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2010/11/26

超人の面白読書 76 カレル・チャペック 6 余滴

 カレル・チャペックの『北欧の旅』には、フィンランドやアイスランドは含まれていない。“オーロラ”の記述もない。しかし、この旅には偏執狂的な植物や鉱物それに自然への眼差しがある。今や日本も含めてBIODIVERCITY=生物多様性の時代に入った。直近では名古屋採択が良い例だ。カレル・チャペックは、70年以上前に自然と平和についてよく考えていた知識人の一人だ。この『北欧の旅』にもノーベル文学賞の候補者だったらしく、現にオスロでは記者会見も開かれたと訳者あとがきに記されていた。
 今回筑摩文庫の新訳で読んだわけだが、一番印象的なことは、著者自身の文体の日本語への翻訳が難しかったのではと感じたことだ。訳者は北欧の地名の表記の訳に苦労したと書いていたが、今また地名が新しく表記されている。厄介だ。
 カレル・チャペックのユーモアとイロニーはこの本の味わいをさらに深くする。現代人の我々にも共感できるし、決して古ぼけてはいない。むしろこの旅の記録はある意味で普遍性すら保っているように感じられる。観察の鋭さそれに文明史観が隠されているのだ。

超人の面白読書 76 カレル・チャペック著『北欧の旅』 5

 さらに北へ船は進んでロフォーテン諸島。岩の障壁にまともに向かって進んだ先が妖精の入江と呼ばれているトロルフィヨルドだ。そのノルウェー語の説明はこうだと著者は書く。
en viden kjent fjord,trang medveldige tinder p  begge sider.両側の岸壁が影を落とす非常に有名なフィヨルド。著者の描くカットも質感が出ていてなかなかいい。ラップランドに住むサーメ人の話とサーメ語とチェコ語を交えた、おかしな会話。

「チャペック!こっちへ来てこのちび小僧を見てよ!」
「チャペック!チャペック!」
「とんでもない連中だな」わたしは驚いて大声を出した。

 このちび小僧が描かれているが、小僧は売り物ではなかったとわざわざ断り書きをしている。(P.206)
 さて、『北欧の旅』もヨーロッパ最北端の北緯70度40分11秒でこの旅の目的は達成。
 
 かくて見よ。ノールカップだ。
20101130131621_0000120101130132121_00001ヨーロッパはいささか突然に、まるで途中で切断されたかのように終わる。そしていささか悲し気でもある。本当に、それは黒い山の天辺のようだ。そしてこうも書く。この大陸の完全に最北の地点は、あの遠くにあるノルヒヌであり、一方ノールカップは単にマーゲル島の終点に過ぎない。だがそれは同じことだ。ヨーロッパは自分でノールカップを最北の地点として選んだのだ。もはやそこが終点なら、せめてそれに値するようにしよう、と考えている。ヨーロッパは常に、何かをひけらかすことにいささか気を使ってきた。実際にそうであるよりも、少なくともよりそれらしき終点に、そのふりをさせている。

 鋭い文明史観が伺える。(本文P.228)それにしてもNordkapの岸壁!それから太陽が沈まない白夜の話、そしてナルヴィクの著者自身が迷い子なって消えた事件、些か冒険がすぎたようだ。
 そして北端からスウェーデンの領域に戻り、スウェーデンの深い原始の森を一昼夜以上かけて急行列車で駆け抜ける。そしてスウェーデン北部山岳地帯の川に注目して書く。

 それから無数の川(エルヴ)。無限の深い森は、常に水路を切り開いている。そして湖のように広くて静かな川や、急流となって黒や白の泡を吐いている若い小さな川がある。しかし一番大きいのは、大きいなゆったりとした、限りなく落ち着いた流れで、本来の荒々しさは上流の発電所にすっかり与えて、今は絶え間なく、辛抱強く、そしていくぶん物憂いげに、木材の筏を、製材所と港に移動させている。それは北のほうから、ルレ川、ピテ川、オービー川、ウメ川、オンイェルマンス川、インダルス川、それからさらにリューネスネ川、ダーラ川その他多くで、それらの名前をいくつ挙げても多すぎて、わたしには追いつけない。スウェーデン語のエルヴも、わが国のラベ、またはそのドイツ語名エルベも、結局は古代のケルト名エルヴに他ならないのだ(本文P.267)。

