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2010/10/31

超人の面白読書 75 川上麻衣子訳『愛のほん』

 女優川上麻衣子。飛び切りの美人ではないがキュートで好感度が高い女優だ。親がデザイナーでスウェーデン生まれとはずっと前から知っていたし、彼女のエッセイ本も読んだ。また、テレビの旅番組にも時々出ていて、今でも年1、2回はスウェーデン旅行を欠かせないスウェーデン大好きの芸能人。その川上麻衣子が翻訳したわずか40ページ足らずの性教育の本が11月1日に刊行される。産スポがその記事をいち早く流した。久々の話題提供者の川上麻衣子は、映画、舞台やテレビで活躍中だが、最近ではガラス工芸家の片鱗もある(神奈川県相模原大野で個展を開催中)。あるガラス工房でタレントの誰かを指導していた場面もフジテレビの土曜日午前の番組で視た。土曜日午前8時半からは旅番組のコーナーが重なるので視る側も忙しい。直近の10月30日土曜日の場合を例に取ろう。まず8時半にテレビ朝日の旅番組「旅サラダ」(今月はドイツの旅でロマンチック街道、ミュンヘン、ベルリンやライプチヒなどの都市をある女優が旅していた)、次にフジテレビの番組「にじいろ」の地球見聞録(今回はトルコのエーゲ海よりの都市イズミルを取り上げていた)そして最後にTBSの番組「知っとこ」の世界の朝ごはん(ドイツのロマンチック街道で一番人気の都市ローテンブルグとその町に住む新婚さんの朝ごはんを紹介)を視たのだが、30分位の間に旅ものを3ヵ所並行して視るのだからチャンネル換えも大変。筆者はもともと世界の旅番組は好きで(BS放送の旅番組もできるだけ視ている)、かつての兼高かおるの「世界の旅」(TBS系)の熱心な視聴者だった。一つでも多くの都市の紹介番組を視て、自分も行った気分を味わうのだ。そして視て得した…。
 その彼女が今度は性教育の本に挑戦している。題して『愛のほん』。スウェーデンの絵本作家でイラストレーターのペニラ・スタルフェルト(1988年〜2010年で20冊の著作がある)原作の翻訳本だ。ユーモラスに性交渉の場面など紹介しているとはマスコミの一コマ。(想像するにジャンルは違うが、この出版社がかつて手掛けた硬い本を見やすく解りやすく作った『日本国憲法』と似た感じの本なのか。)内容は大体想像つくが、ユーモラスなイラストと色合いや日本語の文章がどうなっているか興味津々だ。(実は近くの書店でこの本を見ようと思ったが新刊配本がなかった!残念)

Nec_0217_2つい書き忘れたが、彼女は上記のフジテレビのバラエティー番組「にじいろ」にゲスト出演していて、最後に自らこの本を宣伝していた。

追記。書店で立ち読みした。ほんとに薄い本。イラスト特に人間の輪郭や色合いも個性的だ。筆者はまずカバーそれからあとがき、著者や訳者の履歴そして本文と何度か捲った。スウェーデンのリアリズムが現出していたが、やさしくきれいに描かれていた。多少あとがきが長いのが気になったが、全体的にやさしい日本語になっていた。愛を育むとどうなっていくか―。(2010年11月2日 記)

