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2008/10/30

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 16

 ビクトリア朝時代の芸術家、作家そして革命家のウイリアム・モリスは、1871年全土を数週間かけて旅行したアイスランドのサーガからインスピレーションを得た。古い物語の味わいには激しく恐れを知らない性格があって、それはロマンチックな熱狂さだったり、スリムな散文詩の理解だったりした。しかし旅行の直接の経験―恐ろしい眺めはアイスランドの荒地だと書いたが、それでも眼と心を持った一人の人間には美しい―その経験のおかげで本当に独特な洞察が生まれた。それは階級の不平等と比較すれば、研ぎ澄まされてきた貧困は弄ぶ悪魔だ。旅行で彼の人生が変わったのである。  アイスランドの過去と現在はモリスのなかで根源的な民主主義の熱望を確信させた。彼はその後理想的なアナーキズムの考えをもたらすことに人生の大部分を費やした。モリスの小説『ユートピアだより』では作者とよく似た主人公が多数の左翼活動家の会合に嫌気がさして眠り込んでしまう。現在6人いる。その結果党は6派の代表、そのうちの4人は強靭な異なるアナーキストの意見の持ち主だ。革命後理想的な社会をどう構築したらよいかの話し合いをしてきた。主人公は、翌朝21世紀ロンドンで目が覚める。そこは革命後の国家の到来というモリス自身の考えている世界だ。

2008/10/29

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 15

 彼らは漂流することの権利や全ての流木や広大な海岸線にある破片を集める権利を大事にした。しかし彼らにもまた、素晴らしい馬、多くの土地、牛や羊の群れ、捕まえる魚、情事の声、そしてとてつもない自由があった。フェミニストのパラダイスではなく、女性は意味のある権利と規則を守っていた。家庭に縛られ静かになる古代のアテネ人の祝福された民主主義とは大きな違いだ。
アイスランド。『最初の新社会』の著者の歴史家リチャード・T・トマソン氏はアイスランドは古いゲルマン人の政治体制の致命的な不備で傷ついたと不平気味。そこでは権力の服従や規則的に階層を発展させる能力がなかった。この不備はほとんど致命的ではなかったが。古いアイスランドの社会は国内の争いで攻撃されやすく、1262年にノルウェー王が引き継ぐまで300年続いた。

  ここまで書いていたら、テレビ朝日の番組「報道ステーション」で金融危機に陥ったアイスランドの現状を現地から短く報じていた。漁師から銀行員になった40代の男性は突然解雇され、また、漁師に戻るという。大パーティーのあとの二日酔い状態だと冷静に今の状況を憂いてみせた。良い思いをしたが、ローンがかなり残っているとテレビ朝日のインタビューに答えていた。また、北国の秋が憂い顔のようにも映る、首都レイキャビークの繁華街で通りがかりのある女性は、持っている服を全部売ったわと屈託がない。短い放映だったが盛んに銀行を映し出していたのが印象的だった。ヨーロッパでIMFの融資を受けるのはめずらしいことだという。

2008/10/28

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 14

 これら大部分のノルマン人の居住者は土地に餓えていたばかりではなく、君主制にも飽き飽きしていたのだ。大君主がいなくとも秩序が維持できるローマ共和国時代以来のヨーロッパで成し遂げたことをやりたかったのだ。
 このことは素晴らしい考えのように響くが、統治者や税金集めの人たちがいなくとも自分たちをうまく治めていたアメリカインディアンのアルゴンキンやモヒガンと血筋が繋がっている初期のアイスランド人と考えるならば、はっきりと階層制や官僚制度が定まっていなかった小さな自治社会の長い歴史なかでは、業績でその位置が分かるのだ。アルシングで意思決定力を持った酋長と共にする農夫、忠誠を変えない農夫、そうした農夫は主に隷属はしない。酋長自身農夫だった。家族の結束は重要だったのだ。それは今尚存在している。

ジャード・ダイアモンド氏はこれらの自治するアイスランド人は余りに貧しくて政府をつくる余裕がなかったと書いていた。事実国の過酷な気候と生きるか死ぐかの闘いをしてきたのだ。

2008/10/26

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 13

 スカルプ―ヘディンはジャンプして氷の土手の間にある経路を開け、安定させてからすぐに滑りに入った。氷はグラスのようになめらかで、彼は鳥のように素早く通過した。スラインはその時鉄兜を被ろうとしていた。スカルプ―ヘディンが斧を振りかざしながら彼に襲いかかってきたのだ。斧は彼の頭上で壊れて顎骨を割き、奥歯が氷の上にこぼれた。

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 12

 昨日の毎日新聞夕刊にはアイスランドに2000億円の融資、IMF緊急融資で暫定合意の見出しが踊った。アイスランドの銀行は国内総生産の3倍の債務を抱え、預金が流出、金融危機で株価と通貨クローナの下落を招いたと報じている。アメリカが発端でイギリス、ドイツ、フランスをはじめ、ベラルーシ、ハンガリー、南アフリカ、パキスタン、韓国、アルゼンチンなどでも金融危機が起こっている。日本では円高で97円、日経平均株価は5年ぶりの8000円割れだ。事態は先行き不安を煽っているが―。
さて、試訳の続き。

 毎年盛夏に年老いたアイスランド人が自由な光の下に集まった。レグセグマディル、法律の語り部は国の法律の三分の一を暗唱した。だから3年毎に法律全文を朗読するはずである。裁判官は犯罪を審議するために会い法律を作った。普段着の法律家が交渉、判決は暴力や窃盗などの犯罪に下された。罰金は違反者に課され、最悪は追放を強制されるが誰も刑務所には送り込まれなかった。
 訪ねた時に私はニジャルのサ―ガを読んでいた。それは家族間の幾世代を年代順に刻んできた物語だ。
ニジャルが時々アルシングを訪ね、法律家よろしく問題の解決を図った。遅れて12、13世紀に書かれたサーガはアイスランドの偉大な文学伝承だが、言葉がほとんど変化していないので現代のアイスランド人でも読める。Black Law Dictionaryが Grand Theft Autoを受け継いだように、ニジャルの慎重な法律審議は、サーガの恐ろしい暴力の多さに対して奇妙な対照を見せていた。一つには、ニジャルが法の支配の重要さに気付くことだったし、また、自分たちの土地を荒地におかれた無法ではなく、法律によって打ち立てられることだった。
そうしてまもなく長男が川沿いの氷上に敵の場所を掴み、祝福を上げて通過するなか見込みのある決定を下す。

2008/10/25

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 11

 私は楽しいメーデーの日にそこを訪ねた。その日はダウンジャケットと線の入った手袋がぴったりの服装だった。野生のアヒルやガチョウが頭上にいたのだ。私はレンタカーで火山の破片で散らばった高い平原を走っていた。その火山の破片は大きくねじ曲がったどす黒い丸石でギザギザの淵や裂け目を隠した薄い苔で覆われていた。突然景観が半分見えなくなって私は ユーラシアと北アメリカ地殻変動プレートが出会うことでできた幅広い谷間に下り始めた。高さ80か100フィートのダークグレーの長い石の岩礁は遠くの目的地まで続いていた。アクセ川がこの岩礁(他の国では大きなツアーリストアトラクションの飛沫をあげる滝で)に降りて下には草の生えた谷間があった。そこには他の小川が合わさって河口の波と小さな島を造っていた。この川岸のオアシスのもう一つ遥かなところには、高さ5、6フィートから多分幅20フィートまでの長い石の裂け目が驚くほど鮮明な深い青い水、苔や草や矮小な樹木の植物群で覆われた小さな峡谷で満たされていた。シングヴェリル地域はアイスランドの典型的なところでアイルランドの青々した、ユタの厳しくも雄大なところと似ている。

