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2010/08/29

超人のジャーナリスト・アイ 127 マイケル・サンデル教授の白熱教室「正義Justice」

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マイケル・サンデル教授。今最も注目の57歳のハーバード大学教授だ。ハーバード大学行政学部政治哲学の彼の公開講義『ハーバード白熱教室』(Justice with Michael Sandel)は、教室に入り切れないほどの人気を博し、そのため大学で初めてメディア公開に踏み切った。NHKがこの講義を「ハーバード白熱教室」として4月から6月の毎日曜日の午後6時に12回に分けて放送した結果(2ヶ国語放送で英語原音でも視聴できる)、たちまち評判を呼び、今や彼の著作の日本語版も出て20万部以上売れているらしい。先週来日して8月25日には東大の安田講堂で、27日には六本木のアカデミーヒルズで講演を行った。毎日新聞8月26日付朝刊の記事によると、東大では東大生350人と公募の社会人や学生約1100人が参加、「イチロー選手の年収はオバマ大統領の約40倍、日本の教師の約400倍。私はイチローのファンだが、彼の所得は公正か。国家が税をかけて所得の再配分するのは正しいか」と問いかけた。この講義は10月31日と11月7日、NHK教育テレビで放送予定。
 筆者はNHKの「ハーバード白熱教室」を視ようと何回か試みたが、日曜の夕方とあってか、なぜか見落としてしまってついに一回も視れなかった。しかし、偶然にも先週末にNHKハイビジョン放送の番組で第11回と第12回を視ることができた。ソクラテス方式(対話形式の授業)の授業は、テーマと投げかける質問もなかなかのものだが、応える学生もまた、それなりにはっきりとした意見を述べている。まさしく白熱した授業だ。NHKの番組では毎回放送の最後に千葉大学の小林正弥教授の解説が挿入される。この小林教授は今ではサンデル教授のソクラテス方式を導入して授業を行っているという。放送1回分はレクチャーが二つ組み込まれていて、全部で24のレクチャーで構成されている。Wikipediaから内容を見てみよう。

第1回 殺人には正義はあるか トロッコ問題 ジェレミー・ベンサム ミニョネット号事件
第2回 命に値段をつけられるのか ジョン・シチュアート・ミル
第3回 「富」は誰のもの? ロバート・ノージック
第4回 この土地は誰のもの?ジョン・ロック
第5回 お金で買えるもの 買えないもの 徴兵制度 ベビーM事件 
第6回 動機と結果 どちらが大切?イマヌエル・カント
第7回 嘘をつかない練習 モニカ・ルインスキー事件
第8回 能力主義に正義はない ? ジョン・ロールズ
第9回 入学資格を議論する アファーマティブアクション アリストテレス
第10回 アリストテレスは死んでいない ケーシー・マーティン 奴隷制
第11回 愛国心と正義 どちらが大切 ? アラスデア・マッキンタイアー ロバート・E・リー
第12回 善き生を追求する 同姓結婚

 歴史や現在の出来事から題材を選び、難問を学生に浴びせ、対話形式によって難問の回答を見出していく。この講義風景はアメリカらしいオープンな大学の授業風景と映った筆者だが、なぜか高校時分の倫理社会の詰まらない授業を思い出した。哲学者の名前や業績を暗記することに終始していたのだ。また、大学でも大教室での哲学の授業は一方的で学生はせいぜいノートに書き写すくらいだった。NHKのハイビジョン放送の番組で視たマイケル・サンデル教授の政治哲学の授業、「正義Justice」は違っていた。教授の問題提起の仕方が斬新でまた、学生もはっきりと自分の意見を述べ、それに対する他の学生の反論も述べさせ、賛成、反対の立場から討論デベイトさせている。テーマを身近なところから臨機応変に語り、政治哲学を説く。
 このマイケル・サンデル教授の哲学講義の本が日米で売れている。原題はjustice: What's the Right Thing to Do?日本語訳のタイトルは『これからの正義の話をしよう』。来年にはイギリスのBBC放送でも公開されるらしい。
 最近の日本の政治や社会では制度疲労や疲弊、それにモラルの低下が著しい。やはり「正義Justice」の問題は古くて新しい問題だ。サンデル教授みたいな白熱する授業ができる先生が日本の高校、大学にも出てきてほしい。
 
追記。NHKの教育テレビでマイケル・サンデル教授の『白熱教室』in 東大を視た。若い人たちが積極的に参加していたのが印象的。英語での受け答えもできていた。こういった議論があちこちの大学他で浸透していけば、日本ももっと国際的な貢献ができるはずだ。会場には国会議員の人もいてサンデル教授が国会で同じような講義をしてくれれば政治家の意識も変わるのではないかと話していた。やはりこの手の講義にはなれている。ディベートの進め方が上手かった。
 今回の特別講義のテーマは3つ。①イチローの給料は高すぎないか ②東大の入学資格はお金で買えるか ③東アジアで戦時中に行われた行為を現在の日本人は謝罪すべきか
(2010年9月26日 記)


2010/08/27

超人の面白読書 71 内田樹著『日本辺境論』

20100827105231_00001_4著者の内田樹氏は今や売れっ子の思想家・エッセイスト。毎月1冊のペースで本を出しているらしい。ネットで著作を見たが、かなり量産的だ。『ためらいの倫理学―戦争・姓・物語』(2001年)、『レヴィナスと愛の現象学』(2001年)、『映画の構造分析―ハリウッド映画で学べる現代思想』(2003年)、『私家版ユダヤ文化論』(2006年)※第6回小林秀雄賞受賞、『街場の現代思想』(2006年)、『村上春樹にご用心』(2007年)をはじめ著書多数。何しろブログから単行本化するらしい。その量産の凄いこと、フランス思想(フランス文学者菅野昭正の教え子)から映画論、時評、現代思想、能や文学論、教育論、空手・武道論と幅広い。

