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2009/05/10

クロカル超人が行く 109 第3回大江健三郎受賞 大江健三郎氏×安藤礼二氏公開対談 続

 ここで安藤礼二著『光の曼陀羅 日本文学論』を簡単に紹介しよう。620ページに及ぶ大著で値段も3,780円と安くはない。筆者は書店で何度か手に取るも買うのに躊躇してしまっているのだ。高価以外に何だろう、作者の文体、違う、多少拾い読みした、そうか、折口信夫の思想に少し抵抗があったのだろうか―。それはいみじくも大江健三郎氏が対談の冒頭で言っていた懸念と矛盾しない。
この本が去年の一番の収穫でこの本の出た前後では批評の地平が変わる画期的な出来事と書いていたブログもあった。
 さて、内容は第一章 宇宙的なるものの系譜 埴谷雄高『死霊』、稲垣足穂『弥勒』、武田泰淳『司馬遷』、江戸川乱歩『陰獣』、南方熊楠『曼陀羅書簡』、中井英夫『虚無への供物』の評論、第二章 光の曼陀羅 『死者の書』の謎を解く、「死者の書 初稿」と『死者の書 続編』、折口信夫の「同性愛」、折口信夫とアジア世界、折口信夫の戦後から構成されている。
 対談の続きに戻ろう。大江氏は多摩美大の学生に呼び掛けて言う。貴方たちは大学で文学を学ぶとはどういうことかと問い、独学をすすめている。但し師匠というモデルは必要と。なぜならこの本に取り上げられた作家はほとんど独学で名を馳せた人物で、大江氏は作者自身にも独学者の面影を見ているのだ。作者安藤礼二氏は、折口信夫の『死者の書』を読んだのは17、8才の頃で内容がわからなくとも、何となくイメージや言葉がひっかかっていたとこの本を読むことになったきっかけを語り、そのイメージ群を20年位執拗に追い、分解してみたら何を言いたかったか解るようになった由。続けて安藤氏は語る。折口信夫は昭和14年に初稿を書き、18年に書き直し、19年に読み直す。また、自分の謎を解くため四国へ旅し、天、海、地が一体になる室戸岬を訪ねて大阪に戻っていると。大江氏はまた、今度の雑誌「新潮」に完結編が掲載されているが(筆者は立ち読みで最後を読んだが)、そこに折口が書きたかったことについての安藤氏の大胆な読みがあると語り、それは暗闇にいる青年・空海を読み取ることだと解説。安藤氏によれば、私たちは二つの時間を生きているという。日常的な時間とそれに重層的な時間、後者の時間を文学の原型としたいと言うのだ。大江氏が折口は1917年に最初の小説を書いたが、それは伝説や伝承を小説という手段で伝えたかったと語った後、マンダラとは縦の時間と横の場所の移動があっても同じことを考えている、超越した世界→世界のモデル、それが曼陀羅だと言って、1930年代のヨーロッパのベルグソン、フロイト、フッサール、シュールリアリズムに言及。そして、安藤氏は良い翻訳でこれらの思想を読み込んでいると語る。イスラム学者で語学の天才の井筒俊彦にも話は及ぶ。

 折口のアジアにおける神秘的な思想は右翼の思想家・大川周明と結び付けられ、大東亜共栄圏として戦前の政治思想に都合よく利用されたと大江氏はその思想の危険なところを指摘している。それは今も新しい教科書を作る会によって歴史が歪められている事実をよく知るべきだと警告を発している。それに対して安藤氏は、折口の二面性―極右的ものと極左的なもの―があって人間的には複雑であるが、その複雑さ故に魅力的で解明したい気に駆られるとし、複雑性が産まれる根本を解決してみたいと語る。細菌学などの分野で新しい分類の創造をした偉大な独学の在野の学者・南方熊楠のイギリスでの大英博物館浸りの勉強振りと帰国後の類稀な独創的研究、熊楠は森で図書館を感じ、図書館で森を感じた人だと安藤氏。そう、日本で最初のエコ運動家でもあった人なのだ。最後に、大江氏が安藤氏が試みようとしている青年・空海の妄想に関連して、去年暮れに亡くなった評論家・加藤周一もその著『日本文学史序説』で空海を重要視しているとし、本居宣長、荻生徂徠、森鴎外と書いてはいるが、加藤周一は空海を大知識人としていた節があると指摘した。大江氏は自分自身を超えたものの表現として小説を上げているが(最新の小説『水死』は父親が中心人物で、森に消えてゆくのではなく、洪水の川に去った父のあはれを書くのがテーマとか)、明解なことばを創る人こそが知識人たる所以だいう。年とると今までバラバラだったものがつながってくる。そのつないでくれる人を大事にすることだと締め括った。この後2,3の質疑応答があって、約2時間強の対談は拍手喝采のうちに終了。印象に残ったのは、質疑応答の最後の質問に応えて、安藤氏が自分の体験として文字を覚えるのが遅かった子どもだったと告白、それは却って時間のズレを敏感に感受する良い面を備えさせてくれたという言葉だ。優れた書き手は、同時に、優れた読み手でもあるのだ。そういうことを実感した2時間だった。筆者は歴代の社長の肖像画が並ぶ由緒ある社内ホールからこれまた、歴史を刻んだであろう階段を下りて外に出た。夕方5時を回っても暑かった。もちろん帰宅途中の駅内で軽くジョッキーを傾けたのだった。余韻を味わいつつ―。

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