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2009/07/28

超人の面白スポーツ観戦 宮里藍、エイビアンでトレビアン!米ツアー初勝利

 テレビ朝日が先週の土曜日の昼頃の番組でこのフランスのエイビアンで行われたゴルフ大会の第1日目の様子と宮里藍を中心に上田桃子ら参戦している日本の女子プロの活躍を特集していた。その中で宮里藍がショット、パットとも順調でアンダーパーの好スタートを切っていた。もしかしたら今度こそ初勝利もあるかもとマスコミ報道が気になっていたが、その宮里藍がついにスウェーデンのグスタフソンとのプレーオフを制し、念願の米ツアー初勝利を収めた。03年9月、30年ぶりに最年少で国内の女子オープンに優勝、同年プロに転向し通算13勝。4年前から米ツアーに参戦していた。
 勝利の瞬間嬉し涙が頬から流れた。万感の思いがこみあげたのだろう。4年はあっという間だったと語る本人だが、その過程は決して楽なものではなかったことは想像がつく。日曜日朝のTBS番組「サンデーモーニング」の人気スポーツコーナーでも、我らが親分こと大沢元監督が、米ツアー参戦中の宮里藍の成績を見て盛んに“喝!”を入れていたのが今となっては懐かしいシーンだ。コンビの張本氏は更に厳しいコメントだったが。さて、今週の両解説者のコメントが見物だ。エイビアンでトレビアン! 何だかアド街風―。
 宮里藍の最新映像は次のメジャー制覇(全英女子オープン)へ意欲を見せる、爽やかないつもの“愛ちゃん”の姿だ。しかし、一回りもニ回りも大きくなったようだ。今後の活躍に注目。それにしても聖志、優作の兄は、「あに」はからんや―。何とも羨ましい兄妹ではある。

追記。またしても日本の女子の快挙。今度は女子プロの全米ゴルフツアー、フランスのエイビアンマスターズで宮里藍が優勝。フランスのゴルフ場は相性がいいのかこれで2勝目。先週の世界女子サッカードイツ大会でなでしこジャパンが初優勝を成し遂げたばかりの朗報だ。日本の女子は頑張っている(2011.7.25 記)。


2009/07/21

クロカル超人が行く 117 七月の夜―ブルーノ・シュルツ祭 Noc Lipcowa-Festiwal Schulzowski w Tokio

200907201349000_2海の日の今日、T大学文学部現代文芸論研究室主催/ポーランド大使館後援、シアターX(カイ)協力の「七月の夜―ブルーノ・シュルツ祭 Noc Lipcowa-Festiwal Schulzowski w Tokio」を観に会場のT大学法文2号館1番大教室に足を運んだ。実は10日ほど前に新聞でこのイベントを知り、無料かつ先着順ということが気に入り顔を出してみようと思ったのだ。午後2時から6時までの長時間に渡り、映画上映、次にパネルディスカッションそして最後に朗読ありと盛りだくさんだ。ブルーノ・シュルツはポーランドでは国民的な作家、そのシュルツの日本紹介に尽力した、翻訳家・エッセイスト・詩人の工藤幸雄氏の一周忌も兼ねてのブルーノ・シュルツ祭―。

 2時過ぎに主催者からの挨拶があり、パソコンのオーディオシステムで早速映画上映が始まった。
ドキュメンタリー『ブルーノ・シュルツ―二度目の幼年期』)野中剛監督』(1994)、日本語(ポーランド語ナレーション、ヤン・ペシェック)、28分、映画『砂時計サナトリウム』Sanatorium pod klepsydrヴォイチェフ・ハス監督(1973)、英語字幕、124分(日本語字幕なし)