 親書大賞2010年第1位とは新潮社の帯、そして日本人とは何ものか云々のビッグピクチャーが踊る。養老孟司氏絶賛。この手の日本人論は昔も今も数多く出版されている。本書のコンテンツにはあまり新味がありませんと著者は、この本のはじめに断っているが、筆者は電車の中で【註】のページを入れて255ページを読んだ。その限りでは著者の言う通りかも。何故かザラザラした感じが残った。それはあとがきでも著者が書いているように、アイデアが浮かんだらすぐブログに書き、その間の“晒し方”が足りないのかも知れない。裏読み、深読み、論理展開はお手のものだが、何かスピードに酔っているような印象を受けた。話題展開が早い、縦横無尽もいいが、点・線・面の展開が不足しているようだ。歴史上の出来事には多々教えられたことは事実、今流行の池上彰のテレビ番組ではないが、ああそうだったのか、と納得する場面だ。
『日本辺境論』の目次をざっと拾ってみよう。

Ⅰ 日本人は辺境人である
Ⅱ 辺境人の「学び」は効率がいい
Ⅲ 「機」の思想
Ⅳ 辺境人は日本語と共に

 著者の「辺境人」の定義に従えばこうだ。ここではないどこか、外部のどこかに、世界の中心たる「絶対的価値」がある。それにどうすれば近づけるか、どうすれば遠のくのか、専らその距離の意識に基づいて思考と行動が決定されている。そのような人間を「辺境人」と呼ぶと。前半の地政学的、歴史的な考察よりは、筆者的にはⅣの「辺境人は日本語と共に」やⅢの「機」の思想が面白かった。
著者が引用しているカミュ、梅棹忠夫、、澤庵禅師、歴史学者朝河貫一、カール・マルクス、司馬遼太郎、新渡戸稲造、鈴木大拙、白川静、池谷祐二、ハイデガー、ゲルショム・ショーレム、ジャック・ラカンなど強いて言えば、ここには独創性に富んだ思想家の群像がある。日本人の特性を指摘した、のきょろきょろ論=執拗低音(basso ostinato)、国民文学と称されている司馬遼太郎、藤沢周平や池波正太郎の作品や吉本隆明などの戦後の思想家の英訳がほとんどない、アメリカ文学は自意識の文学でアメリカとは一つのアイデア(翻訳家柴田元幸氏の言葉)、君が代と日の丸の根拠や「日ノ本」のそもそもの意味、虎の威を借る狐の意見、起源からの遅れ、武士道というのは「鼻腔に吹き込」まれるもの、日本人はこれから学ぶものの適否について事前チェックをしない、便所掃除がなぜ修業なのか、学びの極意、「学ぶ力」とは「先駆的に知る力」のこと、『水戸黄門』のドラマツルギー、大拙の「電光石火」、図像(漢字、表意文字ideogram)と音声(かな、表音文字phonogram)の2つを併用する言語、日本語がマンガ脳を育んだ、等々少し羅列しただけでも示唆に富む話が多い。特に筆者は、Ⅳ 辺境人は日本語と共に の章の日本語の特殊性はどこにあるかで言及された難読症(dyslexia)の話に興味を持った。本文からその箇所を引用してみよう。知的能力には異常がないが、書かれた文字を読むことができない、読めても意味が分からない。左脳のどこかに障害があるようで原因はまだ分からない。英語圏では症例が多く、アメリカでは人口の10%がディスレクシアを抱えているらしい。難読症そのものは図形の認知にかかわる脳の器質疾患であって、知的活動には支障がない。音読してもらえばテキストはよく理解できる。だから、文字が読めないままに学者になった人だっている。養老孟司氏の受け売りと断って、脳の一部に損傷を受けて文字が読めなくなる事例がいくつか報告されているという。欧米語圏では失読症の病態は一つ、文字が読めなくなるだけだが、日本人の場合は病態が二つある。「漢字が読めない」場合と「かなが読めない」場合の二つ。漢字とかなは日本人の脳内の違う部位で処理されているということ、だから、片方だけ損傷を受けても、片方は機能している。そして、著者は言語を脳内の2箇所で並列処理しているという言語操作の特殊性は私たちの日本語話者の思考と行動を規定しているのではないかと書く。そしてマンガの「絵」と「ふきだし」の考察に移る。今やマンガは国際的でクールになったが。
 本書のタイトル『日本辺境論』は、日本文化の特殊性についての考察だ。山本七平の『日本人とユダヤ人』は侮れないという。ユダヤ人の思想家リヴィナスを専門にしている著者ならではのユニークな日本および日本人論だ。
2009年11月発行、2010年6月5日現在で18刷、今話題の新書。

追記。筑摩書房が今秋「筑摩選書」を発刊するとすでにラインナップを新聞の書評欄に予告した。そのトップが内田樹の著作だ。タイトルは武道的思考。 今更選書―。これは新書で書いても内容がイマイチらしいということらしいが、版元の本音は、単価が安価でもう少し値が張るものでないとの経営上の思惑があるからだろうと邪推したくなる。(2010年9月28日 記)

2010/08/24

超人のジャーナリスト・アイ 126 作家の村上春樹氏 オスロ「文学の家」での講演

 筆者はここ2,3日ネットでHaruki Murakami festival の記事を追っていた。現地に行って聴きたかったが、所詮叶わぬ夢。講演の内容などは現地の新聞のインタビュー記事から読み取れた。やっと共同通信社がその模様を短く配信した。下記はその記事。穿った見方をすれば、今年のノーベル文学賞狙い ? 夢の続きを書くようだ・・・。

村上春樹さん「私は夢の続きを書く」

201008241706931n_223日夜、オスロの文学館で開かれた村上春樹さんの講演会に集まった人々(共同) 「小説を書くのは夢を見るのと同じ。夢は目覚めたら消えるけど、私には夢の続きが書ける」―。作家の村上春樹さんが23日夜、ノルウェーの首都オスロで講演会を行い、約800人の聴衆が、創作活動をめぐる裏話や、村上さん本人による短編小説の朗読などを楽しんだ。

 講演は対談形式で行われ、朗読以外は英語。村上さんは創作方法について「長編でも何の計画もしない。だから何が飛び出すか分からない」と強調した。

 「子供のころ読書が好きで、次のページで何が起こるかとわくわくした。それを書き手としてやっている。突然ジョニー・ウォーカー(「海辺のカフカ」の登場人物)が頭に浮かび、私はショックだった。こいつは誰なんだ、と」

