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2010/07/31

超人の面白、街の話題 4 勝手に暑気払いの小話

■「勝手に暑気払い」の小話
―のど越しのいいビバレッジを飲む前に

 アネクドート: 使い古された話。【考える】人「トタン」!
 その昔受験勉強をしていたある女子高生が、入試問題の現代国語の問題に辟易していた。そして帰宅して父に尋ねた。受験用の現代国語に難解な文章が出ていて辟易したの。誰がそんな文章を書いたのかしら、その人の顔を見てみたいと。すると父は食事しながら、ニヤリともせず黙々と食べていたという。さて、この父とは誰か?
 昨日、ニュースを視ていたら急に【川端康成】(よく知られた鎌倉文士)ともう一人の外国の著名人が出てきた。はて、何だろうと思っていたら、生きていたら111歳、同じ年齢の人が足立区で話題に。この男性、すでに30年前に死んでいた。警察の調べですでに白骨化していた。家族は娘夫婦(二人とも80歳以上)に孫夫婦 (孫娘は53歳)の5人家族。実は彼らの話には矛盾な点が。役所は長寿のお祝いなどを送ったり、また、何年か前に亡くなった祖父の妻の遺族年金が支払われ受け取った。その額900万円以上。不正年金受け取りの疑い。実はミイラ化して生き抜くことは、即身成仏といって、山寺などにはそのミイラ化したご身体が祭られている。確かに今でもなる人がいるらしい。何とも不思議、不可解な事件―。人間はいろいろと【考える】動物だが……。【考え】させられる事件だ。
 さて、この小話も終わりに近づいた。【】のところから類推して、その父の名は?
注: アネクドートの本来の意味は政治が絡んだ小話。旧ソビエト連邦やポーランド、チェコスロバキアなどで大きな声で言いにくいため、庶民の間で流布した政治風刺。
答えは→

つい最近永田町界隈で流布した小話が下記。参考までに。

日本には謎の鳥がいる。正体はよく分からない。
中国から見れば「カモ」に見える。
米国から見れば「チキン」に見える。
欧州から見れば「アホウドリ」に見える。
日本の有権者には「サギ」だと思われている。
オザワから見れば「オウム」のような存在。
でも鳥自身は「ハト」だと言い張っている。
それでいて、約束したら「ウソ」に見え
身体検査をしたら「カラス」のように真っ黒、
釈明会見では「キュウカンチョウ」になるが、
実際は単なる鵜飼いの「ウ」。
私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う。

 至近の例でいえば、新築した議員会館。国会議員を減らせと声高々なのにホテル並みに豪華、本当に議員を減らす法案が通ったら部屋は空き部屋に。そうしたら民間に貸せばいいだと。何とも自分たちの世界だけ。国会議員とはどんな人たち?無策もいい加減にしろと言いたい。庶民暮らしを考えなきゃ。歴史家の半藤一利氏(残念ながらこの人の著作は読んでいない)が言っていたが、日本国をよくするためには、みんなもっと勉強せよと。レベルが落ちてしまった。全体的に引き上げないと。独創性や大きな目標に向かってやりとげるエネルギーがなくなってきてしまったと(ある番組のロングインタビューで)。ナルホド。

2010/07/28

2010年 夏の詩

2010年 夏の詩


激暑
身体と心が
折り合いつかず
叫んでいる

打つ手の感触は
都市空間そのもの
厚化粧が剥がれ
静かに爽やかに

触れ合う符号の
音符
一人歩く躍動感

喪われている

時代はときにいい加減に
他人の運命を決め付ける

えいっ、賽の一振り、
この人生を運に任せないこと
そこには女は実在しない

あるのは振られた現実
虚無の極地

小さな畳
現実の吃音

サロメもニャロメもいない

悲鳴はある舞踏のように
歓楽と悲痛を交差

その点滅は色即不能
白と黒が織り成す
叫び 言葉は無用

この人を見よ
あの人を語れ

絶望から近く
絶壁から

屹立だ
吉田一穂、よ

都市はトシを数えて
久しい

この丸の内を堪能せよ
壁にはフォニーの文字
やがては都市空間が
逆さまに
まるで映画の栄華

キンドルかキャンドル

確かなのは
その文字の最初の一行を
有効化すること
それは
道化

あどけない日常の
息苦しいまでの
身体のうねり

エロスを超えて
永遠のさけび
そのしなやかのこと
……

2010/07/27

超人の面白詩歌鑑賞 2 ステファンヌ・マラルメ作「海の微風」

海の微風

肉体は悲しい、ああ、そして私はすべての書物を読んだ。
にげる、あすこへにげる!未知の水泡と天空の中の
存在に酔っている鳥の群れを感じる!
何にも、眼に写る古園もなく、何にも
海の中へ濡れて行く心をとどめるものでもない
おお夜! 清浄の保護する空白の紙の
上に私のランプの寂しい明りもなく
また幼児に乳をのませる若い女房もいない。
私は出発しよう! 帆柱をゆする汽船よ
異国の自然界のために錨をあげよ。
一つの「倦怠」は残酷な希望に悩まされ、
ハンカチフは最後の告別だとまだ信じ
また恐らく帆柱は暴風雨をよびおこし
難破船の上に風に傾くものだと信じる
その難破船も消え、帆柱も帆柱も豊かな島も……
しかし、おお僕の心よ、水夫の歌を聞け!