 ここで筆者の遠い記憶が蘇った。スウェーデン映画のシーンだ。美しいスウェーデン北部山岳地帯を背景に男女の織り成すあやしい関係を描き出す愛のリアリズム―急流も男女のアクシデントの舞台だった―が目の前に映し出された。その映画のタイトルは確かKungsleden。音楽もあった。この映画が筆者を北欧特にスウェーデンに誘った機会を作ってくれた映画だった。
 それはさておきこの書評も終盤にさしかかってきた。先を急ごう。絵を見るだけでも十分楽しめるが、ここにも幾種もの木々を微妙に描き分けた傑作がある。ほんの一筆の違いで森の様相が変わるのだ。古い木々、牧草地、森、花崗岩(この言葉は頻繁に見かけた)、湖と北の自然を満喫して旅の終わりに書く。

 灰色に冷たく、明け方の光りが射しはじめる。それはいささか、湿っぽい朝の新聞を開いて、この世界に何が起こったのか記事を目で探すかのようだ。ここしばらく新聞を読まなかった。何事もなく、ただ数週間の永遠が過ぎてゆき、ノルウェーの山々はフィヨルドの水に影を映し、スウェーデンの森はわれわれの頭上を覆い、温和な牛たちは満足気な聖なる眼でわれわれを眺めていた。最初のみにくい、非人間的なニュース〔スペインのフランコ将軍によるファシスト独裁を指す〕、それがまさに旅の終わりになるだろう。(そうだ、ここにそれがある。それはそのまま、スペイン国民の恐ろしい不幸だったに違いない!神よ、なぜ自分の知った諸国民のすべてを、こんなに好きになるのでしょうか!)
 
 カレル・チャペックは女優で妻のオルガ、それに彼女の兄と一緒に北欧を旅した。彼が旅行中にこの『北欧の旅』を執筆、チェコの「人民新聞」に連載され後単行本になった。「ロボット」を生み出した作家は、『山椒魚戦争』の作品で知られるが、劇作家、ジャーナリスト、文明批評家、SF作家、園芸家、愛犬家でもあった。今年の7月には‘文芸を通じた平和と人間性の追及’と題したカレル・チャペック展が立命館大学国際平和ミュージアムで開かれた。20101104183033_00001
 筆者は偶然にも鑑賞することができた。身の回り品や新聞、自筆原稿、写真、著作物が展示されていた。
“非人間的なニュース”が飛び込んできた。愚かな攻撃が普通の人々を狙った。カレル・チャペックの生きた時代ではなく、現代しかも一昨日の朝鮮半島で起こった。平和の希求がもっともっと叫ばれていいのだ。
【「写真左上:芸術新潮」2008年12月号より 写真右:本文P.228より 写真右: カレル・チャペック展のチラシ】

付記。チャペックの『北欧の旅』で気にいったところがある。それはノルウェーに入る場面の牛の記述だ。

 やがてエルヴとトンネルのかなたにノルウェーがやって来る。山と岩が、そして角のないノルウェーの牛が。わたしはすでに、スコットランドの毛深い牛を、湖水地方の巨大な菫色の牛を、スペインの黒い牡牛を、アルプスの赤白まだらの小牛を、ハンガリーの白い牡牛を、豆のように黒い点々あるオランダの牛を見たことがある。だが、角のない牛を初めて見たのは、ここスコッテルドの近くのどこかだ。牛たちは小さく、褐色で、骨ばっている。角がないので、憐れにも無防備に、ほとんど困り果てているように見える。そして、わたしがこれまでに遭った他のどの聖なる牛よりも、もっと穏やかな眼をしている。

カレル・チャペック著飯島周訳『北欧の旅』(ちくま文庫 2010年1月刊)