2010/10/29

超人の面白ラーメン紀行 140 新宿区歌舞伎町『麺武 虎龍』

Nec_0215_2 台風14号が近づいていた昨日、びしょ濡れにながら着いたところが新宿は歌舞伎町の『虎龍』。新宿区役所のちょうど裏側、夜賑わうスポットの中心に位置していて懐かしさもあったが、生憎の悪天候で人通りも疎らだった。兄ちゃん、兄ちゃん、遊んでらっしゃいと相変わらずの呼び込み屋はいた。しかし以前よりおとなしい感じ―。
 券売機で味噌ラーメン(850円)を買ってガラス戸を開けようしたら重くて開かない。若い店の女性が出て来て、ごめんなさい、開きにくくて。開けてもらいながら店内へ。時間帯が4時手前だったことと悪天候が重なって店内は誰もいなかった。メンマの段ボールが店右側に何箱か置かれていた。大体仕入れた個数で店の繁盛振りが分かる。結構あったか―。窓際に座って外の看板を見やった。この辺にさつま揚げを出す鹿児島ラーメンの店があったなと記憶を辿っていたら、注文品が出て来た。最近噂の味噌ラーメンだ。トッピングがすごい、あまり大きくないチャーシューの上に生姜が乗っていた。最初に生姜を舐めるわけにいかないから、例によってレンゲで一振り、確かにスープはまろやかだ。本来の味噌ベースからは進化している感じだがパンチが弱い。筆者が想定していたものと多少違った。だから生姜か―。最初出されて見た味噌ラーメンの色合いも普通の味噌ラーメンのイメージとは違っていた。
『緬武 虎龍』―神田西口や三崎町にも出来ていた店と姉妹店の―は、黄色くやや固い緬やトッピングのネギ、メンマや刻んだチャーシューなど味や形が似ていたのだ。いずれも『虎龍』の出所は千石あたりにあったラーメン店らしい。営業時間午前11時〜翌5時。
新宿歌舞伎町『緬武 虎龍』①スープ★★②緬★★③トッピング★★④接客・雰囲気★☆⑤価格★★

2010/10/25

超人のジャーナリスト・アイ 131 CNNのスウェーデン・マルメ市の連続銃撃事件報道

 一昨日スウェーデンの有力紙「ダーゲンス・ニーへーテル」の電子版を一瞥していたら、スウェーデンの南部の都市マルメ市で殺人事件か、との報道があったが、今朝のCNNの携帯電子版でも伝えていた。移民問題はヨーロッパのイギリス、ドイツ、フランスそしてアメリカといろいろとその国の政治状況と絡んで複雑化している。下記はCNNの電子版から。

移民狙う連続銃撃が15件、同一犯か スウェーデン
2010.10.24 Sun posted at: 16:32 JST


ストックホルム(CNN) 北欧スウェーデン南部にあるマルメ市の警察は23日、同市居住の移民を狙った連続銃撃事件が昨年からこれまでで15件も起き、同一犯の仕業の可能性があるとして捜査していることを明らかにした。容疑者は捕まっていない。死亡者が出ているのかも伝えられていない。
CNN系列の地元テレビTV4は地元警察の情報として、犯行は周到に準備されて暗闇を利用して行われ、犯人には土地勘があると伝えた。首都ストックホルムでは1990年代、レーザー照準付きのライフル銃で移民を標的にする銃撃事件が起きたが、今回の連続発砲はそれ以来の凶悪事件となっている。
一部の犯行は過去数週間内に起き、21日夕にはアパートの窓越しに撃たれた移民の女性2人が負傷。地元紙ダーグブラデットによると、同じアパートの住人は夜になって照明をつけるのが怖いとの不安を示した。
マルメの警察によると、バス停で待っていた少数民族系の男性2人が突然発砲を受ける事件も発生。1人は胴を撃たれたが生命に別条はなかった。警察は、犯人は茂みに隠れて待ち、発砲した可能性があるとしている。22日夜には自転車に乗っていた移民の男性が銃撃を受けたと警察に連絡した。
一連の事件を受け同国の国家犯罪警察当局などが地元警察と協力し犯人を追跡する捜査に着手した。マルメ市内で警戒に当たる警官や警察犬の数も増やした。同市の人口のうち約3分の1が移民。事件は移民社会に動揺を与えており、17歳少女は自転車やバスでの通学を止める車だけにしているとし、事件のことを考え夜も眠れないとTV4に打ち明けた。
同市に住む若者層の携帯電話では事件を受け「殺人者が市内をうろついている。屋内にとどまろう」とのメールが出回っているという。
同国では今年9月の総選挙で中道右派連合が勝利し、反移民政策を打ち出した右翼政党が議席を獲得し初の国政進出を実現させていた。治安悪化に加え、移民への福祉制度を疑問視する見方が国内に強まり始めたことの反映とみられている。