 映画2本で約2時間半、前半のドキュメンタリーはブルーノ・シュルツの挿絵を背景にポーランドの名優、ヤン・ペシェクの原文朗読しながらシュルツ文学の宇宙を奏でる。幼年期への回帰、再構築・・・。野中剛の声もいい。
映画『砂時計サナトリウム』Sanatorium pod klepsydrヴォイチェフ・ハス監督(1973)、英語字幕、124分(日本語字幕なし)は、初めて視るものにとっては視終わったときに感じる一種の眩暈が生じるような不思議な映画である。現実と非現実が錯乱しているような世界、世界の終りと始め、グロテスクで創生的、かつエロチックで社会批判的、寓話的世界が蠢く薄暗い世界だ。あらすじはこうだ。ヨーゼフは、サナトリウムに療養中の父に会うため列車に乗った。そのサナトリウムは郊外の静かな森の中にあり、大きな扉が聳えその中に一歩足を踏み入れるとそこは幻想的な世界―。厳格だがおかしな医者と可憐だが挑発的な看護婦、そんな中めぐり合った父は病人のようにベットに横たわっている。ふと窓の外をのぞくと幼年期の情景がそこにはあった。父と母、召使のアデル、友人、女等々、時間の流れが重複し、いつの間にかそのサナトリウムは万華鏡のように交錯する。そして脱出。最後はホロコーストを喚起させるシーンで終わる(この映画に関するサイトを参照)。

 パネルデイスカッションは赤塚若樹氏、加藤有子氏そして沼野充義氏の中欧、東欧文学がご専門の三人。詩人白石かずこは大のシュルツファンでこの会場に来てもらうつもりでコンタクトを取ったが、生憎外国にいるということで来れなかったと舞台裏を覗かせた沼野氏。監督ハスのシュルツ解釈が出ていると専門的な立場から語る加藤氏、ブラザー・クイエ監督の「ストリート オブ クロコダイル」の映画のシーンを見せながら覗き見の世界解釈とエロティシズム−その脚フェチとマゾヒズムを語る赤塚氏。たくさん語る材料を用意してきたが時間がないのでカットせよのご命令云々もあって、とブツブツ。最後に沼野氏のまとめ、ポーランド文学者は工藤、米川氏らの上の世代、沼野、関口、西氏らの世代、そして加藤氏らの次の世代が来ているとし、先駆的な翻訳を果たした工藤幸雄氏の仕事を讃えた。最後に多和田葉子が専門のポーランド人ダヌータ・ウォンツカ氏(なかなかの美人)原文、日本語井上暁子朗読(短編「七月の夜」より)があって閉会した。子音の連続音が心地よく響き、語末にくる母音そしてイントネーション、この階梯がポーランド語の魅力か―。200907201801000
確か工藤氏も自著でそんなことを言っていたと思うが・・・。帰り際に『シュルツ全小説集』(平凡社刊)を買い求めて電車の中で多少読んだ。そしてある一節を見つけて納得。そこには筆者がふと思い描いたことが書かれていたのだ。田中純氏による巻末エッセイの最後の一節だ。

 最後の作品集『砂時計サナトリウム』の末尾に中途半端に残されたこの甲殻類の脚のイメージは、創世記第二の書に擬似造物主が書き記した、グロテスクで惨めだからこそひどく滑稽な署名のようにも見えて、脳裏からなかなか消え去ろうとしない。恐らくはそれもまた、奇妙な歪みによってわれわれを呪縛し続ける、幼年時代のかけらなのである。
聴講者は映画終了時とその後では人数に差が生じたみたい。100人前後か。面白かった。