2008/10/24

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 10

 その洪水と自然喪失のビデオでは、ガチョウの場面や卵を暖めている鳥たちをフィーチャーしている。カラニュカルの貯水地の上昇水が巣を溶かしたり卵を洗ったりするまでだが。鳥たちは歩き、戸惑い、哀しくなっていた。 50代の優しい波型風の髪の女性、ルリは、過去10年間ほとんどすでになくなってしまっているアイスランドの滝の悲しいビデオカタログを制作することに没頭してきた。ダムプロジェクトの中で、これは世界で一番古い民主主義社会の悲しくも馬鹿げたことなの、と彼女が言った。
 アイスランドの国会またはアルシング―会合という言葉はアイスランド語てthing―は、ノルウェーから渡ってきた最初の移住者から約60年経った930年に形成された。彼らはある場所で会った。'thingの平原'を意味するThingvellirは今尚この古代の集まりを記念してるが、議会、裁判公判と国の公平さと結びついていた。

2008/10/23

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 9

 クリントン政権的穏健の公平で多少生ぬるいところがあったようで、このようなやり方では人民同盟党の効果は成功に程遠かった。ダムプロジェクト反対の一部が1999年に旗揚げした左翼緑の党を演出する国会議員、コルブルン・ハルドルスドッティル氏はこの保守的な傾向は国の性格だと教えてくれた。市民が政党に参加するのは難しい。これらの問題で働いている団体や特別なグループに市民が参加するのも難しい。市民をもっと獲得しようとするなら、本当に私たちが強くなることだろう。しかし彼らにはまだその時期が来ていないのだ。
嘆願の運動もしくはダムについての国民投票もなかったのだ。事実、唯一協力的なキャンペーンはSaving Icelandという小さな機関からだった。インターネットで見る限りではアイスランド人ではなく、様々な国の人が運営している。もっとも不屈で影響力のある地方の反対は芸術家たちだ。法案が宙に浮くや議会の外で反対し始めた。ダムで沈んでまもないある場所について2003年のテレビドキュメンタリーのために、写真家でナチュラリストのグドムンデュル・パル・オラルフソン氏は、景観そのものに対して何をやったかを示す地域について自著のページを破り取った。この夏レイキャビークの繁華街の展示場でアーティストのルリ氏は洪水と自然喪失と呼ばれるビデオを搭載した。

閑話休題。ネットで昭和63年10月初版の紀伊國屋新書、山室静著『アイスランド』を入手。このタイトルの本は大分前に購入していたが、どこかに行ってしまったので古本で買い直したのだ。本の内容もすっかり忘れた。アイスランド、特にサーガやエッダなどの文学の概説書である。著者の山室静氏には生前ある人と新宿でお会いした。この本の著者略歴でわかるように日本女子大や文化学院で教えていたが、あるときお茶の水駅近くで講義ノートをなくしてしまったらしい。その時大学も辞めてしまったと和装でもの静かな、しかし飲むほどに雄弁になる、作家、翻訳家そして文芸評論家の山室静氏がぽつりと語っていたのが印象的だった。この本の口絵にあるアイスランド訪問時に「近代文学」同人の一人、荒正人氏が撮影した写真はまだ若い時のものだ。児童文学者でムーミンの翻訳でも有名だが、日本の北欧文学の先駆者宮原晃一郎を尊敬してやまない。その明治大正期の自然主義文学隆盛における北欧文学の成果は、山室静氏の別の著者『北欧文学ノート』に註として記載されている。昭和初期(4、5年頃)に出た新潮社世界文学講座「北欧文学編」だ。当時の北欧文学の日本における水準が解る。

2008/10/21

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 8

 普通の市民がダムについて話すのを聞くと、大圧政下に住んでいると思ってしまうだろう。彼らは力不足、秘密、脅しや損失のことを話す。だから実際の政治的な抵抗では少しも現実化しなかった。アイスランドの大統領は党員を除外される。大統領になる前グリムソン氏は人民同盟党員だった。その人民同盟党は2000年、アイスランドの3つの中道左派政党が合併、社会民主同盟党になった。それは野党連立が与党の独立党を敗る議席数を十分に集められるとの期待だった。その独立党のウェブサイトには党の基本方針がこう書かれている。働く自由、個人の自由、すべての制限の廃止、そしてダイナミックでオープンな経済。

2008/10/19

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 7

 カランジュカール水力発電プロジェクトは、二つの氷河沿いにダムを建設し、水を水力発電所まで運ぶための一連の深いトンネルを造り、これらの発電所と海岸の精錬所を繋ぐ新しい電気の基盤整備をするプロジェクトについて、話し合うための署名が行われた。アイスランド人が広大な遠隔地の自然について何か知るようになるにつれて、政策は徐々に人気がなくなってきた。その遠隔地の自然は現在は確かに浸水してしまった。その自然には子どもを産むトナカイや巣を作るピンク足のガチョウがいることを学んだ。また、電気の放出が自由でも、水力発電の精錬所が放出する深刻な汚染についても学んだ。取引というスキャンダラスな経済学についても学んだ。それによって市民は社会基盤整備やアメリカ資本の製造会社アルコアに数億円を払うことになるが、アルコアはアイスランドの増加する精錬能力から大きな利益を得て、見返りに地方にわずか数百の雇用を供給したに過ぎなかった。アイスランドの国の大きさでは首都以外で数百の雇用を創出するに過ぎない。減っている東の経済と人口にさざ波程度の影響を与えたが、多くの人は原価は高いと考えているのだ。

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 6

 アメリカ軍の駐留の終焉まもなく、与党の独立党がアイスランド経済を浮揚させる何か新しいものを捜し始めた。何十年と国は清潔なエネルギーを生産するため荒れ果てた景観を小さくしてきた。もっとも地熱発電や水力発電が考えられているほどエコ化にまったく寄与していないのだが。アイスランドの戦後のエネルギー発達物のほとんどはスケールやインパクトの面で小さいけれども、有毒放射や自然な土地の破壊を形成して被害をもたらすのだ。しかしながら、1990年代半ばに政府はアルミニウム精錬業など―そのアルミニウム生産もまた、深刻な大気汚染を引き起こすが―エネルギーを利用した産業に対して国の大きな川をダム化する計画に、アイスランドの広大な自然資源を捧げることを決定した。外国企業にアイスランドの自然を犠牲にするこの意思はモダーン(巨大なダムは進歩のやや古びたアイコンだ)やハイテク(今尚アルミニウムより魚を多く輸出しているが)のように世界の舞台に登場する新しい選手のイメージを抱かせた。よく言われていることは、アイスランドが北のクウェートになるだろうということだ。
多くのアイスランド人は景観を売ってしまうことの決定に困惑してきた。


超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 5

 ベッサスタディールで私は食事を終えたが、新鮮なダイオウを食べたことで大統領は自分の少年時代を思い出した。祖母がダイオウを壺に貯蔵して保存していた。秋にはたくさんの魚を干し、暗く孤独な冬の間には飢餓を避けるためにたくさんのラム肉を塩漬けにしてくれた。突風がよく吹いたよと大統領。ここにやってくる人たちや現実に生活している人たちは、アイスランドが貧困の国で発展途上国だったのはほんの短い期間だと理解してしまう恐れがある。
アイスランドは貧困時代が何百年と続き、傷跡さえ残してきた。1902年の後にわずかに減少し始めた。その年はアイスランドが最初に自動化したボートを手に入れ、国の漁業関係者に適度な繁栄の波をもたらした。彼らは今尚輸出の半分以上を生産している。第二次世界大戦は次の大きな波をもたらした。ナチスがデンマークを占領したとき、アイスランドは同盟国の抵抗下に入った。そのとき何世紀もの植民地支配から国を解放、独立して共和国になった。アメリカ軍がソビエトを監視するために基地維持を続けたけれども、2006年アメリカは他に優先権を見つけてジェット戦闘機と軍隊を撤退、基地は閉鎖された。