2010/11/25

超人の面白読書 76 カレル・チャペック著『北欧の旅』 4

 オスロの章ではノルウェー人は300万人(もちろん当時)もいないのにリクスモールとランスモール(現在ではブ―クモールとニーノシュクと呼ばれている)の二言語があること、即ちディグロシア(一言語内に二変種併用*P.90の註参照)に言及したあと、チャペックは言う。わたしの考えでは、ノルウェーの言語状況から一つの教訓が生まれる。―言語が、その時代に話され考えられるように、そしてエリートか一般大衆か、町か田舎かを問わず、民族全体の言葉となるように、作品を書くこと。わたしは、これが用意でないことを知っている。だが、それだけ努力するからこそ、文学は芸術と呼ばれるのだ。
 ベルゲンまでの旅では、ベルゲン鉄道、旅の途中の駅や村、山岳地帯、渓谷とフィヨルドと自然の美しさを讃ながら微細に書き進む。このベルゲン鉄道の起伏に富んだ風景は、世界有数の風光明媚なところでよく知られている。筆者もこのベルゲン鉄道については古くはノルウェー人からもらった絵葉書や地理本で知っていたし、また、今では地上波・BS放送の番組でもよく見かける。ベルゲンの街並みを詩情豊かに描いた絵を見ると、兄ジョセフはもちろん画家だが、チャペック自身もなかなか絵の才能に恵まれた作家だ。特に中世のハンザ同盟の面影を残す木造倉庫、何という味わい、一見メルヘン風―。読者諸兄よ、本文106〜107ページをごらんあれ。20101130132048_00001 ホーコン・アダルスティン号の船内の人間模様を半ばユーモラスに半ば皮肉を交えて描いているが、これはこの作家の得意とする人間観察の賜物だろう。アメリカの宗教団体に注ぐ冷ややかな目、イッケ・アルコール(船内にはアルコールがない。アルコールを扱う専売公社がある寄港地は限られている)、当意即妙的な会話、妻の女優オルガとのちぐはぐな会話等々ホーコン・アダルスティン号には人生の色々なものが積み込まれているようだ。それをこの作家が嗅いで目に余るものは吐き捨てている。ある意味では船旅は退屈だけれども飽きさせない、この間の挿し絵がそれを物語っている。


2010/11/23

超人の面白読書 76 カレル・チャペック著『北欧の旅』 3

 チャペックはこの本の始めに書いている。下記は飯島周編訳での本文引用。
 わたしの北への旅はずっと昔、まだ幼かった日々に読んでいた物語から始まった―イェ―テボリからヴェガ号に乗って…。中略。
 北への二つ目の旅は学問芸術の旅で、ずっと長く続き、おそらく、いつになっても完成されることがないだろう。その波止場や停泊池は、キェルケゴール、ヤコブセン、ストリンドベリ、ハムスン等々という人の名前である。そこでわたしは、スカンジナヴィビア全体にわたって、名前ばかりでいっぱいの地図を描かねばならないわけだ。ブランデスとギェレルプ、イェイェルスタム、ラーゲルレーヴとヘイデンスタム、ガルボルグ、イプセン、ビョルンソン、リー、チェラン、ドウン、ウンセット、その他まだ誰がいるのかわからない―たとえばペル・ハルストレーム。そしてオラ・ハンソン、ヨハン・ボイェル、その他その他、たとえばアンデルセン=ネクセー。中略。大きな文学とは、ある特定の民族的なものでありながら、同時にすべての民族が理解できる、親しみ深い身近な言葉で語られるものである。いかなる外交術も、いかなる民族連合も、文学ほどの普遍性を持っていない。にも拘わらず人々は、文学に対して十分に重きを置かない。そのため、人々は、いまだにずっと憎しみ合ったり、よそよそしくなったりしてしまうのだ。
 コペンハーゲンの章ではコペンハーゲン陶器の話をしたあと、注意すべきものが他にも数多くあると書き、11点具体的にあげている。その4、大きな熊毛帽をかぶった王宮の護衛兵。わたしは12人の護衛兵を見たが、堂々たる光景だった。「ごらんなさい、ここには」とガイドが誇らし気に指し示した。「わが国の軍隊の半分がいます。」

2010/11/22

超人の面白読書 76 カレル・チャペック著『北欧の旅』 2

 昨夜偶然に日テレBS放送の番組で北欧鉄道旅行を視た。スウェーデンのストックホルムからノルウェーのオスロ、ベルゲンを行く主に鉄道の旅だが、途中フィヨルドを眺める船旅もある。今回はオスロからミュールダール、フロムまでだった。最新型の急行列車はデザインもスマート、車内は快適、食事もノルウェーサーモンの塩漬け、鰊の酢漬けなどバラエティーに富んでいた。車窓からは美しいノルウェーの山々の風景も見えて視ている者を楽しませてくれた。やがて列車は海抜1400メートルの山岳地帯を登り、一時下車して有名なショース滝を眺める。今度は一気に急勾配をフロムまで降下、この鉄道の旅はここで終わる。次回はフィヨルドを眺めながらの船旅で、船旅、鉄道を使って中世時代のハンザ同盟の面影を残す港町ベルゲンまで辿る。
 さてさて、本題に戻ろう。今から74年前に旧チェコスロバキアの作家カレル・チャペックが書いた『北欧の旅』だ。目次を追ってみよう。Ⅰ デンマーク コペンハーゲン Ⅱ エーレスンドの対岸 ストックホルムとスウェーデン人、ストックホルム周辺、旅の途中 Ⅲ ノルウェー オスロ、ベルゲン鉄道路線、ベルゲン、二ーダロスまで、ホーコン・アダルスティン号の船上で、北極圏を後にして、ロフォーテン、トロムス、海峡とフィヨルド、港と停泊、北緯70度40分11秒、ノールカップ、帰りの旅、ナルヴィク、オフォト鉄道 Ⅳ ふたたびスウェーデン 北のツンドラ、スウェーデンの深い原始の森、古きスウェーデン、ゴート族の国、夜が目次。