 村上さんは夫人と共に、既にオスロに約1か月滞在。「人生で一番涼しい夏だった」という。

 講演はオスロの文学館が同日まで4日間開催した「ムラカミ・フェスティバル」の目玉。予定した220人分の入場券はインターネットを通じて1秒で売り切れるなどしたため、当初予定した会場をほとんど立ち席にして収容人数を増やした上、講演の生中継を見られる講堂を用意し、入場券を追加発売した。(共同)



2010/08/23

超人の面白、街の話題 5 芸能レポーター梨本 勝氏死去

 午前9時頃携帯電話のテロップニュースは、芸能レポーターの梨本勝氏が肺がんで死去したと伝えた。65才だった。突撃レポーターとして鳴らした梨本氏、そのスクープは他の芸能レポーターからも一目おかれた存在だった。そう言えば、最近テレビに出ていないと思っていたが、ガン治療中だったのだろう。テレビ番組の「あっこにおまかせ」や「サンデージャポン」に出ていたことを思いだした。何を喋っていたか、内容は朧気だが、確かタレント“モナ”の不倫報道の話だったか?(最近この女性は実業家と結婚したと報道されたが)それにしても、あの大きな目と声、そしてホクロ、そのトレードマークは有名人の記者会見で遺憾なく発揮された。記者魂はまた、彼のメモを記した手帳にも現れていて、有名人の行き先を追う詳細がびっしり記されていたようだ。有名芸能人がテレビ局に入る情報を事前にキャッチ、テレビ局の駐車場に待機してはスキャンダルの真相などを聞き出していたようだ。まさに突撃人。恰幅がよく人柄もいい。かつての御三家や、山口百恵、桜田順子や森昌子など人気タレントの芸能レポートが懐かしい。自称芸能通(返上して長いが)の筆者もゴシップものには目がなかった。ご冥福を祈りたい。

「恐縮です」…

2010/08/21

超人のジャーナリスト・アイ 125 ノルウェーの新聞「Aftenposten」に載った」村上春樹のインタビュー記事

作家村上春樹のインタビュー記事。2010年8月14日付ノルウェーの新聞「Aftenposten」の電子版から。
En helt ordinær mann
- Japan kjemper seg ut av en identitetskrise, hevder Haruki Murakami. Det er grunnen til at japanerne endelig oppdaget profeten de hadde i eget land.AVMALA WANG-NAVEEN
Quiz: Vinn to billetter til Murakami-arrangementet på Litteraturhuset - og boken "Hva jeg snakker om når jeg snakker om løping". Delta her
Billettene til sceneintervjuet med Haruki Murakami (61) ble revet vekk på 12 minutter, et tempo de fleste festivaler kan drømme om. Men hovedpersonen selv er godt vant med ville tilstander. Hans siste bok, «1Q84» som utkommer i Norge neste år, hadde et førsteopplag på 480000 bøker og hadde i løpet av en måned solgt over en million eksemplarer.

Trekkopp
Så hvilken superstjerne forventer jeg å møte? Han rusler inn i Bibliotekbaren på Bristol ikledd knelange shorts og hettegenser, og minner meg brått om hovedpersonen fra «Trekkoppfuglen». Ifølge seg selv er han blottet for utstråling, og nettopp derfor går han ubemerket rundt i Tokyos gater. Vi tror ham ikke, men han insisterer. Og det kan vel være noe i det, mannen har allerede vært i Oslo i tre uker når dette intervjuet er på trykk, uten at noen har fått ferten av det.

A4
Murakami er fascinert av det lille mennesket, den ubetydelige A4-mannen. Han sier han ikke bare skriver på vegne av dem, men som en av dem. De finnes i flere av romanene, men også i intervjuboken «Underground» (1997) som handlet om terrorangrepet på undergrunnen i Japan i 1995. Senere kom novellesamlingen «After the quake» (2000) som tok utgangspunkt i jordskjelvet i Kobe. Nå har han vendt tilbake til terrorisme som tema. Tittelen «1Q84» henspiller på George Orwells 1984, og er et ordspill da «9» uttales som «q» på japansk.


Frihet er veldig viktig for meg, og i mine yngre dager foraktet jeg samfunnssystemet i Japan og ville vekk. Det er nok derfor enkelte karakterer er alene og uavhengige

Haruki Murakami

Terror
- Bortsett fra at det ikke omhandler det faktiske året. Det er et annet 1984. Orwell skrev om den nære fremtid, mens jeg skriver fra 2000-og-noe, med andre ord den nære fortid. Han skrev om en krig som kunne ha skjedd, en antagelighet. I den verden jeg har skapt finnes det en sekt. I likhet med «Underground» er også dette en veldig skremmende, mystisk og mørk historie, altså beslektet med alle mine romaner. Den er komplisert, jeg har tilført den mange elementer og det er blitt det største og mest ambisiøse jeg har skrevet.

Politisk
Japans litterære kronprins er beskjeden, men med en lettvinthet som gjerne bryter ut i en liten latter. For det meste lytter han konsentrert og lener seg fremover for hvert spørsmål.

- Din suksess med romanen «Norwegian Wood» fikk det litterære establishment til å støte deg vekk. «De hatet meg, så jeg dro,» har du uttalt tidligere. Men med romanen «Trekkoppfuglen» forandret din status seg. Var det fordi du endelig ble politisk og kritisk?

FOTO: TRYGVE INDRELID
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- Politikk er bare en av mange faktorer jeg liker å protestere mot. Jeg er interessert i individet som kjemper mot, men Japan har et veldig strengt samfunnssystem. Det er ikke enkelt å kjempe, men mine verdier handler om menneskene som ønsker å være individer. Du vet, 1995 var et vendepunkt for Japan som nasjon. Jordskjelvet i Kobe og angrepet på undergrunnen? I det øyeblikket endret noe seg. Vi hadde vært optimistiske, vi ble jo rikere, sterkere og lykkeligere. Så begynte vi å tvile, hadde vi gjort en kritisk feil? Vi hadde forestilt oss lykke, det hadde vært så enkelt å drømme om det, men så var det ikke enkelt likevel. Det er derfor de begynte å akseptere bøkene mine, for i hovedsak skrev jeg om kaos. Folk begynte å innse boblen hadde sprukket. Vi lærte noe av det, men vi har fremdeles ikke funnet løsningen. Vi prøver fremdeles å finne vår identitet, vi kjemper.