2008/10/18

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 4

 「21世紀は魅力的な時代だと思うね」と大統領が言った。小さな国のルネサンスに匹敵すると見ているんですよ」しかし鱈や鮭を食べたように描く大統領のヴィジョンは、アメリカ人でさえ主流だとはっきりと思えた。彼は国際社会の中でいかに経済的に機能させるかという点では小さな国々を大いに讃えている。小さな国々はより柔軟に動けるといい、問題解決を容易にするという。大統領は例をあげた。彼はカタールという小さな石油の豊富な国からやってきた。カタール政府は会議を主催し、アラブ首長国のような小さな隣国と同じように外交官を参加させた。そのカタールがレバノンでのエスカレートする暴力を一時的に中止させたのだ。彼らは開けっ広げに私に言った。それをできた理由は、私たちはアラブの小さな国だから、私たちはみんな友達、私たちは厚手の関心を持つ必要はなかった、私たちは長期的軍事戦略を持てなかった。だから私たちは信用を基本ベースにして皆と話すことが出来たのだ。もちろんカタールは世襲制の首長国だ。取引に必要な柔軟性を働かせるには指導者にとって小さい方が良いかもしれないが、民主的である必要ない。
そんな矛盾にはグリムソン氏は驚かない。有権者に会うために彼は最初の大統領選挙キャンペーンをアイスランドのすべての町や村を旅行することから始めた。2、3の本当に小さなところと遠隔地を除いては。この旅行を通じて大学の政治学教授時代より参加型の民主主義の上でより意義深く思考することを知らされたのだ。憲法と民主的ルールはもちろん必要であり必須だと彼は語った。特に現代では民主主義の力は人々の意思と呼ばれるものだ。この意思は必ずしも投票としての伝統的な手段を表現していない。強い民主的な圧力がかかり、必要上システマティックに組織化されなければならないのだ。
実はグリムソン氏はシステマティックでないやり方の第一の受益者かもしれない。 彼は来る選挙で反対ではない立場に立った。ある小さな町の図書館の司書が納得いかないと語ったように、アイスランド人は大統領の椅子に座ることに反対して選挙キャンペーンをすることは失礼だと信じるようになった。望む限り大統領にさせることが習慣になった。アメリカ人がもう一つの選挙レースに夢中になっていた時、アイスランドにはレースがなかった。


超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 3

 グリムソン氏自身はどっしりとした人で本当に礼儀正しい人だ。正確な英語を話す。少し不器用のようにみえると彼の友達に言うと、彼女は笑いながら言った。「彼はずっと不器用よ」65才のグリムソン氏は自国の共和国建国(第二次世界大戦までアイスランドはデンマーク領だった)より一つ年上で、彼の髪の毛は普通の白いブロンドのウェブにブラッシングされている。野性的で遠隔のウェストフョルド半島の漁村育ち、マンチェスター大学から政治学博士号を授かり、政治家になる前はアイスランド大学で数年教えていた。私たちが会ったときには、大きなカフスボタンに小さな皮で模様をつけたネクタイを絞めながら、彼は小さな研究を話してくれた。大統領はすり減ったタぺストリーの絨毯が敷かれた高く奥深い肘掛け椅子に座った。私は肘掛けのない椅子に座り、1時間半お互いにきちっと話しあった。


2008/10/17

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告 2

 それから彼らはランチに出かけた。運転手と私は郊外にある大統領の住まいのあるベッサスタディールに行った。ベッサスタディールは18世紀に学校として建てられたが、それは長く山林を切り開いてきた島に残された僅かな建物だ。流木や土で造られ一千年が経っている。ベッサスタディールの真っ赤な屋根のある白い建物の集落は小さな国の所有地に見える。幅の広い芝生で隣の家とは仕切られているけれども、きちんとした塀さえなく干渉に対して無防備だ。大統領は海外、そこではいつものことだが、アイスランドを投資家に売り込み、小さな国の民主主義の長所を語り、気候を組織することだと語る。イニシアチブを変えよう。海外に出かけないときは警護をつけないで国内の旅行に出かける。美術展示場のオープン二ングやテープカットに現れて皆に交じって握手したりする。グリムソン大統領は任期4年間のうち3年間をベッサスタディールで過ごしてきた。4年目の問題は私が到着したときには決定していなかった。大統領はゲィール・ハールデ首相のようにパワフルでは決してないが、立法に対して拒否権を発動する力は有名で、要を得た本当のオーソリティーである。彼はその国の象徴的な指導者だとアイスランドのほとんどの人が認めている。それが私が大統領と会談したかった理由だ。 
アイスランドの人口はアメリカの1千分の1だ。アメリカで直面する問題が大きさの機能なのかどうか知りたかった。長期に渡るブッシュ政権下で、努力が報いられる国内の発展には市や州が自分たちの政策を打ち出しがちだった。特に環境や気候の変化に関してだが、膨大な連邦制から責任の持てる地方のスケールへ移すためにだった。だから私は楽観的にアイスランドを見てきた。私は軍隊も犯罪もない小さな国に住んでいた。そこでは子どもたちは外で自由に走っている。アイスランド人のほとんどが親戚関係にあるので、頑なアイデンティティーやコミュニティの錨を下ろさなれば淀んでしまうというアメリカ人の心配するような感覚はほとんどないようだ。アイスランドは一人の書籍売上は最高で世界中でもっとも識字力が高い国なのだ。長く伝統がある作家兼政治家だけではなく、移民帰国者も私に説明(ちょっと彼女の感覚は古いが)してくれたように「この国では清掃員もキケロを読んだ」。民主主義政策とは文化を打ち立て浸透させることである。例えば,人の名前は自分あるいは父の名前を接尾辞、―sonかd ttirで表し、妻は夫の名前を継がない。最も顕著な名前は次世代にめったに受け継がない。アイスランドはヨーロッパの一部にすぎないが、君主制でもなく世襲貴族政治でもない。私はこの国で民主主義の理想の完全化を発見したい。少なくとも将来どうなるかの希望的な示唆を考えたいのだ。


2008/10/13

超人のジャーナリスト・アイ 96 アメリカの雑誌を読む 小国アイスランド報告

 毎日新聞2008年10月12日の潮田道夫の「千波万波」欄によれば、アイスランドの人口は30万人強で漁業国に見られるが、実は金融で食っているらしい。国内総生産は160億ドル(1兆6000億円)しかないのに、その10倍の資金を転がしてきた。おかげで世界有数の所得水準、医療も教育もタダだ。今回の金融危機がアイスランドにも及ばないことと書いている。つい最近の報道ではアイスランドも金融対策実行中とか。英国のシティに働いている人たちがアイスランドの銀行に預金しているらしい。
ところが、この10月6日アイスランド政府は非常事態宣言し、議会は国内の全銀行を政府の管理に置く法案を可決、ランズバンキ銀行や最大手のカウプシング銀行も政府の管理下に置かれた。8日にはアイスランド中央銀行はロシアから40
億ユーロの緊急融資を受けた。金融経済の破綻である。
そんな折りあるアメリカの雑誌の電子版にアイスランドに関する記事が載っていた。以下はその試訳。