2010/11/20

超人の面白読書 76 カレル・チャペック著『北欧の旅』

 20101130131236_00001_2
 人間は北指向の人間と南指向の人間とに分かれるという。若い時代に読んだ作家・評論家・北欧文学者の山室静氏の評論の中に、私は北指向といった言葉が書かれていて大変印象深かった。今もって耳の片隅に残っている言葉だ。次にヴィトゲンシュタインが哲学的命題に取り組んだところもノルウェーの山村。これも北。
 そんな昔を思い出してくれた旅行記が新訳で出た。カレル・チャペック著『北欧の旅』。時は1936年(昭和11年)、第二次世界大戦前のヨーロッパ、そのほぼ中央に位置している旧チェコスロバキアが生んだ著名な作家の一連の旅行記の一つである。主にスウェーデン、ノルウェーの旅が中心だが、注目に値するのは、ジャーナリストでもあったチャペックが、この旅の途中でスペイン内戦に触れて書いていることだ。それは訳者もあとがきで触れている。ここには作家の憤怒がある。また、学名で書けるくらい植物に造詣が深く、それはこの『北欧の旅』でも遺憾なく発揮されている。特にノルウェーのベルゲンからノールカップの章で顕著だ。もちろん園芸関係の本も出した作家だから当然といえば当然だが(そう言えば、山室静氏も植物好きだった)。
 カレル・チャペック自身による挿し絵―2、3ページに1枚程度描かれている―は、読者に一服の清涼感とほのぼのとした安堵感を与えていることもこの本の特徴で、さながら“旅の絵本”の様相である。〈続く〉


2010/11/16

文化講演会の案内

クロスカルチャー出版主催 第3回文化講演会が開催されます。
下記はその案内チラシから。

■演題 :『江戸時代を考える―鎖国と農業』
■講師 :矢嶋 道文 関東学院大学教授
■司会 : 神 繁司 国立国会図書館・国会分館長
■日時 : 2010年11月20日(土)午後1時半〜3時半
■場所 : 江戸東京博物館1階学習室
JR線両国駅西口下車徒歩3分/地下鉄大江戸線両国駅徒歩1分
入場料 : 500円

講師は近世日本思想史、近世日本経済思想史、比較文化史がご専門の歴史家。豊富な専門知識を駆使した講義は学生に好評である。また、優しく分かりやすく語る口調は、長年培った幅広い教養に裏打ちされている。著書に『交通と文化の史的融合』(共著)、『「十九世紀」日本の経済思想世界―企業者・政策者・知識人』(共著)、『近世日本の「重商主義」思想研究―貿易思想と農政』(単著)、「四十七士『討入り』への評価―植木枝盛の『討入り』評価を中心にー」
などがある。

※この講演会の問い合わせ先 : クロスカルチャー出版 文化講演会係へ
TEL03-5577-6707 FAX03-5577-6708 e-mail: crocul99@sound.ocn.ne.jp

さながら「ヤジマ教授の白熱歴史教室 in Edohaku」
の様相です。面白くてためになることが盛りだくさん。読者諸兄も週末下町散策かたがた会場を覗いてみてはいかが。国技館の隣です。
因みに講演会の案内記事が神奈川新聞の11月17日(水)の朝刊17面TOKYO情報欄に載っています。(追記。11月17日)20101117104357_00001_2