                      Brise Marine

【西脇順三郎訳】
〈 世界詩人選7 マラルメ詩集 1996年10月20日初版 小沢書店刊より〉

筆者はこの詩が好きでノートに書き写したほど。特に最初の一行。

La chair est triste, hélas! et j'ai lu tous les livres.

文語調の鈴木信太郎訳もインパクトがあった。今捜し求めて購入したサルトル著渡邊守章訳『マラルメ論』を読み始めている。

2010/07/25

超人の面白観劇 京都芸術劇場 春秋座『マラルメ・プロジェクト』

Img111_2 猛暑が続く京都で実験的なパフォーマンスを観た。京都芸術劇場 春秋座 『マラルメ・プロジェクト』―21世紀のヴァーチュアル・シアターのために と題した実験的なパフォーマンスだ。第一部 松浦寿輝『吃水都市』を中心に 朗読 : 松浦寿輝・渡邊守章・浅田彰 第二部 ステファヌ・マラルメ『エロディアード―舞台『半獣神の午後』朗読に基づく実験的パフォーマンス 渡邊守章(朗読)・坂本龍一(音楽/音響)・高谷史郎(映像)ほか 浅田彰(企画)。
マラルメ全集全5巻のⅠ詩・イジチュールが5月に刊行され、21年の歳月を要してようやく完結。筆者は最初の2巻は持っているが、まだ全巻は手に入れていない。
 昨日仕事終了後友人宅に泊まり、今朝車で京都造形芸術大学・春秋座のある白川通りまで送ってもらった。午前11時頃には大学構内にいた。待っている間に筆者は、2010年7月22日付の朝日新聞に載った松浦寿輝のマラルメ全集刊行に寄せた小文も読めた。
 そのマラルメ全集Ⅰ詩・イジチュールを訳した渡邊守章氏(元東大教授・放送大学副学長・京都造形芸術大学舞台芸術研究センター長)が、マラルメ他実験的な朗読・映像・音楽による多角的な視点でのパフォーマンスを展開。その静かな躍動は詩空間を席巻したようだ。
 午後3時、ほぼ満員の劇場の壇上左側から浅田彰氏―『構造と力』や『逃走論』のニューアカの旗手も53歳、京都造形芸術大学大学院長―が颯爽と登場、自己紹介したあと、このマラルメ・プロジェクトについて説明。歯切れの良い話し方は流石ニューアカの旗手を彷彿させた。彼は『ヘルメスの音楽』『映画の世紀末』などの著書もあり、幅広い評論活動を展開中だ。現在新潮新人賞の選考委員を務めている(「マラルメ・プロジェクトのパンフレットより」)。その彼がこのマラルメ・プロジェクトは完成された作品ではなく、現在進行形で進む実験的な試みであることを強調。早速第一部の松浦寿輝氏の著書散文詩『吃水都市』の朗読が始まった。この松浦寿輝氏は東大教養学部・大学院教授で表象文化論・フランス文学が専門だが、詩人、映画評論家、小説家と多才。『口唇論―記号と官能のトポス』『エッフェル塔試論』『折口信夫論』『花腐し』『半島』など著書多数。現在毎日新聞に詩歌の月評を書いている。
 『吃水都市』は東京を舞台に近現代詩の流れに挑むような意欲作品、都市空間を彷徨う言葉の跳ね具合が音声を通じてこちら側、即ち観客に伝わってくる感じ。著書自身、浅田彰、渡邊守章氏3人による朗読は、それぞれが咀嚼した詩(直感的に)が音声を通じて独特に響き渡る(それぞれの高低や強弱)。身体性の成果を讃えあげながら新たに詩が増幅してゆく感じ。詩の根源にある音の居場所が心地好い。1人2編ずつの朗読そしてコメント、マラルメが主題だからどうしてもそちらに引き摺られがちだが、格好からしてフランス版常盤新平(彼は詩を書かなかったが)といった風貌を彷彿させる松浦寿輝氏、堂々とした詩だった。彼は著名な2人に朗読してもらって光栄だったかも知れない。否むしろ主催者側の大いなるサービスだったか―。筆者的には3人が1篇の詩を各々パートを受け持ち、読みつないでいく朗読の形式もあってよかった。そして渡邊守章氏によるマラルメ全集、マラルメのイデ ーなどを紹介したのち、日本語によるマラルメの『エロディアード―舞台』『半獣神の午後』の朗読開始。77歳にもなるこのクローデル研究家も、ラシーヌ、フーコー、バルトなどの翻訳書を持つフランス文学の大御所でかつ演出家、日本の能にも造詣が深い。見た目は若い。語学は声に出さないと上達しないと語り、そのメリハリの効いた朗読は、何か軽やかだが年輪も感じさせて、耳には訳に苦労した日本語の心地好い響き。鼻にかかるフランス語の洒落た響きは、第二部の渡邊守章氏のマラルメ原詩朗読で頂点に。映像作家高谷史郎氏による映像力に魅せられた、宇宙を遊泳する言葉たち―そのマラルメの詩群がもう一つ、音楽家坂本龍一の手によるピアノほかを駆使した静謐な音の世界とコラボ。星座の中に自由に出入るイメージが現出した。朗読→映像→音楽の三位一体化だ。そのうっとりした、美しい光景は時の点滅を一瞬忘れさせてくれた。マラルメが探求した「絶対の作品」―。
 渡邊守章氏自身が書いた「マラルメ・プロジェクト」を前にの最後の文章で、「韻文戯曲の朗読」は、難解をもってなる詩人の「幻想の身体」へと接近する、一つの途に違いあるまいと結んでいる。
 この後坂本龍一+高谷史郎のコンビによるスーザン・ソンタグ追悼パフォーマンスが急遽決まり(以前公演したもの)、映像と音楽が流れた。映し出された女の顔が印象的だった。午後5時40分、終演。観客数700名弱。Dscf8240