レベッカ・ソルニット氏の「ユートピアだより。アイスランドの恭しい反理想郷」

2007年の遅い時期にヴィフィル・アトラソンという一人のアイスランド人が小さな国際的事件を起こした。彼はホワイトハウスに電話かけると、交換手に自分はアイスランドの大統領だと告げ、ジョージ・W・ブッシュアメリカ大統領と話す約束を取り付けたと話した。ホワイトハウスが事態の進行を把握したとき、アトラソンはアイスランドの警官に連行されて数時間尋問された。そのとき彼はアメリカ渡航のブラックリストに載った。何も会話は交わされなかった。一方、私はアイスランドに到着してまもなくオラフール・ラグナール・グリムソンアイスランド大統領との昼食を取り付けた。美術展示会場で偶然に出会い尋ねて。アイスランドは危機に瀕している作家と同じく普通の市民にも受け入れ可能な規模の人口30万人強の国家だ。事実私はイスラエル生まれの二番目の妻のドリット・ムッサイエフさんに会う日を拾って頂いた。昼食にもう一人のアメリカ人と行くのをたまたま避けてくれたのだ。アイロンのよく効いたジーンズをはいた大金持ちのニューヨーカーのこのもう一人のアメリカ人は、アイスランドがとても好きでここに住もうと考えている。お抱え運転手が操縦する大統領の地上クルーザーでレイキャビークの下町を横切る理由を彼はあげた。空気がきれい、水がきれい、犯罪がない、そして移民がいない。彼は北大西洋全体と閉ざされた社会であるとの理由でアイスランドを好んだ。今尚彼には関心があった。街の上を明るく散りばめる落書きは彼を大変悩まし、二度もその話に言い及ぶほどだった。


2008/10/12

超人の面白ラーメン紀行 98 豊島区南池袋『麺屋武蔵二天』

超人の面白ラーメン紀行
池袋駅東口から徒歩5、6分のところにある『麺屋武蔵二天』。人気の玉豚天(910円)を食した。揚げ玉子と青海苔を塗した薄手であっさりとしたとんかつ(似たようなものにパーコーラーメンがある)がトッピングしてある、とてもユニークなラーメンだ。あっさりスープに太麺、味は新宿の『麺屋武蔵』風(この池袋の店は『麺屋武蔵』がプロデュースしたそうだ)だが、多少脂濃かったのが率直な感想。10名が入れば一杯の個人まわりとした店である。店内には軽やかなジャズが流れ、スタッフは赤褐色と黒色のコントラストが際立つワーキングウェアーを着こなし、各々のポジショニングをこなしていた。緬切り4回のパフォーマンスは新宿『緬屋武蔵』譲り。但し無声、あちらは
大袈裟。実は筆者は板橋本町の『元祖まぐろや本店』に行こうとして地下鉄都営三田線板橋本町駅を降り、コンビニで場所を尋ねたまでは良かった。親切な男性店員の夕方7時開店を聞いて落胆。あーあっ。それで用事があった池袋近くまで引き返したのだった。切り替えて池袋東口周辺探索と相成った。これでほとんどこの周辺のラーメン店は食べたことになる。途中巣鴨駅前では"よさこい音頭"の催しに出くわし、ダンスも八ッピも斬新なのにはサプライズ。それでどどどっと団体で電車に乗り入れてくるので否が応でも人目を引く。これもラーメン店歩きの副産物だ。

『麺屋武蔵二天』①スープ★★②麺★★③トッピング★☆
④接客・雰囲気★★☆⑤価格★★

パフォーマンス秋晴れの空緬踊り

2008/10/11

世界の大学ランキング イギリスのQS World University Rankings にみる200位

 大学特集の雑誌評を書いたままで未完の現在、英国発の今年の世界大学ランキングが発表された。以下はQS World University Rankings その電子版からの引用。東大は19位、京大は25位、阪大は44位それに東工大は61位だ。アメリカ、イギリス勢か゜強い。1位はハーバード大学、2位がイエール大学、3位がケンブリッジ大学・・・。このランキングで見ると、オーストラリア、スイス、北欧、香港の大学がそれに理工系大学の名前が意外と多いことが一目で分かるのだ。10位のアメリカのコロンビア大学も躍進している。それでは教育改革真っ只中のフランスはと言えば、École Normale Supérieureだけが28位にランキング入りしただけ。ドイツやイタリアそれにロシア、中国、韓国も気になる。世界に2位の経済大国、日本の大学はこれではさびしいが体力を鍛えてほしいものだ。こればかりが全てではないが。ノーベル受賞者が出て日本の大学も来年は躍進するか。日本でも雑誌「東洋経済」などが大学のランキングを発表している。格付けなどランキングの信用で金融危機を招いたごく最近の米国経済などの例もある・・・。

Top 100 101-200The Times Higher Education - QS World University Rankings identified these to be the world's top 100 universities in 2008. These institutions represent 20 countries with Israel represented for the first time. Whilst North America dominates with 42 universities, Europe and Asia Pacific are well represented with 36 and 22 respectively.

2008 2007 School Name Country
Source: QS Quacquarelli Symonds (www.topuniversities.com)
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1 1 HARVARD University United States
2 2= YALE University United States
3 2= University of CAMBRIDGE United Kingdom
4 2= University of OXFORD United Kingdom
5 7= CALIFORNIA Institute of Technology (Calt... United States
6 5 IMPERIAL College London United Kingdom
7 9 UCL (University College London) United Kingdom
8 7= University of CHICAGO United States
9 10 MASSACHUSETTS Institute of Technology (M... United States
10 11 COLUMBIA University United States
11 14 University of PENNSYLVANIA United States
12 6 PRINCETON University United States
13= 13 DUKE University United States
13= 15 JOHNS HOPKINS University United States
15 20= CORNELL University United States
16 16 AUSTRALIAN National University Australia
17 19 STANFORD University United States
18 38= University of MICHIGAN United States
19 17 University of TOKYO Japan
20 12 MCGILL University Canada
21 20= CARNEGIE MELLON University United States
22 24 KING'S College London United Kingdom
23 23 University of EDINBURGH United Kingdom
24 42 ETH Zurich (Swiss Federal Institute of T... Switzerland
25 25 KYOTO University Japan
26 18 University of HONG KONG Hong Kong
27 32 BROWN University United States
28 26 École Normale Supérieure, PARIS France
29 30 University of MANCHESTER United Kingdom
30= 33= National University of SINGAPORE(NUS) Singapore
30= 41 University of CALIFORNIA, Los Angeles (U... United States
32 37 University of BRISTOL United Kingdom
33 29 NORTHWESTERN University United States
34= 28 ÉCOLE POLYTECHNIQUE France
34= 33= University of BRITISH COLUMBIA Canada
36 22 University of California, BERKELEY United States
37 31 The University of SYDNEY Australia
38 27 The University of MELBOURNE Australia
39 53= HONG KONG University of Science & Techno... Hong Kong
40 49 NEW YORK University (NYU) United States
41 45 University of TORONTO Canada
42 38= The CHINESE University of Hong Kong Hong Kong
43 33= University of QUEENSLAND Australia
44 46 OSAKA University Japan
45 44 University of NEW SOUTH WALES Australia
46 47 BOSTON University United States
47 43 MONASH University Australia
48 93= University of COPENHAGEN Denmark
49 53= TRINITY College Dublin Ireland
50= 117= Ecole Polytechnique Fédérale de LAUSANNE... Switzerland
50= 36 PEKING University China
50= 51= SEOUL National University Korea, South
53 48 University of AMSTERDAM Netherlands
54 71= DARTMOUTH College United States
55 55= University of WISCONSIN-Madison United States
56 40 TSINGHUA University China
57 60 HEIDELBERG Universität Germany
58 58 University of CALIFORNIA, San Diego United States
59 55= University of WASHINGTON United States
60 161= WASHINGTON University in St. Louis United States
61 90= TOKYO Institute of Technology Japan
62 74= EMORY University United States
63 71= UPPSALA University Sweden
64 84 LEIDEN University Netherlands
65 50 The University of AUCKLAND New Zealand
66 59 LONDON School of Economics and Political... United Kingdom
67 89 UTRECHT University Netherlands
68 105 University of GENEVA Switzerland
69 57 University of WARWICK United Kingdom
70 51= University of TEXAS at Austin United States
71 73 University of ILLINOIS United States
72 61 Katholieke Universiteit LEUVEN Belgium
73 83 University of GLASGOW United Kingdom
74 97= University of ALBERTA Canada
75 65= University of BIRMINGHAM United Kingdom
76 68 University of SHEFFIELD United Kingdom
77 69 NANYANG Technological University Singapore
78= 63 DELFT University of Technology Netherlands
78= 92 RICE University United States
78= 67 Technische Universität MÜNCHEN Germany
81= 114= University of AARHUS Denmark
81= 74= University of YORK United Kingdom
83= 97= GEORGIA Institute of Technology United States
83= 64 The University of WESTERN AUSTRALIA Australia
83= 76 University of ST ANDREWS United Kingdom
86 70 University of NOTTINGHAM United Kingdom
87 142= University of MINNESOTA United States
88 106 LUND University Sweden
89 96 University of CALIFORNIA, Davis United States
90 85= CASE WESTERN RESERVE University United States
91= 93= Université de Montréal Canada
91= 100 University of HELSINKI Finland
93= 128 Hebrew University of JERUSALEM Israel
93= 65= Ludwig-Maximilians-Universität München Germany
95 132= KAIST - Korea Advanced Institute of Scie... Korea, South
96 110 University of VIRGINIA United States
97 77= University of PITTSBURGH United States
98 117= University of CALIFORNIA, Santa Barbara United States
99= 77= PURDUE University United States
99= 80= University of SOUTHAMPTON United Kingdom