2010/11/14

クロカル超人が行く 143 オバマ大統領の鎌倉大仏見学

 森鴎外の自筆原稿が見つかったとテレビの「なんでも鑑定団」で披露されたので、筆者はその再放送を視ようと考えていたが、急きょ鎌倉大仏へ向かった。アメリカのオバマ大統領が来られるからだ。
 11時過ぎに江ノ電の長谷駅を降りて大仏の方へ歩いた。すでに物々しい厳戒体制、京都、長崎、福島、新潟の名前が胸に貼られた警察官が沿道あちこちに警備にあたっていた。
 大仏のある境内は10時から3時まで立ち入り禁止、この沿道もやがて交通規制されて封鎖されますと警備の警察官。仕方なく長谷観音Hasederanec_0229やオルゴール館に立ち寄り、由比ヶ浜の海岸通りに立った。すでにオバマ大統領の姿を一目見ようと人だかりができていた。Obama4nec_0231指定された場所での撮影、果たして上手く撮れるか。先ほどから太陽が顔を出し始めた。時刻は12時50分。あと2、30分でこの海岸通りに車で現れる。
 だが、由比ヶ浜に船が見えてきた!今1時25分。この光景と警備の動きが気になった…。
 午後2時過ぎ、ついにオバマ大統領を乗せた車の隊列が先頭の白バイから始まって星条旗をなびかせて走る黒塗りの四輪駆動車が5台、左前方に見えた。Obama2nec_0235すると、たちまちのうちに目の前を通り過ぎて行った。あれっ、カメラのシャッターを切るも追いついていけなかったし、車の窓も黒くて見えなかった。携帯カメラに気を取られて、オバマ大統領が車にいたかどうかも判然としなかった。残念。周りにはNHKの取材班、読売新聞社のカメラマンなどが撮影ポイントを探してウロウロ。ある女性がインタビューを受けていた。周りでは見えなかったと残念の大合唱。
 今度は帰りを待った。場所も土盛りしてある少し高いところで、その時を待った。来た、来た、午後2時29分、オバマ大統領を乗せた専用車がやって来たのだ。携帯カメラで急いで撮るも、シャッタースピードが追いついて行かず。またもや失敗。車の中で手を振っていたようだ。Obamanec_0241
こうしてオバマの鎌倉騒動は終わった。あとはテレビのニュースを視るしかない。

オバマさん大仏に来て秋嗤う

沿道は空缶と違い人集り

すごいぞと警備の数は山を越え

悔しいな携帯カメラ疾風負け

追記。やはりオバマ大統領は抹茶アイスクリームを食べにやってきた。その光景が夕方のテレビニュースで流れた。

2010/11/11

超人の面白、街の話題 8 靴磨き今昔

 筆者は1990年代初頭かもっと後かも知れないが、ニューヨークからワシントンに向かい、降りたワシントンの空港内で靴磨きをしてもらったことがある。確か5ドル(?)。ひょろっとした実年男性だった。その磨き方は日本のそれより大雑把だったように記憶している。靴墨や布切れを使うのは日本もアメリカも同じだった。
 なぜそれを忘れかけた記憶の泉から汲み上げたか。それは都市伝説の一コマを語るに余るからだ。銀座は並木通りのおばあちゃん(某文房具店近くでしていたが10年以上前に惜しまれて止めた)は、社長族からハイカラな銀座族まで愛された靴磨きの達人だった。当時新聞記事にもなった。この辺の地下は巨大ネズミ他の巣窟で太ったネズミがネコを追い回していると誠淑やかに語られていた。
 この銀座の靴磨きを始め、有楽町のガード下(久し振りに通りかかったが大分料金は高かった)、東京駅丸の内北口、Nec_0255新橋、上野、新宿、大阪梅田駅、新大阪駅などが筆者がすぐ思いつくところだ。その靴磨き稼業も老齢化でなり手がなく自然消滅状態。そこで出てきたのがメトロ駅にある自動靴磨き機だが、この簡便で安価な機械が存続の危機に直面しているとは朝日の携帯ニュース。
 先日テレビで靴磨きに新たなビジネスと最近靴磨き事情を紹介していたばかり。ところは都内某所。一つはマンションの一室で靴の磨きを受け負う業者、夫婦で勤めている方々の注文に応えてまずまずの売上と。いろいろな靴が自分の顔が映るほどにピカピカと輝いて蘇る。また、ビルの一室で繁盛している比較的若い新世代のシュークリーナーたちそして靴の修繕まで本格的に行う靴職人集団、いずれもニーズがあるという。筆者は比較的靴磨きをする方なので、自ら靴墨と布切れを使って磨いている。艶出しが難しいが―。