 帰りの新幹線を気にしながら急いで外に出た。白川通りに驟雨、マラルメの詩群が雨になって落ちてきた、そんな京の夕暮れ、だった。

追記。再び渡邊守章氏の「マラルメ・プロジェクト」を前にしてからの引用。

 「試作の不可能性」を主題としつつも、「世界は一冊の書物に到達するために存在する」という詩作の宇宙論的理念を追求するマラルメは、1880年代以降、ソネ14行詩を残した。中略。詩人の言説生産という観点からすれば、単に詩や文学のみならず、舞台芸術をはじめとして、管弦楽演奏会の流行といった多様な文化表象の「群集的受容」に、鋭い批評的視線を投げ掛け、みずから「批評詩」と呼ぶ、独自の散文詩を雑誌に掲載したことが、近年特に注文されている。中略。マラルメは火曜会を主催、そこからポール・ヴァレリー、ポール・クローデル、アンドレ・ジッド、マルセル・プルースト、クロード・ドビッシーなどのフランスの文化変革者たちが輩出したのである。

 また、たまたま読んでいる西脇順三郎訳『マラルメ詩集』のあとがきで、彼はこうマラルメについて書いている。

 マラルメは「ポエジー」も「芸術」も霊的なものと初めから考えていた。この詩人の場合には、すべてそこから出発しそこに終わった。
 筆者は渡邊守章氏も言及していたマラルメの貼りつけ(コラージュ)の試みを行った雑誌「流行通信」を読んだことを思い出した。大分前に。渡邊守章氏は、早くからこの詩人に注目していた一人だ。
 
 ステファンヌ・マラルメ―。サンボリズム。リラダン、ボードレールそしてポー・・・。

 マラルメ全集の残りの巻を手に入れじっくり読んでみたい。

2010/07/21

超人の面白読書 70 梅棹忠夫著『知的生産の技術』

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 文化人類学者で国立民族学博物館創設者の梅棹忠夫氏が、老衰のため今月3日に亡くなった。享年90歳。まさに知の巨人墜つ、である。筆者も多少なりに知的刺激を受けた人間の一人だが、石毛直道氏や河合雅雄氏など生前薫陶を受けた人たちの話は興味津々だ。特に若い時代の頃の話など。その中の一つ、朝日新聞に追悼記事を載せた河合雅雄氏談にこんなのがある。かつて桑原武夫は鶴見俊輔と梅棹忠夫を称して〈天才〉と言っていたそうだ。相手に逃げ道を与えてやれよ、と桑原武夫に言わしめたほど論破の主だったらしい。また、石毛直道氏は知的活動にたずさわる者にとって大事なのは「前提のきりくずしという能力である」と書いていた(「毎日新聞」2010年7月18日」5面〈悼む〉欄)。
 ここでは彼の一般人向けに書かれた岩波新書『知的生産の技術』について速読しながら再読した読後感を綴ってみたい。この新書は1969年7月刊行で、今から41年前に書かれた本だが、全然古臭くなく、むしろ今もってある種の光彩を放っている。知的ヒントが散りばめられているのだ。だから2010年3月現在で83版も重ねている。ここには時代を超えた普遍性がある。
 本文77ページ読了。例の京大式カードの話だ。これは筆者も取り入れて長いが、筆者のはメモ代わり、カード保存はほんの一部である。しかし、オリジナルの革製カバーと特製の下敷きそれに紙は伊東屋製だ。常時25枚は鞄に入れて持ち歩いている。企画書下書き、本や雑誌名、読書メモ、翻訳下書き、アイデア、交通費下書きなどノート代わりに活用している。〈続く〉

超人のジャーナリスト・アイ 120 ヨハンナ・シグルザルドッティル アイスランド首相 国家元首で世界初、同性婚

下記は2010年6月28日のアイスランド・レビューの電子版から。
ヨハンナ・シグルザルドッティルアイスランド首相の同性婚報道。

PM Marries with New Marital Law

Prime Minister Jóhanna Sigurdardóttir is among the first Icelanders to marry on the basis on a new marital law which permits two people of the same sex to be lawfully wed, giving homosexual people the same rights as heterosexuals to be married within congregations or by district commissioners, ruv.is reports.

Yesterday Sigurdardóttir and her spouse Jónína Leósdóttir filed an application requesting that their registered partnership be changed to a legitimate marriage. No formal ceremony accompanied the request. The marriage became valid today, the same day as the new law comes into effect.