2010/10/20

超人の面白ラーメン紀行 139 水道橋『麺屋 金みそ商店』

 201010201244000_2激戦区の水道橋周辺に2009年5月にオープンした味噌ラーメン専門店。実は新宿に用事があって、人気の味噌ラーメン店に行くつもりが、時間や場所を気にしていたら時間がなくなり、通りがかりのこの店に入った。以前から気にかけていた店だが、特に浅草の開花楼の麺を使用していることは、店の看板に書いてあるので知っていた。何度か入るチャンスがあったけれども今回が初めてだ。
 金みそラーメン(780円)を注文。カウンター15席くらいの狭い店にはすでに5人くらいはいたが、昼休みも終わりにかけた時間帯で比較的空いていた。待っている間カウンター前の貼り紙を読んだ。味噌にこだわり、まろやかなスープをだすことと書いてあった。出て来た味噌ラーメンは、鉄鍋に入った黄色い中細麺だ。麺がいやに太く感じられた。さて、味噌スープである。味噌は醤油や塩と違って味が良くも悪くもすぐ判ってしまう。だから半面ごまかしもきくのだ。これは札幌ラーメン系のカテゴリーなのだが、今や進化も遂げてバリエーションも新旧様々。この店は仙台味噌と他の味噌をブレンドした味噌の極意を伝授しているようだ。見た目よりずっとまろやか、コクもあり、美味。中細麺との相性もいい。トッピングのもやし、メンマ、刻みネギそれにやわらかでやや大きなチャーシューも歯応えあったりと良い。完食。サービスの炊き込みご飯も旨かった。えっ、お腹すいていたから―。他にこってり濃厚みそラーメンやつけ麺もある。バックにネーミングの入ったTシャツを着た男性二人が切り盛りしていた。
『麺屋 金みそらーめん商店』1.スープ★★★2.麺★★☆3.トッピング★★☆4.接客・雰囲気★☆⑤価格★★

ラー麺やノー味噌族も秋堪能

2010/10/17

超人の面白読書 74 梶井基次郎著『檸檬』

20101018102005_00002_2 毎日新聞書評欄の「好きなもの」コーナーを読んでいたら、毎週100冊を読んでいる大読書家がいて驚かされた。しかも音楽家だ。実用書から専門書を含め娯楽書まで手当たり次第に読んでいるらしい。それにしても毎週100冊とはサプライズである。読み違いじゃないか再度その新聞にあたって確認するつもりだ(図書館で確認済)。

 梶井基次郎著『檸檬』はごくごく短い小説ですぐ読むことができる。全部で4800字余りの小品、400字詰めの原稿用紙で約12枚、文庫本で約9ページ弱だ。
 この短い小説を一読そして1日おいて再読、更に再々読した。なぜかアルチュール・ランボーを思い出した。「見者」の梶井基次郎だ。京都の河原町周辺を活写した文章だが、不治の病をもった若者の心の虚ろさ、憂鬱さが文章に滲み出ている。また、簡潔な文章、それに透明感のあるイメージなど感覚の研ぎ澄まされた短編だ。しかも作者自身の身辺を描いているあたりは私小説的だ。ちょっと捻くれた見方かとも取れる著者の一見みすぼらしいものや裏通りの路地や暗いところに惹かれる感受性―。対象に迫ろうとまた、その対象を突き抜けて何かを捉えようとする感受力が痛いほど読み取れる。八百屋の軒先で檸檬201010171756000_2を見つけて買うのだが、その色と造形に惚れ込んでしまう。作者の美意識を異常に駆り立ててしまう。これは檸檬という果物を介して対象の迫り方を純粋に構築していく作業、周りを剥ぎ取りながら裸形を感じ取っていくことに他ならない。純粋芸術的、感覚的な文章だ。絵画で言えば、ある対象を選んでデッサン、あるいはデフォルメに熱中し対象を捉える仕方に似ている。対象がうまく描かれたとき、その作品は新たな次元に到達するのだ。また、お金もないのに贅沢品に惹かれて丸善を訪ね、その手のものに触れてはある感慨に浸る。筆者も若い時分に丸善の本店を訪ねて分不相応の高価な万年筆を購入、それは何度か直して今もって手元にある。そういうハイカラなものに憧れ、いい格好をつけたい。大正末期や昭和の始めの時代も若者には魅力的だった―。
 八百屋で購入した檸檬201010171314000_4は、紡錘形の爆弾に仕立てられて丸善の美術書の棚に置かれる。そうして想像した先は、丸善を出た途端に美術書の棚に置かれた爆弾が爆発することだった。何と奇怪な想像力だろう。思わず読者はニヤリとしてしまうだろう。してやったり―。しかし不治の病を抱えた若者には何か先の見えない不吉な予感ややるせない感情が見え隠れする―。印象に残ったところを本文から引用してみよう。