磨くほど軽やかになる靴の音


2010/11/05

超人のジャーナリスト・アイ 132 最新ニュースあちこち 尖閣諸島報道他

Nec_0222_2今朝のNHK7時のニューストップは、ネットに流出した尖閣諸島での 中国漁船が日本の巡視船に衝突する動画だ。この動画が本物かどうかは別にしても衝撃的だ。
 また、あわや航空機惨事―。昨日飛び込んできたニュースだ。オーストラリアのカンタス航空のエアバス社製の最新鋭の航空機がインドネシア上空でエンジントラブルを起こし、シンガポールのチャンギ空港に緊急着陸、幸いに乗客には怪我人はなかった。原因はエンジンの構造的欠陥か鳥による仕業かなど原因究明中。しばらくはこの種の飛行機は飛ばさないとは関係航空会社の社長の弁。
 もう一つは大変興味深いニュース。CNNの携帯電子版から。
 ダライ・ラマ14世と会談した所属国が、会談後の2年間の対中貿易が約8.1%の輸出減少を被っているニュース。
 ドイツのゲッティンゲン大学の研究報告書でわかったと報道。中国は対外貿易で政治的判断に大きな意味をもたせ、外交政策遂行の手段にもしていると結論付けているが、中国外務省は報告書にコメントしていない。特に機械類、輸送関連機器などの対中輸出減が顕著と報道。

 文化・芸術分野では事件らしき二つの出来事が報道された。
 作家の村上龍氏が電子書籍を制作・配信する会社「G2010」を設立したニュース。今後「限りなく透明に近いブルー」などを電子化して今後、1年間で約20点を出すらしい。多数の版元との関係を維持するためにも電子書籍版では特定の出版社とは組まないという。よしもとばななさんや瀬戸内寂聴さんの新作も手がけると。(「毎日新聞」2010年11月5日朝刊より)先週のTBSの報道特集では電子出版について取り上げていたが、その中で一番懸念されることは、出版社→取次→書店のルートではなく、著者→読者といったルートが生まれ、いわゆる中抜き現象が起こるのではないかということだ。
 最後にもう一つは文学的事件かも知れない。ネット盗用で43年ぶり「文芸賞」(河出書房新社主催)該当なしとの報道。(「神奈川新聞」2010年11月5日の文化欄)コピペが大学間で問題になっていることが毎日新聞でも取り上げられていたばかり。文芸賞で受賞取り消し、問われる作品の独創性との見出しが哀しく映る。
【左上の写真: NHKの7時のニュースから】

2010/11/02

超人の面白、街の話題 7 俳優水島ヒロ氏の小説大賞賞金辞退

 何とも羨ましい!俳優水島ヒロ氏、本名斉藤智裕氏(26)が、「KAGEROU」でポプラ社小説大賞を受賞したが、小説を目指す人に使って欲しいと賞金2000万円を辞退したという。なんでも小説のテーマは「命」と重い。書店員に訊いたら発売は来春だそうだ。
 先週の日曜午後フジテレビのノンフィクション番組で、あるおかしな夫婦の物語を取り上げていた。この夫婦は別居中。高校、中学の男の子3人は母親が育てていて、月1回は家族で食事会をする程度の現代版おもろい夫婦なのだ。場所は大井町駅近くの場末の洋食屋、特大とんかつが売りの店の店主がこの番組の主人公だ。2年前とその後を追ったドキュメントタリーなのだが、とぼけ風の親父が、店が終わると店でパソコンと向きあって小説を書いていた。何度も応募しては落選していた。一見優しいお父さんだ。近くに家を建ててからの別居で、2年前の取材では自分の書斎は段ボールが散らばって未整理、それが2年後にはきれいに整理整頓されていたが、肝心の主は相変わらず帰らずずまい。変わったのは店を手伝う妻の姿があったこと。夫の実家で母親や店員2人では間に合わず別居中の妻に応援頼んだのが真相らしい。それだけ店が繁盛している証拠だ。相変わらずのノー天気振り。子どもたちも帰って来るのを半ば諦めたが、たまに帰る回数だけは多くなったらしい。自分の父親も火宅の人だったらしく、遊んでもらった記憶があまりなかったという。小説はどうなったのか?

 俳優水島ヒロ氏をあまり知らない筆者だが、格好よすぎないか。何か裏があるのではと勘ぐりたくなる気にもさせるが。

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