« クロカル超人が行く 135 新潟市佐渡あるいは佐渡島 | トップページ | クロカル超人が行く 137 佐渡点景 »

2010/06/10

クロカル超人が行く 136 佐渡金山

フォトエッセー : 佐渡金山 2010年初夏。

Dscf8143Dscf8146_2Dscf8149Dscf8152Dscf8154Dscf8157Dscf8159Dscf8160Dscf8164Dscf8162Dscf8168Dscf8172Dscf8176Dscf8174Dscf8181Dscf8182Dscf8184Dscf8187Dscf8193Dscf8194Dscf8195Dscf8197Dscf8190Dscf8188

 佐渡金山は1601年(慶長6年)鶴子銀山の3人の山師が発見、開山。鉱量枯渇のため1989年(平成元年)操業停止。388年間に採掘した金の生産量は78トン。宗太夫坑道、道遊坑道の総延長は400kmに及ぶ。持主は山師→佐渡奉行→工部省→宮内省→三菱合資会社→三菱鉱業→三菱マテリアル→三菱の子会社と変わる。有名な「道遊の割戸」は2つに断ち割れた露天掘りの跡。江戸時代後期には1800人の無宿人(ホームレス)・罪人が強制連行され、過酷な労働を強いられたが、見せしめの意味合いが強かったらしい。無宿人は主に水替え人足の補充に充てられた。鉱夫(主に石屋出身者)には塵灰を吸い、肺をやられて早死する人が多かったらしい。お金は稼げたが過酷な労働一筋、女に会いてえと休憩所で呟く鉱夫もいたらしい。近くの町には大きな遊郭があって相当栄えたという。また、案内人によれば、江戸時代には相当数のお寺や墓があって幕府の役人が縮小したほどだった。それは何を物語るのか―。佐渡金山は世界遺産に登録申請中だ。(佐渡金山のパンフレット他を参照)

 その佐渡金山を見学した。人形70体が採掘現場をリアルに再現していて過酷な仕事をかいま見た感じ。坑道の中はひんやりし、岩肌に触れるとぽろりと岩屑が落ちた。佐渡小判の製造工程の詳細は金山資料室で見れたが、その一角に趣向凝らした人気のコーナーがあった。金の延べ棒(1800万円相当)を片手がやっと入る程度の穴から取り出せたら、3000円(正確にはもっと多いか?)のご褒美。見学者のほとんどがチャレンジするも(上の写真参照)、ほとんどの人が失敗、筆者も試みたがやはり失敗した。金の延べ棒は意外と重く、小さい穴からだと自由が効かなく取り出せない。今まで6名の方が成功し、その中の一人は小学生の女の子だそうだ。
写真撮影に忙しく坑道の中を走り回っていた。近代遺産も見学、圧巻はやはり「道遊の割戸」だった(写真上参照)。


« クロカル超人が行く 135 新潟市佐渡あるいは佐渡島 | トップページ | クロカル超人が行く 137 佐渡点景 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: クロカル超人が行く 136 佐渡金山:

« クロカル超人が行く 135 新潟市佐渡あるいは佐渡島 | トップページ | クロカル超人が行く 137 佐渡点景 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31