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2009/05/05

クロカル超人が行く 108 台東区竜泉・千束界隈

 筆者は以前に大阪ミナミの飛田新地を訪ねてリポートしたが、その時に次は東京の吉原付近を行ってみたいと書いた。あれから4年近くが過ぎてやっと実現した。地下鉄日比谷線三ノ輪駅下車→一葉記念館→吉原大門跡→吉原神社→見返り柳→天麩羅『伊勢屋』→浄関寺のコース、約2時間半だ。ゴールデンウイークの後半のこの日は天候にも恵まれ散策には絶好の日、まずは樋口一葉の新資料も特別公開の記念館を覗いた。その前に樋口一葉旧居跡でパチリ。200905041354000_3最近はボランティアのガイドがいて、申し出れば館内案内をしてくれるのだ。一応断って新資料のある2階へ。明治10年代に樋口一葉の家族も住んだ長屋がミニチャー版で再現されすごくリアリスティックだ。自筆原稿、書簡類それに遺品が展示されている。原稿や書簡の流麗な字はその形の鮮やかなこと、感銘するほどだ。壁には一葉の軌跡がレイアウトよろしく飾られている。観て歩いているうちに、明治時代の木製の肘掛椅子に座っていた老夫婦の会話が漏れ聞こえた。一葉は随分苦労したんだね。でも周りの良い人に助けられたとぉ。苦労しないと作家にはなれんとな。その訛りから察して九州から来た人のようだ。「萩の舎」での書道の勉強と平安朝文学の素養が滲み出ているのだ。見事だ。若くしてこのような才能に秀でていたのは後天的だけではないはずだと思っていたら、やはり祖父に漢詩と狂歌の才があったことがこの館で初めて知った。それにしても某陰流の書は読みにくい。特別展示公開の新資料は、明治25年発行の『改進新聞』Img072_2
で一葉の「別れ霜」(このときの筆名は浅香のぬま子)が15回にわたって掲載され、そのすべてが一同に展示されている。長らくその所在が不明だったらしい。今年個人蔵のものが寄贈されたのだ。当時の雰囲気がよく反映されていて大変興味深い。森鴎外、半井桃水、斉藤緑雨、泉鏡花などの書簡、書籍や人物解説もていねいに読めば、短時間ではやわかり近代文学史になるのだ。3階には父、母、兄弟などの生い立ちに言及したコーナー、中嶋歌子の歌塾「萩の舎」(当時流行っていてピーク時は塾生が1000人にものぼったという)の文学仲間とその周辺の写真、短冊、書簡、遺品そして当時の吉原の賑わいを描いた絵や一葉習作時の原稿、鏑木清方作の『一葉』の絵、その上に、ペリー来航時の図まであった。今度は向かいの方から鑑賞中の実年の一人の声が聞こえた。字は生きているね。隣にいた同伴者が透かさず応えて曰く、上手いこと言うわね、だって。一葉は「萩の舎」での姉弟子・三宅花圃に刺激されプロを目指したといわれている。生計が大分苦しかったためだ。それにしても驚嘆するのは、24年の短い生涯だったが、ほとんどの作品は死の直前の一年あまりに書かれていることだろう。創作力と集中力が並はずれていたからこそ可能だった―。そうか、天才か。筆者もこの年令のときは文学修業中だったが・・・。最後に1階に降りて写真をパチリ(館内員に許可をもらって)。200905041505000_3外に出て『一葉記念館』の玄関をカメラに収めたのだ。
200905041516000_4


竜泉界隈から千束界隈へ歩を進めた。陽射しは再び強くなりかけていた。新緑の葉が風に揺れたのを見てすぐに、道路を横切ったが、気のせいか新緑が見えない、そこは別世界、夕方にはまだ間がある時間だった。ガチャンとコーヒー自販機の音。知らないうちに自分が押していたのだ。

【参考資料】台東区一葉記念館のパンフレット 名作「たけくらべ」ゆかりの地 竜泉町まちあるきマップ 企画展「新寄贈・寄託品展」展示資料一覧 『改進新聞』に掲載された「別れ霜」 (解説:野口硯)

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