Fansen
Det står skrevet i Murakamis memoarer «Hva jeg snakker om når jeg snakker om løping», at han gikk fra å være en trepakkers-røykende jazzklubbeier, til en som snudde døgnet tilbake. Nå står han opp fire om morgenen for å jogge, skrive og leve en sunnere livsstil enn gjennomsnittsmennesket. En sosial omgangskrets ble også valgt vekk. Kontakten med fansen holdes derimot ved like gjennom midlertidige nettsider som opprettes når bøkene kommer ut.

- Alt, ler Murakami når vi spør om hva han snakker med fansen om.

- Jeg beholdt en nettside i seks uker, og leste omtrent 6000 e-poster. Jeg skadet øynene mine på det. Men jeg hadde bestemt meg, jeg skulle lese dem alle. De fleste hadde morsomme eller flåsete spørsmål som jeg virkelig nøt, men det var også personlige spørsmål om meg og om boken. Det var gøy, men jeg kan ikke gjøre det hele tiden. Internett er direkte demokrati, som det var hos grekerne. Du kan samle mennesker i små fora. Det er den gode siden, på den negative siden har du alt søppelet som kan være direkte ekkelt.


Hovedsakelig ser jeg på meg selv som ganske ordinær, derfor må opplysninger om meg være ganske kjedelig. Jeg har ingen aura

Trekkopp
Den som har lest forfatteren er ikke ukjent med karakterer i indre eller ytre isolasjon, nesten på grensen til det kjedsommelige. Men så skjer det plutselig en rekke merkelige ting. Selv mener han at hovedpersonene har endret seg fra bok til bok.

- I mine tidlige bøker var protagonistene likere. De bodde i store byer, var ensomme. Jeg tror jeg ønsket å skrive om ensomme mennesker som ikke tilhørte noe system. Frihet er veldig viktig for meg, og i mine yngre dager foraktet jeg samfunnssystemet i Japan og ville vekk. Det er nok derfor enkelte karakterer er alene og uavhengige. Med årene, etter år 2000, har jeg blitt interessert i mer aktive karakterer, de har forandret seg ganske mye etter Trekkoppfuglen.

Moden
Sporene kan følges gjennom «Kafka på stranden» (2002) som har en 15 år gammel hovedperson som er ganske aktiv. Også den 20 år gammel hovedpersonen i «1Q84» skiller seg ut fra Murakamis galleri av ensomme, passive mennesker.

- Hun er massemorder, en ganske aktiv en. Så jeg pusher nye karakterer og nye verdier, sier Murakami.

- Fordi du nylig fylte 60?

- Det vil jeg ikke tenke på. Jeg har forandret meg, ikke blitt gammel, men modnet som forfatter. Ja, modnet er ordet, ikke blitt gammel.


Japanske kvinner er mer interessante enn mennene. De er i ferd med å bli smartere og mer selvstendige, de er aggressive!

Lynch?
Murakami-fans vet at bøkene er over gjennomsnittet visuelle, blant annet er leseren stilt bak et kamera i romanen «After Dark» (2004). Utrolig nok har ingen av bøkene blitt spillefilmer. Før nå. (Det har ikke skortet på tilbudene, avslører Murakami.) Fra den kresne filmelsker hadde man forventet seg at regivalget ville falle på David Lynch eller Woody Allen.

- Jeg er stor fan av Lynch, jeg liker alle filmene hans, og jeg ble avhengig av «Twin Peaks». Har du sett «Lost»? Jeg var hektet, på hver sesong! Jeg liker den type uforutsigbare og uforklarlige historier med åpne slutter. Konvensjonelle og realistiske dramaer er ikke så interessant, jeg liker fjerne og litt drømmeaktige ting. Jeg har ingen anelse om hva som kommer til å skje når jeg skriver. Det er som om jeg drømmer mens jeg skriver. Så når jeg begynner å skrive på en stor bok, har jeg noen milepæler jeg skal innom, men siden jeg ikke har noen idé om hva som kommer til å skje, kan jeg skrive fritt.

Venezia.
Men det ble en helt annen som tok tak i bestselleren med den Beatles-inspirerte tittelen, «Norwegian Wood». Den fransk-vietnamesiske regissøren Tran Anh Hùng, anerkjent for filmer som «The scent of green papaya» og «Vertical ray of the sun».

- Han spurte meg for 3–4 år siden, etter at vi hadde møtt hverandre noen ganger i Paris og i Tokyo. Først og fremst sa jeg at det var ok fordi jeg beundrer filmene hans. For det andre er han vietnamesisk, ikke amerikansk eller japansk. Jeg var interessert i hva slags film han som asiat ville lage. Filmen er påmeldt til Venezia–festivalen i september og jeg har nettopp sett den. Jeg likte den! Jeg synes skuespillerne leverer helt fantastisk, sier Murakami og trekker på skuldrene når vi spør om når vi i Europa får se den. Asia-premièren er i desember, smiler han.

Aura
I sine memoarer skriver Murakami om kjente og rølpete forfattermyter og hvordan hans eget liv ikke er blitt slik. Ikke alle vil være enig at Murakami ikke er mytisk.

- Vet du om noen Murakami-myter?

- Jeg leser ikke informasjon om meg selv, det kan være forstyrrende. Vet du hvor mange treff det er på mitt navn på nettet? Jeg tror det var 27 millioner, det er både latterlig og utrolig. Hovedsakelig ser jeg på meg selv som ganske ordinær, derfor må opplysninger om meg være ganske kjedelig. Jeg er spesiell når jeg skriver, ellers er jeg et vanlig menneske som bor i Tokyo, tar toget, går i bokhandler uten at noen gjenkjenner meg. Jeg har ingen aura.

Modernisme
Vi ler av det siste utsagnet og spør om det er sant. Murakami forteller da at det motsatte skjedde da han jobbet på Cambridge University. Om han ble gjenkjent to ganger i måneden hjemme i Tokyo, skjedde det to-tre ganger om dagen i USA. Men som i universet hans, kan også merkelige ting skje virkelighetens Murakami.