この講堂はオマケである。中国人の観光客が写真を撮っていた。200907201649000

2009/07/20

超人の面白スポーツ観戦第128回全英オープン アメリカのスチュアート・シンクが初優勝

Untitledゴルフの第138回全英オープンがスコットランドのターンベリー・エイルサコース(7204ヤード、パー70)で開催された。
日本は夜中とあって実況中継の青木、羽川、戸張各氏の張りのある声とは違い、眠いの何の目を開けたり閉じたりの動作を繰り返す3日間だった。1日だけは仕事で視れなかったが。過去5度の優勝実績を誇るアメリカのトム・ワトソン200907202247001だったが、同じくアメリカのスチュアート・シンクにプレーオフで敗れ、史上最年長優勝や最多優勝の偉業は惜しくも成し遂げられなかった。59歳10ヶ月のトム・ワトソンは最終ホールの18番で緊張したのかパットが入らず痛恨のボギー。プレーオフはバンカーや深いラフに掴まり自滅、一方、スチュアート・シンクは確実なアイアンショットと正確なパットでこの試合をものにした。この試合を実況していたプロゴルファーの青木功は、盟友の自滅に悲しくなってくるねとポツリ。勝負の世界の厳しさを思い知らされた光景だった。寒さと風がこの不屈の微笑を浮かべて淡々とこなすゴルフプレヤーには味方せず、却って力尽きた感じだった。トム・ワトソンはさぞ悔しかったろうことは後のメディアのインタビューで語っていた彼の自嘲気味の言葉でも分かる。それにしてもだ、初優勝のスチュアート・シンク、悲願のメジャー初Vで優勝賞金75万ポンド(約1億1540万円)をゲットだ。数々の苦難を乗り越えての栄冠らしい。
 日本勢は初日石川遼選手がタイガー・ウッズと回り2アンダーだったが(タイガー・ウッズよりも好成績)、2日目に風他で崩れ結局予選落ち。タイガー・ウッズも調子を崩し予選通過はならなかったのだ。これは大方の期待を裏切り番狂わせだ。一時首位に立った久保谷健一は結局通算4オーバーの27位、今田竜二は11オーバーの64位だった。来年の全英オープンはセントアンドリュースで開催する。日本選手の更なる奮起を期待したい。
超人の面白スポーツ観戦第128回全英オープンゴルフ大会
【写真左上: デイリースポーツの電子版 写真右上: テレビ朝日の画面 写真左下: 産経電子版】

2009/07/17

超人の面白フォトギャラリー スロヴェニアのリュブリャナ

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200907170818001_2200907170819000200907170821002200907170830002
200907170822000200907170829002200907170830000フォトギャラリー: スロヴェニアのリュブリャナ。偶然放映中のNHKの番組「街角ふれあい」からピックアップ。古い街並み、川と橋、縁起担ぎの龍、理容室、昔は刑務所今はホテル、旧ユーゴスラビア時代を生き延びた芸術村等々不屈の魂が垣間見えるのだ。歴史的遺産が多いようだ。強いて言えば、日本の古都・京都だ。都市の形成の仕方が違うね-。 かつてある小冊子に「スロヴェニア人が見た不思議な国・ニッポン」(在外研究先の京都を描いた)を書いた先生がいたが。

2009/07/15

超人の面白ラーメン紀行 124 仙台市五橋『中華そば 卍』

030809172429仙台市はラーメン激戦区と言われているが、地下鉄五橋駅から徒歩6分のところにある『中華そば 卍』はその中でもトップクラスのラーメン店。何でも大崎のラーメン店『凛』で修行を積んだ店主、その味はラーメン二郎系。この日は梅雨明け初日、仙台も暑さには負けていなかった。何と32℃もあったのだ!そんな中熱いラーメンを食したのだからおバカである。11時30分、開店と同時に1番乗りで入った。券売機でどうぞ、千円札はコインに両替しますと男性スタッフの声。メニューは券売機に書いてあるだけ。その中には限定食の中華そばもある。極太麺醤油(700円)を頼んだ。茹でるのに時間がかかるのがラーメン二郎系の特徴、約7分待って予め茹でてあったもやしやキャベツがたっぷり(これで並)、ドでかいチャーシューそれにニンニクを少しのせたラーメンが出てきた。ジャンクフードだ。トッピングはグー。豚骨と野菜がミックスされたスープ、こてこてである。美味である。色濃さ良しである。舌触り抜群、極太麺の噛み応えも充分だ。脇の席の若者二人が思わずうめぇだと。ドでかいチャーシューも硬いかなと目力が先に発揮してしまうが、どっこいそれが柔らかいのだ。大盛りが苦手の筆者は完食一歩手前でギブアップ。スープの美味しかったこと―。ただ店内はベタベタとなにやらかにやらと貼ってある割りには、撮影禁止の文字が見えた。やや自己主張が強いと感じたほど。そう言えば、表の窓の上側にはなぜか英文のメッセージ。外国人にもどうぞということか。最後の文言は下記の通り。

Stand out against the window. So say "I've no fear."