The Top 200 in 2008 features 33 countries (up from 28 in 2007). Newly represented countries are Argentina, Greece, India, Russia and Thailand.

2008 2007 School Name Country
Source: QS Quacquarelli Symonds (www.topuniversities.com)
Copyright © 2004-2008 QS Quacquarelli Symonds Ltd.
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Erratum:
The University of North Carolina is a multi-campus system but has been presented in this research as a single institution. Statistics contributing to its score are formed from the combination of all campuses meeting a certain classification - in this case Chapel Hill and Greensboro have been combined. This will be corrected in 2009 and may have an influence on the results.

101 82 VANDERBILT University United States
102= 151= University of NORTH CAROLINA* United States
102= 119 University of SOUTHERN CALIFORNIA United States
104 80= University of LEEDS United Kingdom
105 90= PENNSYLVANIA STATE University United States
106= 62 University of ADELAIDE Australia
106= 140= University of ZURICH Switzerland
108 177= University College DUBLIN Ireland
109 231= TECHNION - Israel Institute of Technolog... Israel
110 102= GEORGETOWN University United States
111 111 MAASTRICHT University Netherlands
112 102= TOHOKU University Japan
113 85= FUDAN University China
114 151= TEL AVIV University Israel
115 85= University of VIENNA Austria
116 123 Université catholique de LOUVAIN (UCL) Belgium
117= 108 MCMASTER University Canada
117= 88 QUEEN'S University Canada
119 95 University of ROCHESTER United States
120 112= NAGOYA University Japan
121 120 OHIO STATE University United States
122= 109 DURHAM University United Kingdom
122= 79 University of MARYLAND United States
124= 102= National TAIWAN University Taiwan
124= 114= University of OTAGO New Zealand
126 163= ERASMUS University Rotterdam Netherlands
127 224 STONY BROOK University United States
128 130= EINDHOVEN University of Technology Netherlands
129 112= University of WATERLOO Canada
130 121 University of SUSSEX United Kingdom
131 114= University of BASEL Switzerland
132 140= University of CALIFORNIA, Irvine United States
133= 99 CARDIFF University United Kingdom
133= 130= Technical University of DENMARK Denmark
133= 101 University of LIVERPOOL United Kingdom
136 124 University of GHENT Belgium
137= 146 Freie Universität BERLIN Germany
137= 122 TEXAS A&M University United States
139 126= HUMBOLDT-Universität zu Berlin Germany
140 157 Ecole normale supérieure de LYON France
141 155= University of Science and Technology of ... China
142 148 WAGENINGEN University Netherlands
143 125 NANJING University China
144= 163= SHANGHAI JIAO TONG University China
144= 173= University of GRONINGEN Netherlands
146 134 University of ARIZONA United States
147= 149= CITY University of Hong Kong Hong Kong
147= 144 Universität FREIBURG Germany
149 132= Université Pierre-et-Marie-Curie PARIS V... France
150 192= Universidad Nacional Autónoma de México ... Mexico
151 177= RUTGERS, The State University of New Jer... United States
152 145 University of BATH United Kingdom
153 137= University of ABERDEEN United Kingdom
154 307= Indian Institute of Technology Delhi (II... India
155= 142= Eberhard Karls Universität TÜBINGEN Germany
155= 304= VU University AMSTERDAM Netherlands
157 159= TUFTS University United States
158 136 KYUSHU University Japan
159 126= The University of WESTERN ONTARIO Canada
160 149= QUEEN MARY, University of London United Kingdom
161 217 University of LAUSANNE Switzerland
162= 197= CHALMERS University of Technology Sweden
162= 129 NEWCASTLE University, NEWCASTLE Upon Tyn... United Kingdom
164 139 SIMON FRASER University Canada
165 135 University of FLORIDA United States
166= 223 CHULALONGKORN University Thailand
166= 168= Universität GÖTTINGEN Germany
168 155= University of NOTRE DAME United States
169 209= Universität FRANKFURT am Main Germany
170= 137= INDIANA University Bloomington United States
170= 166= University of CALGARY Canada
170= 147 University of LANCASTER United Kingdom
173 192= KTH, ROYAL Institute of Technology Sweden
174= 151= HOKKAIDO University Japan
174= 269 Indian Institute of Technology Bombay (I... India
174= 191 RENSSELAER Polytechnic Institute United States
177= 185= University of LEICESTER United Kingdom
177= 188= University of OSLO Norway
179 200= University of CAPE TOWN South Africa
180= 107 University of COLORADO at Boulder United States
180= 180= WASEDA University Japan
182 168= MACQUARIE University Australia
183= 231= Lomonosov MOSCOW STATE University Russia
183= 154 Université Libre de BRUXELLES (ULB) Belgium
185 208 BRANDEIS University United States
186= 194 University of BARCELONA Spain
186= 188= University of CANTERBURY New Zealand
188= 233 POHANG University of Science and Technol... Korea, South
188= 203= Technische Universität BERLIN Germany
190 165 Universität STUTTGART Germany
191 175= University of MASSACHUSETTS, Amherst United States
192= 214 University of BERN Switzerland
192= 173= University of BOLOGNA Italy
194 180= University of READING United Kingdom
195 187 University of ANTWERP Belgium
196 175= University of SAO PAULO Brazil
197= 221= DALHOUSIE University Canada
197= 264= University of BUENOS AIRES Argentina
199 197= KOBE University Japan
200= 248= University of ATHENS Greece
200= 185= University of TWENTE Netherlands