- En kineser kom til Japan for å se meg. I en by på ti millioner fant han meg tilfeldigvis på gaten! Vi ble begge satt ut av det. Jeg har mange lesere i Kina, Korea og Taiwan. Sammen lager vi et større økonomisk østasiatisk marked hvor det kan foregå kulturell utveksling. Vårt kulturelle grunnlag er veldig annerledes enn det europeiske, men det begynner å bli bedre. Postmodernismen er en fantastisk ting i Europa og USA, men ikke i det asiatiske markedet. Vi har ingen konkret modernisme. Og er det ingen modernisme, er det ingen postmodernisme heller. Men nå skjer det ting i Asia, og det er veldig interessant.


Min kone klager alltid over at hun blir så sulten når hun leser bøkene mine. Og fansen klager over at de blir øltørste av å lese meg. Jeg tenker at det er flott at de får en fysisk reaksjon av bøkene mine.

Kvinnene
Tanken om modernitet bringer oss videre til Murakamis kvinner, de er ofte vakre og seksuelle, eller fanget i en tradisjon rik på konvensjonelle forventninger. Representerer de Japan?

- Japanske kvinner er mer interessante enn mennene. De er i ferd med å bli smartere og mer selvstendige, de er aggressive! For meg som skrivende er det enklere å skrive om kvinner fordi de er sterkere karakterer enn mennene. Det vil du kanskje forstå bedre når du leser om hovedpersonen i «1Q84». Jeg hadde det morsomt da jeg skildret henne, boken har en tredjepersons narrasjon, og jeg kunne beskrive hennes seksuelle erfaringer fra et kvinnelig blikk. Jeg vet ikke hvordan jeg kan gjøre det, jeg vet ikke hva kvinner føler rundt det. Men jeg blir eldre og jeg vet hvordan ting føles. Jeg skriver om en lesbisk kvinne uten at jeg vet noe om dem, men jeg kan være hvem som helst. Jeg er 61 år, men tenker ikke på min egen alder. Jeg kan være yngre når jeg skriver, det er mitt privilegium.

Sushi
Det er hevet over tvil at Murakami er japansk litteraturs ansikt utad. Han trekker på smilebåndet, synes det er veldig vanskelig å svare på hva han som innehaver av denne rollen anser som viktig å formidle om Japan. Fra sin tid i USA henter han frem minner om amerikanere som kun visste to ting om Japan: Sony og Toyota.

- Om mennesker i dag kjenner til Sony, Murakami og sushi er det flott. Bare flott. Noe som betyr at jeg ikke har peiling. Forresten, jeg er overrasket over at sushi er så populært i Norge, det var det ikke da jeg var her for ni år siden.

Kokebok
Her begynner også fotografen å delta i samtalen om hvilket sushisted Murakami burde teste ut. For er det noe man gjerne vil diskutere med forfatteren som nærmest får pastavannet til koke bare ved å skrive om det, er det lidenskapen for mat. For ordens skyld, han har overlatt det til andre å lage Murakamis Kokebok eller Murakamis Musikkbibel.

- Det vil jeg aldri skrive. Når jeg er lei av å skrive, går jeg til supermarkedet og handler. Deretter lager jeg mat mens jeg hører på musikk. Jeg liker bare å skrive om matlaging. Og musikk. Min kone klager alltid over at hun blir så sulten når hun leser bøkene mine. Og fansen klager over at de blir øltørste av å lese meg. Jeg tenker at det er flott at de får en fysisk reaksjon av bøkene mine.

Rebellen
En japansk forfatter teller ikke tegn han har skrevet, men antall skjermer han har fylt. Murakami skriver to og en halv skjerm pr. dag, staheten hjelper ham langt på vei. Og for en mann som ser sin mosjon i et direkte forhold til jobben, har dårlige løpedager eller midnattssol ingenting å si for rutinene. Andre ting forandrer seg derimot med tiden, blant annet en forfatters ansvarsfølelse.

- Da jeg var yngre, i 30-40-årene, gjorde jeg opprør mot systemet. Det var mitt ansvar, tipper jeg, men i dag har jeg andre verdier. Jeg var rampen i nabolaget, på ingen måte lydig, men uforskammet og hatet tradisjoner. Jeg gjorde alt forfattere som Mishima og Kawabata ikke gjorde, så naturligvis likte ikke kritikerne meg.

Fantasi
Det er den voksende fundamentalismen rundt om i verden som opprører Murakami, han hater fenomenet.

- Etter min mening mangler de fantasi. Det å tilby en rik fantasi er forfatterens ansvar. Og det er det jeg driver med, bekjemper fundamentalisme med mine verdier, sier Murakami engasjert. «1Q84» handler derimot ikke om en konkret religiøs fundamentalisme, forklarer han.

- Hun er en overlevende etter vold i hjemmet, hun kjemper for seg selv. Etter min mening trenger mennesker å tilhøre et hvilket som helst system, men når den enkelte blir dominert av systemet og frarøvet sin frihet og selvstendige tenkning blir de fundamentalister. Den nakne selvstendigheten er vanskelig, nesten umulig fordi vår verden er så komplisert. Jeg skriver om vanskelighetene ved å velge det systemet du vil tilhøre. Men jeg er bare en romanforfatter. Jeg skriver bare historier, men er det en god historie vil den kanskje ha en betydning i seg selv som jeg slipper å forklare. Jeg var på Island, dette lille landet med kanskje 200000 mennesker hvor flere av mine bøker var oversatt. Jeg ble så overrasket! Hvordan kan de forstå meg? Det fikk meg til å tro på kraften i en historie. Det er måten vi kan forstå hverandre på, og nedkjempe «ismer». Gode historier har nemlig ikke «ismer».

Sceneintervjuet med Murakami går av stabelen 23. august og er utsolgt. Men du kan vinne billetter her.