 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦燥といおうか、嫌悪といおうか―酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないではない。いけないのはその不吉な塊だ。

 なぜだかその頃私はみそぼらしくて美しいものにつよくひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いたりする裏通りが好きであった。

 生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、例えば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様をもった琥珀色やひすい色の香水びん。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費やすことがあった。
 
 一体あの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それから丈の詰まった紡錘形の格好も。

 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰れよりも熱かった。その熱い故だったろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。
 
 梶井基次郎は大阪出身、死後評価が高まった作家。簡潔な文章で自己の内面を凝視した短編を20近く書いて31歳の若さで亡くなった。

2010/10/12

超人のジャーナリスト・アイ 130 今年のノーベル賞

 昨日発表のノーベル経済学賞受賞者がアメリカの2人とイギリスのキプロス国籍を持つ経済学者に贈られて、これで今年のノーベル賞がすべて発表された。その中で特記すべきことは、ノーベル化学賞にアメリカ人の学者と日本人2人を含めた3人が受賞したことだ。有機化合物の革新的な合成法を開発した鈴木章・北大名誉教授(80)、根岸英一・アメリカパデュー大特別教授(75)、リチャード・ヘックアメリカデラウェア大名誉教授(79)の3氏だ。2種類の有機化合物を、金属のパラジウムを触媒に使って結合させる化学反応「クロスカップリング」と呼ばれる手法をそれぞれ独自に開発、医薬品製造やエレクトロニクスの分野で、様々な新しい物質の合成を可能にした功績が評価された(2010年10月7日付毎日新聞朝刊)。これで日本出身者の受賞は、医学生理学賞1、物理学賞7、化学賞7、文学賞2、平和賞1の18人。
 一つ気懸かりなことは今年のノーベル平和賞だ。ノルウェーのノーベル平和賞委員会は、満場一致で中国の反体制運動家で服役中の劉暁波氏に贈ることを決定したが、これが中国政府を刺激している。中国政府はノルウェー政府と漁業交渉などの会議を見送り両国間がギクシャクしているとマスコミが連日報道。去年はアメリカのオバマ大統領だった。受理するか話題になったし、受賞演説も何かと物議を醸したことは記憶に新しい。ノーベル平和賞は現実的すぎるからか話題には事欠かない。それと今年もノーベル文学賞の候補者になっていた村上春樹氏だが、受賞者はペルー出身のマリオ・バルガス・リョサ氏(74)だった。ファンがその知らせを固唾を飲んで待っていたが残念、また来年にとテレビが悔しそうな比較的若い男女の集団を映し出していた。
 昨夜某テレビ局のBS放送で「ノーベル賞・知の冒険と葛藤」という番組を放送していた。途中から視たのだが、なかなか面白かった。湯川秀樹の物理学賞には長岡半太郎の強力な推薦があった事実。また、長岡半太郎が推薦する学者は100%受賞していて、関係者にはミスター100%と呼ばれたエピソードも披露。同じく後に物理学賞を受賞した朝永振一郎と湯川秀樹は年の差もあまりなく良きライバルだったなど、今だから訊けるノーベル賞の舞台裏に迫っていた―。ノーベル経済学賞は成り立ちも違い、また、同じ科学でも経済学は社会と人間を扱うから評価と言ってもなかなか難しいらしい。戦後世界経済をリードし続けたアメリカが圧倒的に強い。フリードマンやハイエクが代表的、日本はまだこの分野では受賞者はいない。ゲスト出演した慶大の金子勝教授が経済学の学問の発展と社会貢献を手短に説明するも、ノーベル経済学賞受賞者でもその後にその理論が通用しなくなっていることもあると鋭い指摘をしていた司会の一人、タレントの山田氏。また、イギリスの2人の学者がDNAの構造が二重螺旋構造であることを発見してからこの分野は分子生物学として発展、最近の研究ではゲノムの解析、それにより遺伝子組み換えが可能になり、人間も優秀な頭脳や美形などを人工的に作り替えることが可能になってきた。また、今年最有力のノーベル賞候補だった京大の山中教授のiPS細胞の研究は、特に難病患者には朗報でまさに夢の医療だ。皮膚から取り出した細胞をある細胞を媒介することで初期化し新たに再生する仕組みだ。使い方や科学の進歩を過信すれば、人類の方向性が危ぶまれる最も危険なところでもある。倫理観と想像力が求められるとはこの番組に出演した全員の一致した意見だった。
最近ガンバリズムが著しい韓国だが、日本人2人のノーベル賞受賞者が発表された日の韓国の新聞が、まだ一人も受賞者が出てないことを嘆き、奮起を促していたと日本の新聞が伝えていた。いずれにせよ、今やノーベル賞は世界的な影響力を持ち始めているのだ。