Fyrst birt: 27.06.2010 17:47 GMT
Síðast uppfært: 27.06.2010 18:23 GMT

Jóhanna og Jónína í hjónaband
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Jóhanna Sigurðardóttir og Jónína Leósdóttir. Jóhanna Sigurðardóttir forsætisráðherra er á meðal þeirra fyrstu sem ganga í hjónaband á grundvelli nýrra hjúskaparlaga, sem leyfa hjónavígslur fólks af sama kyni.
Jóhanna og Jónína Leósdóttir, maki hennar, lögðu í dag inn umsókn um að staðfestri samvist þeirra yrði breytt í löggilt hjónaband. Engin formleg athöfn var þó haldin af þessu tilefni. Hjónabandið tók gildi í dag, um leið og lögin sem veita samkynhneigðum sama rétt og gagnkynhneigðum til að láta gefa sig saman hjá söfnuðum og sýslumönnum.

■最新のニュースのヘッドラインは下記の通り。
July 20 | Björk Wants to Investigate Magma Energy Deal
July 20 | Laugavegur Runners in Iceland’s Highlands Turn Ashy
July 19 | Stolen Campers Found, Thieves Arrested
July 19 | Skate Served St. Thorlákur’s Mass in Summer
July 19 | Fewer Births Expected in Iceland This Year
July 19 | Increased Cod Fishing Quota in Iceland
July 19 | Walkers Complete 650-km Trek Across Iceland Today
July 19 | Horse Show in North Iceland Instead of Canceled Festival
July 18 | Salmon Fishing Successful in Iceland
July 18 | Bilingual Guide to Literary Walk Released
July 18 | Handbook on Icelandic Whales Released in English
July 17 | Accordion Festival at Reykjavík City Museum
July 17 | Pier Festivals in North and South Iceland
July 17 | Black (Arctic) Tern Spotted in North Iceland
July 16 | Two Men Go Berserk in Western Reykjavík

From Iceland Review Onlineより

2010/07/20

超人の面白、街の話題 3 屋久島の貧乏生活者

 にわかに猛暑が襲いかかって来て、筆者は、日射病否熱中症にかからないかと簾の中でごろごろしていた(室内熱中症もある!)実は一昨日、ある会合のあと懇親会は横浜中華街の有名店の2時間食べ放題コース(北京ダックなど8種類以上)を選んで行われ、その後近くのギリシャ料理店『アテネ』で二次会、ギリシャビールのミトス、アニス入り(ハーブの一種)のウゾというリキュールそれにご当地もののオリーブにギリシャ名物のムサカを一次会で同席したある会社の社長と(ご馳走になってしまった!)食した。終電車で最寄りの駅に降りたまでは良かったが、もう一軒立ち寄ってしまった。今日の朝刊の記事によれば、フィンランドのオーランド諸島近くのバルト海でスウェーデン人のダイバーたちが、難破船の中から1780年代製造ののコルク栓の開いていない世界最古のシャンパン約30本を発見したと発表、スウェーデンのワイン専門家は本物であれば1本当たり5万ユーロ(約560万円)の値がつくというとんでもない記事が出ていたけれども、そんな貴重品とは違って、ビール→紹興酒→ギリシャビール→ギリシャリキュール→ウィスキーの水割りと飲み続けたので(ハイボールを頼んだかは定かではない)、猛暑下、簾の中では二日酔い気味だった。それだけリセットする場面展開が必要だったと言い訳したい気に駆られるのだが…。ギリシャの白くて多少甘い感じのリキュール、ウゾがウソのように効いたのかも知れない。
 そんなことはどうでも良いが、昨日途中から視た某テレビ旅番組の応用編は面白かった。清貧の思想を実戦中といった感じ。お主なかなかやるなあと感心させられた。
 テレビリポーターのミスターちんが、屋久島にすごい人がいると訪ねる。その男こそこの島に暮らす菊池某氏、御年50云歳。聞けば京都出身の彼は、父親が事業に失敗、債権者が毎日のように押しかけてくる光景に嫌気がさしてお金に縁のない生活をと屋久島に土地を購入、自給自足の生活を始めた。すでに30年近くになるという。彼は年一回ロクロを回す陶芸家だ。囲炉裏のそばには陶器陳列の棚もあって、いろいろな形それに独特な色合いの陶器が並んでいた。それなりに買いに来るとこれまた、欲がない。儲けるという気配がないのだ、ここではなんと年間2万円もあれば足りるという。えっ、一桁違うのではと思わずテレビの前で声を出してしまった筆者。優しい眼と笑い顔がとてもいい、語りも全く自然体、子どもっぽい純粋さを保った仙人風。仙人特有の髭は生やしていないが。自家製のユニークな給水装置で水を出し、ニガリの代わりに海水(海岸まで往復20分)でつくる豆腐を食べ、近くでとれた山菜を天ぷらに、あくまで自然の恵に逆らわず衣食足りた生活がみえる。それは都会生活に慣れた私たちに反省を促すことでもある。こういう人もいるのだ。テレビは極端を強いるが、人間の生きる原点を見せてもらった気がして刺激的だった。自給自足か、筆者には煩悩がありすぎる―。