2010/08/20

超人のジャーナリスト・アイ 124 村上春樹氏 オスロの「文学の家」で講演

 今日から4日間にわたり、ノルウェーのオスロにある「文学の家」(Litteraturhuset)で「ムラカミ・フェステバル」が開かれるとの新聞記事を読んだ(毎日新聞2010年8月17日夕刊)。
下記のプログラム内容は、地球の歩き方のオスロ特派員ブログからの引用。

1日目:8月20日(金)

☆講演会「ハルキ・ムラカミを待っている間に…」
時間:19:00 場所:Wergeland  料金:50クローネ 

☆「みんながまだ知らないこと」村上氏のライフスタイルについて。ノルウェー・ファンの間に知られていないトレビアが満載。
時間:20:15~20:45 場所:Festivalscenen  料金:無料 

☆「ムラカミ・クイズ」クイズ休憩中にはDJ99による生演奏。
時間:21:00~ 場所:Wergeland  料金:無料 

☆「ムラカミ祭」ムラカミ・フェステバルを記念したフェステバル。DJ99による生演奏も。
時間:23:00~ 場所:Wergeland  料金:無料 

2日目:8月21日(土)

☆『かいくんのおさんぽ』読み聞かせ
日本で発売された絵本(中川ひろたか 1998)の朗読会。
時間:12:00、14:00~ 場所:Sjeherasad  料金:無料 

☆「へー、そうなんだ。日本について」
日本ついて本を書いたAnne Thelle氏の講演。
時間:13:00 場所:Nedjma  料金:無料 

☆「ぼくとムラカミ」
Nils-Øivind Haagensen氏による講演。
時間:14:00~14:30 場所:Festivalscenen  料金:無料 

☆「JAPAN!」
Anne Thelle氏の特別講演。
時間:14:30~(?) 場所:Wergeland  料金:無料 

☆「ムラカミはどれだけ日本人?」
Reiko Abe Auestad教授と翻訳者Ika Kaminka氏による討論。
時間:16:30 場所:Wergeland  料金:無料 

☆「どうしてムラカミは特別なのか-作家たちのお気に入り-」
3人の作家たちが、それぞれのお気に入りの作品を持ち寄り、村上春樹の素晴らしさを語る。
時間:18:30 場所:Wergeland  料金:50クローネ

☆Peter Catナイト
時間:20:00 場所:Wergeland  料金:150クローネ 

☆ナイト・ムービー「トニー・滝谷」(2004)上映会
時間:23:00 場所:Wergeland  料金:無料 

3日目:8月22日(日)

☆「ムラカミ革命」
村上氏が現れる前後の日本文学について講演。
時間:14:00 場所:Wergeland  料金:無料 

☆「アニメと映画」
日本のアニメについての講演。「猫の恩返し」上映。
時間:13:00 場所:Kjelleren  料金:無料 

☆「ムラカミのお気に入り-F・スコット・フィッツジェラルド-」
時間:14:15~14:30 場所:Festivalscenen  料金:無料 

☆討論会「スカンジナビア語で読むムラカミ」
村上氏の作品を翻訳するにあたって。
時間:15:30 場所:Wergeland  料金:無料

☆「ムラカミのお気に入り-フランツ・カフカ-」
時間:16:45~17:00 場所:Festivalscenen  料金:無料

☆講演会「ランニングと文学」
時間:18:00 場所:Wergeland  料金:無料

☆「ムラカミのお気に入り-レイモンド・カーヴァー-」
時間:19:30~19:45 場所:Festivalscenen  料金:無料


☆討論会『アンダーグランド』-地下鉄サリン事件-
時間:20:00 場所:Wergeland  料金:50クローネ

☆ナイト・ムービー -是枝裕和監督・DISTANCE(ディスタンス)上映会
時間:21:30 場所:Wergeland  料金:無料

4日目:8月23日(月)

☆「ぼくとムラカミ」
Nils-Øivind Haagensen氏による、村上氏の詩の紹介。
時間17:00~17:30 場所:Festivalscenen  料金:無料

☆講演会「『1Q84』を待ち望んで・・・」
時間18:00~17:30 場所:Wergeland  料金:無料


★村上春樹氏による講演
時間:20:00 場所:Wergeland  料金:100クローネ

すでに講演の入場券は発売後、12分で完売。一人の作家ににつての大規模なフェスティバル開催は初めてらしい。オスロの「文学の家」は、2007年、旧教育大学施設の跡地に開館。年間25万人が訪問(「文学の家」HP)。
文学中心のイベントを開催し、セミナーや討論会そして政治家、作家の講演会も行っている。
ノルウェーでも人気の村上春樹は、開館前から呼びたかった作家と館長のアスラック・マイヤー氏(上記の新聞記事)。日本で「ノルウェーの森」は今年の12月に映画公開されるらしい。
さて、どんな講演になるか楽しみだが、残念ながら聴けない ! プログラムを読んで想像しよう。

下記はノルウェーの新聞「Aftenposten」の記事で村上春樹の電子版の記事を検索した結果、2010年5月14日に掲載されたもの。

Murakami to Norway

Murakami fans prayers have been heard. In August, the Japanese literary star to Norway . Then it will Murakami Festival.OFMala WANG NAVE
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The peak of luxury
Way from Murakami
- Literature is the best
Literature House has long had the Japanese author Haruki Murakami on his wish list, and now they have gotten snatch.

"I think I speak for quite a few litteraturhustilhengere and Norwegian literature interested when I say that this is pretty special. There is something Murakami , we are a part that just loves him. It is probably the name that is mentioned most when we have asked the public about who they could have imagined here, we 've almost got beans to get him. This is one of the visits we have worked mostly with long-term , ever since before the House of Literature open, "says program manager Silje Riise Næss.

- Why has it been so difficult to get him here?

"It 's about that he is one of the most popular and mythical authors. He gets invitations from all over the world, in addition he has recently written on the great work IQ 84 - which is translated into English and eventually into Norwegian. The book is in three volumes, which has just been released in Japan and received incredible attention. There has certainly been a kind Knausgård state in Japan.

"We know that Michael Schoeffling is a big fan of Murakami . Could it be possible to arrange a conversation between the two?

Murakami - going on 20 to 24 August , and when we do not have a program where Michael Schoeffling definitely going to play a role. He has held a legendary and fantastic presentation on Murakami here twice, and it is guaranteed held again.

- How would you characterize Murakamis books for those of our readers who have not acquainted with the famous author yet?

- Oh, I think I will say that they are incredibly rich and moving , very enjoyable . He has written everything from button sakprosabok to very large landscaped epic novels. The novels he is best known for, but he is also a great novelist . Shall I say one thing, there must be sensual heat he has when he establishes a universe to describe the everyday things. The first thing I read was the sheep hunt , where you meet a girl who just lit out of the book. You also meet a strange figure of sheep living in a secret floor in a hotel. And both seem equally natural. This is just one of hundreds of examples of fine and absurd things in Murakamis books.