2010/10/11

クロカル超人が行く 142 横浜野毛 ジャズ喫茶『ちぐさ』

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伝説のジャズ喫茶『ちぐさ』が復活。但し期間限定で(10月8日〜10月17日 11:00〜19;00)場所も野毛の文化施設「Hana*Hana」の2階に再現して。

 10月の雨上がりの祭日、気分転換に足を運んだ。新装オープンの『ちぐさ』は11時開店、一番乗りだ。201010111101001
 コーヒーができるまでリュックを置いて少し会場を観て回った。やはりオールドファンが少しずつ入ってきた。場所が今一分からずと言いながら。戻ってみると地元ローカルテレビ局なのか分からないが、戦前の『ちぐさ』を知る長老にロングインタビューをしていた。よく見ると自分の席でだ。テレビ局かは知らないがその人たちに占領されてしまっていた。何の断りなしにしかも勝手に筆者のリュックを退かして。一言断るべきだと思うが・・・。たかが500円の入場料を払っただけだけど、こちらは。
 展示場には内外の多くのジャズミュージシャンの人たちに混じって植木等や秋吉久敏子の写真と書簡もあった。その昔この『ちぐさ』のカウンターに座って夜明けまでいたことがある。そのカウンターは復元されていないが、机や椅子、レコードのジャケット、201010111114000スピーカーなど所狭しと飾られていた。いつの間にか往年のファンで席が満杯になった。女性客もパラパラ。やはりカメラ持参の方々が多い。さすがにこのスピーカーから流れるジャズの音色がいい。4、5曲目にはLee Morgan Quirtetの曲が流れた。94歳の長老はさっきから喋りっ放し、店のなかは異様な熱気が漂う。
 筆者は去年訪ねたニューヨークの『ブルーノート』を思い出したが、こちらはレコード鑑賞のみ。店主のダンディー振りが伺える写真をパチりとカメラに収めて、201010111102000サイフォン式で淹れたコーヒーを啜っていると、アサヒグラフ風の雑誌を持参してきた男性が隣に座った。ボランティアの年配の店員さんに話し掛けた。すると当時の『ちぐさ』の店内を撮影した写真を見た店員さんが、この人なら、ほら、あそこにいるよ、と指差しながら微笑んだ。
 
1933年(昭和8年)開店、1994年(昭和)10月30日、店主吉田衞氏逝去、2007年1月31日(平成19年)、閉店。74年にわたる営業(会場の年表を参照)。たくさんのジャズミュージシャンが育っていった。

 喫茶店を出て会場でジャズミュージシャンや店主のパネルを観賞した後、会場に設置してあったテレビで録画を視た。先月亡くなった谷啓それに元気でひょうきんな安田伸、石橋エータローのクレージイーキャッツ、日野昭正や秋吉敏子などのミュージシャンたちだ。『ちぐさ』店主のところに集ってジャズの定番A列車で行こうを演奏したのだ。映像から豪華メンバーの迫力が伝わって来た。1970年の始めの頃でみんな若かった。
 この企画は横浜にある東京芸大の先生を中心にちぐさアーカイブプロジェクトが企画した。それほどジャズ狂でもない筆者だが、秋晴れの野毛でしばしジャズを聴いた。