 テレビは再訪のシーンまで撮っていた。

2010/07/19

超人の面白、街の話題 2 ゲリラ豪雨去って本格的な夏到来

 ゲリラ豪雨のあとに本格的な夏がやってきた。梅雨前線が日本列島から消えた日に、気象庁が梅雨が明けたと“みられる”という可笑しな日本語で事実上の梅雨明け宣言をもって本格的な夏が始まる。予報はあくまで予報だから夏の風物詩と解せばそれでいい。今年の梅雨は、鹿児島、福岡、北九州、広島、京都、岐阜などの地域に崖崩れや川の氾濫、それに記録破りの集中豪雨をもたらし大暴れした。被害は死者も出て大きかった。斯くも日本は自然災害に悩まされて来たのか―。昔の文献にもよく出て来るし、生活の知恵で凌いできた。今、自然災害大国には予知能力の速さと正確さが求められる。ある意味では、人災ともいいかねない現象もしばしばみられることもあるからだ。それにしても、今年の台風はまだ2号しか発生していないという。可笑しな自然現象だ。温暖化ということは科学者間でも解っているが、それ以上の突っ込んだ科学的成果を出せないでいるのが現状らしい。パリやモスクワ、北京、ニューヨークなどでは猛暑、中国では洪水など世界各地で異変が起きてい
るが、その異変が恒常化現象に繋がらないとも限らない。それが怖い。
 昨日は群馬で36℃以上を観測、夏はぎらっとして短い。

  
 こちらは情報の氾濫で、鞄にコピーや新聞記事などが詰まったままだ。

2010/07/13

超人の面白、街の話題 参院選で民主党大敗

 今回から始まった〈超人の面白、街の話題〉シリーズ。第1回目は参議院選挙の話など。

 20100713141634_00001_5 永田町界隈で流行っている川柳に“自民党らしさ出てきた民主党”というのがあるらしい。その民主党が昨日の参議院選挙で大敗した。菅直人首相の唐突すぎる消費税増税の話が選挙の勝敗を期した。馬鹿正直と言えばその通りだが、その背後には傲慢さと官僚に煽てられてすべった姿が見え隠れする。普天間基地問題などで小沢幹事長とアベック辞任した鳩山元首相のあと、菅首相が誕生しクリーンなイメージでV字回復したが、選挙直前の唐突の消費税増税の持ち込みで人気は急落、慌てて首相自らまだ先の話だとか還付するだとか消費税増税の件ではブレまくった。消費税問題を持ち込んでも行けるとの政治的判断があったのだろう。自信過剰過ぎた。民意を読み間違えたのだ。結果的に風は迷いに迷ってより戻り且つ、「みんなの党」にも吹いた。下馬評通りアジェンダ(政策課題)の「みんなの党」が大躍進、かつての日本新党を思い出す。公明党、社民党、共産党は微減、その他の少数党は振るわずの結果だ。
 タレント候補ではいろいろと言われた谷亮子、ショッキングピンクの三原じゅん子、オウム真理教の追及者で有名なジャーナリスト、有田芳生の3人が当選、あとは原田大二郎、桂きん枝、庄野真代、岡崎友紀、岡部まり、堀内恒夫、中畑清などが落選した。また、小泉チュードレンの佐藤ゆかり、猪口邦子、片山さつきの衆議院落選組も返り咲いた。
 これで参議院は与党が過半数を割れて「ねじれ」現象を起こすことになり、今から重要法案の可決問題が浮上し始めている。菅首相はスタートラインに立って続投するという。しかし党内のけじめ問題もあるはずだ。
 今や900兆円の日本国の借金、赤ん坊から大人まで国民一人600万円の借金とか。自民党政治、官僚、エコノミスト、学者、財界人の無策のつけが回ってきた。リーマンショック以来の世界的な金融不安から脱却せずにいることも大きな要因。民主党政権の有効な対策は、まだ途上にあるが迷走中だ。大企業の活発化と中小企業の支援が急務なことは言うまでもない。また、働く人たちにも具体的なきめ細かい施策が欲しい。 財政再建策問題に限れば、事業仕分けの継続と無駄の除去、国会議員や公務員の縮小策(誰かが言っていたが、具体的に給料を下げる)、福祉・年金の財源確保と中長期のビジョンを具体的に打ち立てて充分に無駄を省き、そのあとにどうしても消費税増税を国民にお願いしたいと言うならまた、きちっとした説明責任後に民意を問えばよい。やはり政局ではなくしっかりした政治をやってほしい。
 参院選翌日の毎日新聞社説は、参院選民主敗北、菅政権の試練が始まる、消費税論議を始めよ、だった。
【左上の図 : 毎日新聞2010年7月12日の夕刊より 】

2010/07/02

スウェーデン王室結婚報道 4 ある女性外科医のブログから

 スウェーデン王女の結婚式の模様が「Alltid Leende」のブログで詳しく紹介されていた。このブログは、北欧スウェーデンで働く女性外科医の毎日を綴ると記されている。面白い記事だったので下記はその引用。前述した新聞記事と参照できるはず。日本の新聞報道も毎日、朝日、読売、産経、東京と調べたが、こちらは大した記事でなかった印象。何といっても、W杯の日本のサッカー選手の活躍に夢中だったから―。それにしても日本は悔しい負けだった。PK戦……。