■下記はノルウェー大使館のホームページから。

村上春樹フェスティバル(Murakamifestival) オスロで開催

Width_650_height_300_mode_fillare_319/08/2010 // オスロのLitteraturhust(The House of Literature 文学の家)で8月20-23日、作家村上春樹を特集する「Murakamifestival」が開催されます。

村上春樹氏はこの夏「Litteraturhuset(文学の家)」の招きでオスロに滞在しています。これを機にフェスティバルが企画され、4日間にわたり、村上作品に関する討論会、Frode Gryttens、Johan Harstadらノルウェー人作家が村上春樹作品について語る会のほかジャズコンサートなどが開催されます。

村上春樹はノルウェーでも人気が高く、『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』はじめ多くの小説・短編・エッセイがノルウェー語に翻訳・出版されています。最近ではエッセイ『走ることについて語るときに僕が語ること』がイングヴェ・ヨハン・ラーシェン氏(東海大学講師)の翻訳によりPAX Forlag社から出版されました。

2007年に開館したLitteraturhusetは、王宮からほど近いオスロの中心部に位置しています。文学および読書に関する対話の促進とプロモーションを目的とし、国内外の文学作品に対する関心を高め、本や文学の愛好家の交流の場となることを目指しています。また、建物の最上階には作家のためのワーキングスペースも用意されています。年間を通し、幅広いテーマでセミナーや講演が行なわれ、館内には書店やカフェがあり一般にも広く公開されています。

筆者は『1Q84』をまだ読了していない。

2010/08/15

超人のジャーナリスト・アイ 123 テレビ討論番組を観る

 たまたま昨日NHKの討論番組を観た。テーマは「日本の、これから」。ベテランの三宅アナウンサーが司会進行、日本の若者と韓国の若者を中心に様々な問題を公開討論。筆者は途中から観たが、日韓それぞれの違いが出ていて興味深かった。特に現代の韓国の若者文化や風習が理解できて参考になったほど。やはり歴史認識問題では日本と韓国には深い溝があることも事実。誰かが言っていたが、日本の若者も自国の近現代史をよく学んでほしいと。また、韓国の若者もある一面だけの歴史認識に終わらずもっと広い視野に立って相互理解を示して欲しいと。過去にあった加害者と被害者の関係だけではなく、それ以前の歴史を紐解けば、朝鮮通信使の親善外交の例もある。問題は未来に向けて相互理解の上に立った、いい意味での良識ある競争だろうか。
コメントテーターとしてローソン社長、外交評論家岡本氏、京大准教授小倉氏、映画監督崔洋一氏、女優ユンソナ氏そして韓国の企業人、司会進行役のアシスタントはNHKの女性アナウンサー。 その討論番組で出演者の日本の若者とゲストのコメンテーター、コメンテーター同士の少し過激なやり取りがあった。その一コマが下記。

歴史を語る資格がない」発言問題
2010年8 月14日放送のNHKの討論番組、『日本の、これから』で韓国との歴史認識の討論の際に一般男性が、当時の流れでは日本が韓国を併合したことはやむを得なかったとの趣旨の発言を行った。その反論として、崔監督は「当時の日本のイデオロギーは、そういう方向に流れていた。国そのものがそうなっていた。だけど、36年間にわたる植民地支配がそれによって肯定されるという考え方は、基本的に歴史を語る資格がない」と強い口調で発言、ネット上を中心に波紋を広げ「討論番組で一般の参加者に『歴史を語る資格がない』はない」などの批判が出た他、番組中でも小倉紀蔵から「歴史問題というのは、権力者が『あなたの考えは完全に間違い』と言詮封鎖してはいけない」と発言を正される場面があった。(2010年8月15日のウィキペディアからの引用)

番組最後にNHKの三宅アナウンサーが、もう一度このような番組をやってほしいかの質問に出演者の多くの方が肯定的だった。そして、帰り際三宅アナウンサーが、韓国の出演者に“カムサハムニダ”と言っていたのが印象的だった。筆者的にはこういう番組をもっともっとやってほしい。

2010/08/14

超人の面白外国語考 2

2011年から小学高学年に週1回英語の授業が導入される。また、2012年からユニクロのファーストリティリングや楽天が英語を社内公用化に踏み切る。前者は小さい時期からの英語は必要か、など英語の専門家の間でも意見が分かれているし、後者は発表以来マスコミにホットな話題を提供している。いずれにせよ、グローバル化が進む日本、日本語が障壁になりつつあるのだ。曰く、論理的、ビジネス的に適した言語ではない、曰く、主語がなく、曖昧で冗長な言語云々はすでに言い尽くされている。
今日の毎日新聞朝刊のニュース争論の紙面では、元「i モード」開発参画者夏野剛氏と東大大学院情報学環教授の西垣通氏の対談が載っている。二人とも共通していたことは、プレーン・イングリッシュのススメだ。そして、記者の一言、外国の企業の幹部は大抵英語でインタビューに応じるが、日本の企業の幹部はなかなか難しい。優秀な人こそ英語をこなさないと、優秀さを世界で発揮できないのではだろうかと。この項続く

2010/08/11

超人の散文詩 最新作「洪水」

             洪水

洪水はわが魂に及びという小説 緑色の函に入った2巻本 書き出しが印象的 
アマゾンかドットかは 知らないが ランキング流行りの今 どの位流されたか
いや 塞き止められたか ブスウではない 流れの速度の話

洪水はわが魂に及び すでに 濁流に流されて 山間のヤマンバも お手上げ
土石流とも その流れはたえず 泡沫に消えては 出現・変身を繰り返す 
その執拗なまでの リフレーン 魂を揺さぶっては 襲いかかる
こわいや かなしや ヤマンバ

洪水はわが魂に及び あどけない顔が カメレオン化 一億何千前の珍獣ザオリス
牙をむく 怪力 怪盗 オーラ おらが里 メから光線を放つあたり 波の目力ではない 諧謔性に溢れ 冷笑さえ浮かべる 獲物をゲットしたときには 奇声もピーク