世田谷の『アーバンラーメン』のアメリカ人の店主は日本語でしっかりとメニューを書いていた。店名は英語―。


写真のラーメンはネットから。
仙台市五橋『中華そば 卍』①スープ★★★②麺★★③トッピング★★☆④接客・雰囲気★☆⑤価格★★☆

額に汗麺廻るかも夏の空


帰宅して新聞に載った漱石の新出8句の一句。

涼しさを大水車廻りけり

子規選句集『なじみ集』所収。その『なじみ集』は東京古書会館開催の「明治古典会七夕古書大入札会」 で、大手古書店が2000万円以上の金額で落札したと俳文学の復本一郎氏が書いていた。

超人の面白読書 30 荒俣宏著『大東亜科学綺譚』追記

超人の面白読書 28 <br />
 荒俣宏著『大東亜科学綺譚』追記
超人の面白読書 28 <br />
 荒俣宏著『大東亜科学綺譚』追記
 筆者は荒俣宏著『大東亜科学綺譚』の書評(2007年9月24日付)の最後にこう書いた。著者が行った場所を訪ねてみたいと。それから約2年が経った梅雨明けしたばかりの昨日、思い切って訪ねてみたのだ。その場所こそ著者荒俣宏が探訪した『星製薬会社』である。その探訪記が大変オモシロイ。著者が訪ねた約20年前とは違って、TOC(東京卸センター)ビル自体大分近代化したみたい。屋上の今は孫太郎稲荷と変えて残っている親切第一稲荷神社には行けなかった。外から見上げた限りではグリーンのネットがかけられている様子―。今回時間がなかったため、また、次回来ることにする。
ところで、星薬科大学の講堂に行く二階には親切云々の星一自筆の書が額に飾られている。写真上の胃腸薬は1018円。星製薬会社で直接購入して仕事先の明治学院大学のカフェテリアで撮影したもの。

★一まだある薬梅雨明けて

2009/07/10

超人の面白ラーメン紀行 123 大崎『六厘舎』

Menu_pic5_3大崎に来ている。典型的な梅雨空の下、風が強くて蒸し暑い。番地を探して辿り着いたはいいが、やはり並んでいた。行列のできるラーメン店だ。その数35人以上。はて、何分待てばいいのか皆目検討がつかない。で、待っている間に先にラーメン紀行の草稿を書いている。店の窓には六厘舎店員のブログ、お土産つけめん、三食入り2400円、出前やってます、アルバイト募集(身長2㍍以下、体重200㌔以下だと)などの貼紙。カウンター席12人、入れ替えは一挙にやっているみたい。男5人の切り盛り、野生味たっぷりの雰囲気だ。買い込んだばかりの「週刊金曜日」最新号の廣瀬純のきんようぶんか⑥加藤周一の著作『戦車と言葉』、佐高信の抵抗人名録⑥矢野顕子それに俵義文の「危ない教科書」が二種類?!を読んでいるうちに、とうとう1時間15分が過ぎた。立ちっ放しも限界、足が痛い。この待ち時間は最近では最長記録だ。中華そばは700円、つけ麺が人気らしい。すでに注文は店員が取った。やっとカウンターの席にありつけた。時計は2時を指していた。1時間35分待った計算である。それから10分待って注文の中華そばが出て来た。太麺なので茹でるのに時間がかかるらしい。鰹出汁、鶏ガラや煮干しがミックスされた豚骨醤油のスープは、やはり大勝軒のそれだ。強いて言えば、いくらか濃いか。麺は浅草開化楼特注の太麺ストレートで、もちもち感はある。トッピングのチャーシューはデカイけど美味しい。海苔やナルトは小さい、メンマは頑張っているが少し硬い。量は申し分ないようだ。しかしだ、正直言ってこれまでして並んだ甲斐があったか自問自答している。筆者以外は皆つけ麺だった。1200円位の料金を払っていたのだ。ある男性のサラリーマンはお土産まで買っていた!思わず筆者の一言、Great ! そう、ここはつけ麺が主流の店だったのだ。メニューはつけ麺850円、あつもり850円、辛つけ950円、辛あつ950円、豚のせ300円、味玉100円。
住所:東京都品川区大崎3-14-10 営業時間:11:30〜16:30 スープなくなり次第閉店 定休日:火曜日
『六厘舎』①スープ★★②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・雰囲気★★⑤価格★★
【写真上: 六厘舎のHPより】