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2010/10/09

超人の面白読書 73 三浦哲郎著『忍ぶ川』 5

 印象深かったところを本文から引用した。小説の舞台はもう半世紀前だ。しかしそこには貧しくとも愛情豊かな人間の基本的な営みがあった。まだのどかで家族の信頼が篤かった時代―。私大生には近親の避けて通れない血の陰がつきまとってはいるものの、誰かの言葉ではないが、それが単純なストーリーに陰影をもたらしていると(評論家秋山駿の言葉)。続編の『初夜』には子供をつくることへの怖れが、そして父親の死をきっかけに子供を持つ決心をする。それにしても最初は流産せざる得ない状況だったが、本気で子づくりに精を出すあたりの、特に生理が来たか来ないかの女の生理現象にともなう心理描写は見事といっていい。『忍ぶ川』の続きの『帰郷』まで読了した。いい小説を堪能した。
 近現代文学の傑作をしばらく読むつもりだ。大分前に梶井基次郎作『檸檬』も丸善本店で立ち読み、斜め読みしたが。小説に京都の丸善(今はない)が描かれていて、丸善京都支店が閉店間近に記念にとこの本を買っていく人が多かった評判の文庫本だ(筆者もこの現場を見たが)。初めは店の人も気づかず、そのうち平積みやら本物のレモンを置いたりして商魂逞しさが全面に出て来た。それで嫌気がさした。筆者は天の邪鬼だから。しばらく忘れていたら、毎日新聞(2010年10月3日)の書評欄に川本三郎評・柏倉康夫著『評伝梶井基次郎―視ること、それはもうなにかなのだ』が掲載されていた。静かに愛されている作家で、この評伝は力作と締め括っていた。

2010/10/08

超人の面白読書 73 三浦哲郎著『忍ぶ川』 4

「わたしが馬鹿で、ろくに子供も育てられんで、いたらぬものですが、志乃のことはなにぶんよろしゅう、おねがい申します」
 いいきって、父はさすがにはげしく喘いだ。
「みえる? ねえ、お父さん、みえる?」
 志乃は、どうでも父に私をみせたいらしく、父の胸にすがるようにして懸命に訊いた。
「ああ。みえるよ」
 父は、うってかわった絶え入るような声で答えた。志乃は、こころぼそげに、身をもんだ。
「ただ、みえるって、どうみえる? ねえ、どうみえる?お父さん」
 父のこけたほおが、ひくひくとうごいた。
「いい男だよ」
 それきり、また瞼が重そうにたれさがり、あとは口だけが声もなく、なにごとかを語りつづけた。
「みえたんですって。いい男だなんて……」
 志乃は私を仰いだが、すぐうつむいて、父のとがった喉ぼとけのあたりにぽたぽたと涙を落とした。
―その翌日、志乃の父は、死んだ。(P.39〜P.40)

「俺の嫁さん、どうかね」姉は、水滴のたれこむ目をしょぼしょぼさせて、わらった。
「いい、ひと」
「あんたの妹だぜ。うまくやっていけそうかい」
 姉は無言でわらいながら、拳をふりあげ、親猫が子猫をぶつような、肉親だけの親しさをこめて私の胸板をどすんとぶった。
「ありがとう」
 私は、志乃との結婚が成功したと思った。(P.45)

「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ。うまれたときのまんまで寝るんだ。その方が、寝巻なんか着るよりずっとあたたかいんだよ」
 さっと着物と下着をぬぎすて、素裸になって蒲団へもぐった。
 志乃は、ながいことかかって、着物をたたんだ。それから電灯をぱちんと消し、私の枕もとにしゃがんでおずおずといった。
「あたしも、寝巻を着ちゃ、いけませんの?」
「ああ、いけないさ、あんたも、もう雪国の人なんだから」
 志乃はだまって、暗闇のなかに衣ずれの音をさせた。しばらくして、「ごめんなさい」ほの白い影がするりと私の横にすべりこんだ。
 私は、はじめて、志乃を抱いた。(P.48)

超人の面白読書 73 三浦哲郎著『忍ぶ川』 3

 木場は、木と運河の町である。いついってみても風がつよく、筏をうかべた貯水池はたえずさざ波立っていた。風は、木の香とどぶのにおいがした。そしてその風のなかには、目にみえない木の粉がどっさりとけこんでいて、それが慣れない人の目には焚火の煙のようにしみるのである、涙ぐんで、木場をあるいている人はよそ者だ。(P.10)