2008/10/10

2008年ノーベル文学賞受賞者はフランスの作家ル・クレジオ氏 

 フランスの作家ル・クレジオ氏が今年のノーベル文学賞を受賞。68才。これでフランス人の受賞者は14人とスウェーデンの有力紙ダーゲンスニーへーテル紙がその電子版で報じていた。驚きを隠せないが名誉のこととまた、自分がそれに相応しいかどうか分からないとも言っている。ル・クレジオと言えば、異文化、都市文明批判的な作品が多い。アメリカインディアン、メキシコ、カリブ海地域、最近では2年前に来日し、作家の津島佑子とアイヌ人に聞き取り調査もしている。著書は『調書』、『悪魔祓い』、『物資的恍惚』(よく豊崎豊一訳を見かけたものだ)など多数。日本にもファンが多い。人間性の追及が受賞の理由。昔新潮社でちょっと贅沢な本(確か「創造の小径」というシリーズ ?)を出していたか―。ハルキ・ムラカミではなかったみたい。残念。

2008/10/09

超人のジャーナリスト・アイ 95 2008年のノーベル物理学賞・化学賞

 今年のノーベル物理学賞は南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏の3名の日本人。先端的な素粒子研究に貢献が主な受賞の理由だ。その中の一人、益川敏英氏のインタビューが今朝のテレビで報じられた。英語が苦手で外国に行ったことがなく、受賞式出席のためこれからパスポートを取得するらしい。むしろ英語が苦手なのを自慢しているとは奥様の話、名前の敏「英」が悪いのかなとジョークも飛び出していた。娘さんが勉強しろとも言うし、ごく普通の人ですと言っていたのが印象的。論文の英訳は名古屋大学時代の同僚、小林誠氏に頼んでいた。南部陽一郎氏は戦後日本の頭脳輸出組。シカゴ大学名誉教授で米国在住。突飛なことを考えるのが好きだと俳優の小林桂似の落ち着いた人のようだが、専門の理論物理学では早くからノーベル賞受賞の噂があった人。つくば学園都市にある高エネルギー加速器研究機構(この機関のホームページ、キッズサイエンスが難解な最先端の物理学研究を易しく説明していると新聞には書いてあった)ではスタッフ全員で小林誠氏の受賞を祝福していた。そして昨日、ノーベル化学賞が発表され、またもや日本人の名前が上がったのだ。米国マサチューセッツ市在住の下村脩氏。蛍光たんぱく質の発見が受賞の理由だ。海月に大きなヒントを得ている。生命科学の分野にはこの蛍光たんぱく質の発見でいろいろなところで応用化が進んでいる。その一つが色で癌の進み具合が一目で判り、癌の早期発見に寄与しているとか。受賞者の年齢は87才、68才、64才そして80才、30〜40年前の発見が実を結んだ。あきらめないで成し遂げることが大切とは下村脩氏の言葉。南部陽一郎氏は若いときあのアインシュタインと激論をかわしたとテレビのインタビューに答えていた。朝の通勤電車の中で毎日新聞朝刊の「余禄」を読んだ。やはりノーベル賞受賞の話題である。戸村脩氏が製薬会社就職の面接で人事担当者からあなたは会社に向かないと言われたらしい。落ちていなければ今回の快挙はないと書いていた。人事担当者の人を見る目に感謝だと。今度は携帯サイトで朝日の「天声人語」を夕方の帰宅の電車の中で覗いてみた。「非対称性の破れ」に言及した天声人語子は、破れるのはズボンの股ぐらいとやや自嘲気味。非対称性の破れとは、例えばワインの瓶の底の窪みはから覗くと対称だが、小さな玉を入れると脇の窪みに止まり、それは非対称だと素粒子研究最先端を新聞は分かりやすく説明していた。にわか勉強には打ってつけだ。それにつけても名古屋大学あるいは中部出身者がノーベル賞受賞者に目立つが、教育熱心、自由闊達など愛知、中部気質の特性が創造力の原動力だという。
 そして、まもなく発表されるノーベル文学賞はどの国の誰か。スウェーデン、フランス、アメリカ、アジア、それとも?

2008/10/05

超人のジャーナリスト・アイ 94 Harper's magazine 最新号から

今朝の毎日新聞の潮田道夫のコラム「千波万波」。そのコラムに忘れかけていた「大塚史学」がでてきた。経済史家・大塚久雄が自分のゼミ生からは一人も商業・金融資本の会社に行ってほしくない、と言ったそうだ。それはものづくりこそが資本主義の真髄、それに比べて金融は・・・と想像してしまうと書いている。経営者は近代ブルジョアジーの類型、ロビンソン・クルーソーを読めと大塚久雄は言っていたが、米国型金融モデルの崩壊を機にロビンソン・クルーソーの物語を読み直してみるかとはコラムニスト・潮田道夫氏だ。
今回のサブプライムローン問題に発する米国金融崩壊は欲望の渦、バブルの崩壊、新自由経済の行き詰まりを象徴しているようだ。関係者のCEOなどは何十億とか億単位の報酬を得ていている人もいる。やりたい放題の結果会社がおかしくなったからと今度は公的資金という税金を注ぎ込む、本当に矛盾していないか。家を手放した人はやり切れない・・・。直近の「ハーバーズマガジン」電子版で面白い記事を見つけた。下記の記事はその電子版からの引用。題して「マーケットに任せよう。経済学の福音のルーツ」


Let there be markets:
The evangelical roots of economics
By Gordon Bigelow

From the May 2005 issue. Gordon Bigelow is a professor at Rhodes College in Memphis, Tennessee, and the author of Fiction, Famine, and the Rise of Economics in Victorian Britain and Ireland.
Economics, as channeled by its popular avatars in media and politics, is the cosmology and the theodicy of our contemporary culture. More than religion itself, more than literature, more than cable television, it is economics that offers the dominant creation narrative of our society, depicting the relation of each of us to the universe we inhabit, the relation of human beings to God. And the story it tells is a marvelous one. In it an enormous multitude of strangers, all individuals, all striving alone, are nevertheless all bound together in a beautiful and natural pattern of existence: the market. This understanding of markets—not as artifacts of human civilization but as phenomena of nature—now serves as the unquestioned foundation of nearly all political and social debate. As mergers among media companies began to create monopolies on public information, ownership limits for these companies were not tightened but relaxed, because “the market” would provide its own natural limits to growth. When corporate accounting standards needed adjustment in the 1990s, such measures were cast aside because they would interfere with “market forces.” Social Security may soon fall to the same inexorable argument.

The problem is that the story told by economics simply does not conform to reality. This can be seen clearly enough in the recent, high-profile examples of the failure of free-market thinking—how media giants have continued to grow, or how loose accounting regulations have destroyed countless millions in personal wealth. But mainstream economics also fails at a more fundamental level, in the way that it models basic human behavior. The core assumption of standard economics is that humans are fundamentally individual rather than social animals. The theory holds that all economic choices are acts of authentic, unmediated selfhood, rational statements reflecting who we are and what we want in life. But in reality even our purely “economic” choices are not made on the basis of pure autonomous selfhood; all of our choices are born out of layers of experience in contact with other people. What is entirely missing from the economic view of modern life is an understanding of the social world.

This was precisely the diagnosis made five years ago by a group of French graduate students in economics, who published their dissent in an open letter that soon made minor headlines around the world. In the letter the students declared that the economic theory taught in their courses was hopelessly out of touch, absorbed in its own private model of reality. They wrote:

We wish to escape from imaginary worlds! Most of us have chosen to study economics so as to acquire a deep understanding of the economic phenomena with which the citizens of today are confronted. But the teaching that is offered . . . does not generally answer this expectation. . . . [T]his gap in the teaching, this disregard for concrete realities, poses an enormous problem for those who would like to render themselves useful to economic and social actors.

The discipline of economics was ill, the letter claimed, pathologically distant from the problems of real markets and real people.

