデルの名前を特定できると考えた。また、鷗外がドイツから持ち帰った緑色のハンカチ入れにはWBの文字が刺繍されている。番組は型金の真ん中上の×××と記号化された箇所の謎解きをするためドイツに飛び、専門家を訪ねて文字を浮かび上がらせる。また、モデルの女性エリーゼ・ヴィーゲルトを追って住所録や不動産登記簿からヴィーゲルト家の探索、教会での出生記録の調査、関係者へのインタビュー、出港した場所、乗船名簿への名前の記述の仕方(パスポートはなく、必ずしも本名を書く必要がなかったらしい)など言わば調査能力の度合いが番組を引き立てていた。ナレーションは石坂浩二。
 植木哲著『新説 鷗外の恋人エリス』(新潮選書 2000年刊)を踏襲した形のテレビ番組「鷗外の恋人」には新発見が二つあった。一つ目は、エリスがなぜ高額な船賃を払えたかその出所だ。これは祖父から譲り受けたアパート収入からがその理由。現地調査で確証を掴んだ。二つ目は、当時出入国の際のパスポートは必要なく、乗船名簿には本名を必ずしも書く必要がなかったと専門家の意見を引き出していたことだ。その他上述した教会の洗礼記録(アンナ・ベルタ・ルィーズ・ヴィーゲルト)から当時としては珍しい宗派の違う者同士の結婚(カトリックとプロテスタント)が判明したこと、父の職業が仕立て職人でアンナ・ベルタ・ルィーズ・ヴィーゲルトもガラス職人と結婚して七十何歳で亡くなった。
 さて、森鷗外の『舞姫』のモデルエリーゼには、エリーゼ・ヴァイケルト説、路頭の花説、結婚相手説など諸説が鷗外研究者たちに熱い論争を闘わせてきた。テレビ番組の取材班は、モノグラムに隠された文字が専門家の間でもアンナ・ベルタ・ルィーズ・ヴィーゲルトの頭文字と読めなくはない、とまで突き止めた。娘に杏奴(→アンナ)や息子に類(→ルィーズ)と名前を付けたことでもアンナ・ベルタ・ルィーズ・ヴィーゲルトが有力の説のようだ。最後に横浜に上陸した入国名簿に記したエリーゼ・ヴィーゲルトElise Wiegertは、鷗外と彼女の間にしか通じなかった二人だけが持つ愛称だったのでは?と番組をしめた。
 近代文学研究者の山崎一穎氏は地道な調査は評価できるが、決め手となる証拠とは言い切れないのではないかと前述の朝日新聞夕刊の記事でコメントをしていた。異論も待たれるところ。筆者的には娼婦説を採りたいが?!

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