 それは、異様な街であった。けばけばしい彩りのちいさな家々が、せまい路地をはさんでぎっしりと軒をつらねていて家々の屋根という屋根、窓という窓には、赤や白の布ぎれがいっせいに風になびいていた。田舎者の私の目には、好奇をそそるながめであった。
「あの街へいきたい」と私がいうと、「ばか」と兄は叱って、そして、ぼおっと頬を赤らめた。
洲崎は、娼婦の街であった。(P.14)

 志乃は、焔になめられたあとが黒い縞になってのこっている石の欄干を、なつかしそうに手のひらでぴたぴたたたき、それから、橋のむこうの空をよぎっている高いアーチを、めずらしそうに仰いで、そこに書いてある、夜はネオンになるだろう、豆電球にふちどられている文字を、
「洲・崎・パ・ラ・ダ・イ・ス」とひくく読んだ。
「バラダイスなんて、あたし、なんだかいやですわ」志乃は、上気したように頬を赤くしてそういうと、だまってあるきだした。
  志乃はすたすた橋をわたるのであった。私は、ひとりでに胸の鼓動が高まった。(P.15)

 忍ぶ川は、料亭というけれども、いかめしい門構えや植え込みなどがあるわけでもなく、直接都電の通りに面していて、階下には豚カツやお好みの一品料理で簡単に飲めるカウンターもあり、その方の店の隅にはタバコの売場もあるという、いわば小料理屋に毛が生えた程度の、だから自家用車でのりつける客なんかめったになく、常連というのも近くの国電の駅から本郷あたりへ通う学校の教師、会社員、それに土地の商家の楽隠居たちで、たまには魚屋や肉屋のあんちゃんが女めあてに、青い背広を着て通ってきたりする。場末のちいさな料亭なのであった。それでも、界隈にいちおう名の通ったのれんの手前、格式と酒の値だけは一段高く、私どもにはそうたびたび出入りできる店ではなかった。(P.21)

2010/10/07

超人の面白読書 73 三浦哲郎著『忍ぶ川』 2

 この作品は第44回(昭和35年下半期)芥川賞を受賞し雑誌『文藝春秋』に掲載された。また、映画は栗原小巻や加藤剛の出演で評判を呼んだから大体の内容は知っていた。今回文庫本で読むきっかけは作者が亡くなったこととも関係するが、私小説風の小説を読みたかったからに他ならない。最近の小説では少し私小説が顧みられている傾向があるらしい。毎日新聞夕刊文芸時評欄の一角に編集部が今月の3冊を取り上げるコーナーがあるが、6月のこの欄で編集子がこう書いていた。最近、「私小説」という言葉にしばしば接します。先日発表された三島由紀夫賞の候補作のいくつかも「私小説的」と評される作品でした。候補者の一人は「自分が経験したことに、人が共感できるところがある」と言います。また、小説をめぐるイベントで「私的な言葉のみが公共性を持つ」と発言した作家もいました。厳密に言えば、どんな小説にも、作家の個人的経験が反映されているのかもしれません。ただ、それが伝わり安い作品が書かれ、受け入れられているのだと思います」と書いて、田中慎哉著『実験』や三浦哲郎著『おふくろの夜回り』を取り上げていた。(2010年6月29日)同じ作家の『白夜を旅する人々』は、2、3ページを読んでそのまま本棚に置き去りにされたまま。物語の内容が暗く重たそうだから敬遠したのかも知れない。
 『忍ぶ川』は私大生と若い女性との恋愛をテーマにした私小説だが、ここには短編小説の極意がある。自分に起きた出来事を下地に創られているが文章が凝っている。普通は漢字なのが、コンテストの中の効果を狙って柔らかいイメージを醸し出すひらがなに、そして何より句読点の独特な使い方―作者の息吹を伝える可能な限りの装置―が施されている。どうしてこんなところに読点がと一瞬読者を困らせるほど「、」の位置が独特だ。同郷の太宰治の影響が感受される(文庫本解説の文芸評論家奥野健男の言葉)短編小説だが、題材、構成や進行などよく出来ている。特に男女の内面を抉る短い会話に顕著だ。つい最近筆者は、村上春樹の初期作品『風の歌を聴け』を読んだ。群像新人受賞のこの作品は1979年(昭和54年)、そして芥川賞受賞の三浦哲郎の『忍ぶ川』が1960年(昭和35年)、この二つの作品には約20年の隔たりがあり、同じ恋愛を描くにしても時代背景が違っている。同じ青森県出身の評論家三浦雅士氏は、毎日新聞書評欄(2010年10月3日)この人・この3冊のコーナーで、『忍ぶ川』を読み返すと、1950年代日本の濃密な、だがあくまで爽やかな風が吹いていることに驚かされると書いていた。それに比して村上春樹は、シティノーベルと言おうか、都会の匂いがぷんぷん、アメリカナイズした軽快かつ渇いた文体でオトコとオンナを描いた。二人とも同じ年頃にデビューしているが対照的だ。
 話は多少横道に逸れた。急いで本題の核心に戻そう。この短編小説には読み進むにつれて少しやるせなくなり、うっかり目頭が熱くなる描写や貧乏だが幸せを目一杯感受する美しい感動的な描写が多々ある。作者の筆の運び方が上手いと言ってしまえばお終いだが、物語を無限に紡ぎだすことこそが作者三浦哲郎の本領(上述の三浦雅士氏)であって、ここに短編の名手たる所以が隠されているようだ。無駄のない、バランスのとれた文章がいい。そして会話に方言がほどなく挿入されている。この妙―。その人なりの呼吸が聞こえる。強いて言えば、それぞれの生き様が少し覗けるのだ。志乃の父と弟妹、私大生の両親、友達―。