それでは女性外科医さんが綴ったところをピックアップ。

ダニエルのスピーチ全文

För nio år sedan hade jag förmånen att lära känna en ung kvinna med en härlig humor, en stark pliktkänsla och dessutom väldigt, väldigt klok.
Vi blev vänner. Ju mer jag lärde känna henne desto mer oemotståndlig blev hon.
De här åren med dig Victoria har flugit förbi, har varit de bästa i mitt liv.
There have been times when Victorias official duties have separated us. Often taken her to faraway countries and continents. I will never forget some years ago when she left for one of her many trips, this time to China.
We were going to be apart for a whole month. The night before she left she got home late after an official engagement, and she had many preparations to make before the long month of duties ahead. Instead of getting some valuable sleep she stayed up the whole night writing.
In the morning after she had gone I found a box. And in that box I found 30 beautiful letters addressed to me. One for every day she would be away.
This romantic gesture is typical of you Victoria. It says everything about the loving person you are.
Once upon a time the young man was... perhaps not a frog, in the beginning of the fairytale...(skratt)...as in the story first told by the Grimm brothers. But he was certainly not a prince.
The first kiss did not change that. His transformation was not possible without the support of the wise king and queen, who had ruled the kingdom for many years, and who were full of wisdom, experience and had good heart.
They knew what was best and guided the couple with a gentle hand, generously sharing all their experience.
Jag känner en stor tacksamhet mot eders majestäter kungen och drottningen, för ert helhjärtade stöd, och för det sätt som ni har välkomnat mig in i er familj. Mina tankar går givetvis också till min egen familj. Till min mor och min far, och min syster och hennes döttrar.
Mor och far, under hela min uppväxt har ni givit mig er villkorslösa kärlek. Ni har hjälpt mig med er klokhet, och ni har hjälpt mig att bygga en stark självkänsla och trygghet genom sunda värderingar som har väglett mig genom livet.
I dag, när vi färdades genom Stockholms gator, då möttes vi av en otrolig glädje och värme. Ett minne vi kommer att bära med oss djupt inne i våra hjärtan, för alltid.
Under de år som Victoria och jag har haft tillsammans har jag känt ett stort stöd från människor som jag har mött. Det har varit väldigt viktigt för mig.
Tack.
Jag känner en djup respekt inför de uppgifter som ligger framför mig. Det kommer utan tvekan att bli en stor utmaning. Jag ska göra mitt yttersta för att leva upp till de förväntningar som kommer att ställas på mig. Jag kommer göra mitt yttersta för att stödja min hustru, Sveriges kronprinsessa, i hennes viktiga gärning.
Älskade Victoria. Jag är så stolt över det vi har tillsammans. Jag är så lyckligt att nu få vara din man. Jag ska göra allt jag någonsin kan för att du ska förbli så lycklig som du är i dag.
Victoria, störst av allt är kärleken. Jag älskar dig så.

バルコニーからのビクトリアのスピーチも立派なものでした。

Kära, kära vänner,
jag vill börja med att tacka svenska folket för att ni har gett mig min prins.
Vi, min make och jag, är så otroligt glada och väldigt tacksamma för att så många vill vara här och fira tillsammans med oss.
Det är en enorm upplevelse, det är vår absolut största dag hittills i vårt liv.
Att känna ert stöd betyder mer för oss än ni någonsin skulle kunna förstå.
Det är något otroligt.
Idag är en dag som vi kommer att bära med oss i våra hjärtan för resten av vårt liv.
Tack!

親愛なる友人たち
まずはじめに、スウェーデン国民に対し、私にプリンスを与えてくれたことに感謝したいと思います。私たち、私の夫と私は、こんなに多くの人達が共に祝うために集まってくれたことを、非常に嬉しく思います。これは大きな経験であり、これまでの私たちの人生の中で最大のものであることは確かです。皆さんの支えを実感できることは皆さんが想像できる以上に、私たちにとって大きな意味を持ちます。これはとても素晴らしいものです。今日のこの日は、私たちが生きている限り私たちの心に残ることでしょう。有難う!

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 このブロガーさんは、何よりもいろいろな困難を乗り越えて、ビクトリアさんが勝ち取った結婚式はすばらしかったと称賛。

■その後の彼ら―。

Victoria och Daniel är tillbaka i Sverige igen efter en sex veckor lång bröllopsresa.

Victoria och Daniel hemma igen
Publicerad: 2 augusti 2010, 08.04. Senast ändrad: 2 augusti 2010, 08.33

Kronprinsessan Victoria och prins Daniel har återvänt hem till Sverige efter sin sex veckors smekmånad. Paret landade på Bromma flygplats på söndagskvällen, skriver kvällstidningarna.
【ヤフースウェーデン2010.8.2より】(2010.8.3 記)

追記。ビクトリア王女が懐妊し、来年3月に第1子を出産する見通し(2011年8月18日付毎日新聞朝刊)。

追記2。このブロガーさん、最近体調が悪く休んでいるみたい。早く元気になーれと励ましたい。何せスウェーデン
の病院で働くキャリアウーマンしかも移住までしちゃっている。頑張り屋さんだ。2012.2.12


最新の新聞記事 スウェーデン王室結婚報道 3

スウェーデンの有力紙「ダーゲンス・ニーヘーテル」紙や無料日刊紙「メトロ」の記事の中からスウェーデン王女の結婚式報道を追ってみよう。

まずは6月19日付「メトロ」電子版の記事から。

 王室の結婚式はスウェーデン国民の祝祭。50万人の人が一組の新婦のためにストックホルムの中心部に集まった。ストックホルム警察のシェル・リンドグレン広報担当官は、リリカルで本当に素晴らしかったと語り、機動隊2000人が窃盗を働くサッカーのフーリガンもしくは不愉快なデモを取り締まった。しかし昨日は楽しく積極的な人たちだった。結婚式で人が溢れていたが、すべてはブリッジのパートスコアだった。鉄の釘、すべて素敵だった。広報担当官自身、感動して涙をこぼしてしまった。