The students who offered this diagnosis in 2000 were from the most prestigious rank of the French university system, the Grandes Ecoles, and for this reason their argument could not be easily dismissed. Critics who accuse economists of embracing useless theory usually find themselves accused of stupidity: of being unable to understand the elegant mathematics that proves the theory works. But the mathematical credentials of these students were impeccable. The best of a rising generation were revolting against their training, and because of this the press and public paid attention. Orthodox economists counterattacked, first in France and then internationally. Right-wing globalist Robert Solow wrote a savage editorial in Le Monde defending standard economic theory. The debate became so protracted that the French minister of education launched an inquiry.

Economics departments around the world are overwhelmingly populated by economists of one particular stripe. Within the field they are called “neoclassical” economists, and their approach to the discipline was developed over the course of the nineteenth century. According to the neoclassical school, people make choices based on a rational calculation of what will serve them best. The term for this is “utility maximization.” The theory holds that every time a person buys something, sells something, quits a job, or invests, he is making a rational decision about what will be most useful to him, what will provide him “maximum utility.” “Utility” can be pleasure (as in, “Which of these Disney cruises will make me happiest?”) or security (as in, “Which 401(k) will let me retire before age eighty-five?”) or self-satisfaction (as in, “How much will I put in the offering plate at church?”). If you bought a Ginsu knife at 3:00 a.m., a neoclassical economist will tell you that, at that time, you calculated that this purchase would optimize your resources. Neoclassical economics tends to downplay the importance of human institutions, seeing instead a system of flows and exchanges that are governed by an inherent equilibrium. Predicated on the belief that markets operate in a scientifically knowable fashion, it sees them as self-regulating mathematical miracles, as delicate ecosystems best left alone.


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If there is a whiff of creationism around this idea, it is no accident. By the time the term “economics” first emerged, in the 1870s, it was evangelical Christianity that had done the most to spur the field on toward its pres ent scientific self-certainty.

When evangelical Christianity first grew into a powerful movement, between 1800 and 1850, studies of wealth and trade were called “political economy.” The two books at the center of this new learning were Adam Smith’s Wealth of Nations (1776) and David Ricardo’s Principles of Political Economy and Taxation (1817). This was the period of the industrial transformation of Britain, a time of rapid urban growth and rapidly fluctuating markets. These books offered explanations of how societies become wealthy and how they can stay that way. They made the accelerated pace of urban life and industrial workshops seem understandable as part of a program that modern history would follow. But by the 1820s, a number of Smith’s and Ricardo’s ideas had become difficult for the growing merchant and investor class to accept. For Smith, the pursuit of wealth was a grotesque personal error, a misunderstanding of human happiness. In his first book, The Theory of Moral Sentiments (1759), Smith argued that the acquisition of money brings no good in itself; it seems attractive only because of the mistaken belief that fine possessions draw the admiration of others. Smith welcomed acquisitiveness only because he concluded—in a proposition carried through to Wealth of Nations—that this pursuit of “baubles and trinkets” would ultimately enrich society as a whole. As the wealthy bought gold pickle forks and paid servants to herd their pet peacocks, the servants and the goldsmiths would benefit. It was on this dubious foundation that Smith built his case for freedom of trade.

By the 1820s and ’30s, this foundation had become increasingly troubling to free-trade advocates, who sought, in their study of political economy, not just an explanation of rapid change but a moral justification for their own wealth and for the outlandish sufferings endured by the new industrial poor. Smith, who scoffed at personal riches, offered no comfort here. In The Wealth of Nations, the shrewd man of business was not a hero but a hapless bystander. Ricardo’s work offered different but similarly troubling problems. Working from a basic analysis of the profits of land ownership, Ricardo concluded that the interests of different groups within an economy—owners, investors, renters, laborers—would always be in conflict with one another. Ricardo’s credibility with the capitalists was unquestionable: he was not a philosopher like Adam Smith but a successful stockbroker who had retired young on his earnings. But his view of capitalism made it seem that a harmonious society was a thing of the past: class conflict was part of the modern world, and the gentle old England of squire and farmer was over.

The group that bridled most against these pessimistic elements of Smith and Ricardo was the evangelicals. These were middle-class reformers who wanted to reshape Protestant doctrine. For them it was unthinkable that capitalism led to class conflict, for that would mean that God had created a world at war with itself. The evangelicals believed in a providential God, one who built a logical and orderly universe, and they saw the new industrial economy as a fulfillment of God’s plan. The free market, they believed, was a perfectly designed instrument to reward good Christian behavior and to punish and humiliate the unrepentant.

At the center of this early evangelical doctrine was the idea of original sin: we were all born stained by corruption and fleshly desire, and the true purpose of earthly life was to redeem this. The trials of economic life—the sweat of hard labor, the fear of poverty, the self-denial involved in saving—were earthly tests of sinfulness and virtue. While evangelicals believed salvation was ultimately possible only through conversion and faith, they saw the pain of earthly life as means of atonement for original sin.11. The definitive source here is Boyd Hilton’s masterful book The Age of Atonement: The Influence of Evangelicalism on Social and Economic Thought, 1785–1865. These were the people that writers like Dickens detested. The extreme among them urged mortification of the flesh and would scold anyone who took pleasure in food, drink, or good company. Moreover, they regarded poverty as part of a divine program. Evangelicals interpreted the mental anguish of poverty and debt, and the physical agony of hunger or cold, as natural spurs to prick the conscience of sinners. They believed that the suffering of the poor would provoke remorse, reflection, and ultimately the conversion that would change their fate. In other words, poor people were poor for a reason, and helping them out of poverty would endanger their mortal souls. It was the evangelicals who began to see the business mogul as an heroic figure, his wealth a triumph of righteous will. The stockbroker, who to Adam Smith had been a suspicious and somewhat twisted character, was for nineteenth-century evangelicals a spiritual victor.

By the 1820s evangelicals were a dominant force in British economic policy. As Peter Gray notes in his book Famine, Land, and Politics, evangelical Anglicans held significant positions in government, and they applied their understanding of earthly life as atonement for sin in direct ways. Their first major impact was in dismantling the old parish-based system of aiding the poor and aging, a policy battle that resulted in the Poor Law Amendment of 1834. Traditionally, people who could not work or support themselves, including orphans and the disabled, had been helped by local parish organizations. It had been a joint responsibility of church and state to prevent the starvation and avoidable suffering of people who had no way to earn a living.

The Poor Law nationalized and monopolized poverty administration. It forbade cash payments to any poor citizen and mandated that his only recourse be the local workhouse. Workhouses became orphanages, insane asylums, nursing homes, public hospitals, and factories for the able-bodied. Protests over the conditions in these prison-like facilities, particularly the conditions for children, mounted throughout the 1830s. But it did not surprise the evangelicals to learn that life in the workhouses was miserable. These early faith-based initiatives regarded poverty as a divinely sanctioned payment plan for a sinful life. This first anti-poverty program in the first industrial economy was not designed to alleviate suffering, nor to reduce the number of poor children in future generations. Poverty was not understood as a problem to be fixed. It was a spiritual condition. Work-houses weren’t supposed to help children prepare for life; they were supposed to save their souls.


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Looking back two centuries at these early debates, it is clear that a pure free-market ideology can be logically sustained only if it is based in a fiery religious conviction. The contradictions involved are otherwise simply too powerful. The premise of the unpleasant workhouse program was that it would create incentives to work. But the program also acknowledged that there were multitudes of people who were either unable to work or unable to find jobs. The founding assumption of the program was that the market would take care of itself and all of us in the process. But the program also had to embrace the very opposite assumption: that there were many people whom the market could not accommodate, and so some way must be found to warehouse them. The market is a complete solution, the market is a partial solution—both statements were affirmed at the same time. And the only way to hold together these incommensurable views is through a leap of faith.