洪水はわが魂に及び ザオリスは 夏が苦手 北海道でも 軽井沢でも 飛べたら
変身願望も治るかも 何しろその猛獣振りには 手が付けられない
ガスは使うな 冷蔵庫にはモノを入れるな 風呂の電気 居間の電気も 点けるな
禁止命令が 次々 実施されたか チェックも 見逃さず キビシイ

洪水はわが魂に及び 酷暑には堪え コテッチャン風 麦茶 スポーツドリンク 冷水
1日3リットル ナポリタンサラダに マカロニサラダが 主食 洪水はトイレ外に及び
ヤマンバは 呆れ タオル洗濯は 山に ヤマンバ危うし

洪水はわが魂に及び 熱が出て 変身が 野獣化 お・ノーが コワレタ 睡眠が
ほとんどとれない ノンレムで キレル 夜中の徘徊 奇声は 困るから
真夜中 夜明けの ドライブスルーへ 真夜中のギター 夜明けの歌 あったか
遠い昔 今はドライブスルー

洪水はわが魂に及び 書き足された神話は 語り継がれない 人間の 根源の
叫びは あのムンクの 絵以上 今朝の BBC放送は 画期的な 脳スキャン用
医療機器が 開発されたと 報道 夜明けは 近いか ウルトラウーマン変身劇
モウヤメテケレ 洪水はわが魂まで


追記。

ザオリスの濁点取りにボン走る

ヤマンバは日々指折りて猛暑の夏

海の向こうザオリスの便り夏運ぶ

2010年8月13日

2010/08/08

超人のジャーナリスト・アイ 122 最近の新聞書評から

猛暑の夏、書から遠ざかっている。読む速度が遅いのだ。ここ1ヶ月間の新聞書評欄も今ひとつの印象―。
2010年8月7日の毎日新聞書評は面白そう。その中から一行評を添えて。

①丸谷才一評
中井久夫著『私の日本語雑記』岩波書店 2100円
終章「18 日本語文を書くための古いノートから」から読むのも手。文に関する助言が一杯。PR雑誌「図書」に連載されたものの単行本化。著者は精神科医。

②この人・この3冊 安野光雅選 アンデルセン著『即興詩人』
再来年が森鴎外生誕150年記念で『即興詩人』の口語訳が刊行されるかも。

③田中優子評
渡辺浩著『日本政治思想史 17〜19世紀』東大出版会 3780円
評によれば伊藤仁斎、新井白石、荻生徂徠、山県大弐、安藤昌益、本居宣長、海保青陵、福沢諭吉、中江兆民が白眉。下級武士他の考察も面白そう。

③新田次郎著『孤愁』の続編の予告
新田次郎の子息の藤原正彦著『続孤愁』2011年刊行予定とか
「阿波踊り」についての詳細な記述をもつ徳島に住んだモラエス、その生涯を綴る―。
実は筆者は今日阿波踊りの番組を3時間も見てしまったのだ。今まではそんなに関心がなかったけれど・・・。

④好きなものコーナー 常盤新平
場所を特定。神田岩本町の歯科医、喫茶店「アカシヤ」、北習志野の「藪」からの暖簾分けしたもらった蕎麦屋、神楽坂の鰻屋「たつみや」をあげているが、文章も味わい深い。寸評のみ。

2010/08/03

超人のジャーナリスト・アイ 121 スウェーデンの新聞『メトロ』の最新ニュース

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Google och Ikea har drömjobbenSvenska ingenjörsstudenter drömmer om ett arbete på Google och de som pluggar till ekonom vill jobba på Ikea. En stor europeisk studie visar även att svenskarna har de mest arbetsvilliga ekonom- och ingenjörsstudenterna.

Trendence institute har frågat 220 000 europeiska studenter vilka företag de helst vill jobba på när studierna är klara. Ingenjörer och ekonomer har deltagit i studien som genomförts på över 1000 universitet i 24 länder.

- Ikea sticker ut eftersom inget annat land har ett detaljhandelföretag i topp. Jag tror att svenska studenter lockas av deras internationella kontakter. De jobbar också mycket på sin image som arbetsgivare och erbjuder goda utvecklingsmöjligheter, säger Caroline Dépierre på Trendence institute.

DN skriver att Google lockar för ingenjörsstudenterna eftersom de både erbjuder framgångsrik innovation och trygg arbetsmiljö.

Det skiljer sig mellan länderna vad gäller tid man är beredd att lägga på sitt första jobb. Svenska ekonomer toppar listan då de kan tänka sig att arbeta 49,5 timmar i veckan. Bland ingenjörerna är grekerna de som vill jobba flest timmar. Svenska ingenjörer kommer på andra plats med 44,7 timmar.


Populära företag att arbeta på
Svenska ekonomer drömmer om jobb på:

工学部学生の人気の企業

1. IKEA

2. McKinsey & Company

3. BCG, Boston Consulting Group

4. Öhrlings Pricewaterhouse Coopers

5. Google


Svenska ingenjörer drömmer om jobb på:

1. Google

2. Sony Ericsson

3. IKEA

4. Ericsson

5. Apple

(スウェーデンの無料日刊紙『メトロ』2010年8月3日号の電子版より)

2010/08/02

クロカル超人が行く 138 踏切遮断機事故

クロカル超人が行く踏切遮断機事故
 2010年7月27日午前11時46分頃JR東海道線のT駅で踏切遮断機事故が起きた。遮断機が急に壊れたのである。暑さ負けかは知らないが、遮断機が下りず線路に倒れた。一大事、JR職員の一人は、遮断機をともかく元の位置まで戻すのに汗を流し(遮断機が重いのか見かねた通行人が手伝っていた)、もう一人は、上りホームで携帯で事故状況他を連絡を取り合うのに夢中そしてもう一人、JR職員なのか私服の男性が下りホームで盛んに大声で指示していた。復旧作業は、一応遮断機を線路から外して元に戻して終了した。その間10分位。早く電車を走らせろ、とホームに降りてきた乗客が、JR職員に食って掛かっていた場面もあったが、幸いに人身事故などは発生しなかった。
 電車は10分遅れのまま東京駅に滑り込んだ。

 数日後事故の現場を見たが、遮断機は直っていた。

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