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2010/04/13

超人の面白創作 携帯連載小説 ミルクプラント 63

 当時のミルクプラントは労働集約型の典型的なところだったかも知れない。瓶洗い、瓶詰め、蓋閉め、箱詰め、冷蔵庫への保管、清掃と一連の作業が毎日繰り返された。今は地方の酪農家からタンクローリーで時間差がほとんどないくらいに工場に運ばれるらしい。大幅に集乳過程が改善されたのである。工場も大型化、自動化が進み大量生産で、紙パックに入った牛乳製品が市場に出回る。生産拠点のグループ化も進んでいる。また、牛乳製品の種類も豊富だ。それはスーパーに行けば一目瞭然である。当時はまだ汚くきつい仕事だったのである。
 そんな家業をよそにナオミが、中学時代に多少自分の居場所を見つけ出していたことも書いておこう。それは新鮮な驚きだった。
ナオミは他の同級生たちと一緒に自転車で通学していた。片道20分だったが、中学校は高台にあったので急坂を登らなければならなかった。小雨の日も雨傘を片手に差して通学したのだ。もちろん濡れるのを覚悟してのことだ。
その中学校がある高台は街の中心から近く、小学校、裁判所、神社、少し歩けば高校などもある文教地区で、中学校の正門を出て少し歩くと右側には陸橋があり、渡ると旧城跡に行き着く。この辺にはお堀の名残か池があった。浮草で覆われていてほとんど水面が見えなかった。そんな高台にある中学校の校庭には大木があって、その木に向かって“大木よ、おまえはその昔”で始まる大木を讃える詩を朝礼で一斉に朗読をさせられたのだった。恐らくその大木のようにすくすく育てとの意味合いからだったろうか。
 ナオミには何人かの友達がいた。その一人に根っこから真面目そのもの、顔は端正だが口調はやや女性っぽい、サラリーマンの家庭で育ったM男がいた。ちょっとオマセな男だった。どういうわけかナオミと気が合った。休み時間や下校時の一時に彼とよく話した。何を話したのか、哲学めいたものだったか、それともある小説家の話だったか、ナオミは記憶の奥底をさぐった。しかしなかなか出て来ない、仕方がない、ナオミ流の記憶の現出を試みた。すると、かすかにM男がしきりに喋っている光景が出て来た。

ナオミ君、僕小説書いたんだ、読んでくれるかな。

 彼は照れくさそうに藁半紙10枚をナオミに手渡した。そこには鉛筆でやや四角張った字がぎっしりと並んでいた。消しゴムで消したあとも所々あった。

小説っ ?

ナオミは今まで実際に小説を書いている人間に出会ったことはなかった。下校時の大木の下で半ば告白ぽかった。内容はSF小説のようだった。太宰治の小説ではなかったのだ。

じゃ、読んでみるよ。

 ナオミは生返事をした。こんなもの読んでどうなる、何も役に立たないと考えたのだった。しかし、ナオミは家で読んでみた。今思えばSFファンタジーだったか―。どういう感想を言ったのか思い出すだけでぞっとするが、的外れ的なことを言ってお茶を濁しただろうことは容易に想像がつく。彼は悲しんだはずだ。もっとうまく書くよと答えたような気がする。

彼は今何をしているのだろうか。小説家になっていれば分かるはずだが、それとも……。ナオミには中学時代の一時期の付き合いだったが鮮烈だった。

 もう一人オマセな同級生もいた。彼は背がひょろっとしていて痩せていた。首を少し右に曲げる癖があり、多少皮肉屋でやや神経質な性格の持ち主だった。いつも授業そっちのけでクルマのデザインをノートに描いては暇をつぶしていた。育ちが良いせいか語り口はやわらか(たまに出る皮肉的な口調を除いては)、しかし、学生服は時々襟元近くが汚れていた。彼とは幼なじみのY夫も家が油を扱う商売だったせいか油の臭いが服に滲み出ていた。そんなクラスが隣同士のナオミたちは、休み時間になるとプロレスごっこが日課になり、時々、ごっこが本番になって、額に絆創膏を張る始末になることもあった。Y夫もその口だった。
 F男の家は学校からすぐ左側の坂を降りた道路の向かい側にあった。彼の父は確か役所のトップにまで上りつめた人で、彼の兄弟は秀才一家と言われたほどだ。工学系から文系まで兄たちがそうだった。F男は末子だった。ナオミは学校帰りにF男宅に行っては彼の兄たちが残していった本を見るのが楽しかった。勉強した筆跡も散見できたラテン語、フランス語やドイツ語の読本をよく見せてもらった。英語の本はもちろんのこと、数学や文学の本もあった。様々な本を持ち出しては誇らしげに解説するF男がいたが、増築した彼の離れ家はそれほど大きくはなかった。いや、むしろ狭い感じだった。ここには何とも言えない知的雰囲気があった。彼の兄の一人は、大手出版社に入りフランス文学全集を手掛けたが、惜しくも40代の若さで病に倒れた。ナオミは生前一度か二度この兄の家にF男が下宿していた時に会って話したことがあった。ナオミに何かアドバイスしてくれたはずだが忘れた。紳士な人だった。

  F男もよくギア付きの自転車でミルクプラントの方まで遊びに来てくれた。彼はシニカル スマイルが得意で飄々としていたが、本当は屈折していたのだ。

 中学時代の彼らとの出会いが、ナオミの将来に少なからずヒントを与えた。ミルクプラントの外への準備はこの時すでに始まっていたのだ。それは祖父の死とも関係していた。

  どういう理由か知らないが、ナオミが抵抗なくミルクを飲めるようになったのは、ミルクプラントを離れて相当後の30過ぎてからだった。不思議な生理現象である。

 そのミルクプラントはもうない。<了>

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