2009/07/08

超人の面白ラーメン紀行 122 武蔵境『きら星』

超人の面白ラーメン紀行 122 <br />
 『きら星』
今日は気温が33℃もある夏日。雨も降らず快晴だ。七夕祭に相応しいから、今夜夜空に想いを託そう。願いが叶うかも―。
さて、ラーメンの話。もう3年以上も経つが、ラーメンランキングに武蔵境の『きら星』が入っていた。このランキングは新しいラーメン特集。こちら方面に来たときには試食したいと考えていたが、なかなか実現できずにいたのだ。それが晴れて実現しかも真夏日の午後1時すぎにだ。歴史に残るシチュエーションに違いない―。
境南3丁目11番地が『きら星』の住所。新しく建て直し中のJR武蔵境駅南口(この辺には開かずの踏切があって、確か事故ったことがあった)を出て7分、古本屋の隣だ。中に入るとちっちゃい、12人位で満杯の様子。L字形のカウンターと小さなテーブル席だ。炙りチャーシューメン(950円)を頼んだ。以前に店の情報を読んでたはずだがすっかり忘れた。だから店の予備知識は持ち合わせていなかったのだ。なぜか店の名前だけは覚えていた、きら星―。チャーシューはやわらかですかと店の男性に訊いて、はい、やわらかですとちょっと間があって返事が返ってきた。何か相手が不機嫌だった。その謎は数分後に解けた。
まだ注文の品がこない、自家製っぽい極太麺をひとつひとつ箱に入れている、奥の方では女性の声も聞こえる、もう少しかとカウンター前の能書きを読む。キャベツにのっているカツオの餡を溶かすと和風豚骨スープになる…。するとおまちどおさまとチャーシューメンが出てきた。えっ、ほんと、アメージング!チャーシューが驚くほどやわらか、ジューシーなのだ。マイッタ、これで先ほどの男性の不機嫌さが理解できた。訊いて失敗したのだ。次にスープがふるっていた。和風豚骨醤油だがカツオの餡が溶けてどろどろ状態、しかしだ、塩辛くなくクルミーだ。麺も極太麺ストレート系。トッピングはチャーシューが主流だからメンマ他と印象が薄い。はじめは評判の店にしては客が少ないと思っていたが、なかなかどうして少しずつ入り始め、いつの間にか席が9割かた埋まっていたのだ。
ラーメン700円、味玉ラーメン850円他。狭い店内には“多摩ラーメン店125”のポスター―。
武蔵境『きら星』①スープ★★☆②麺★★☆③トッピング★★★④接客・雰囲気★☆⑤価格★★

2009/07/03

超人の面白ラーメン 121 東京ラーメンストりートに出店のラーメン専門店

東京ラーメンストリートに出店のラーメン専門店。
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①札幌ラーメン『むつみ屋』リニューアル前からある店。特製しょうゆらーめん、白みそや赤みそが選べるみそらーめんがある。クラシックな味
②新宿『塩ラーメン ひるがお』煮干、貝柱や鶏ガラのスープ→超人の面白ラーメン紀行120を参照
③大崎『六厘舎 』「浅草開化楼」の極太麺が売りで、つけそばや中華そばが人気
④『二代目けいすけ えびそば外伝』伊勢えびそば850円 海老チャーハン350円
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1(東京駅1番街)
営業時間:11:00〜22:30