 やらされているけど仕事はプロだよ。

 牧師のオーケ・ボニエル氏のことは結婚式のあとの日まで尾を引いた。控え目なカップルだ。嬉しいのはお互いに愛を確かめ合おうとしていたことだと語り、その日はストックホルム大聖堂のミサは満員だったと広報担当官。
ストリートに出ると、大部分が外国から来た観光客のように思えた。ストックホルム観光協会のペーター・リンドクヴェスト氏によれば、ホテルは去年の夏の同じ週より予約が多いそうだ。結婚式の週の始めはまだ空室があったが、そのあと予約が殺到した。結婚式は旅行ビジネスでは大変価値があり、PR価値はざっと見積もっても100万クローネはある。
 オペラ劇場地下レストランの料理長、ステファノ・カテナッチ氏―結婚式の晩餐会で野心的なメニューを作成した―は、今日の楽しさ以上だった。
準備は万端。約10日間60人のスタッフで晩餐会の料理ができあがった。結果に満足している。
私は調理場に入る来賓側から奥に行った。

 晩餐会を楽しめましたか。
 いいえ、朝5時に帰宅してから横になりSVTの模様を視たんだ。その時結婚式の模様を一目視ることができた。

 
 ダーゲンス・ニィーヘーテル紙6月19日付電子版から。

 王女の結婚式の日、カップルは落ち着いていた。同紙が土曜日の朝8時から刻一刻を追った。
式全体の詳細を読めない読者に概略をお伝えしよう。

 その朝は天気から始まった。太陽は行列の上に主な役割を果たすはず。もし雨天だったら、結婚式はどうなったか。行列ができないうちに、ストリートの開閉の決定には2時間必要だった。つまり馬車を走らす緊張する時だ。午後1時半、新婦カップルが天気の力を見極めてストリートを解放。ビクトリア王女が土曜日の午前9時前直ちに妹のマドレーン王女の車で王宮からストックホルムの王宮まで運転、そのあと化粧、ヘアスタイル、ドレスの準備が始まった。全てがどのようにみえるようになるか近づかないかぎり誰も分からない。その日は30人の美容師たちが新婦と来賓に髪をドレスアップするため雇われた。
 ストックホルムの街中の大部分のストリートが塞がれた午後1時、結婚式の行列のストリートもブロックされた。トンネルを走らせる車の通行料金は、楽しい時間を過ごしてもらうため、夕方7時まで無料だった。2倍の50万人がストックホルムのストリートを埋める代わりに、警察はこの祝賀に約25万人が参加するとよんだ。新婦カップル、来賓や一般人に何も起こらないようにと約2000人の警官がその日を守衛。さらに3000人の軍隊や2000人のボランティアの人々が行列に沿って立ち、幸運を祈った。禁止区域に間違って入るパイロットやナイフを持った既婚男性以外は、警察の妨害を要求する出来事は起こらなかった。その日のお祭り気分についてはスウェーデンの他の都市でも伝えられた。王子の故郷の町オッケルボではお祭りを何度も祝い、イェーテボリィの朝、中心街ではすでに自転車アトラクションのヒュールを14組が実施していた。外国から来た人700人、全部で2300人のジャーナリストが結婚式を報道するためストックホルムに滞在した。スウェーデンの関係者が外国のメディアにコピーを送る。結婚式はその日アメリカのCNNやスペインのEl Mundoが“ビッキーとダニエルの素晴らしい結婚式”と大きく報じたが、同時に大手の通信社は、SVTとの交渉後、結婚式報道を取り止めた。多くの現地新聞は別な問題だとみたようだ。
14時、ストックホルムの聖堂にドレスアップした来賓が到着。まず市民と政治家、次に王室、シルビア、マドレーン、カール・フィリップそして花婿のダニエルと続いた。そのあと15時30分、ちょうど王女と国王を乗せた車がやってきた。
 結婚式は快晴。祭壇まで半分行ったところでビクトリアが父のグスタフ16世に手を差し出した。ダニエルはとても感動的、新郎新婦は互いに手にキスをした。彼女は豪華な真珠色した絹の公爵夫人を身に付け、浮き彫りを施した宝石の冠を被っていた。予め予測されていたものだ。
 ウェストリング王子が大公とナイトとなった。ビクトリアとダニエルは独身の涙を拭い去った。牧師たちが感動している。父のグスタフ16世国王が一緒になって見つめ、シルビアは紙のハンカチで拾い集めた。
 一組の夫婦が教会の外に出たが、ダニエルは勲章を纏っていた。16時26分、最初の結婚式のキスがあった。最初の結婚式の話で新婦が決めたあと、カメラマンたちがそれを見たいと大声で叫んだ。
5分後、車に座り行列が始まった。少しの間祝福してくれている国民に手を振っあと、行列は直ちに進んだ。馬の調子もよく、観衆が新郎新婦を見れるようにと速さを調整した。しかも安全を維持しながら。新郎新婦がバーサオーデン号で通過する時にはボートが対向できないようにノルストレムの水の流れの量も減らした。新郎新婦と来賓が王宮に到着。ビクトリア王女が、王子を迎え入れたことに対してスウェーデン国民に感謝の言葉を表した。土曜日の夜8時頃、ストックホルム王宮の国立ホールで大きな結婚をお祝いする晩餐会が始まった。その夜は5種類の料理、高さ3メートルのケーキそして4種類の貴重なワインが供された。国王とダニエルのパパのオーロフ・ウェストリング氏両方とも会話は弾み、多くの嬉し涙を流すこととなった。
アーティストの大祝賀公演でその夜は終わったが、他方、屋外で行われた場所は、お祝いをしてくれた人々によりきれいに掃除されていた。

