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2008/11/22

超人の面白読書 46 『源氏物語』の冒頭を読む

 今年は源氏物語千年紀。新聞でドナルド・キーン氏が戦争中にアーサー・ウェリー訳の『源氏物語』に出会った話に刺激されて少しでも原文に触れてみようと考えた次第。実は今年前半に何訳でもいいからが読んでみようと考えていたのだ。少なくとも6月頃までは。で、文庫本も買い込んでいた。新聞記事も何社か押さえていたのだ。しかし仕事に大きな変化があって時間が取れず、ついこの時期になってしまったというわけだ。要は怠けたのだった。ところで、ドナルド・キーン氏は60年ぶりに大統領選挙で実際に投票(郵送)し、人種差別撤廃を願うオバマ氏に入れた由。60年ぶり―。
それでは有名な冒頭のところ。

 いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやんごとなき際にはあらぬがすぐれてときめき給ふ有けり。はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方ゞ、めざましき物におとしめそねみ給ふ。同じ程、それよりげらうの更衣たちはまして安からず。朝夕の宮仕えにつけても人の心をのみ動かし、うらみを負ふ積もりにやありけむ、いとあづしくなりゆき物心ぼそげに里がちなるを、いよゝあかずあはれなる物に思ほして、人の謗りをもえ憚らせ給はず、世のためしにも成ぬべき御もてなしなり。
 上達部、上人などもあいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり、唐土にもかゝることの起こりにこそ世も乱れあしかりけれ、とやうゝ天の下にもあぢきなう人のもてなやみ種に成て、楊貴妃のためしも引出でつべくなり行に、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。      (岩波書店刊『新日本古典文学大系 源氏物語一』 <桐壺>冒頭より)


久しぶりの本当に久しぶりの古文、まさしく別世界である。何というか口語のざわざわ感がないのだ。このつづきはのちほど。

さて、与謝野晶子訳ではどうか―。

 どの天皇様の御代であったか、女御とか更衣とかいわれる後宮がおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵を得ている人があった。最初から自分こそはという自信と、親兄弟の勢力に恃むところがあって
宮中にはいった女御たちからは失敬な女としてねたまれた。その人と同等、もしくはそれより地位の低い更衣たちはまして嫉妬の焔をもやさないわけもなかった。夜の御殿の宿直所から退る朝、続いてその人ばかりが召される夜、目には見耳に聞いて口惜がらせた恨みのせいもあったかからだが弱くなって、心細くなった更衣は多く実家へ下がっていがちということになると、いよいよ帝はこの人にばかり心をお引かれになるというご様子で、人が何と批評をしようともそれにご遠慮などというものがおできにならない。御成徳を伝える歴史の上にも暗い影の一所残るようなこともなりかねない状態になった。高官たちも殿上役人たちも困って、御覚醒になるのを期しながら、当分は見ぬ顔をしていたという態度をとるほどの御寵愛ぶりであった。唐の国でもこの種類の寵姫、楊家の女の出現によって乱が醸されたなどと陰ではいわれる。今やこの女性が一天下の煩いだとされるに至った。馬嵬の駅がいつ再現されるかもしれぬ。その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気の中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。(与謝野晶子訳『全訳 源氏物語一』新装版 2008年4月 角川文庫刊)

わが十二ものゝ哀れを知りがほに読みたる源氏枕の草紙  晶子 「二六新報」明治44.6.20
 
追記。関西学院大学図書館のウィンドウに陳列されていたアーサー・ウェリー訳の源氏物語(2008年11月28日 記)。
200811281449000

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