東京駅にまた一つ新名所誕生なるか―。
この際だから東京駅丸の内口にもラーメンストリートを作ったら ?
200907031245000_2

筆者が写真を撮影していたら、たかがラーメンでこんなに並ぶのとの声がお上りさんあたりから聞こえてきた。

超人の面白ラーメン紀行 120 東京駅ラーメンストリート『塩ラーメン専門店 ひるがお』

200907031232000_22009年6月17日にリニューアルオープンした東京駅ラーメンストリート。その中にある『塩ラーメン専門店 ひるがお』に入った。昼時なのでやはり並んだ。15、6人で12、3分程度だった。塩玉ラーメン(800円)を頼んだ。ラーメン(700円)でも良かったが、玉子が気になってつい券売機のボタンを押してしまったのが真相。一振りのスープはさっぱり味そのもの。麺も蕎麦っぽい色で中細ストレート系、トッピングは薄味柔かのチャーシュー、刻みネギ、メンマにちょいどろ系海苔少々である。全体的にシャイなラーメンだ。だから塩加減の微妙さがキーポイントかもしれない。途中少し進まなくなったが、最後のゆずの舌触りが食欲を注いだ。完食。メニューは餃子も入れて7種類と少ない。客応対もいい。カウンター9席、テーブル席16席、厨房3名にホール2名の比較的個人まわりした店だ。こういう場所は特に家賃も高いし回転が勝負かもしれない。
ところで、気になった玉子の味は?それが意外と淡白だった。

『塩ラーメン専門店 ひるがお』①スープ★★②麺★★☆③トッピング★★☆④接客・応対★★☆⑤価格★★

2009/07/02

ある死 その3 A男のことなど

 このコラムも6月前半までは飛ばしたが、後半やはりと言うか案の定と言うか失速した。疲労かと思いたいがそうでもなさそうだ。季節のせいかもしれないと勝手に解釈している。

 このところなぜか訃報が多い。久し振りに立ち寄った名古屋、ここで二人、とその前に、東京の神田神保町の老舗の女主人もいたから三人だ。逝くときは人さまざまだ。長く病床にあって逝く人、そうかと思えば急逝する人もいるし、分からない。明日はわが身、せいぜい覚悟は出来ているということぐらいか―。それにつけても人の無常を思うのだ。若いときに知り合った人は尚更だ。しかも筆者より若いときている。酒を飲んではよく議論した彼だ。彼の名はA男。父は警察官だった。母は美形でその語り口がなかなかやわらか、当時東京で下宿屋を営んでいた。兄弟は三人、A男は長男だ。神経質な割りには鷹揚なところもあって、その風貌からは想像しにくい。一見タイガー・ウッズ風。そう言えば、ゴルフはシングルプレイヤーの腕前で、自慢のクラブを自宅で見せてもらったことがあった・・・。
 高橋和巳の愛読者だった。外国旅行を企てていた筆者よりも先に、さっさとヨーロッパや中東の地域へ行ってしまった。無茶と言えば無茶だったが。その後外国の女性をゲットして帰国したのだった。それから10年くらい経過した頃に、新宿の『DOG』(?!)でアルバイト仲間が集まる機会があってA男と再会した。すでに外国の女性とは離婚していて日本の女性と再婚していた。もっとも学生時代にも同棲していて、筆者がアパートを斡旋したこともあった。そう、お礼にと彼の両親からいただいたネクタイは、今何処?
 それから幾星相―。名古屋で再会した。M旅行代理店から大学の職員になって郊外に家を建てていたのだ。時間がないのかおにぎりを食べながらの出勤を自慢していた。その顔はすっかり小市民的な顔になっていた。その愛すべく男はもういない。判ったのは彼の死から3年も経ってしかも人伝えだったことだ。死因の詳細は解らないが癌の一種だそうだ。A・Sよ、さようなら。

眼と髭カタルは優しく今何処

 マイケル・ジャクソンの死因は薬物過剰摂取に原因の可能性とは最新の情報だが、また、葬式だ。今度は叔母である。亡母の妹だ。幼少時叔母の家の囲炉裏端で川魚をご馳走になったことを想い出した。彼女の脇には一升瓶。家の裏には小川が流れていた。その水のきれいだったこと―。針仕事一筋だった。合掌。

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