最新の新聞記事 スウェーデン王室結婚報道 2

2010年6月21日付ジャパンタイムズの記事から。

スウェーデン王女 前トレーナーと結ばれる

 スウェーデン王女のビクトリアさんが前個人トレーナーのダニエル・ウェストリング氏と首都で2週間にわたって繰り広がれている祝賀の最中の土曜日、ストックホルム大聖堂で結婚式を上げた。
午後3時半結婚式が執り行われ、王室のはしけの入江を横切って走る船上遊覧と同じように、馬車行列がストックホルムの中心街を練り歩いた。国王と王妃は王宮で晩餐会の主催を務めた。カール16世グスタフ王の32才になる娘とシルビア王女が、ストックホルムのマスタートレーニングのジムで9年前に36才になるウェストリング氏と出会った。ビクトリアさんは1719年から1720年に在位したウルリカ・エレオノラ以来の女性で第一王位継承者になる。スウェーデンは1980年に性別に関係なく第一子が王位を継承できるとする憲法の改正を行った。
ビクトリア・イングリット・アリス・デシレーさんが、国王の子どもたちでは初めての結婚。彼女には弟のカール・フィリップ氏や妹のマドレーンさんがいるが、64才のカール16世グスタフ氏は1973年に王位に就いた。スウェーデン王位継承のべルナドット家の第7番目のメンバーである。北欧は憲法上は王制だが国王の仕事は単に儀礼的である。
 50万人の人々がストックホルムのストリートに列を作り、多くのスウェーデンの国旗が掲げられ、街では結婚式に先駆けてバンド行進が行われた。
18世紀の軍艦ゴッテンバーグのレプリカとデンマークやノルウェー王室のヨットが王宮の郊外の波止場に並んだ。そこでは人々がセレブを見ようと立っていた。結婚式後のウェストリング氏の公式名は、ヴェステル・イエートランド大公、ダニエル皇太子となる。彼は公務員の父オーロフ・ウェストリング氏、郵便局員の母エバ・ストリングさんの息子で1973年エーレブロで生まれた。2002年夏にあるレストランでビクトリアさんとキスしている場面がカメラに捕らえられるまではごく普通の生活だった。カップルは2009年の2月に婚約を発表。父親のドナー提供のあと3ヶ月間腎臓移植の手術を受けた。5月22日付のスベンスカダーグブラッデット紙の取材に応えて、身体の調子は今まで通り、遺伝的ではなく可能性的には母が妊娠中に風邪を引いてしまった結果だと語った。
 2人はスウェーデン国教会のアンダーシュ・ウェリード牧師の執行で結婚式を上げた。父親と腕を組んで歩くことはビクトリアさんの願いだったがもめた。というのは、スウェーデの伝統では一緒に教会に入るのは、花嫁や花婿のためだからだ。ビクトリアさんのドレスはペール・エングシェーデン氏がデザイン、クリーム色の公爵夫人シルクサティンと関係者が伝えた。見積っても2600万ドルの結婚費用は、スウェーデン人の中には反対者もいて、カール16世グスタフ国王がその半分を負担すると語った。不満がフェイスブック グループに送られた。「ビクトリアさんの結婚式の負担を拒否」、「ビクトアさんとダニエル氏の結婚に支払われるなら、招待してほしい」というような不満だ。水曜日発売されたある調査研究によれば、王制に反対のスウェーデン人の割合は、1996年の10%から今年25%まで徐々に上昇しているが、今尚この制度を支えている人が46%いるという。好意的な見解をもっている人が40%いるのに対して、王室に否定的な見解をもっている人が28%いるとの調査結果が出ている。
教会に来た1100人の半数の人が王宮の晩餐会に招かれた。日本の皇太子、デンマークのマルグレーテ二世女王、ノルウェーのハラルド五世王、ベルギーのアルベール二世王、オランダのベアトリックス女王やイギリスのエドワード王子などだ。
 ベルナドット家はフランスのジャン・バブティスト・ベルナドット元帥にそのルーツを持つ。1818年子どもに恵まれなかったスウェーデンのカール13世ヨハン国王が養子にした。
 大手通信社のAP、ロイターやAFPが、スウェーデンの国営放送のSVTから結婚式のアクセスを排除され、スウェーデン国外の配信サービスのビデオを厳しく制限された。その後、通信社は結婚式の配信の中止を決定した。通信社3社は王宮と首相官邸に請願したが、制限は多くの視聴者の妨げになるはず。しかし、返答はなかった。

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