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2009/12/06

学術先端情報―学術情報誌「CPC Journal」の最新号紹介 2     

Img094_42009年第2号 小特集: 挑発的日本語論 水村美苗著『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読み解く・・・

目次
■バベル塔崩壊以前への復帰 韓国外大日本語通翻訳科教授 徐載坤
■いくら亡ぼされても、針は。 詩人 和合亮一
■21世紀はクリアーな日本語教育へ シートン・ホール大学准教授 大須賀茂
■寺山修司の言語性、もしくは方言性―序章としてのコラージュ 国立国会図書館・国会分館長 神繁司
■近世日本の「鎖国」と「重商主義」―長崎貿易と国民生活との関係(1)― 関東学院大学文学部教授 矢嶋道文
■『近代日本語教科書選集』の編集を終えて 京都大学講師 李長波

バベル塔崩壊以前への復帰─英語世紀の翻訳─

徐載坤(スゼコン、韓国外国語大学校日本語通翻訳科教授/近代詩)

 『聖書』によると、昔、人類は一つの言語、つまり<普遍語>でコミュニケーションをしていた。しかし、天に近づこうとする欲望からバベル塔を築き始め、それに怒った神様は塔を破壊し、互いに言葉が通じないようにし、それ以後は同じ言葉を使う言語集団に分かれて生活するようになったようだ。しかし、もはや英語はインターネットの普及に伴い、人類の宿願であった<普通語>になりつつある。
 約1年半前の大統領選挙で勝った李明博候補は、早速「政権引受委員会」を発足させ、ある女子大学の女性総長を委員長に任命した。新政権は小学校低学年への英語授業の拡大、そのための英語先生の大量採用、特に「英語没入教育」の実施による学校での英語教育強化路線を取ろうとした。「英語没入教育」というのは、English Immersion Programの韓国語訳で、要は学校での一般科目の授業も英語で行うということである。水村氏の表現を借りると、「国民の全員がバイリンガルになるのを目指すこと」であった。新政権は学校での英語教育を充実させることで、私教育費(民間の塾での勉強費用)を減らし、しかも国際社会に通用する人材を育成するという一石二鳥の名案(!)であると主張した。その新しい英語政策公聴会の席上で飛び出したのが、委員長の「オレンジ発言」である。アメリカに行って学校で教わった通りに発音したら相手が聞き取れなかったという逸話を紹介した。だから早期からの「英語没入教育」を通じて的確な英語能力を養い、国家の国際的競争力を向上させるべきであるというのが発言の主旨であった。しかし、彼女の発言は世論の猛反発を招くことになり、「英語没入教育」は見送られるになった。もともと、新政権の英語教育強化方針に対して現実を度外した理想論であるという非難も少なくなかった。日本と同じく韓国も大学受験競争が激しく、学校教育は大学入試と密接に結び付いており、英語が高い比重を占めているのはいうまでもない。小学校低学年からの英語教育実施は更なる早期英語教育ブームを引き起こす危険性があることを専門家たちは指摘していた。現在、英語専門の幼稚園が誕生したり、アメリカの教科書を教える塾が増加するなど、もはや韓国は事実上「韓国語が亡びる」道のりを歩み始めたと言えるだろう。水村氏の本を読みながら、これは韓国の現状に対する鋭い批判にもなることを認めざるをえなかった。とは言いながら、私自身、「二重言語者」であり、わが子もバイリンガルか、トリリンガルになることを望んでいながら、昨今の韓国政府の英語政策と英語学習ブームを批判するのは自己矛盾ではないかと反問せざるをえなかった。漢字文化圏の周辺国で、特に中国大陸との陸続きの韓国では固有文字の誕生が15世紀(朝鮮時代)にまで遅れたため、その間、<外の言葉>である漢文が<書き言葉>の役割を果たしてきた。だから、<普遍語(漢文)>能力が知識人の必須条件になり、朝鮮時代では科挙試験の実施によって社会的地位までを左右してきた。その力はハングル誕生後も衰えることはなかった。また自国語の能力より<普遍語>能力が最優先された時期としては、日本の植民地時代とアメリカ軍政期を挙げられる。だから、韓国では上流階級、または知識人は、その時代の<普遍語>ができる<二重言語者>を意味してきた。‘英語の世紀’である今日、韓国では身分上昇の手段として英語にオールインする人たちが少なくない。最近、韓国の新造語に「お父さん鴨」「お父さんペンギン」というのがある。これはお父さん以外の家族は子供の教育のため、英語圏の国か地域で暮らし、一人韓国に残って働いているお父さんを指す言葉である。前者は少なくとも年1回くらい、お父さんが会いに行くが、後者は何年間も家族再会が行われていないケースを指す。世界的に例がないこの不思議な家族形態は、単に英語習得だけでなく、わが子を大学入試中心の知識教育から開放させ、先進国の人性重視教育を受けさせたいという願いから生まれた一面もある。しかし、言語をコミュニケーションの手段にすぎないと考えるのは危険である。「言語は文化のための道具ではなく文化そのものであり、私たちの主体そのもの」(福田恒存)である。だから、ある外国語を習うということは直、間接的にその文化まで習得することを意味する。だから、早期の外国語教育は子供に自己アイデンティティの混乱をもたらし、どちらにも定住できなくなる場合もある。グローバルというのは自分と他者の共通点と差異を明確に認識することから始めるべきである。次に、自分にないものを取り入れて自分と自文化の中身を豊かにすることこそ国際化で、相手のことをそのまま受け入れることではない。ある文化(圏)の持っている独自なものを別の文化(圏)に伝えるのが<翻訳の役割>であるのは言うまでもない。翻訳とは二つの異文化が出会う場であり、創造の領域である。自文化にない属性(要素)を自文化のコードを使ってデフォルメさせる行為であり、その時、真のコミュニケーションが実現するといえる。だから、インターネットと英語の世紀に求められるのは優秀な翻訳(者)であるにちがいない。


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