Victorian evangelicals took a similar approach to the crisis in Ireland between 1845 and 1850—the Great Hunger, what came to be known as the potato famine. In office at the time of the first reports of starvation, the Tory administration of Robert Peel responded with a program of food supports, importing yellow cornmeal from the United States and selling it cheaply to wholesalers. Corn was an unfamiliar grain in Ireland, but it provided a cheap food source. In 1846, however, a Whig government headed by Lord Russell succeeded Peel and quickly dismantled the relief program. Russell and most of his central staff were fervent evangelicals, and they regarded the cornmeal program as an artificial intervention into the free market. Charles Trevelyan, assistant secretary of the treasury, called the program a “monstrous centralization” and argued that it would simply perpetuate the problems of the Irish poor. Trevelyan viewed the potato-dependent economy as the result of Irish backwardness and self-indulgence. This crisis seemed to offer the opportunity for the Irish to atone. With Russell’s backing, Trevelyan stopped the supply of food. He argued that the fear of starvation would ultimately be useful in modernizing Irish agriculture: it would force the poor off land that could no longer support them. The cheap labor they would provide in towns and cities would stimulate manufacturing, and the now depopulated countryside could be used for more profitable cattle farming. He wrote that his plan would “stimulate the industry of the people” and “augment the productive powers of the soil.”

There was no manufacturing boom. Roughly a million people died; another million emigrated. The population of Ireland dropped by nearly one quarter in the space of a decade. It remains one of the most striking illustrations of the incapacity of markets to run themselves. When government corn supplements stopped, and food prices rose, private charities and workhouses were overwhelmed, and families starved by the sides of roads. When British leadership put its faith in the natural balance of an open market to create the best outcome, the result was disaster. Evangelicals like Trevelyan didn’t look smart and pious after the famine; they looked blind to human reality and desperately cruel. Their brand of political economy, grounded in evangelical doctrine, went into retreat and lost influence.

The phrase “political economy” itself began to connote a cruel disregard for human suffering. And so a generation later, when the next phase of capitalist boosterism emerged, the term “political economy” was simply junked. The new field was called “economics.” What had got the political economists into trouble a generation before was the perception, from a public dominated by Dickens readers, that “political economy” was mostly about politics—about imposing a zealous ideology of the market. Economics was devised, instead, as a science, a field of objective knowledge with iron mathematical laws. Remodeling economics along the lines of physics insulated the new discipline from any charges filed on moral or sentimental grounds. William Stanley Jevons made this case in 1871, comparing the “Theory of Economy” to “the science of Statical Mechanics” (i.e., physics) and arguing that “the Laws of Exchange” in the marketplace “resemble the Laws of Equilibrium.”

The comparison with physics is particularly instructive. The laws of Newtonian mechanics, like any basic laws of science, depend on the assumption of ideal conditions—e.g., the frictionless plane. In conceiving their discipline as a search for mathematical laws, economists have abstracted to their own ideal conditions, which for the most part consist of an utterly denuded vision of man himself. What they consider “friction” is the better part of what makes us human: our interactions with one another, our irrational desires. Today we often think of science and religion as standing in opposition, but the “scientific” turn made by Jevons and his fellows only served to enshrine the faith of their evangelical predecessors. The evangelicals believed that the market was a divine system, guided by spiritual laws. The “scientific” economists saw the market as a natural system, a principle of equilibrium produced in the balance of individual souls.


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When Tom DeLay or Michael Powell mentions “the market,” he is referring to this imagined place, where equilibrium rules, consumers get what they want, and the fairest outcomes occur spontaneously. U.S. policy debate, both in Congress and in the press, proceeds today as if the neoclassical theory of the free market were incontrovertible, endorsed by science and ordained by God. But markets are not spontaneous features of nature; they are creations of human civilization, like, for example, skating rinks. A right-wing “complexity theorist” will tell you that the regular circulation of skaters around the rink, dodging small children, quietly adjusting speed and direction, is a spontaneous natural order, a glorious fractal image of human totality. But that orderly, pleasurable pattern on the ice comes from a series of human acts and interventions: the sign on the gate that says “stay to the right,” the manager who kicks out the rowdy teenagers. Economies exist because human beings create them. The claim that markets are products of higher-order law, products of nature or of divine will, simply lends legitimacy to one particularly extreme view of politics and society.

Because the neoclassical theory emphasizes calculations made by individuals, it tends not to focus on the impact of external and social factors like advertising, education, research funding, or lobbying. Consumer behavior, for an orthodox economist, is a kind of perfect free expression. But as any twenty-three-year-old marketing intern, or any six-year-old child, can tell you, buying things is not just about the rational processing of information. The Happy Meal isn’t about satisfying hunger; it’s about the plastic toy. Houses aren’t for shelter, they are for lifestyles. Automobiles aren’t transport, they’re image projectors. Diamonds aren’t ornaments, they are forever. We buy things partly based on who we are, but at the same time we believe that buying things makes us who we are and might make us into someone different.

Critical voices within economics have been making this complaint at least as far back as Thorstein Veblen, the late nineteenth-century economist best known for his theory of “conspicuous consumption.” In The Theory of the Leisure Class, and in a series of essays in the 1890s, Veblen showed that patterns of consumption and work broadly conform to the boundaries set by class and culture. Neoclassical economists acknowledge that the wealthy sometimes buy things just to show off, but they insist that regular people under normal circumstances buy only what they intrinsically desire. Veblen saw that it was impossible to understand individual economic choices without understanding the world in which those choices were made.

A helpful, if disquieting, example comes by way of the twentieth- century anthropologist Marshall Sahlins, who, in his book Culture and Practical Reason, points out that the entire structure of U.S. agriculture “would change overnight if we ate dogs.” What Sahlins means is that the powerful social prohibition against using pets as protein will always condition consumer choices. American children and teens do not decide individually that they will for all their lives spare American dogs from the abattoir. This choice is made for them by the historical world into which they are born. They are no more free to eat dog than they are to wear buckskins to basketball practice. As economist Anne Mayhew recently observed, even consumers at the bottom of the wage scale, with absolutely no discretionary income, choose the necessities of life with a common-sense awareness of how their choices will be perceived by neighbors, family, and the wider social world.

“Post-autistic economics” (PAE) is the name now taken by those few economists who hope to rescue the discipline from the neoclassical model; the name is an homage to the dissident French students, whose manifesto called the standard model “autistic.” It is a hilariously apt (albeit mildly offensive) diagnosis, and it could be just as well applied to Homo economicus himself, the economic actor envisioned by the neoclassical theory, who performs dazzling calculations of utility maximization despite being entirely unable to communicate with his fellow man. Not all PAE economists oppose the premises of the dominant neoclassical school, but they all agree that neoclassical theory cannot stand on its own. In other words, they agree that economics must begin to recognize the social—what the dissident economist Edward Fullbrook calls “intersubjectivity”—and, in the process, give up its pretense to scientific completeness.

Until it does, generations of college students will continue to have their worldviews irreparably distorted by basic economics courses, whose right-wing ideology hides behind a cloak of science. The first evangelicals fought for free trade because they thought it would encourage virtuous behavior, but two centuries of capitalism have taught a different lesson, many times over. The wages of sin are often, and notoriously, a private jet and a wicked stock-option package. The wages of hard moral choice are often $5.15 an hour. Free markets don’t promote public virtue; they promote private interest. In this way they are neither “free” (that is, independent of human influence) nor uniformly helpful in promoting freedom. Market trends are not truly indicative of the kind of society that Americans wish to create for their children. Consumer demand—for gated homes, exurban sprawl, or fluorescent-dyed sugar titration kits called cereal—does not reflect democratic political choice. If indeed economics is this society’s most authoritative version of its own story, ours is a notoriously unreliable narrator.

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