2010/10/06

超人の面白読書 73 三浦哲郎著『忍ぶ川』 1

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 去る8月29日に鬱血性心不全で死去した作家の三浦哲郎。享年79歳。短編小説の名手だった。その芥川賞作品『忍ぶ川』を新潮文庫版(昭和41年8月10日、5刷。定価130円。古本価格:210円)で読んだ。映画化やテレビドラマにもなった戦後文学の傑作である。
 ストーリーは単純だ。料理屋『忍ぶ川』に勤める志乃に私大生が一目惚れし、ある日木場にデートに誘い、そこで志乃の秘密を知る。志乃は廓洲崎の射的屋の娘で戦後すぐ家族は栃木へ疎開。私大生は6人きょうだいだったが、姉や兄が自殺や失踪をしていて、残ったのはすぐ上の姉と末っ子の自分だけ。彼はその事実に戦き悩んでいる。友人から志乃には婚約者がいることを知り、志乃に糾す。そのことが却って私大生を本気にさせ、やがて栃木にいる志乃の失意の父親の最期に立ち会い、結婚を誓う。北東北の雪が多い地方の出身の私大生が実家に志乃を連れて行き、両親や姉に紹介、そして家族だけの小さな結婚式をあげる。翌日近くの温泉場に一泊二日の新婚旅行に出かける。その汽車の窓から眺める雪の中の家に自分の家を見つけたと叫ぶ新妻の志乃と周りを気にしながら赤面している夫の私大生―。この小説はここで終わる。


2010/10/01

10月の風

10月の風

気温25℃湿度65%
曇りのち晴

夏が余りにも暑かったため
すべては夏の余韻に
酔いしれたままだ

10月の風

爽やかに
穏やかに
吹いている

政治の季節が
猛暑とともに
去ったかに見えた

江ノ島
植物園から見える
空はまだ夏模様

白子はいかが
栄螺はいかが

店の人の声に
一瞬振り向いた

幻聴だったか
暑さで感じなかったか

10月の風は
穏やか
爽やか

激しい恋の季節が去って
物思いに耽る季節がやって来たのだ

木々が色づく前の
緑がまだちらりと
見えて

国道には
10月の風の訪れ

少し色づき始めた
木の葉が
ひらりと舞い落りた

誰かが風を見た
誰かが風を詠んだ

吹く風を
吹かすだけ吹かせ
唐っ風

10月の風が
冷たい風を運んで来た

波は津波に
海底は爆発寸前

南の島に唐っ風

瞬間風速100メートル以上
海上視界不良

南の島に風が吹く

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